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■第四十七夜:意気投合(?)

         ※


「貴様、悪党めッ! オレの目と鼻をごまかすために、あえて燻製やら白トリュフやらと小細工をしてみせたな?! オレを、よりにもよってこのオレさまをペテンにかけたのだなッ!」

「それは誤解だよ──ゴウルドベルド。たしかに……キミにはボクを侮っては欲しかった。小手先の、うわべばかりの発想と仕事しかできない取るに足らない相手だと。それは間違いないけれど」

「くそっ、騙された。完全に騙されたぞッ!」


 グルグルと唸りながらそう言ったあと、ゴウルドベルドは破顔一笑した。

 笑いながら肩に手を回し抱き寄せてくるのだが、どう見てもその笑顔は殺意の込められた威嚇にしか、アシュレには見えない。


「だが、認めよう。貴様は間違いなく美食の騎士。オレと同じく天上の美味の使徒よ。アシュレ、さあゴウルドベルドなどと堅苦しい呼び方はやめて──どうかゴウルドと呼んではくれまいか」

「えっとあっと、ああ、そう。まともにやりあったら、ボクなんかではとてもキミには敵わないさ、ゴウルド。今回はたまたま運が良かっただけ」

「ふふふ、謙遜も世辞も上手い。その舌で何人をたぶらかしてきたのか。だが、ほかならぬ貴様からの称賛だ、素直に受けようではないか。たしかに料理の腕そのものはまだまだよ。しかし、貴様の素晴らしいところは──自分自身がすでにして極まった美味であることだ」


 いったいどういう話の流れか。

 アシュレはこの豚鬼オークの王……いやさすでにオーバーロードである存在に親友マブダチだと認識されてしまったらしい。

 彼流の言い回しを用いるなら、使徒として。

 もちろん、美食という神の使徒である。


「血は、肉は、裏切らない。その生き物が生きた証がそこにはすべて現れる。これまで様々な存在を口にしてきたオレが断言するのだ……アシュレ、貴様はいま確実に素晴らしい。最高の食材にして美味の騎士。このオレが太鼓判を押してやる。ともに美食の頂きに上ろうではないか!」

「あはは、そうか、そうだね、それはどうも」


 暑苦しく迫り来るオーバーロードという想定外の事態に冷や汗をかきながら、アシュレは厨房を奥へと進んだ。

 そこには地下へと続く階段がぽっかりと、それこそ洞窟を思わせて口を開けている。


「ここ?」

「うむ。食料貯蔵庫。そして酒蔵マガゼン。チーズの熟成棚もある」

「それは……ありがたいな」


 アシュレは要求した通り、戦隊へ食料を持ち帰るつもりだった。

 自分と少女たち三人でどれほどのものを運搬できるかはわからないが、まともな食料が払底しつつある戦隊のメンバーに希望を与える程度のものは運べるはずだ。


 それにしても、どうやらゴウルドは自ら饗宴の穴フィースト・ピットの舞台裏である地下の食料貯蔵庫群を案内してくれるつもりらしかった。

 案内などなくても適当に見つくろって抱えられるだけの食料を調達したらおいとまする予定だったアシュレからすれば、ありがたいというより困惑するような申し出だったが、豚鬼オークの王は俄然、ヤル気らしい。


「この饗宴の穴フィースト・ピットを甘く見ぬことだ。これだけの食材がどうしてこれほど清潔に保たれているのか、よく考えることだ」

「まさか、守護者や管理者がいるのか、キミ以外に。ゴウルド?」


 アシュレの問いかけにいかにも、と豚鬼オークの王は頷いた。


「いずれもオレには逆らえぬようにしてあるが……注意することだ。勝手に食材を持ち出すなどの無法なり不作法なりを働けば、人間になど容赦せぬヤツらだ。極上の酒、あるいは食材のためなら殺戮をも厭わぬ連中と知れ」


 ゴウルドの忠告にアシュレは身震いした。

 強大無比を絵に描いたようなオーバーロードにそう言わしめるのだ。

 ただごとではない相手が、ここから先には潜んでいるに違いなかった。


 アシュレは足取りのおぼつかない少女ふたりを連れ、ゴウルドとともに階段を降りようとした。

 だが、半分ほども来ただろうか、ふたりの少女は身をよじるようにしてアシュレに告げた。


「あの騎士さま……わたしたちちょっと、その……お花を摘みに行きたくて」


 は? という顔をアシュレはしてしまった。

 こんなところで花を摘みたくなるとわ? 

 言っている意味がわからなかったのだ。

 

「あのその……汗でぐっしょりになってしまったので、ですね?」


 察しの悪い騎士に暗がりでもわかるくらい頬を赤らめ困り顔で、真騎士の少女たちはもうすこし具体的な説明をした。

 胸乳や下腹に指を這わせ、窮状きゅうじょうをジェスチャーにする。


 あ、ああ、ああああ、とアシュレの口から間抜けな声が出た。


「そうか。そうだったね」


 わずか十分ほど前の出来事を思い出し、アシュレは納得した。

 キルシュとエステルのふたりはゴウルドベルドの生み出した魔味に魅了され、陥落の一歩手前にまで追いつめられていたのだ。

 いや、あれは陥落してしまっていたと言っていいだろう。

 肌に張り付いた衣服は汗みずくで、透けてしまっている部分さえあった。


「ゴウルドベルド──ここにお手洗いはないのかな」

「バカめ、どこの厨房が不浄を場内に備えているものか。もちろん、場内での粗相などもってのほかだぞ」


 しかし、と目を細めもした。

 

「食材のなかには、汚物を抜いて清めねばならぬものもままある。そういう施設であれば、ないことはない」

「そんなの絶対無理!」

「いやだわ、そんなの!」


 ゴウルドの提案に、キルシュとエステルのふたりは口々に噛みついた。

 当然と言えば当然の反応だが、巨大なイノシシに小鳥が抗議しているような画面えづらがおかしい。


「それはそうだろうなあ。じゃあ、ゴウルド、ふたりをここから出してあげることはできるかな? それならできるよね?」

「ふむん、それはかまわぬが……。オレが認めたのはアシュレ、オマエという存在だけだというのを忘れるな? あの小娘たちが出て行くのは許可するが──饗宴の穴フィースト・ピットへの再入場は制限させてもらう。ぞろぞろと眷属を引き連れて戻ってこられてはたまらん」


 本来ならば美食に仕える者か、美食そのもの以外あの門は受け付けぬのだからな。

 不満げに喉を鳴らすゴウルドに、アシュレは頷くことしかできなかった。


 物資運搬の人手が減るのは残念だが、彼女たちの尊厳も同じくらいに大事なことだった。


 ガゴウウウウンとどこか遠くで巨大な門が開くような音がしたのは、そのときだ。

 一時的に施錠を解除したぞ、と豚鬼オークの王はアゴをしゃくった。

 アシュレは仕草の意味を理解する。


「ふたりとも……あの門を潜って外に出たら──。そうだな……天使の間に行くんだ。お花を摘み終えたらあの長椅子で待っていておくれ。すぐに追いつくから」


 急いたように頷いて、ふたりの少女は来た道を戻りはじめた。

 

「フフフ、それにしても恐るべきは我が美味の《ちから》よ。まだ未熟とはいえ誇り高き真騎士の乙女たちを篭絡せしめるとは……」

「たしかに美味しかったケド……あれはふたりには刺激が強すぎだよ、ゴウルド」

「美食の騎士たるものがなにを言う。味覚も他の肉体器官と同じで幼きときよりの訓練が肝要。しかし、あのふたりの反応はすでに一人前の女であったな……」


 言いながら階段を登っていくふたりの生足を眺めるゴウルドの右脛を、アシュレは蹴っ飛ばした。


「グッ、な、なにをする」

「目つきがイヤらしい。ふたりをそんな目で見るな! 視線がハラスメントなんだよ!」

「なにをいう。こんな暗がりに真騎士の少女たちを連れ込んだは貴様が先だろう! オレは美味なる食材としての視点で見ていただけだ! つまり芸術、アートを鑑賞する目なのだ、これは!」

「絶対違う」


 横目でふたりが階上に駆け戻ったのを確認したアシュレは、ゴウルドを促して先を急いだ。

 

「だいたいキミの料理はなんだ、ご飯食べてあんなふうになっちゃうなんて……ふたりの将来を考えろよ」

「美食とは本来、性的なものだ! ただ活動のための捕食であるなら、美味にこだわる必要などないではないか。それなのになぜ生物は美味を求めるか? そこに艶めかしさや快感を見出すか? それは美食が慈悲や憐憫れんびんの上位に位置するものだからだ! それをわかるのだよ、アシュレッ!」

「だからって、年端も行かない女のコたちをあんなにしたらダメだろ!」

「おお、あれこそはオレの魔技マギテック!! そしてあのふたりの美味感受性!! 至極当然の論理的帰結!!」

「なにいってんのかわかんないんだよ!」

「なにおうこいつめ。貴様だって掴んで来たではないか、オレの胃袋をッ! もしあの美味をあの小娘どもが口にしたなら、即オチよ!」

「即オチとかどこで覚えてくるんだ、このクソオーバーロードッ!」


 アシュレはかなり本気で罵っているのだが、ゴウルドのほうは親愛というか信頼の証とそれを受け取っているようで、どこか嬉しげだ。

 ともかくふたりは怒鳴り合いながら階下に下りた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] こういう仲良し、最高じゃありません? 好きぃ……!
[良い点] ゴウルドベルドいいキャラしてる。油断はできないけど
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