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■第三十六夜:蜘蛛おじさんと妹と妹(あるいはトイレはどこだ……)

       ※


「航空戦力──真騎士部隊の指揮はレーヴに一任する。これ以上の適任者はないだろう。そしてノーマンとバートン、それにエレは、シオンとスノウの探索兼食料の確保、特に燻製なんかの保存食の製造に足る大型生物を捕獲してもらえたら嬉しい。もちろんボクたちも分隊として同じ任務に就く。その人選は──」


 アシュレは例のラウンドテーブルに地図と、各自の駒を置きながら作戦を説明した。


「さて、以上だけど……なにか質問ある?」


 説明を終わりそう問うた瞬間、しゅたっ、と手を挙げたのはイズマだった。


「はい、イズマ」

「いや『はい、イズマ』じゃあねえでしょ、アシュレくん。なんだいこの組分け。ヒドくないかね」

「え、そうかな、かなり考え抜いた結果なんだけどなあ」

「そうだぞ、イズマ。わたしとアシュレとで念入りにさまざまな場面を考慮して、こういう配置になったんだ。ヒドイとはなんだ」


 アシュレの横には、腕組みしたアテルイが副官の顔で立っていた。


「いやそりゃ真騎士部隊の指揮をレーヴちゃんがるのはわかりますヨ? 妹ちゃんズも言うこと素直に聞くだろうし。エレやエルマの配置も、戦隊の探索能力やら遠隔での意思疎通を考えたらまあ理解はできる。ンだけどさあ」

「ンだけど、なんだ。イズマ?」


 ンンン? アテルイが怪訝な顔で聞き返した。


「ンだけどですねえ。なんでボクちんが排泄施設の安全確保・確認役なんだッ?! ってそう言ってんですよ!」


 大仰に手を振り回して叫ぶイズマの姿に、だれとはなく吹き出す者が続出した。


「って、みんなで笑ってんじゃねーかよ! ほれみろ、やっぱしおかしーんですよこの人選は! 恣意しい的な偏りを感じる! 職権乱用! 不公平だ!」


 イズマは飛び跳ねては手足をばたつかせ、抗議の意を表明した。

 子供か、とアシュレは思う。


「いやそうは言うけど……。イズマ、いまあんまり体調よくないって聞いてたから。体力のいらない仕事を割り振ったんだけど……な」

「だーれがたないって言ったんだ?! つとも! ボクちんは元気ですよ、大・元・気ッ! ほらほらほらほら」


 つとかたないとか、どういう超訳でそういう方向性に話が転がったのかわからないが、イズマはブリッジの姿勢のままものすごい速度でラウンドテーブルの周りを走り回った。

 今度は全員が容赦なく笑う。


「イズマ、イズマ、イズマ」

「ホレホレホレホレ、ホレッ、ンピョーン!」


 充分に加速したイズマはその勢いを利用し、ラウンドテーブルに飛び乗った。

 ホレーとの掛け声のままテーブルに着地した。


「これを見て、まだボクちんをオベンジョ探索係にしようというのかネ?!」


 イズマは排泄施設の見回りと探索を、あからさまに嫌がっていた。

 まあ気持ちはわからなくもない。

 ただそれもアシュレから言わせると、明確な理由があったのだ。


「でもイズマの蟲を使わないと、下水道内の探索は極端に難しくなるんだ。うわべだけを確認してくれって言ってるわけじゃあないんだよ」

「そんなのエレにでもエルマにでも頼んだらいいじゃねーか! 土蜘蛛ならだれでもできますよ! なんでボクちんひとりでオベンジョの安全性を確認とかしなくちゃいけねーんだ。わけがわかんねーよ。ハズレじゃんこんなの。一番ハズレ!」

「まいったなあ」


 アシュレは深々と息をついた。

 抵抗があるとは思っていたが、イズマのそれは予想をはるかに上回る幼児性が込められていた。


「ひとりがイヤなのか? それとも……まさかだが、女っ気がないのがイヤとか言うなよ?」

「ソレッ! どっちもだよ、どっちもですなんですヨ!!」


 眉根を寄せながら問うたアテルイの眉間のシワが、ますます深くなってしまった。

 すうううううっ、と吐息ブレスを準備する竜のごとく、息を吸いこむ。


「そんな……そんな程度のことで作戦に異議を唱えるなど……バッカモーンッ!」

「バカじゃねえですよーっだ。ちゃんとした意見ですーぅ。潤いのねえパーティーなんか組めるかっての! つか、探索人員の心のケアもちゃんと考えるのがリーダーの仕事なんじゃねえのかあ?!」

「こ、子供か」


 アシュレが思ってはいても口にできなかったことを、アテルイはハッキリ言葉にした。

 オトコマエ! エライ!


 だが、怒れる大きな幼児=イズマはそんな程度では怯みもしなかった。

 逆にアテルイに食ってかかる。


「イヤーですーぅ。ボクちんひとりでパレスのオベンジョ探索とか、絶対イヤなんですーぅ。そんなに言うならアテルイちゃん代わってくれたらいいじゃん。幽体離脱して、スミからスミまで覗いて確認しなよ」

「わたしはっ。わたしには戦隊の食事を作ったり、連絡を中継したりする任務がある! それは実現不可能な要請だ!」

「ヤダイヤダイ、絶対ヤダーイイ!!」


 アシュレは頭を抱えた。

 この男、どうしたものか。


 そして、いまテーブルの上を跳ね回るこの男のいったいどこが弱ってたり、がらんどう・・・・・だったりするのか。

 というか、これがほとんどがらんどう・・・・・だと言うのであれば、これまでその中身には、いったいなにが詰まっていたのか。


 もしかして自分はエレに体よく騙されているだけなのではないのか。


 テーブルの上をまるでエビのごとく跳ねながら抗議する生き物の姿を見て、アシュレは深い溜め息をついた。


「わかった。わかった、イズマ」

「やだやだやだーい!」

「わかったって。わかったから、話を聞いてくれ」


 嘆息混じりのアシュレの言葉はやっと届いた。


「おおお、さっすがアシュレくん、わかってくれたの?! そう! そういう男心に配慮した人選と戦力配置が欲しかった!」

「まだなにも言ってないケド……」


 しかしアシュレは、もうこのとき、イズマの異議申し立てを全面的に呑むことに決めていた。

 止めに入るアテルイを、手で制する。


「まずイズマに割り当てたパレス内部のトイレと下水道の探索だけど……たしかにこれには偏りがあった。だれもやりたくない任務であったことも認める」

「そうだそうだー! いいぞ、アシュレくん! それでこそだ!」

「だから」

「だから!」

「ボクも行くことにした」


 自らの主張が受け入れられ得意絶頂で奇妙なポーズをキメていたイズマは、盛大に滑り、舞いを舞うような格好でバク転というかスリップダウンを披露した。

 ゴチン、と頭を打つ。


「ななななな、なんですとおおお」

「だから、ボクも同道する。ホントはシオンとスノウの探索に傾注したいけど……たしかにイズマひとりをこんな任務に就けるのは良くないことだ」

「いや、わかってねー、わかってねーんですよアシュレくん、そうじゃなくってえ」

「それにボクがいれば、イズマの助けになることができるかも知れない」

「いやあ、そうじゃなくってえええ、ボクちんは可愛い女のコとですねえ。キレイな森のなかをー、ムーディーにー捜索してー、ちょと疲れたら茂みのあたりで熱く休憩を……」


 ごねるイズマを黙殺してアシュレは続けた。


「そして人員を割いたからには、任務を追加する。それはパレス内部の厨房と食料庫の探索だ」


 おお、と戦隊からは声が上がった。


「それは考えが及ばなかったな。どれだけ放置されていたのかわからぬ宮殿の施設だ、食料品などとっくにダメになっているものとばかり思っていたが……」


 そう言ったのはノーマンだった。


「たしかに、昨夜の報告を聞く限り、パレス内部には施設そのほかを恒常的に保つ仕組みがあるようだ。であれば……あるいはまだ食べることのできる保存食のようなものも残されているかもしれん」

「酒の類いであれば貯蔵庫さえしっかりとしていれば、相当な年月に耐えますからな」

「チーズや乾物、サラミやハムの類いもしかり、だ」


 あいの手を挟んだバートンに、ノーマンは微笑みを返してみせた。

 保存食だけでなく酒精アルコールが入手できれば、それは酢を作れるということでもあるし、衛生面の問題も解決できる手段が格段に増える。


「それにキチンとした調理施設があるのとないのでは、料理のやりやすさも変わるはずだ。アテルイの負担を下げることができる。雨天ってのがこの空中庭園であるのかないのかわからないけれど……荒天時も恒常的に調理が行える施設は大事なはずだ」


 アシュレの意見にイズマを除く戦隊の面々は、ウンと頷き合った。

 負担を減らせると指摘されたアテルイは、アシュレが自分の努力を評価していてくれたことに一瞬だけ、はにかむように笑いすぐに表情を引き締めた。


「いや、だけどおおお」


 イズマの抵抗は目に見えて弱くなった。

 作戦の立案者であるアシュレ自らが、一番ハズレとイズマが主張した任務に立候補したのだ。

 どうしたって歯切れが悪くなる。


 そこに追い討ちをかける出来事が起った。


「ハイ!」


 手を挙げたのは円卓に座り切れず、外周に立っていた真騎士の……乙女ではなく少女、つまり妹たちのうちのひとりだった。


「わたし、騎士さまの探索行のお手伝いをしたいと思います!」


 太くて特徴的な眉をした少女だった。

 くりくりとした大きな瞳に広いおでこが、どこか子犬を思わせる。

 自らの美貌びぼうや可愛らしさを自覚する者だけが浮かべることのできる、得意げで小生意気でそれでいて魅力的な表情からは、真騎士の乙女の誇りと自信がありありとうかがえた。


 人間で言えば年の頃十二、十三といったところか。

 もう二、三年もすれば輝くような美人になるのは確実であろう少女だ。


「キルシュローゼ、よしなさいよ、そんな仕事。きっと汚くて臭いわよ」

「あらっ、どんなに汚くったって、わたしたちだってお花摘み(排泄のこと)にはいかなくちゃならないわ。だからこれは大事なことなの。それを理解できないで忌避だけはするなんて、そんなの子供のすることよ」


 おそらく真騎士の少女たちのなかで、どうやっていち早く真騎士の乙女として頭角を現すか、というのは重要な問題なのだろう。

 子供や少女から、いかに早く一人前の乙女への階段を登るか。

 そういう意味で、彼女たちのなかでは「子供みたいな振るまい」というのは可能な限り早急に卒業すべき行為であり、もっとも他者と自己とを差別化できる要素であったのだ。


 そういう意味ではアテルイがイズマにぶつけた「子供かッ」という罵りは、じつに効果的に作用していたとも言える。


「クモおじさんは散々駄々をこねて嫌がってたみたいだけど──それに比べてわたしたちの騎士さまのなんて高潔なこと。汚れ仕事だろうと戦隊のためにならば、自ら率先してこれを果たす。すばらしいと思う。まさに英雄の条件のひとつだわ」

「わたしもそう思う。だから、同道いたしますわ、騎士さま」

「エステリンゼ?! あ、あなたはレーヴ姉さまと空から夜魔の姫君たちを探しなさいな。来なくていいわよ」


 我も、と手を上げ進み出たのはこれもまた目を瞠るような美少女だった。

 快活なキルシュローゼに比べると、落ち着いた雰囲気を漂わせる、やや冷ややかな視線の持ち主だ。

 氷で出来た彫像のごとき相貌のどこかに世界に対して斜に構えているような、相手を値踏みするような、そんな態度が透けて見える。


「あら、キルシュ、あなたの意見を聞いているんじゃなくってよ。戦隊の戦力配置は指揮官である騎士さまが決定されること。立候補を受け入れてくださるかどうかは、貴女ではなく騎士さまに決定権があるはずです。そうですよね、騎士さま?」


 エステリンゼがそう言い終えるよりも早く、我も我もと真騎士の妹たちが円卓に向かって殺到した。


 そしてそれは、アテルイが怒鳴りつけても止まらず、結局アシュレが追加人員はキルシュローゼとエステリンゼのふたりまでとする、と断言するまで収まらなかった。




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