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■第三十四夜:責任は遠きにありて想う者



「アシュレ? アシュレダウ? 聞いていますか?」


 呼びかけるアテルイの声で、アシュレは現実に帰ってきた。

 両手に当のアスカとレーヴを抱えたまま、回想に耽ってしまっていたらしい。


「ああ、ごめん……ちょっと考えごとをしてたみたいだ」

「御三方の毒への対処についてはともかく、報告はこれですべて受けたことになりますね? なるな? 漏れはないか?」


 副官口調で詰め寄られ、アシュレは視線を泳がせた。

 記憶を探るフリをして、天を見上げる。

 すでに瞬きはじめた星空が、蛇の巫女:マーヤのあの瞳を思い起こさせた。


「あー、エート。まだなんかあったかな?」

「入水道施設についての報告がなにもないぞ。今回の任務の最重要部分。源泉は結局、どんなものだったのだ?」

「あー、それは……そうか。ええと、やっぱり《フォーカス》でした」

「《フォーカス》。なるほど。ではやはり、超常的な《ちから》でこの豊かで清潔な水は確保されている、ということになるのだな」


 アシュレはとっさに真相をはぐらかした。

 戦隊の未来を案じてくれているアテルイを騙すことになるのは心苦しいが、マーヤの話は、いまはきっとしないほうがいい。


 彼女がいまも受け続けている恥辱について語ることになってしまうし、蛇の巫女の処遇についてここで揉めたくなかった。

 ときが来て、彼女を解放できるようになったなら、そのとき改めて語るべきだとアシュレは思った。

 いまは答えられることだけ答えよう。

 そう心に決める。

 アテルイからの質問は、当然のように続く。


「で、その《フォーカス》は、どんな種類のものだったのだ?」

「あー、そうだな、うん。ちょっと凶悪なヤツだった。だから……むやみにヒトを上水施設には入れないほうがいい! 主人であるボク以外にとっては危険極まりない装置だ、うん、あれは危ない」

「危険! そこまでなのか! ふむん……なるほど。了解だ。以後、上水施設への立ち入りは基本的に禁ずるものとする、と」

「あー、ただ、というかそれに関して、」


 とアシュレはためらいがちに付け加えた。


「三日に一度くらいは、ボクは出向かなければならない、と思う」

「三日に一度? それはどういう?」


 意味だ、とアテルイが問うた。

 うん、とアシュレは頷いた。


「あの《フォーカス》は三日に一度、だれかの血を要求する。そしてそれは《フォーカス》を支配下に置いたボク以外には、できないことみたいなんだ」

「なん……だと。そんな、それではアシュレさま、じゃなかったアシュレのカラダがもたない」

「いや、そこはさいわいにも……アスカとレーヴのふたりの加護のおかげで大丈夫みたいだ。増血能力が飛躍的に高められている。まったく問題ない。うん、だいじょうぶだ」


 それまで血を捧げるというアシュレの身を案じ眉根を寄せていたアテルイの顔が、アスカとレーヴの加護というくだりが出た瞬間、むっと厳めしいものになった。

 あー、これは失言だったとアシュレが思った瞬間だった。

 とすっ、とアテルイが身を投げてきた。

 両手に花を抱えたま、アシュレは胸板でさらにもうひとつ花束を抱き留める格好になった。 


「殿下のほうはかまいませんが、そこな真騎士の乙女──レーヴの件はわたくしはまだ全面的に認めたわけではありませんので。そのへんは妻として配慮頂きたく思いますわよ、旦那さま。わたくしだってご奉仕したいのに」


 突然、私情を挟まれてアシュレは面食らってしまった。

 すがりついていたレーヴが身を堅くする。


「わ、わたしは、その……アシュレに借りを返しているだけだから、その、な? アテルイ殿……」

「なんとも想ってもいない相手に、真騎士の乙女がここまでするとは思うなよ──アナタの言葉です、レーヴ」


 狼狽える真騎士の乙女に、冷ややかな口調でアテルイは言った。

 間に挟まれたカタチのアシュレは、針で出来た椅子に座らされている気分だ。

 その隣りでは、あまりのことにアスカも目を丸くしている。


 普段は厳然と公私を切り分け黙々と影働きするアテルイが、ここまで私情をあらわにするのは、アスカにとっても初めてのことだったらしい。


「本気でないなら……他者に対して口先でごまかさなければならない程度の感情だったなら──その貸し借り、どうかこれまでにしてもらいたい」


 核心を突くアテルイの言葉に、真騎士の乙女は一瞬、息を呑んだ。

 それから、答えた。

 告白する、と前置きして。


「正直、まだわたし自身も混乱している。ただ、ひとつだけ断言できることは……わたしはもうこのヒト……アシュレのことを想わずにいられる日はない、ということだ」


 どれだけ蔑まれ、嘲られても……想いを止めることはできない。


 ひと言ひと言、噛みしめるように言葉にしたレーヴを見て、アテルイは大きく息を吸いこみ、それから目を閉じた。

 次にその瞳が現れたとき、それまであった冷ややかな蔑視の光は消えうせていた。

 あーあー、と大げさに嘆いて見せる。


「あーあー。もう。やっぱり本気でしたか。仕方がないですね。結論から言いましょう。妻としては一時休戦、です。しばらくの間、旦那さまをお貸しします。どうせわたしも最後に輪に加えて頂いた女。いまさらどうこう言っても始まりませんし──貸すだけですのでちゃんと返すように! まあ実際、貴女は旦那さまの命の恩人なのですから……その程度の権利はあるというものです」


 アシュレから身を引き剥がしたアテルイは、眼鏡の位置を直した。


「非常事態につき、特別措置を認めます。ただし、これはあくまで一時的なもの。いまのこの困窮と混乱を抜け出した後には、必ず本妻会議で今後の処遇を話し合うことになりますから、それは覚悟されてくださいね!」


 指を突きつけ言い放ったアテルイは、その指を今度はアシュレに向けた。

 それと旦那さま、と付け加える。


「スノウさんの件で、あとでお話がありますから、そのつもりで」


 虚を突かれたアシュレの喉がおかしな音を立てた。

 レーヴとの関係を追及する修羅場と身構えていたら、まったく別方向からの奇襲が行われたのだ。


 スノウさんの件。

 それは真騎士の乙女との契約などとは、比べ物にならない破壊力を秘めた案件だった。


 アテルイの表情から真意はうかがえない。

 

 ついに来るべきものが来たのだ、とヘリアティウムの地下でのアレコレを思い出し、アシュレは観念した。

 あのときこそ真に緊急事態だったのだから、仕方がないと言えばその通りなのだが……ひとりの女性としてスノウを見たとき、その人生はもう取り返しのつかない状態になってしまっている。


 その責任は間違いなく自分にある、とアシュレは思う。 


 ただ……責任を取るといっても、だ。

 これは……取ってしまっていいヤツなのか?


 アシュレの胸中で、これまで感じたことのなかった種類の葛藤が渦を巻いた。


 理性と知性と恥性が手を取り合い、エンドレスなワルツに突入してしまっている。

 なんというか、妹に手を出してしまった兄の心境と言うべきか。


 だが、そのアシュレの予感は右斜め上の方向で裏切られることとなる。





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― 新着の感想 ―
[一言] 隠し事は良くない。爆弾だぞ
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