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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 1・「泉水の姫君」
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■第三十三夜:帰還と戦利品

これより第七話:蒼穹の果て、竜の棲む島 Episode 2・「饗宴のフィースト・ピット」の開演です。


しばらくは上水道の探索を終えたアシュレたちの報告会となります。

また今エピソードは平日更新をしておりますが、明日23日祝日も更新いたします。

どうぞよろしく。


 アシュレが上水道の封印を解き放ち、足下のおぼつかない美姫たちを抱きかかえ引き連れパレスの出口に辿り着いたとき、世界は不思議な高揚に包まれていた。

 

 蛇の巫女:マーヤは約束を守ってくれた。

 その献身を証立てるように、あちこちに配されていた噴水から清らかな流れが湧き出し、庭園を貫く水路はまるで鏡のようにきらめく澄んだ泉水に満たされていた。

 

 そこで真騎士の妹たちが、肌着一枚になって戯れている。

 我が目を疑う──それはまるで天上の國の光景。

 

 外縁世界は夕陽に照らし出され、光の柱を幾本も立ち昇らせてる。

 それなのに庭園の大部分は、すでに闇に呑まれている。

 地上ではありえない、下方からの光がその奇跡を生み出しているのだ。


 空中庭園はその名の通り高空にある。


 だから、ある時刻以降は太陽の光が下から当たり、パレスの尖塔などを除けば庭園の大部分が影になるという独特のロケーションを持っていたのだ。


 ここが地表から数千メテルも上空に位置する場所なのだと、あらためて意識せざるを得ない。


 外周部やパレスの背後にそびえる山塊にはまだ陽の光が当たっているし、おそらく世界のどこよりも長く夕陽に照らされることになるはずだが、アシュレたちのいる場所はもう夜の帳に沈みつつある。


 かわりに、その影が果てる空中庭園の際は、ぐるりと金色に燃えるように輝いている。


 山の端に日が沈むときに稜線が見せるあの輝きが、ずっと長く保たれている。

 白夜のようだ、とレーヴが囁いた。


 ぞっとするような異境の美に、アシュレはしばし言葉を失った。


 変化が起ったのは、そのときだった。

 パレスの随所に設置されていた不思議な器具に光が灯ったのだ。


 絹糸かなにかで織られたものか。

 星や月を象った不思議な照明器具。


 熱を感じさせない青白い光に真騎士の妹たちから、うわぁ、と歓声が上がった。


「イズマさま、だな。土蜘蛛のお家芸──フカミミズアオの糸を使った灯籠だ。それにしてもこれは……美しいな」


 アシュレの隣りで、妹のエルマに肩を借りていたエレが、つぶやいた。

 たしかに、と同意してアシュレも頷いた。


 刻々と色合いを変えて行く世界のなかで、熱のない青白い明かりに照らし出され清らかな水と戯れる真騎士の少女たちの姿は、あまりにも幻想的だった。


「旦那さま! それに殿下ッ! ご無事でなによりです!」


 アスカとレーヴを両手に抱きかかえたアシュレへと駆け寄ったのは、いまや戦隊全体の兵站、特に食事と情報を扱う副官:アテルイだった。

 よほど心配をしていたのだろう。

 口調が厳しい副官のものから、アシュレを気づかう新妻のそれに戻ってしまっている。


「おうかがしていた予定帰投時刻より、大幅にお時間がかっていたので心配してしまいました。やはり一筋縄ではいかない案件でしたか……」


 たしかにアテルイに告げた予定から、優に一刻以上遅れての帰還だった。

 さて、どうして遅れたのかについてだが……アシュレは釈明に困ってしまった。


「ああ、ああ、そう、そうだね。ちょっといろいろ……大変だった」

「なんでも、マンティコラが二頭も潜んでいたとか。危険な任務、お疲れさまでした」


 本気でアシュレを案じていたのだろう。

 両手を胸の前で祈るように合わせて言う。

 そんなアテルイの瞳を直視できないアシュレだ。


「マンティコラの殲滅と上水道施設のまでの道中の安全確保は、まちがいなくこのエルマが確認いたしましたので、ご安心くださいまし。で、こちらがその証拠・・兼、貴重な霊薬エリキシルの素材というわけで。ご覧になります?」


 言葉に詰まるアシュレを制し、独特の形状をした土蜘蛛の壺を持ち上げてエルマが言った。

 蓋の上から縄で封印され厳重に密封されているはずなのに、差し上げられたそれからは明らかな異臭がした。


「どうですか、アテルイさま。物証を確認されます?」

「うっぷ。や、やめておこうか。なんなのだ、これは。ひどいにおい」


 副官の口調に戻りながら、鼻と口元を押さえてアテルイがうめいた。

 それほどに壺から立ち昇る臭気は異常だった。


「もう一匹は、アシュレさまが完全に灰燼に帰しなさいましたので、残念ながら素材は一頭分ですが……。これだけあれば霊薬エリキシルの数本くらいは賄えるかと」

「なんだと。これは霊薬エリキシルの素材かッ?! そう言われればこのもの凄い臭気も納得というものだが……それで、これはどんな種類の霊薬エリキシルになるのだ?」


 紐で括られた壺を見せつけるエルマに、アテルイが問うた。

 なるほど、兵站の管理を受け持つ彼女としては、このあたりのことは事前にできるかぎり正確に把握しておきたいことだったのだろう。


 油断すると鼻腔を貫く勢いで襲いかかってくる臭気に顔をしかめながら、アテルイは眼鏡のカタチをした《フォーカス》:スペクタクルズのブリッジを押し上げ、興味深げに壺を注視する。

 自らの仕事への意欲半分、好奇心半分という顔だった。


「ええ、こちらは持久力スタミナを飛躍的に増大させる霊薬エリキシルの原材料になりますの」

 

 肯定的なアテルイの反応に、エルマはにっこりと笑った。


「ほう、持久力スタミナ霊薬エリキシルとは! たしかに、それは役立つ局面が多そうだ」


 なるほどなるほど。

 アテルイは何度も頷いた。


「そうか、あの霊薬エリキシルはマンティコラの素材で出来ているのか。厄介な敵だったが、これは僥倖ぎょうこうと言うべきだろう。予期せぬ収穫、副産物というやつだ。地上世界でも調達が難しい品だからな。ちなみにどこの部位に当たるんだ、その貴重な素材というのは?」

「えっ。現物を目視確認するのは拒んだのに、それはお聞きになりますの?」


 心底驚いた顔で、エルマが口元を袖で隠した。

 こうしていると、ただの清楚な姫巫女に見える。

 虚を突かれたのはアテルイである。


「ええっ?! そんなに問題ある部位なのか?」

「んもう、しかたありませんわね、そこまで仰るなら。ちょっとお耳を拝借……殿方の前ではとても口にできない単語なものですから……」


 そういうとアシュレのほうに意味あり気な視線を投げて、エルマは含むように笑った。

 えっ、なに、ボク? アシュレは眉根を寄せ怪訝な顔をした。


 その正体はアテルイのリアクションから判明することとなる。




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