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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 1・「泉水の姫君」
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■第二十六夜:蛇の姫君


「やっぱり、ここで仕掛けてきたか。女のコを釣り餌に使うという狙いはわからなくもないけど、一度は喰らわせた手が、元とはいえ聖騎士パラディン相手に二度も効くとは思わないことだね」


 深く息をついて、アシュレは独りごちた。

 ブランヴェルへの《スピンドル》伝達を切り、身を起こす。


 最初から、マンティコラが仕掛てくるなら、ここしかあるまいと踏んではいた。


 それでもアーチを潜り抜けながらの予測射撃というのは、かなりシビアな反撃方法だったことは間違いない。

 隙の大きい背面を見せたあとで振り返りつつ正確な攻撃を行うというのは、相当に高度で、危険な賭けではあったのだ。

 

 そのなかで、囚われの少女からの警告は、不意打ちを躱しながらの正確な射撃に力添えとなってくれた。


「ありがとう。助かったよ」


 礼を述べ、アシュレは歩を進めた。


 大伽藍の中心は、また不思議な作りになっていた。

 上水道の出口にあった泉のそれに、似てはいる。


 少女はお椀のように深く抉れくぼんだ受け皿の中央、そこだけ高くなった小島に囚われていた。


 精緻な彫刻が施された魔的で蠱惑的な、だからこそ残忍な姿をした刑具が少女を捕らえ、その肉体を淫靡いんびにねじ曲げ、繋ぎ止めているのが見て取れた。


 これでは、どんな存在であろうと身じろぎすることさえ難しいだろう。

 華奢な少女には、わずかな抵抗さえ許されまい。


 もちろんだからといって、気を許してはならないことも、すでにアシュレにはわかっていた。


 いくら助言をしてくれたとはいえ、ただの人間がこんなところに囚われているハズがない。

 いや、囚われていたとして、生きていられるハズがない。


 なにより少女からは、隠しようのない濃密な魔の気配が立ち昇っていたのだ。


「ふ。余計な助言だったか……見事なり、騎士よ。人間風情のくせに、なかなか、やる」


 先刻、アシュレの漏らした独り言を聞いたのか。

 少女は騎士とアシュレを呼んだ。


 外見からは不相応な、硬質で高慢な物言い。


 ただ者ではあるまい。

 アシュレは率直に、その正体を問う。


「きみはだれだ」


 問いかけに、少女は唇を歪ませた。

 あざけるような笑み。

 含むところなどないはずのアシュレの質問を屈辱と感じ、己の境遇をわらったのだ。


「くふ、くふふ。直截ちょくせつに、それを訊いてくるか。さすがヒトの子、無遠慮なことよ。いまこうして捕らえられ、裸身をさらし辱められている姫には、いささか辛辣な質問よな」

「姫?」


 アシュレは思わず少女の姿を、まじまじと観察してしまった。


 呪具と思われる布地で目隠しされてはいるものの、少女はたしかに高貴の血筋としか思えぬ美貌びぼうの持ち主だった。

 染みひとつないむき身の卵のような肌は、どこか夜魔の姫:シオンのそれと通じるものがある。


 ただ……あきらかに人とは異なるしるしが、その肉体にはあった。


 肩口、首筋、四肢。

 そのあちこちが部分的にだが、銀色の鱗に覆われている。

 そしてなにより、頭部には美しい輝きを放つティアラじみて、角が突き出ていた。


「きみはまさか……蛇の巫女……その一族なのか?」


 アシュレはふたたび問うた。

 少女は鼻で笑うような仕草をした。


「ほう、自分で察したか。かしこいかしこい。ああ、そのとおりだ、ヒトの子よ」

「なぜ……蛇の巫女がこんなところにいる?」

「褒めた途端にこれだ。その不躾な問いの立て方よ、しょせんは人間か。貴様には種族の別を察する目敏さはあっても、乙女が秘しておきたい理由について、おもんばかる脳みそはないのか?」


 美しい唇を歪めて、蛇の巫女はわらった。

 アシュレを嗤い、同時にまた己の境遇をあざけったのだ。


「本来であれば頭から喰ろうてやるところだが、いまは虜の身。身じろぎひとつできぬ姫が、なにを言ってもしかたのないことだったな」

「虜の? じゃあ、だれかに囚われてきみはここにいるんだね?」


 続く問いかけに対し、蛇の巫女はついに哄笑した。


 くくく、くくくかかかかカカカカッ。

 高らかだかどこか虚しさを感じさせる声が、伽藍がらんに響き渡る。


「阿呆ッ! 囚われでもせぬ限り、だれが好き好んでこのような辱めを受けようと思うのか。姫は、そのような倒錯的な趣味は持ち合わせておらんわッ!」


 蛇の巫女の言うことはもっともだった。


 見れば両手両脚を厳しく戒められた少女の肉体には、その臓腑にまで刑具が突き込まれている形跡があった。

 しかもこの刑具は、意識的であろうとあるまいと抵抗どころかわずかに身じろぎするだけで、より深い場所をいっそう残忍に抉るように設計されている。


 汚辱に塗れた残酷な快楽に抗おうと蛇の巫女が身を捩れば捩るほど、自らで自らを抉り、手酷く責め嬲る結果になるのだ。


 それはまさに、永劫に続く恥辱の宴。


 あまりの痛ましさに、アシュレはこれ以上、彼女を直視することができなくなってしまった。

 

 それを、目を封じられた彼女がどうやって察したのか。

 ひとしきり哄笑を終えると、口の端にまたあの自虐的な笑みを貼りつけ少女は呟いた。


「いま憐れみを抱いたな、人間。ふ、ふくく。なんという屈辱。たしかに、たしかに、いまの姫は哀れであろうな。こんなに汚され、穢され、辱められ……裸身を隠すことも許されず、見せ物にされ、人間にまで憐れみに満ちた視線を投げ掛けられる……くう、うううう」


 嘆きはやがて静かな嗚咽に変わった。

 目隠しされている瞳の奥から流れ出た涙が、乾いた床面にぽつりぽつりと落ちる。


 強気で傲慢な口調とは裏腹に、彼女は深く傷ついている。

 そう感じた。

 そのときだった。


「きみ……」

「殺せ」

「えっ?」


 あまりに唐突な言葉。

 アシュレは驚愕せざるを得なかった。


 憔悴しやつれてはいたが、それでも少女は美しかった。

 高慢な口調の裏側に、彼女本来の誇り高き心がまだ息づいているように、アシュレには感じられた。

 歪められ、汚されてもなお、失せることのない内側から滲み出る光のごときもの。


 たとえばそれは──マンティコラの待ち伏せをわざわざアシュレに知らせてくれた……どんなに隠してもとっさに現れ出でる善性がそうだ。


 そんな娘に突然にも死を乞われ、若き騎士は動揺したのだ。




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