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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 1・「泉水の姫君」
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■第二十一夜:魔獣



 ギシャアアアアアアアア──ッという叫びは、人間のもののようでもあり、いっぽうであまりに獣じみているようにも感じられた。

 もちろん、だれが発したものかは判然としない。


 ただひとつハッキリとしているのは、それが切迫した空気を含んだものであるという事実だけだった。


「まずいぞ、いまのはテントの方角からだ」


 土蜘蛛は耳が良い。

 アシュレには感じ取れなかった音の方向までも、正確に察したエレが告げた。


「なんだって──すぐに戻ろうッ!」

「ああ。だが、ちょっとまて。この振動……人間より明らかに大きな……四足獣……それも複数の獣の足音だ」


 両手を地面に当てたエレが瞳を閉じて、危機の正体を言い当てた。


「獣?! 四足獣って……この上水道施設にかい?!」

「それも人間より大きいとなれば……まさか魔獣の類いか?」

「魔獣ッ?! こうしちゃいられない!」


 アシュレは、いざというときのために担いできた聖盾:ブランヴェルに飛び乗った。

 

「エレ、乗ってッ!」

「いいや、わたしはいい。オマエたちヒトの子の言うところの聖なる武具とは、我ら土蜘蛛は明らかに相性が悪かろうからな」

「なるほど。じゃあボクは先行するッ!」


 言うが早いか《スピンドル》を通し、アシュレはブランヴェルを走らせた。


 アシュレの操るこの聖なる盾は、その力場操作の応用によって地面や壁面を駆けることができるのだ。

 人間の全力疾走をはるかに上回る速度を長時間維持できるこの移動方法は、今回のように足下が不整地な場面であればあるほど有効だ。


 アシュレがこの方法を選択したのは、いかに軽いとはいえ左手に大型の盾であるブランヴェルを掲げ、右手にはこれまた騎兵槍の仲間であるシヴニールを構えたまま疾風迅雷ライトニング・ストリームで移動するのに比べると、スタミナの消費量が段違いだったからだ。


 かさばる武具を構えてでは、いかに疾風迅雷ライトニング・ストリームといえども、行き足が鈍るのは当然のことだ。

 それに比して、ブランヴェルによる移動は重量や大型の武具などかさばる荷物が手足に掛ける制限を無視して、高い移動力を保つことができる。

 

 だが、たとえそうだとしても、だ。

 土蜘蛛の凶手でもあるエレは驚異的な身体能力で、その速度に追いついてきた。


 土蜘蛛の固有技:雲猿風脚クラウドモンキー・ストライド

 重力のくびきを極限まで軽減し、垂直どころかオーバーハングの壁面までを自由自在に動き回ることのできる能力を用い、さらには森を成す水晶の枝に糸を巻き付け、エレは曲芸のような動きでアシュレと並んだのである。


「エレ?! すごい。まさかボクに追いついてくるなんて」

「バカ、感心している場合か。オマエは辿り着いたあとのことを考えておけ。状況次第だが、遠距離からの狙撃を敢行したほうがいいやも知れん」

「そんなに、危険な相手なのか?!」

「いったいいつこの空中庭園が放棄されたのかは知らんが……こんな場所で何年も生き長らえることができる存在が、まともな生き物のはずがないだろう。外の庭園部にいるならまだしも、ここにはなにもない。たぶん、水以外にはなにも、な」

 

 エレの予測に、アシュレはごくりと唾を飲んだ。


「でも、アスカやレーヴだってそうそう遅れは取らないはずだ。たとえ不意を打たれたとしても、そんじょそこらの戦士とはあのふたりは違う。告死の鋏:アズライールの主と、完成された真騎士の乙女だよ」


 心配要らないはずだ、とアシュレは叫んだ。


「一緒に戦ったことがあるボクが言うんだ、アスカの戦闘バトルセンスは一流だ。漂流寺院での戦いからこっち、ずっと最前線で経験を積んだことを考えれば──近接レンジでは、ボクなんかより強いはずだ。そして、レーヴの戦闘能力は実際に刃を交えたボクが保証する。このふたりがいて、負けることなんて考えられない」


 断言したアシュレに、素早く木々を飛び移り駆け抜けながらエレは反論した。


「それは媚薬が効いてなければ、という話だろう?」

「えっ?!」


 思わずアシュレはブランヴェルの進路を誤りそうになった。

 それはどういう?!

 あまりのことに思考がまとまらない。


「だから、わたしが先ほどまで陥っていたような状況になっているのではないのか、と言っているのだ」

「ちょっとまってくれ、それって……」


 アシュレは思わず聖盾:ブランヴェルの走りを止めていた。

 

「まさか、あのふたりも」

「オマエまさか、わたしだけがやられたと思っていたのか?」

「なんで教えてくれなかったんだッ?!」

「いや……すこし考えたらわかるだろう? まさかわからなかったのか、いままで?」


 心底意外そうな顔で言われて、アシュレは衝撃を受けた。


 いや、たしかに言われてみれば、どうしてそこに考えが及ばなかったのか自分でも呆れてしまうが、自分の驚きも問いかけも当然だとアシュレは思うのだ。


「なんで……解毒してくれなかったの?」

「そのことなんだが……じつはな、アシュレ。解毒薬も枯渇している。わたしが最後まで解毒薬を使わなかったのはそのためだ。今日、携帯していたのはアレが最後。イズマさまがいくつかと、残りはエルマが持ってはいるが確実に両の手の指の数よりすくない。素材がここで調達できるかどうかもわからないし、庭園部にどんな脅威が潜んでいるかも未知数。できれば温存したかった」


 エレの告白に、目の前が真っ暗になるような気持ちをアシュレは味わった。


 霊薬エリキシルを始めとする薬剤方面のことは、さすがに気が回らなかった。

 いや実際、人類圏では解毒剤を始めとする霊薬エリキシルは基本的に国家や騎士団の管理物で、個人で手に入れるには闇で目玉の飛び出るような高額を支払うか、高位聖職者へのツテなどを頼るほかない。


 戦隊を維持するというのは、こんなにも大変なことなのだ。

 イズマやエレ、エルマの薬剤調合能力の恩恵があることに慣れ過ぎていたのだ。


 呆然とした様子のアシュレに、エレが続けた。


「それに毒というのはキチンと分析しないと、完全には解毒するのは無理なんだぞ。オマエの処方は乱暴すぎだ」


 アシュレはさらにめまいを覚えた。

 では、自分は貴重な薬剤を無駄にしたのか。

 緊急事態だったからといって、諦めのつくものではない。


「じゃあ、解毒薬アンチドーテって……アレはなんなの?」

「わたしたちが携帯する解毒薬アンチドーテの薬効というのは、おおまかにおそらくだいたいに効く、という程度なんだ。本当に完全に毒素を取り除くには高価な代償を支払って異能で除去するか、それぞれの毒の特性や構造を分析して、解毒薬アンチドーテに、そのときそのときで素早く適切なアレンジを加えなければならないものなんだぞ?」

「知らなかった……」


 では、先ほどエレに対してアシュレが施した処方は間違いとまではいかないが、正解ではないということなのか。

 すこしだけホッとしたが、ショックを受けたのは事実だ。


「そういう薬剤の蓄えを、わたしたちはヘリアティウムにほとんど置いてきてしまった」

「そう……なのか」

「あの小娘……スノウには用法や注意点をかなり詳しくレクチャしたし、さまざまな霊薬エリキシル貴石ジェムをずいぶんと持たせたのだが、それも失われてしまったしな」


 アシュレは天を仰いだ。


「じゃあ、いまレーヴとアスカは……」

「オマエのことを想い過ぎて、足腰が立たなくなっているやもしれん。わたしでさえ、まだ、かなりツライくらいなんだからな」

「ツライっていうのは……」

「そこを具体的に訊くんじゃあない」


 ギシャアアアアアアアア、という叫びが、ふたたび聞こえたのはそのときだった。


 さきほどまでより、明らかに音源は近かった。

 エレはアシュレの頭を押さえると、自らも中腰となり、頽れた石柱の影を縫うように進んだ。


 そこから見えたのは驚くべき光景であった。

 水晶でできた樹林帯の太い幹に四肢と尻尾を巻き付けた奇怪な生物の姿が確認できた。


 マンティコラ──。

 アシュレは思わず、その正体を口走っていた。





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