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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 1・「泉水の姫君」
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■第二十夜:念話と修羅場とタガメとボク


『アシュレさま、いまお時間よろしいでしょうか?』


 突然の念話が届いたのはそのときだった。

 アテルイからの連絡である。


 うひゃひょう、とアシュレの喉から変な音が漏れた。


 危なかった。

 エレの誘惑を断ち切ってなければ、またもや大修羅場が現出していたところである。


「あ、ああ、はい、ええええとう。う、うん、大丈夫だよ、たぶん」

『どうされましたか? ずいぶんお心に乱れがあるような? すごく雑音が混じりますが?』

「あ、ああ。大丈夫、ちょっとした問題があったんだけど解決した。いま解決しましたから、ボクはダイジョウブデス」

『そう、ですか。ならよかった』


 アシュレは頭のなかで、小首を傾げるアテルイの姿を幻視した。


 念話は特別な異能だ。

 アシュレたち《スピンドル能力者》のなかでも霊視や霊査あるいは降霊、そして幽体離脱といった特殊な権能を持つ霊媒メディアと呼ばれる者たちだけが扱える《ちから》。


 死者の口を開かせ、幽体離脱によって物理的密室を無効化してしまう霊媒たちは、イクス教圏を始めとする西方世界では徹底的な弾圧を受けていたし、それはその多くがアラム教圏である東方世界でもそう変わらない。


 理由は考えるまでもない。


 暗殺したはずの相手が口を開いて秘密を漏らし、裏切り者を告発し、密室で交わしたハズの密約や密会の内容が筒抜けになっていたとしたら……なにが起るか、あまりにも自明だからだ。

 死体を縫合し操る魔の十一氏族たちの死霊術ネクロマンシーと同一視される禁忌の技だ。


 アテルイはそんな霊媒たちの血と才能を引き継いだ希有な存在だった。

 これほどの距離が離れていながら、遅滞なく意思疎通ができるだけで、戦隊としてどれほどのアドバンテージか。


 だが……いまアシュレの置かれた状況は、なかなかクレイジーであった。


 まあ、ほんとうの意味での修羅場は間一髪で回避できたのだが、こちらにも心の準備というものがある。

 事態の急変についていけないアシュレの胸中では、いまだにさまざまな邪念・夢想が交錯していた。


 これはもう、アシュレが騎士である前に男である、ということだろう。


 それがノイズとなって、アテルイには聞こえていたのだ。

 いや、もしかしたら、ビジュアルとしても伝わってしまっているかもしれない。

 さきほどアシュレが見たアテルイの姿のように。


 案の定、『むっ』とアテルイが唸った。


「な、なにかありましたか?」

『アシュレさま……そのなんというか、ちょっと浮ついておられるのでは?』


 ぎくり、と心臓が音を立てたようにアシュレには思われた。

 ああ、この邪な思考と記憶の断片のひとつひとつを手で捕まえて、記憶の封印の箱にしまってしましたい! とアシュレは強烈に思った。


「いや、あのこれわ、ですね?」


 妻に、お気に入りの裸婦画や裸婦像のコレクションが露見したときの夫のごときリアクションを、アシュレはしてしまった。

 いっぽうのアテルイは、なにがどのように伝わっているのか『むむむ』と唸るばかりだ。

 まずい、とアシュレは思った。

 話題を変えなければ。


「えーっと、あの、用事はなにかな」

『アシュレさま。ちょっと頭の中身がハーレムになり過ぎていらっしゃいませんか。今回のパーティー編成は確かにそういう人選ですので、ええ、まあ、しかたないとは思うのですが』


 話を促すことでごまかそうとしたアシュレに、アテルイが釘を刺した。

 アスカとレーヴの姿が頭のなかに鮮やかに映し出される。

 アテルイの思念がどれほど鮮明かという証拠だ、それは。


「な、なにか視えた?」

『視えた、というより気配のようなものや雑音です、感じられるのは。ただ、そのなんというか、かなりけしからん雰囲気を感じました』

「ス、スミマセン」

『アスカ殿下も、真騎士の乙女:レーヴも隣りにいるわけですから、そのなんというか昂ぶりを感じやすいのはわかりますし、仕方ないとは思うのですが。いまは作戦行動中です。そういうのは無事に帰還されてからゆっくりと、ですね?』

「は、い」

「あと、なにかもうひとつ。さらに不埒なものも感じました。これはまさか……あの土蜘蛛のオンナでしょうか?」

「え?! いえっえっ、そんなことはっ、ケッシテ!」


 思わず声が裏返ってしまった自分に、アシュレは鉄拳を見舞いたかった。

 だが、もうあとの祭りである。

 言わずと知れた世界三大行事のひとつ。

 あとのふたつは前夜祭と血祭りである。


 むむむ、とアテルイがさらに頬を膨らませる気配がした。


『ヘリアティウム攻略戦のときから感じていましたが、あの土蜘蛛姉妹はあきらかにアシュレさまにも気がある様子。どうぞ、お気をたしかにお持ちくださいませ。特にあの姉のほう、今日の装備はあきらかにアシュレさまの視線を意識してのこと。ああいう、あざとい、視線誘導技術なんかにひっかかりませぬように!』

「アッ、ハイ」


 あぶないところだった、とアシュレは胸をなで下ろした。

 アテルイには以前から、エルマとエレがアシュレに向ける好意は明らかだったようだ。


 さっぱり気がつかなかったアシュレだ。

 女性の勘というのはおそろしい、と本気で思う。

 そこにアテルイは被せてきた。


『本当であれば、わたくしだって同行したかった。アレコレご奉仕して、可愛がって頂きたかったんですからね!』


 声を出さなければ念話できない初心者のアシュレと違って、熟練者であるアテルイは心のなかで言葉を収斂する術を獲得している。

 だからこそ、思ったことが駄々漏れで、しかもものすごく具体的に伝わってきた。


 あまりのイメージにアシュレの鼻から血が垂れた。


 横に居たエレがそんなアシュレの様子を案じてか、布きれを差し出してくれた。


 それは彼女のハンカチーフだ。

 なんども言うが、この時代、素肌に触れるハンカチなどの布類は西方東方の別なく、下着と同義と見做されていた。


 だいじょうぶ、だいじょうぶです、と両手でエレを押しとどめるのがアシュレには精一杯だった。


「そ、それで、どうかしたの?」


 このままではジリ貧の戦いになる。

 アシュレは意を決して、話題を変える作戦に出た。

 一度目はしくじったが、そんなことで諦めていてはいけないのだ。

 キリッと表情まで引き締める。

 鼻血は垂れたままだったが。


『いえ、その。そちらの首尾はいかがかと。先だってのご報告から一刻ほどにもなりますので……』


 アテルイはなにかまだ言い足りないことがある様子だったが、この念話の主旨は要するに定時連絡の類いであるとアシュレは理解した。


「順調に水源地に向かっているよ。いまちょうどアテルイが渡してくれた行動食を食べたところだ。サブジを挟んだ麺麭パン、すごく美味しかった」


 順調である、と告げたところで安堵の。

 美味しかった、のところで歓喜の。

 それぞれの感情をアシュレは感じ取った。


『それはよかった。それで、あとどの程度かかりそうですか、水源地までは。おおよそでかまわないので教えていただけるなら、嬉しいです』

「夕食かなにかの準備? そうか食料の残量のこともあったね」

『ええ、まあ、それもあるのですが』

「? ほかになにか?」

『いえ、それはこちらの事情です。ちょっと相談させて頂きたい案件が。ただ、これはお帰りになられてからのほうがよいお話で。それで時間のかかり具合を』

「わかった。えーっと……」


 あとどれくらいかかるんだろう。

 アシュレはそんな意味を込めて、エレを見つめた。

 まかせておけ、とばかりに頷くとエレは懐中からひとつのお守りタリスマンを取り出した。

 大ぶりな菱形のそれは七色に輝き、精緻な彫刻が成されている。


虹色田鼈レインボーウォータマンティスだ」


 キレイだね、とアシュレが感想するよりはやく、それはエレの掌の上で六本の脚を展開し、大型昆虫の姿を取った。


 デカい、デカ過ぎる。

 水生昆虫の類いだとエレは説明したが、こんなものがそのへんの水辺にいたら、アシュレだったら気絶する。


「気をつけろよ、アシュレ。コイツは獰猛なヤツだ。半メテルくらいの魚だったら、一匹で仕留めてしまうくらいの腕の強さと、強力な吸血性を持っているからな」


 エレの説明を受けている間にソイツはまるで七宝焼きのように美しい背中の間から、やはりガラス細工のような翼を展開させた。

 しきりに触覚をうごめかして……なにかを感知しようとしている。


「水の匂いを探しているのだ。そういう性質をコイツらは持っている」


 と、その巨大な水生吸血昆虫は、エレのほうに頭を振り向けた。

 コラコラ、とエレが手を使って蟲を別方向に差し向ける。


「コラコラ、それはちがうだろ。その濡れている、は違うぞ。そうだ、それでいい。もっと大きい水の気配を探れ」


 なにがどうなっているのか、アシュレにはさっぱりわからないが、エレにたしなめられた虹色田鼈レインボーウォータマンティスは、それまで迷うように蠢かせていた触覚をある一定の方向へと振り向けた。


 そして、唐突に、飛び立つ。

 ごおおおおおっ、という昆虫とは思えぬ巨大な音を立てて、宙を舞う。

 まっすぐに、迷うことなく一直線にどこかにむかって飛んで行く。


「なんだアレ」

「いいぞ、いい反応だ。大きな水の匂いを嗅ぎつけた! アレは地上を飛ぶこともできるが、狩りは水のなかで行う。外では微妙な水源が多すぎて使えなかったが、切り札を温存してきた甲斐があった。ここならキチンと一番濃く大きい水の匂いを嗅ぎつけるぞ!」

「さっき一瞬、エレの方を向いたけど、アレはなに?」


 アシュレの問いかけに帰ってきたのは鉄拳制裁だった。

 ゴチン、と頭を小突かれた。

 なに、ボク、まずいこと訊いたの?

 意味がわからずアシュレは頭を抱えた。


「なにをしている、バカめ。はやくアテルイに伝えてやれ。水源は目前だと。あの飛び方、勢いは間違いなく近くに水場かそれに類するものがある!」

「いてて。だ、そうだよアテルイ。もうすぐ帰れると思う。水場は近いみたいだ」

『大丈夫ですか、旦那さま?! 暴力を振るわれたんですね?! やっぱり、あとでその蜘蛛女にはお仕置きが必要ですね! でも、よかった。お早いご帰還が期待できるようで安心しました』

「上水の件が解決したら、食料の確保や下水関係の話も順に解決していこう。状況を整理して、準備を整えておいてもらえると嬉しい」


 アシュレの言葉に、アテルイの心の重しが軽くなるのがわかった。

 戦隊の現状とその問題点を連絡係としてだけでなく厨房の主任として、だれよりも把握してきたアテルイであろうから、その心労には計り知れないものがあったはずだ。


 アシュレも素直に嬉しかった。

 もっとも、その喜びは一瞬のものでしかなかった。


 なぜなら、悲鳴にも似た叫びと戦いの音が、この上水道を内包するエリアに響き渡ったからだ。





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