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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 1・「泉水の姫君」
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■第十六夜:姫巫女の告白



 レーヴの方はアスカが引き受けてくれたらしい。

 わめき声が聞こえたが、追ってくる様子はなかった。


 食糧事情を聞こうとしただけで、しっちゃかめっちゃかだ。

 自分が眠っている間、ノーマンたちは、どうやってこのメンバーをまとめていたんだろうか。

 またまた頭痛がしてきたアシュレである。


「エレ、いまのはよくなかったよ。そりゃ、虫は食べられないとか先に言ったレーヴが悪いかもしれないけど」


 実際ボクも昆虫食はあんまり得意じゃないよ、とはアシュレも言わなかった。


 アシュレの生まれ育ったエクストラム、というかイダレイア半島全域に昆虫を食べる習慣はほとんどない。


 山際に暮らす人々や森番、そして養蜂家たちのなかにはハチの子を食する文化があるとは聞き及んではいたが、実食したことはアシュレはない。

 実際には飢饉の際、農民たちは口にすることもあるのだが、聖典にイナゴが悪虫として描かれていることもあって、基本的に虫の仲間は忌避の対象である。


 実際、イズマやエレ、エルマと行動を共にするまで、アシュレも虫の類いを口に入れたことはなかった。


 なるほど一度食べてしまえば、いわゆる怪奇な味ではなく、むしろ美味しいものであるとはわかったのだが……アレを進んで嬉々として食する度胸はいまだにない。


 戦時食や口慰みとしてなら一考に値するし、それを選り好みするほど子供ではないが、常食・メインとくれば話が変わってくる。


「だが、わたしを連れ出してくれたのは、現状把握はわたしのほうが的確だとオマエは思ってくれたからだろう?」


 手を引きながら水路の上を歩くアシュレに、エレが言った。


「それは……そうだね。食料や飲料水の残量や調達に関する事柄は、計算や勘定に長けたエレたちのほうが詳しいとは思う」


 アシュレとしてはレーヴとエレの優劣を競う話ではなかったので、言葉を選んで修正しながら告げた。

 そんなアシュレに、エレは「さすがだ」と賛辞を贈ってくれた。


「実際、真騎士の妹たちの食欲は旺盛だ。昆虫食が口に合うか合わんかは文化の差の話だが、そんなことを言っている場合じゃあない。実際問題としてすでに配給制に食料はなっている。子供たちに空腹を強いることほど残酷なことはないぞ」

「そんなに。じゃあ、昨夜の宴は……」

「オマエの生還を祝しての大盤振る舞いだ。自分たちを救い、生きて帰った者にすこしでも報いたいというな」

「そうだったんだな。じゃあさっきの麺麭パンもサブジも魚も、特配ってことか」


 だからアテルイはそっと渡してくれたんだな。

 アシュレは内心、納得した。


 四半刻とは言わないが、歩いてテントから離れ、アシュレはテーブル状になった柱の残骸に腰を降ろした。

 ここまでくれば話し声をレーヴに聞かれる心配はない。


 エレが横に腰掛ける。

 そのときになって、アシュレはここまでずっとエレと手を繋いできたことを思い出した。

 腰をおろし、向き直った土蜘蛛の凶手は話しはじめた。


 いかに食料の確保が大事かという話題だ、それは。


「オマエならわかると思うが《スピンドル能力者》は、その《ちから》の代償を、自らの肉体から支払う。血や肉に骨、ときには重要な器官さえ捧げて。その消耗の度合いというのは、常人の疲労とは次元が異なるものだ。そして、それを支えているのは潤沢で、バランスの取れた食事や良質の睡眠に入浴、そして心の充足なのだ」


 こうやって面と向かって話すと、エレの主張はまっとうだった。

 

「オマエは、今回もまた死の淵から生還した。イズマさまもだ。ふたりが昏睡している間、我らがどんなに献身的にそれらを揃え、皆が困窮せぬよう尽くしてきたか。それだけは知っておいてくれ」


 つまるところ快適な寝床や食料などを調達・維持してきたのは、自分たち土蜘蛛だとエレは言うのだ。

 それは紛れもない事実だった。


 たしかに、真騎士の乙女たちにそのような影働きは、期待することさえ難しい。

 基本的に彼女たちは騎行という名の略奪によってその生活を維持する、一種の狩猟民というか騎馬民族だ。


 しかも、狩る相手はヒト型の他種族ということになる。

 真騎士の乙女たちの言う調達とは、どこかの別の種族がこしらえた完成品の強奪のことなのである。


 夜魔と並んで、生産性という言葉からはもっとも遠い種でありさがといえよう。


 いまや土蜘蛛たちに替わり厨房の事情を引き受けているアテルイも当時は憔悴の極みにあり、ノーマンやバートンが探索や索敵を担当していたと考えれば、その間、戦隊の食事や洗濯、日々の細々としたしかし二〇名分を超える膨大な量の家事を支えていたのは、エレとエルマしかいない。


 たったふたりで五日間以上、彼女たちはそれを黙々とこなしてくれていたのだ。

 しかもイズマの介護を分担しながら、だ。


 そこまで考え至って、アシュレはエレがなぜレーヴに食ってかかるような物言いをしたのか、理解に及んだ。


「ごめん、エレ。ボクはあなたたちの奮闘をすっかり失念していたんだね」


 素直に頭を下げた年下の弟分に、エレは頬を染めてそっぽを向いた。

 珍しいことだが照れていたのだ。


「いや、いいのだ、アシュレ。オマエは一週間も昏睡状態にあって昨日、目覚めたばかりなのだから。影働きは我らの役目。それにいま、気がついてくれたではないか。報いてくれとは言わんが……虫けらのごとく謗られるいわれはないということだ」

「ごめん、ほんとうにすまなかった。そのことにもっと早く気がついてあげられればよかったんだけど。そうか、ボクたちはずっと助けてもらっていたんだね」


 ありがとう、とアシュレはあらためて礼を述べた。

 理解への感謝を示すように、エレが指を絡めてきた。

 アシュレもすこし力を込めて応じた。

 感謝を伝えたかった。


 ただそんなアシュレにも、次の瞬間エレが身を預けてきたのは……想定外だった。


「エレ?!」

「すまん、アシュレ、すこしオマエのぬくもりをくれ」

「どう、したの? 今日、ちょっと変だ、よ」

「うん……じつはイズマさまのことだがな」

「イズマの?」


 声のトーンがいつものエレのそれではなかった。

 心細げな姫巫女としてのエレの声。

 こんなエレを見るのは、アシュレも初めてだった。


「イズマがどうかしたの?」

「うん、その……な。これは、介護していたわたしたちだけしか知らぬことだから、いまオマエに初めて話す。どうか口外はしないでくれ、わたしとエルマ以外には」

「わかった。約束する」


 エレの口調のあまりの真剣さにアシュレは、頷いてそのカラダを抱きしめた。

 そっと、しかし強くエレが身を寄せてくるのがわかった。

 肉体を包む伸縮性のある布地越しに、エレの体温と震えが伝わってくる。

 抱きしめた姫巫女の肉体は、アシュレが想像していたよりずっと華奢で柔らかくて……儚げだった。


「話して、くれるかい」

「うん、なるべく冷静になるよう務める」


 エレがとつとつと語りはじめた内容は、事実、衝撃的なものだった。




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