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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 1・「泉水の姫君」
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■第十四夜:隠し扉と長い睫毛(?)


「ここ、隠し扉があるな」

 

 建造物の異変に気がついたのはエレだった。

 場所は獅子像のすぐ近く、通路が終わるあたりだった。


「どこ? 継ぎ目なんてないよ?」

「触ってみろ。わずかだが材質の質感が変わっている。錠前も鍵穴もないが……かすかに水の匂いもする。それはさっきの泉と同質のものだ。恐らく隠された上水施設への通路なんじゃないか?」

「まって。《スピンドル》を通してみよう」


 正解だった。

 アシュレが《スピンドル》を発動させた掌で触れると輝く緑色のラインが走り、ゴクン、と錠の外れる音がした。


「ドンピシャだ、アシュレ」

「罠でなくてよかったよ」

「隠し扉に罠を仕掛けるようになったら、そいつはもう妄執狂パラノイアだぞ。たしかにちょいとおかしな性癖の持ち主だったようだが、ここは竜の城だったのだろう? そこまでいってしまったら空の王者の振るまいではない。夜盗に脅える小金持ちのようなことを奴らがするか?」


 それもそうだ、とアシュレは思う。

 ここが竜の居城であるなら──彼らがいちいち侵入者を罠にかけるような精神性を持ち合わせているはずがないと納得する。

 ふと顔を上げるとエレの赤い瞳と目が合った。

 

「どうしたの?」

「いや……オマエ、睫毛長いな、とそう思ってな」

「な、なんだよ突然に。あと、なんかすごい近いんだけどエレ。あ、当たってるし肘に、その、柔らかいモノが」

「いや、なに。オマエの《スピンドル》はすごく良い香りがするんだ。どこかイズマさまに似ている……魅かれる。急に意識してしまった」


 どうしたことか、エレの瞳が潤んでいる気がするアシュレだ。

 しかし、深く考える時間はなかった。


「そこ、近い。離れろ」


 どん、とレーヴが間に押し入り、壁に手をつく。

 その勢いで隠し扉が開くほど、その平手にはパワーがあった。


「まったく油断も隙もない」


 言いながらアシュレの腕を取らなければ完璧だった。


 レーヴは抱きかかえた腕を離そうとしない。

 かと思えば、なぜか逆側の腕はアスカに抱きかかえられている。


 なんだろうか、どうも彼女たちの様子が揃っておかしいようにアシュレには思える。


「ちょっと、皆さん、真面目に。これじゃあボク、武器も盾も握れない」


 アシュレが苦情を言えば、ふたりの美姫はそれで初めて自分のしていたことに気がついた様子で、慌てて飛び退いた。

 こちらもどうしたわけか……ふたりとも瞳が濡れていた気がする。


「???」


 気のせいなのか。

 アシュレは首を捻りつつ、先行するエレの後ろを追った。




 隠し扉の件は、エレの目算の通りだった。

 このパレスがその裏側に隠していた上水道基幹部へのアクセス経路、そこへと続く扉だったのだ。

 わざわざ扉が隠されていたのは、上水道基幹部が宮殿を陰ながら維持する装置の側……つまり舞台裏バックヤードだからだろう。


 幾千の時を超え目の前に現れた巨大な構造物。

 その偉容を前にアシュレは溜め息をついた。


「なんて広大な空間が隠されていたんだろう……」


 幾何学模様を描いて配された上水の経路は、磨き抜かれた水晶をくりぬいて作られたものだった。

 淡い光は透過光のようだ。

 どこかから外光が透けて、ここまで届いているのだろうか?

 

 それにしても、これが水路だなどと、とても信じられない。


 足下は真っ白な砂で出来ている。

 その純白を上水の経路が貫いている。


 まるで水晶で出来た林床を歩いているような気持ちに、アシュレはなる。


 いや、実際にここは林床なのだ。

 ただし人造の。

 信じがたいほどの叡知と技術によって建造された。


 アシュレたちは街路のように調えられた水路の上を歩き、ところどころでそれらしき水門を操作していった。


 それにしても、水の通り道は開けど、肝心の水源にはなかなか辿り着けない。

 当然だが一滴の水も流れては来ない。

 

「やっぱり源泉にまで行かなきゃならないんだな。あとどれくらいの距離があるんだろう。ここまでずいぶんと歩いてきたケド……帰り道は大丈夫かな」

「案ずるな。すでに迷宮攻略の定番、アラクネの糸を侵入口に使った扉に結びつけてある。対策は万全だ。それに……」

「それに?」

「帰るときは、上水の流れに従えば良い。その流れの行き着く先に、必ず出口がある。音と振動が導いてくれる」


 なるほど、とアシュレはエレの教えに感心した。


 複雑に入り組む地下世界を住み処とする土蜘蛛である。

 迷宮攻略において、その知恵と技術で人間が敵うはずもなかった。

 もつれず、切れないというアラクネの糸は、彼女たち土蜘蛛の伝説に登場する美姫:アラクネフティスの名から採られた。

 迷図のごとき地下世界に赴く勇者に、姫は己の指とつながる糸を与え、無事の帰還を助けたのだという。

 想い人と己の小指にこの糸を結びつける恋の呪いは、そこから生まれた文化だと聞いた。


 伝説が本当かどうかはともかく、このような利器は本当にこういう場面の助けになる。

 この手の細々としたアイテムを扱わせたら、土蜘蛛に敵う種族はいない。


 エレはイズマの推薦でこの小戦隊に組み込まれたわけで、まずその人選から正しかったのだと改めて思った。

 まあ、その……人種的問題はさておこう。


「それにしても、すこし休憩してはどうか。それなり以上に大空間だろうとは推測してはいたが、まさかここまで広大だとは思わなかったぞ」


 続けてエレが提案した。

 たしかにその通りだとアシュレも思う。


 ここまで来る間に、ずいぶんと時間を費やしていた。

 念話を用いてアテルイとの交信したのが、隠し扉の奥に進む直前のこと。

 それからだから、かれこれ一刻近くは歩いていたことになる。

 

「索敵警戒しながら進んでいるんだ。直線距離に直したらそれほど歩いたわけではないが、そろそろ休憩がいるだろう。いざというとき息切れしていては話にならん」

「そうだね。アテルイから預かった昼食もある。柱廊の地形を利用して敷布を敷いて、休憩の場所を確保しよう」

「まかせておけ、テントの設営はお手の物だ」


 言うが早いか、エレはあっという間にテントを建ててしまった。

 平たく背の低いテントは土蜘蛛の一族独特のもので、敵の目から拠点を発見しづらくさせたり、風の影響を最小限にするなどの効果があるという。

 それでも、大人四人が中に潜り込んで寝起きするには充分なスペースが確保できるよう、工夫がされていた。

 

「トラントリム攻略戦のときにも使わせてもらったけど、便利なものだね、土蜘蛛のテントは。壁面にでも石にでも木の幹にでも糸で接着できるから、設営場所を選ばないし、穴を空ける必要もないから痕跡を残しづらい。それに見た目よりずっと居心地が良い」

「上手な巣を造れるかどうかは、男女を問わず土蜘蛛のステータスのひとつと言っていい。人間の世界でも、機織りが上手な娘が引き手数多あまたなのと似ているな。まあわたし以上の営巣上手はベッサリオンの氏族でも我が妹:エルマか、イズマさまくらいのものではないか」


 たしかに柱廊の残骸を利用して張られたエレの巣は、立派なものだった。

 空色の生地でつくられたそれは、淡く青いこの迷宮の光にも見事に調和している。


 どうして上水施設のあちこちに、頽れた巨大な柱の残骸が放置されているのかは謎だが、それはまた別の問題だ。


「たしかに。これは見事だ」


 思わずアシュレは呟いていた。 

 得意げにエレが笑う。


「ふふふ、オマエもやり方を憶えておくか? ここから先、戦隊を率いて転戦するとなると、こういう生存知識と技術こそ重要になってくる。真騎士の乙女たちの騎行のように、人類圏から徴発・略奪しまくるつもりがないなら、いろいろ自活できるよう鍛えておくことは大事だぞ」


 一部表現には問題があるが、エレの言う通りだとアシュレは思った。

 今回の上水探索行が、すでにしてそうである。


 敵地への遠征、長距離侵攻において軍団を維持するのは兵站であり、戦闘以外の場面で消耗・損耗を避ける技術だ。

 個人レベルで言えばそれは簡易な宿泊施設の設営能力であったり、地形を的確に見抜く能力であったり、もっと直接的に食料を調達する力であったりする。


 もちろん、それは過去アシュレが所属していたエクストラムの聖騎士パラディンの基礎修養に含まれてはいた。

 だが、聖騎士パラディンの役目は、それよりも審問と直接的な戦闘のほうに重きが置かれている。


 騎士の食事や寝所の準備は、そもそも従者がするのが決まりごとだ。


 調理に関してはアシュレも不得意ではなかったが、かつての従者:ユーニスや、いま戦隊の食事に関しての一切を取り仕切るアテルイほどきめ細やかな心配りができるかと問われたら、自信はまったくない。


 野外のサバイバル能力についてもイズマやエレは別格として、バートンにもノーマンにもまったく及ばない。


「いい機会だ。わたしが手取り足取り教えてやってもいいぞ?」


 真面目に検討しているアシュレを見たのだろう。

 エレが提案してくれた。


 お願いします、と普段のアシュレであれば即座に、素直に答えただろう。


 そうしなかったのは、エレとの距離が近過ぎたせいだ。

 具体的には後ろから抱きつかれていた。


「いや、あのエレ?! な、なんだか今日は距離感がおかしいよ?!」

「んふ、そうか? わたしとしては弟との無邪気なスキンシップとしか思っていないが?」


 いや、ぜったいちがう、とアシュレは思った。

 首筋に感じる艶めかしい吐息には、べつの意図しか感じられなかった。

 出発前、アシュレがエレの服装を気にしていたので、からかっているのだ。


「と、ともかく離れて! 離れてくださああああい!」

「んんー、つれないなあ弟君は」


 アシュレは、なかば強引にエレを引き剥がした。

 眼前に腕組みをしたレーヴと、そのうしろには視線を宙に泳がせるアスカが立っていたからだ。 






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