■第十夜:探検に行こう!
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「えっ、アシュレくん、いくの。いっしょに探索に?」
「だってもし、上水道の制御装置が《フォーカス》だったりしたら……ボクが手懐けるのが一番簡単じゃない?」
探索の準備を進めるアシュレを案じて、イズマが言った。
主張はもっともだけどカラダはだいじょうぶ? という顔をイズマはする。
アナタに真面目に心配されるとなぜかずごく不安になる、とアシュレは思う。
上水道探索のメンバーは厳選の末、エレ、レーヴ、アスカにアシュレと決まった。
「病み上がりでホントに、イケるの? ボクちんだってまだフラフラしてんのに」
「それがどういうわけか、快調なんだ。どんどん《ちから》が溢れてくる感じだ」
そういうアシュレの肉体を触診して、イズマは驚愕の表情を見せた。
「いや驚いたね、たしかに口だけじゃないみたいだ。肉体の損傷や疲労の回復もそうだけど、《スピンドル》の回転数の増幅具合は目を瞠るものがある。そうか……《魂》を使ったからその経路が太くなったんだな……拡張済みってことか」
昨夜のレーヴと結んだ関係を知らぬイズマは、素直に思いを口にした。
いつもなら、なんらしか謀を巡らせていてヒトの度肝を抜く側のイズマが、今日は逆に驚嘆していた。
そのことにアシュレは密かな愉悦を憶えたし、また同時に心のなかに汗もかいた。
レーヴとの関係は、文字通り秘めごとだったからだ。
「さて諸君、戦闘力面では、わたしにヒケを取るつもりもないだろうが、建造物内および迷宮内での行動の指示にはどうか従って欲しい」
準備を終えてパレス前に集結したメンバーを見渡して、土蜘蛛の姫巫女の姉の側=エレが宣言した。
いつもの巫女服ではなく、丈の短い上着に全身の肉体美を隠そうともしない暗殺者としての強襲スタイルだ。
白い肌が濃緑色の装束に良く映える。
ただ、カラダの線が裸身以上に強調される服装なので、なんというか目のやり場に困るアシュレだ。
「なんだアシュレ? この服装か? 今回は、どのような狭い場所に潜り込まなければならないかわからないし、呪術系の異能より隠身や格闘戦、機動力のほうに重きを置いたというだけのことだぞ?」
呪術系異能にアドバンテージのある巫女服ではなく、あくまで密偵としての能力を優先させるということなのだろう。
だが、まじまじと見つめるのはエレの裸身を白昼堂々凝視するようで、やはり気恥ずかしい。
アシュレはたまらず、目を逸らした。
それにレーヴも倣う。
もちろんこちらは嫌悪の表情で、だが。
さあ、わたしの後ろについてこい! というエレの言葉に「了解!」と元気よく答えたのは、アスカだけだった。
「どうした? んんん? 返事がないようだが?」
「いや、あのエレ、ちょっとその……その服は後ろもそんななんだね……」
ついてこいと言われても、素直には顔を上げられずアシュレが赤面してしまった。
美しい曲線を描く臀部が眼前をちらつけば、どこを見ていいのかわからないのが男と言うものだ。
そんなアシュレの反応が面白かったのだろう。
からかうような調子でエレが腕を取ってくるから、困ってしまう。
いくら人類の仇敵土蜘蛛とはいえ、彼女は元一族の姫巫女。
貴種の血筋に絶世の美貌と、性別を問わず相手を魅了する肉体美の持ち主なのだ。
寄せられた首筋や胸元から蘭を思わせる高貴な香りがする。
それはエレの《スピンドル》の匂いだ。
「なーんだ、アシュレ。いまさら、わたしの身なりを恥じているのか? 毎晩、とっかえひっかえ美姫たちの奉仕を受けておきながら。あまり初心が過ぎるのも嫌味というものだぞ、それは。いいじゃないか、男としては目の保養というものではないのか。わたしは、いっこうにかまわんぞ? それほど魅力的だということだからな?」
「やめろ、アシュレが困っているじゃないか」
ワザと胸を強調しながら、きわどく身を寄せてくるエレをレーヴが制止した。
その真剣さに、エレは驚いたような表情を作った。
「おお、こわやこわや。ふーん、ずいぶんと入れ込んだものだな、真騎士の」
「そ、そんなんじゃない。アシュレはシオン殿下と相思相愛の仲なのだ。それを誘惑するとは不埒が過ぎるぞ!」
「おおお、なんだなんだ? 純愛路線か、真騎士の乙女さまはお堅いことだな。あーんしんしろ、アシュレはイズマさまの弟のような存在。つまりわたしにしてみても、かわいい弟のようなものだ。からかっただけだよ。それを真に受けるとは……純でかわいいなあ、真騎士の乙女さまは」
エレがケラケラと笑う。
からかわれたのだと知ったレーヴが、烈火のごとく怒る。
謀略と暗殺を司る土蜘蛛たちの間では、この手の軽口や弄りは緊張感をほぐして互いの信頼関係を確認する一種のコミュニケーションなのだが、文化がまったく異なる真騎士の乙女にはそれがわからないのだ。
そんなふたりの背後で、なにかショックを受けたイズマが後ろ向きに倒れたような気がしたが、アシュレは見ないことに決めた。
隣りではアスカが笑っている。
ここが話題の切り替えどきとばかりにアシュレは、アスカに話しかけた。
「そういえばアスカも、今日はずいぶんと女のコらしい服装なんだね」
「もう自分を偽る意味も必要も、なくなったからな」
いままではターバンに押し込めていた長い黒髪を、今日のアスカは後ろで編んでまとめていた。
その肉体を包む衣装は、どうやらレーヴからの借り物らしい。
借り物だと言われなければわからないほどその衣装はアスカに似合っている。
しかし注意して見れば、たしかにそれは女性的な魅力を引き出しつつも戦闘用の実用性も捨ててはいない真騎士の意匠だ。
自分が倒れている間に、真騎士の乙女とアスカが衣類を貸し借りするほど人間関係を深めてくれていたことに、アシュレはすくなからぬ感動を覚えた。
あとその……お世辞抜きでほんとうによく似合っている。
これまで皇子という立場に縛られ、本人もそうあらねばと律し押し込めていたものが、ここにきて花開いたようにも思える。
アシュレの表情から思いを汲み取ったらしいアスカが、にかんだ笑顔で胸を張った。
「なるほど血というものはおそろしいものだ。どうだ、この服、あつらえたようにぴったりだろう?」
血、というアスカの言葉にはわずかだが、陰りがあった。
アシュレは告白の意味するところに気がつき、言葉を失った。
「アスカ……」
「聞いていたのだろう、アシュレ。あのヘリアティウムの地下でのことを。わたしの血統のことを」
アスカは唇の端に笑み溜めたまま、静かに問いかける。
アシュレは一度沈黙して、それからゆっくりと頷いた。
真剣な目になってアスカが続けた。
「そう。わたしの肉体は、その九割がたが真騎士の乙女たちと同様のもの。残り一、二割はつなぎとしての……淫魔のカラダ」
青い瞳でまっすぐに見つめられたアシュレは、視線を逸らすことなくそれを受け止めて、答えた。
アスカの杞憂を晴らすように首を振りながら、ハッキリと断言する。
「きみがなに者でもかまわない。ただ、アスカでさえいてくれるなら」
言い切ったアシュレにアスカは呆れたというか、困ったような顔をした。
深く溜め息を吐く。
「……オマエ、そういうところだぞ、たらしって言われるのは」
「本心なんだから、仕方がないじゃないか」
たらしと面と向かって指摘され、たしかにそうだとアシュレも思ったが──ほかに言葉がない。
「まあ実際、真騎士の美貌と、欲望を受け止めれば受け止めた分だけそれに応えてしまう淫魔の血筋の組み合わせというのは──それを自由にできる男としては、なかなか魅力的な玩具と思うぞ?」
明け透けに耳打ちされ、アシュレは頭に血が昇るのを感じた。
くくく、とアスカが意地悪く笑う。
だが、それはワザとなのだとアシュレにはわかってしまった。
アスカはそうやっておどけて、なんとか自分自身を奮い立たせているのだ
そんなアシュレの心の動きが、今度はアスカに伝わったのだろう。
そっと身を寄せられ、告げられた。
「ありがとう。わたしがいまこうして笑うことができるのは、オマエのおかげだ、アシュレ。すでにオマエのモノにされてなかったら、わたしはたぶんもう、とっくに狂死していたよ。罪の意識に耐えきれなくて」
あまりのことにアシュレは黙るしかなかった。
アスカにとってあの宣告は、自分自身が父:オズマヒムの血統ではない、と突きつけれれた……いわば自分自身の存在意義を根底から打ち砕かれるような出来事だったはずなのだ。
どんな顔でアスカを見ればいいのか、アシュレには分からなかった。
けれども、当のアスカはアシュレのその顔を見て、容赦なく声を上げて笑った。
それだけですこし救われた気持ちにアシュレはなる。
彼女生来のさっぱりとした気質に助けられているのは、自分のほうだと改めて思う。
そのとき、パレスの外で待機し戦隊への連絡役を引き受けたアテルイが、パンパン、と手を打ち鳴らした。




