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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:Episode 0・「恋は流星のように」
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■第二夜:物語は英雄を獲りに来る


         ※



 ざぶり、と白銀に輝く船体が紺碧の空を移し込む湖面に見事な着水を決めたのは、船上での討論の丸二日後だった。

 船を着水させ、船体を岸へと導き終えたところでアシュレは崩れ落ち、意識を失った。

 目を覚ましたのは、なんと一週間後である。


「うわっ、ボクは、どうなったんだッ?!」

「ようやくの目覚めか。世話をかけたものだな、アシュレ」

「心配いたしました、旦那さま」


 跳ね起きたアシュレを迎えたのは、ふたりの美姫であった。


 美姫のうち、ひとりはアスカリヤ。

 いつもは束ねターバンに押し込めている黒髪を、今日は下ろしかしている。

 太い独特の髪質がはだえの上で複雑な紋様を描く。

 

 もうひとりは彼女の副官にして、いまはアシュレの内縁ではあるが妻となったアテルイ。

 そのふたりがいまアシュレを守り抱いていたのだ。


 そして、当然のように、ふたりとも裸身である。

 いや、正しくはアシュレも含めた三人ともが、だが。


「えっ、な、なにコレ?! もしかしてボク、死んだ?! 死んで天国に……。いや、なんだこの状況、これがボクの天国ッ?! まてまてまてまて、なんでハーレムなんだッ?! アイエッ、ハーレムハーレムなんでッ?! いや、アスカにアテルイ、君たちふたりまでがいるってことは……まて、ちょっと待ってくれ……」


 動転するアシュレは、ふたりの美姫に左右から頬寄せられて固まった。

 ふたりは甘くアシュレの耳朶を噛む。

 そうしながらも囁く。

 それは命を助けられ、存在を許されたふたりの娘が愛する男に告げる真心からの感謝と愛の誓いだ。


 表現こそ違えど、繰り返し囁かれる愛の誓いに、アシュレの混乱は頂点に達した。

 血流配分が上から下へと急激に変わったせいで、目の前が暗転する。

 飛び起きたはずの枕に後ろ向きに倒れ込む。

 

「ど、どうなってるの、コレ……」

「おまえは倒れた。わたしやアテルイだけではなく戦隊全員を救い出し、そのうえでこの地に導くという大仕事を成し遂げた直後に、な」


 困惑するアシュレにさらにいっそう身を寄せながら、アスカが説明してくれた。

 《魂のちから》を用いて絶望的状況から戦隊全員を生還させたアシュレが、いかに消耗し、危機的状況にあったのか。


 そして、アシュレを想う美姫たち全員がどうやってアシュレという男を救い、これまで手厚く看護してきたのか。


「そうだったのか……やっぱり今回もギリギリだったんだな」

「いや、たぶん、今回のものはこれまでオマエが体験した昏睡のなかでも、最悪のものだったと思うぞ。《魂》の発現が止まったとき、どんなことが人間の肉体に起るのか。ああ、思い出しただけでもゾッとする」

 

 アシュレを覗き込み、言い終えたアスカが覆いかぶさって、くちづけをした。

 ぽたぽた、と熱い涙がこぼれ落ちて、アシュレの頬を伝い、唇に流れ込んでくる。


「アスカ?」


 アシュレは涙の意味を問おうとするが、果たせなかった。

 こんどはアテルイが、同じように唇を求めてきたからだ。

 ふたりの美姫は、一様に泣きながらキスの嵐を降らせてくる。


 いまいち状況を掴みきれぬままアシュレは、ふたりに身を任せるしかなかった。


         ※


「じゃあ、ほんとうにボクは危なかったんだな」


 アテルイとアスカに付き添われ大きな焚き火の前に姿を現したアシュレは、戦隊の各々から嵐のような祝福を受けた。

 それぞれが賛辞と謝意を述べ、抱擁を交わす。

 

「実際、際どいところだったぞ」

 

 手近な倒木に腰を降ろしたアシュレに、そう言ったのはノーマンだ。

 苦言しながらも、その顔には今回も生還を果たした年若き騎士を誇らしげに思う笑みがある。

 戦友を見るまなざし、といえばわかりやすいだろうか。

 

「若にはこれまでも、ずいぶんとヒヤヒヤさせられてきましたが、どれも今回のものほどではなかったですな。まさに最大級。これほどのことをしでかすとなら、こんどからは事前に申告していただかないと。ついていくわたくしどもにも、心の準備が必要ですからな。葬儀を出すにしても、事前に告知や手続き、準備というものがあるのですよ」


 チクリ、と皮肉ったのはバラージェ家の執事にして密偵であるバートンだ。

 その口元にはやはり、不敵な笑みが浮かぶ。

 彼もあの死地を潜り抜け、生還を果たしたひとりだった。


 口では若き当主の行いを咎めて見せるが、その実、アシュレが見せはじめた英雄としての逞しさと男ぶりには感心しているのだろう。

 その口調は軽い。

 このあたりはかつてアシュレの父:グレスナウとふたりで、ずいぶんと無茶(そしてきわどい遊び)に興じてきた男ならではの感覚と言えた。


 それは男というのは無茶をするものだし、それくらいでなければ戦士階級としてはやっていけないという時代の風だ。


 アシュレはそんな男たちからの賛意に、やはり口元をほころばせて応じた。


 尊敬する年長者から己の武勇と活躍を褒められれば、やはり嬉しく感じるのが騎士なのだ。

 無茶を貫き通し、成し遂げたという自信が若き騎士を高揚させていた。


 だが、女たちはそうではなかったようだ。


「ほんとうに、おまえという存在が失われてしまっていたかもしれない。そういう瀬戸際だったのだぞ」


 怒ったような口調でアスカが言った。

 しかし、その瞳はいまにも壊れてしまいそうなほど揺れ、あふれ出しそうなほどに潤んでいる。

 青い瞳が焚き火を反射して、キラキラと光っている。


 いつもは男勝りなアスカにまでそう言われると、アシュレは弱い。

 今日のアスカは女性としての装いだから、ほんとうに儚げに見える。

 慌てて笑みを消し、真顔になった。


 その隣り、すこし下がった位置で給仕に勤しんでいたアテルイの瞳も、おなじように濡れていたからだ。


「事実、わたしたちがかわるがわる《スピンドル》でもって、キミの存在そのものに火を注ぎ込み続けなければ──キミは向こう側に……つまり虚構の側に食われていたかもしれなかったんだ」


 アスカの言葉を受けるように、焚き火の描く光の輪のなかに加わりながら言ったのは、なんとレーヴだった。

 戦闘時でないのでこちらも女性らしい、姫君としての装いだ。


 暗がりのなかで揺らめく炎に映し出される彼女の姿は、シルク製のドレスの風合いと相まって、まるで本物の妖精のように見える。


「虚構の側……?」

「どうもキミが発現したあのすさまじいエネルギー=《魂》という現象は、実在と虚構を貫いて存在するものであるようだな。現実に実在し影響する強大なエネルギーでもあると同時に、物語のような空想や妄想、概念の側にも通じている。それはつまり──」

「鍛え磨かれた《意志》が《スピンドル》を生み出すように、それが現実にはあり得ないはずの奇跡を起こすように。《スピンドル》の先に用意されていた《魂》という概念は、虚構からエネルギーを引き出す《通路》そのものでもある──そういうことでしょうか?」


 レーヴの言葉を継いだのはアテルイだった。


 幽体離脱や念話などの超常能力を使う霊媒である彼女は、この戦隊のなかである意味、《魂》に対するいちばんの理解者であるとも言えた。

 アテルイの解釈にレーヴが頷く。


「うん、そうだ、アテルイ殿の言われる通り。だから、それまで発現していた《魂》という現象が急激に消滅してしまうと……それまで《魂》があった場所には虚構と現実を貫く穴が生じる。そこに──」


 レーヴは空中に球体を捧げ持つような、あるいは穴の大きさを表すような仕草をした。

 そのあとをやはり、アテルイが受ける。


「こんどは《魂》が空けた穴を通じて虚構が、つまり理想・・が《魂》を使い尽くした人間を物語りそうそのもの・・・・にしようと・・・・・獲りに来る・・・・・


 まるで騎士道物語ロマンスが、現実の騎士を物語のなかに奪い去るみたいに。


 核心を突くアテルイの言葉に、対岸に座っていたアスカは我慢ならなくなったようだ。

 駆け出して、跪き、アシュレの膝に取りすがる。


「アシュレ、頼む、どうかもうできるだけ《魂》は使うな。使わないでくれ。そのためだったらわたしはどんなことでもする。だから、お願いだ」


 いつも陽気で男勝りの皇子は、どこへいってしまったのか。

 アスカはアシュレに嘆願した。

 アシュレの手を取り、頬に導く。

 その頬は隠しようもないほどに濡れている。

 遅れて歩み寄ったアテルイがこちらは無言で、しかし同じようにすがりついた。


 膝に頭を乗せて涙を流すふたりに、アシュレはすっかり困り果ててしまった。


 普段は気丈なふたりをしてこんなことを真顔で言わせ、させてしまうような行いを自分はしでかしてしまったのだ。

 その事実が、ようやく実感が伴って理解できてきた。


「そうか、ボクは消えかけていたのか」


 つぶやいて視線を上げると、アスカとアテルイの様子を見守っていたらしいレーヴと目が合った。


 真騎士の乙女はなぜか赤面すると、ふいっとそっぽを向いてしまった。




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