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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
第七話:蒼穹の果て、竜の棲む島
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■第一夜:空の庭園



「キミ、黒騎士、アシュレ──見えたぞ、湖面だ。着水できるぞ!」


 大気に満ちる光子フォトンをいっぱいに受け、張り裂けんばかりに膨らんだ星幽界飛翔帆アストラルセイルの先端に陣取り、真騎士の乙女:レーヴスラシスが叫んだ。


 その声に従い、アシュレは操舵を試みる。


 慣れない操船、それも空を行く飛翔艇の操縦に、アシュレの体力も精神力もそろそろ限界だった。


 陥落というより崩壊してしまったビブロンズ帝国首都:ヘリアティウムを後にして丸二日、アシュレは不眠不休で操舵を続けねばならなかった。


 途中で海なり、湖面なりに降り立ち休息を取ることも許されなかった。

 こと人類圏において、イクス教にもアラム教側にも敵対・叛逆・離反したことになってしまっているアシュレたちに、もはや居場所などない。


 潜伏するにしても、光り輝き空を舞う飛翔艇で乗りつければ、どんな村落だって騒ぎが起るに決まっている。

 村人が騒ぎ立てその地を治める領主が出てくれば、一悶着どころか、うっかり武力衝突になりかねない。


 なにしろこちらのメンバーには土蜘蛛の王に夜魔の姫、そこに真騎士の乙女たちまでが加わっている。

 人類の仇敵の見本市がごとき様相となった戦隊を受け入れてくれる場所は、もはや人類圏には、どこにもなかったのである。

 

「シダラ山はどうかな?」


 そう言い出したのは、イズマだった。


 シダラ山とは、アシュレたち戦隊が散り散りになっている間にイズマが傘下に収めた、暗殺者集団:シビリ・シュメリの本拠地の名である。


 土蜘蛛の姫巫女姉妹:エレとエルマの故郷。

 ハダリの野にそそり立つ山塊の内部空洞に存在する、土蜘蛛たちの地上侵攻用拠点でもある。


 シロアリの塚のごとく荒野に突き出たシダラ山は、なるほど、もはや人類圏での居場所を失ったアシュレたちが隠れるには悪くない物件かもしれなかった。


 だが、これには真騎士の乙女:レーヴが猛反対した。


 十数名に上る妹たちを危険には晒せないというのが、その主張であった。

 土蜘蛛と真騎士の乙女たちは、言うまでもなく、とても仲が悪い。

 険悪、というのが正しい表現だろう。


 自らが地の底を住み処としたゆえに、空を征く者に強い憧れを抱く土蜘蛛たちは、その想いを捩じれた愛情で表現してきた。

 端的に言えば、罠や襲撃による捕獲と玩弄と拷問、そして、その果ての殺害である。

 歯に衣を着せぬ言い方をすれば、辱め尽くしてから、いびり殺すわけだ。


 実際、レーヴの妹たちはイズマやエレ、エルマに対し嫌悪と恐怖を抱いているのが明らかだった。

 それはもはや生理的な現象と言ってよい。

 いくらイズマたちが敵対の意志はないと表明しても、一朝一夕に改められるものではありえない。


「それに、この船は母船:ゲイルドリヴルと紐づけられている。いわば飛翔戦:ゲイルドリヴルのオプションだ。その機能を使えば、現在位置を割り出すのは不可能ではない。土蜘蛛の長として、自らの居城を天敵に知られるのは不味いのではないか」


 反対意見に続いたレーヴの言葉が、判断の決め手となった。


「まーたしかに、この船はおたくら真騎士さんたちのものだし、ボクちんも無理強いはしないよ。かわいい妹ちゃんたちにとって、シダラ山とその地底世界に広がる土蜘蛛文化ってのが、刺激的過ぎるのは間違いないしね」


 開いたほうの目で、じっとレーヴを見つめてイズマは言った。


 イズマが長となったことで表立っての暗殺稼業は鳴りをひそめたとはいえ、謀略と殺し、拷問と嘲弄を好む土蜘蛛たちのさがそのものが矯正されたわけではない。

 清廉潔白清純可憐を自認する真騎士の乙女たちと場所と時間など共有などすれば、いらぬいさいが起るのは時間の問題であっただろう。


「かといって、アシュレひとりに負担をかけているのが現状だ。なんとか休息を取れる場所を見出さねば、このままではとてももたんぞ」


 ふたりの主張に口を挟んだのはシオンだった。


 飛翔艇:ゲイルドリヴルのオプションであるこの小型飛翔艇は、一種の《フォーカス》だ。

 この操作は真騎士の乙女の血筋しか不可能である、というのがこれまでの定説であった。

 ただひとり、その定説を覆したアシュレという男を除いて。

 そして、そのせいでアシュレは舵輪を手放すことができなくなってしまっていたのだ。 


「この船が《フォーカス》であることが裏目に出たな。このわたし──真騎士の乙女:レーヴスラシスであれば使いこなせるハズなのだが……その際は個人適合化パーソナライズをやり直さなければならない。どこかに降りて、一から設定を直さなければいけないんだ。どれくらいの時間投資が必要なのか、ちょっと見当がつかないな」


 口惜しげにレーヴが言った。


 真騎士同士であればそもそもの種族設定が同じため、舵輪の受け渡しも簡単に可能らしいのだが、アシュレは人類、それもいまや半夜魔化しつつある男であった。

 それが無理矢理、《魂》を用いて意志経路スピンドルバイパスを形成し、船を運用してしまったのだ。


 どんな無茶がまかり通ったのかはわからないが、正規の手続きをすっ飛ばしてこの飛翔艇はアシュレの支配下に置かれた。

 違法な手段で、強引に契約が結ばれたのである。

 これを解消し、《フォーカス》を正常化させるのには、かなりの手間をかけねばならないことは当のアシュレにも想像がついた。


「どうする? やっぱり、どこかの島影に一度、降ろすかい? 個人適合化パーソナライズをやり直す?」

「いや、すくなくともファルーシュ海への着水はいけない。十字軍クルセイドが動いているなら、絶対に大船団がやって来てるはずだ。法王庁や西方諸国の軍勢との鉢合わせは避けたい」

「なるほど、カテル病院騎士団の動きもわからないしねえ」


 イズマからの提案を、アシュレは即答で蹴った。

 着水どころか、ファルーシュ海上空を航行することも避けねばならなかった。


 十字軍クルセイドとは西方諸国の総力であると考えてよい。

 過去の事例を見ても百隻以上の大船団が組まれていると見て間違いなかった。


 加えて沿岸諸国の情勢不安が続く現状では、どこに先行して斥候が配されているかわからない。

 捕捉されたら言葉では表現できないくらい面倒なことになる。


 かといって水辺を離れ過ぎるのも問題だった。

 この小型飛翔艇は艇と名がつくだけあって着水できるだけの水がないと、まともに地上に下りられないのだ。

 砂丘のような柔らかい砂地であればわからないが、機体を傷めてしまったらそこで立ち往生だ。

 一か八かの胴体着陸はなんとしても避けたかった。


「では、どうする?」

「浮遊島……アガンティリス文明期の空中庭園はどうかな?」


 思案を始めたシオンに答えたのは、またもレーヴだった。


「空中……庭園?」

「うん、まさに空の浮島だ」

「まさかそんなものが……本当にあるというのか?」


 目を見開いたシオンにレーヴは頷き、請け負って見せた。


「あるとも。そもそも我々がどこから来たと思っている? 霧の島:アヴァロンは地上世界にはない。だからこそいままで神秘のヴェールに包まれてきた場所であれたのだ」

「アヴァロン?!」


 胸を反らして誇らしげに言うレーヴにアシュレ以下、全員が絶句した。


 夜魔の姫:シオンや土蜘蛛王たるイズマまでもが驚いたのも無理はない。

 霧に包まれた真騎士たちの故郷:アヴァロンは、世界最大の謎のひとつとされてきた場所だ。

 真騎士以外にその実在を知るものはない。


 これまで幾度となく真騎士の乙女たちを罠にかけ捕らえてきた歴代氏族の土蜘蛛の王たちでさえ、ついにその正確な座標を訊き出すことはできなかった夢の島だ。

 レーヴの背後で真騎士の妹たちが、姉に倣うように小さな胸をそびやかしている。


「えっ、じゃあ、アヴァロンに案内してくれるの、ボクちんたちを?!」

「それはない」


 種族的に美女、美少女しかいない真騎士の乙女たちの本拠地と聞いて色めき立ったイズマを、レーヴは一蹴した。


「わたしはたしかにオディール姉とたもとを分かった。しかしそれは、真騎士の乙女であることをやめたり、祖国:アヴァロンを裏切るという意味ではない」

「つまり……アヴァロンの場所は教えてもらえない、と」

「当然だろう。さっき同じことをキサマにも言ったぞ、土蜘蛛の。互いの本拠地を教え合うのは得策ではない、と」


 あー、とあからさまにテンションを下げ額に手の甲を当ててよろめき倒れたイズマを、エレとエルマが慰める。

 ふたりの胸の谷間や太ももや下腹へと顔を埋めて嘆くイズマに、軽蔑の視線を送りながらもレーヴは続けた。


「だが、そのほかにも浮遊島はいくつもある。なかには着水できる湖面を持つ島がきっとあるはずだ。そこに向かおう」

「なるほど……名案に思う。たしかに浮遊島であれば、地上世界のいかなる害意とも無縁でいられる。アシュレをはじめ、いまの我が戦隊には速やかなる休息が必要だ」


 シオンの承認に今度はレーヴが頷いて見せた。


 高貴なる真騎士の乙女は、シオンの気高さには好意を抱いたようだ。

 その背後でまた妹たちが仕草をマネする。

 結論が出たことで集中力が切れたのか、アヴァロン行きという夢が潰えたショックでか、イズマは指揮所の段差で倒れるように平たくなって、いびきをかきはじめた。

 

 腹は決まった。

 アシュレはレーヴの指示に従い、小型飛翔艇を駆った。

 

「ただ……都合のよい浮遊島は……主がすでにいることもよくあることなのだがな」


 そんなレーヴのつぶやきは風に紛れた。




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