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■第一六六夜:黒髪の乙女は算段する


         ※


「見た、か」


 飛翔艇:ゲイルドリヴルの指揮所の片隅で、黒翼のオディールはひとりごちた。

 オズマドラ大帝:オズマヒムの英霊転成アセンションは成った。

 間に立ち塞がる様々な問題を、オズマヒムは失った妻と愛娘への想いを供犠に乗り越えた。


 結果としてそこから得られる莫大なエネルギーは、飛翔艇:ゲイルドリヴルの艦首粒子砲に集約され、魔導書グリモア:ビブロ・ヴァレリの張り巡らせた時間障壁とビブロンズ帝国最後の皇帝とを、ともに撃ち抜いた。

 オーバーロードであろうとも滅したであろう一撃を受けて、ただの人間でしかないルカティウスが生き残れる道理がなかった。


 灰の一片すら残さず、その肉体は塵に帰った。


 そして、自らの行いのもうひとつの結果をいま、オディールは眼前に見ている。

 ヒトのカタチをした、輝ける、強大なエネルギーの塊。

 天空の神火がヒトのカタチに凝ったがごときそれは、かつてオズマヒムと呼ばれた人間だ。


「やった、やったぞ、オズマヒム。これで世界は作り替えられる。英雄たちのくに。輝ける栄光のくにを、オマエは地に降ろすことができるのだ」


 思わず声が掠れるのを、オディールであってさえ止められない。


「栄光ノ、クニ」


 人間を超越した声で、オズマヒムは言った。

 

「そうだ。英雄という存在を価値観の頂点に置く、清らかで正しいくにだ」

「我ハ、英霊。正シキ國、英雄タチノくにヲ、コノ世ニ降ロス、モノ」

「そうだ、そうだぞ。そのためには悪しき者は、すべて滅せねばならぬ。すべては正されねばならぬ。ここからだ。ここからすべてが始まるのだ。そのためには、まず、」


 オディールはオズマヒムに取りすがった。


「この迷宮の真の主を燻り出さねばならぬ」

「コノ迷宮ノ真ノ主──ヒトビトノ、過去ヲ暴ク、忌マワシキ魔書ヲ」

「しかり」

「天ニ代リ、我ラガ、誅スル」

「ああ、そうだ。オズマヒム、わたしの貴方。いまこそすべての過ちを精算するとき」


 アスカリヤの過去も、貴方を責める罪の意識の根源も。

 つまり、この世界に対する未練すべてを、焼き尽くせる。

 オディールはそれは言葉にせず、ただ、英霊と化した男を見上げた。

 男の目にはもう迷いなどない。

 揺らがぬ決意の結晶化を英霊化と言うのであれば、その実体としての男は、黒髪の真騎士の乙女にまっすぐ視線を返して言った。


「アア、ソウダ。アラユル、アヤマチヲ、無二帰ス」

「そこからはじめる。わたしと貴方……わたしたちで」

「ソノタメニ、オディール、我ニ、チカラヲ──」

「もちろんだとも。これまでそうであったように、最期までともに」


 男の変貌にオディールは満足げに何度も頷いた。

 奇妙に満たされた心持ち。

 それはオズマヒムがブリュンフロイデという自分の妹の幻影ではなく、オディールという現実の存在を選んだという事実にも起因している。


 英霊はある意味で、永遠に属する存在だ。

 歳を取ることはない。

 経年劣化に類する事象のほどんどを受け付けない。

 成長も老衰もなく、ただその身に溜め込んだ《ちから》を使い切るまで消え去ることもない。

 

 不滅ではないが、定命モータルたちが持つ生命としてのくびきの、その先にいる。


 さらにその身をしかるべき《フォーカス》に封じることができれば《スピンドル》によって何度も再召喚可能な、半永久的存在ともなれる。


 が、それはオディールの望むところではなかった。

 この男、オズマヒムは真騎士の乙女たちが望む英雄のくにをこの地に降ろすために、そのすべての《ちから》を振るい、燃え尽きるべきモノだ。


 人類のもっとも偉大なる英雄であったという逸話と、その輝かしき伝説だけを種として我が下腹に残したのなら、あとはあの忌まわしき魔導書グリモアとともに消え去ればよい。


 オディールは心算を露ほども漏らさず、麗しい笑顔で、新たなる英霊を抱きしめた。

 冷徹な黒髪の乙女は、早くも次の算段に移っている。

 

 この英雄国家造営計画を完全に遂行するためには、来るべき英雄の國の下敷きとなるはずだったオズマドラ帝国を短時間・暫定的にしても治める者がいる。

 なにしろ様々な諸条件をクリアして、真騎士の乙女たちが望む英雄の座に上り詰めることができるのは、人間の男子だけなのだ。


 聖柩アークの洗礼によって、すでに英霊と成ったオズマヒムの精神は漂白されたように高潔だが、そうであるがゆえにヒトの世の機微をもはや理解できない。

 かといって愚民などという有象無象を支配する面倒ごとは、オディール自身にもとても耐えられそうにない。


 そもそも衆愚という存在そのものが、真騎士の乙女たちには理解しがたい概念なのだ。


 アスカリヤが素直に我が軍門に下るような人物であれば、アレに皇帝の座を与えてもよかったのだが、あの娘はもう取り返しのつかないほど穢れてしまっている。

 皇子でなければならないのに、女性にょしょうである。

 オズマヒムの血を引いてもいない。

 それどころかヒトですらない。

 よりにもよって穢らわしい淫魔との継ぎ接ぎパッチワークと来た。


 詐術と詭弁と欺瞞の集合体。


 そのすべてを従軍したオズマドラ陸軍、海軍、そしてヘリアティウム市民、総勢三〇万の前で暴かれた。

 オズマドラの民は、そんな恥ずべき血を自らの同胞の歴史として受け入れはすまい。

 我らが真騎士の一族にあっては、言うまでもない。

 アレは汚点。

 消し去らなければならない一族の汚点だ。

 

 だとしたら。

 オズマヒムを抱きしめたまま、オディールは思考を巡らす。


 あのアシュレとかいう若造を立てるのは、やはり悪くはないかもしれん。

 まだまだ青臭さの抜けぬ小僧だが、ヘリアティウムの民を護るため立ったあの姿には間違いなく英雄の兆しがあった。

 数年もみっちり鍛え上げれば、あるいはオズマヒムを凌ぐ英傑となろう。

 そして、オズマヒムのように修正せねば成らぬ過去の汚点も、きっと少ないに違いない。


 真騎士の乙女たちが年若い少年騎士に魅かれるのは、その清廉さが理由でもある。

 それに我ら相手に一騎打ちを挑む健気さからは、いまさらながら大器の片鱗が感じられたようにも思う。


 妹のひとり:レーヴスラシスが一瞬で熱を上げてしまったのも、わからなくはない。

 お膳立てしてやれば、まんざらでもないはずだ。

 他の女との間に思慕の感情や肉体関係があったとて、本物の真騎士の乙女を知れば、その違いのほどにどんな男でもかならずこちらを選ぶ。

 彼が英雄であればあるほど、真騎士の乙女には魅かれるように出来ている。


 若き英雄と見目麗しい真騎士の乙女の組み合わせは、来るべき栄光の國の素晴らしいシンボルとなるだろう。

 大帝オズマヒムは、その若きふたりと輝かしき英雄のために、身を挺して悪を退け帝位を譲った。

 その際、不義の子:アスカリヤは父であるオズマヒムが慈悲を持って天に帰した。


 そういう筋書きにできれば完璧だ。


 それを万全のものとするには、やはりまず仇敵たる魔導書グリモア:ビブロ・ヴァレリを屈服させ、その《ちから》を我が物とせねば。

 

 そう結論して、黒髪の乙女が短い夢想から帰還した瞬間だった。




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