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■第一五八夜:直視

         ※


「さあ、わざわざオマエの招待に応じてやったぞ! 勝負のときチェックメイトだ──ルカティウスッ!」


 どこか歓喜をたたえる声音こわねで、オズマヒムが叫んだ。

 絶対君主として揺るぎなき権力の座にあっても、オズマヒムという男の本質は武人なのであろう。

 飛翔艇:ゲイルドリヴルの指令所に立つオズマドラの大帝の口元には笑みさえある。

 船体が突貫する際、幾人もの人間や建築物を弾き飛ばしたのを気にした様子もない。 


 対するルカティウスは、投影ヴィジョンのなか、苦しげな息の下から応じた。

 大きく肩を上下させる。

 けれどもその口調は、昂ぶるオズマヒムのそれとは対照的に冷静沈着そのものだった。

 さて、と王手チェックメイトを叫ぶオズマドラの大帝に小首を傾げて見せさえする。


『さて、決着という意味ではもう着いていると言えるが……。貴君は若い頃から、どうしても相手に一泡吹かせたいという欲望を抑えられない人間であったな』

「なに?」

『決着はついた、と言ったのだ、それでもよければ、来たまえ』


 その言葉を最後に投影は途切れる。

 虚数空間を満たす謎のエネルギーと飛翔艇:ゲイルドリヴルの船体を覆う防護障壁フィールドが激しく擦れ合い雷光を放つ。

 船体が激しく揺動する。


 さて、どれほどの実時間が表世界で流れたのか。


 ゲイルドリヴルを突貫させたオズマヒムは、永劫に続くかと思われた暗闇を突き抜け、ついに至った。

 そこは、なんとこれまで地下に秘されてきた大図書館の心臓部──ヘリアティウムの真の玉座であった。

 座しているのはほかにだれあろう、ビブロンズ帝国最後の皇帝にしてヘリアティウムの主:ルカティウス十二世、そのヒトである。

 投影ではない。

 実体としての彼だ。


 虚数空間を突き抜けた先に、現実の玉座が存在する。

 それは常識的に考えればあり得ないはずの光景だが、ここはもうすでに虚数時空の只中である。

 表世界の物理法則はまっすぐには働かない、荒唐無稽が支配する場所。

 だからどのようなことでも起る。


「来たか」


 オズマヒムの到着にルカティウスは顔を上げ、立ち上がった。

 疲労と憔悴によろめく。

 その様を認めて、オズマヒムは叫んだ。


「もはや足腰立たぬ様相ではないか、ルカ! 勝負あったとはこのことか!」

「それはいささか早計が過ぎる。見るが良い」


 玉座とゲイルドリヴルの船首までの距離は、余すところ三〇メテルというところか。

 戦闘速度であれば一秒で駆け抜ける距離が、しかし、このときはどれだけ経っても縮まらなかった。


「なにッ、これはッ?! 特殊な力場、防護障壁だとでもいうのかッ?!」

「違う。いま貴君と我々の間には何百、何千年という時間が圧縮されて横たわっている。ここはそういう場所。この世界の記憶を記録し続け保管し続けるために存在する、神聖なる場なのだ」


 だから、その防衛機構は歴史・・そのものによって行われる。


「いかにオズマドラの大帝といえど歴史の帳を超えることはできない」

「抜かせッ! 我は歴史の創出者。新たなる歴史を刻む者のまえに、古きしきたりは屈するものだ! 我は踏み越えるッ!」

 

 咆哮するアラムの覇者に、ルカティウスは苦笑で応じた。


「歴史の創出者。ほう。歴史を踏み越える。ほう。いかにも己の夢想に酔う傲慢な男の頭に棲みつきそうな妄念だ。おおよそ、隣りに控える真騎士の女どもに吹き込まれたのだろうが」

運命共同体パートナーたるオディールを侮辱することは許さんと言ったッ!」


 消耗明らかなはずなのに、ルカティウスは淡々として語りかける。

 いっぽうで時間の積み重ねという障壁に阻まれたオズマヒムは、これをよしとせず、さらに己の《スピンドル》を費やして突破を試みた。

 兜の頂きにある燃え盛る瞳が、轟ッと唸り、輝きを増す。

 吼える。


「いま貴様が誇るのは操作されたまやかしの歴史ではないか! これこそ、弱者による統治の極み。真実から目を反らし、妥協に妥協を重ね、現実逃避を繰り返した結末。そのような偽りの糖衣など、剥ぎ取ってくれるッ! 弱肉強食の世界で民草が生きるには、真なる強者、すなわち英雄の導きこそが必要なのだッ!」


 なるほどオズマヒムの言うように、いま目前に展開している圧縮空間が、これまでのゾディアック大陸の時代と歴史を築いてきた人々の営為の積み重ねと考えれば、たしかにそれは一種の迷図と言えなくもない。

 “庭園ガーデン”による、“接続子ハーネス”による《意志》の放棄の歴史。

 その積み重ねは、ある意味で責任の放棄の歴史とも言える。


 そうやって紡がれてきた世界史を、偽りの糖衣と喝破することを間違いとは言えまい。


 そして、まやかしを看破し人々を正気に帰すアラム・ラーの瞳は、まさにそれを刺し貫く《ちから》だ。


「グウッ」


 事実、放たれる真実の光にルカティウスは目を焼かれたようだった。

 本来、無能力者である彼に《スピンドル能力者》の振るう異能を無効化する術はない。

 その威力にかろうじて抗えたのは、間に積み重ねられた長い長い時間のおかげだ。

 だが、それだけの時間の厚みを持ってしても、オズマヒムの振るう技を完全に無効化することはできなかった。

 ググググ、ゴゴキンと飛翔艇:ゲイルドリヴルの船体が軋みながら、間合いを詰める。


「どうだッ!」


 詰め寄った実感を得て、オズマヒムは笑った。

 諦めろ、と畳みかける。

 余すところあとわずか、五メテル。

 もう一押しで、生身のルカティウスの肉体は砕け散った玉座とともに床の染みになる。


 だが、叩きつけられる威圧と重圧に瞳を閉じ苦痛に涙を流しながら、落日の帝国と呼ばれた国の皇帝はそれでも膝をつかなかった。

 盲目のまま、オズマヒムと正対する。


「ほう。我らを偽りと喝破するか。だがしかし、だとしたら、これはどうだオズマドラの大帝よ──」


 ルカティウスは印を組むように腕を振るう。

 するとそこには映し出される。

 息を呑むように美しい、裸身。


 オズマドラ第一皇子:アスカリヤの女性にょしょうとしての正体が。

 そして、語られる。

 悪魔の騎士の口から。


 忌むべき生い立ち。

 彼女が実は皇子・・ではないことだけではない。

 生まれ落ちたときからヒトですらなく。

 

 それどころか、オズマヒム本人の血を一滴も受け継いでいないという事実を。


 オオオオオオオオオオオオオオ──ッ、と漏れ出でる雄叫びをオズマヒムはどこか遠くで聴く。

 それが己自身のものだと、気がつけないまま。




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