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■第一五七夜:生還と突入


         ※


 さて、シオンとアシュレが悪魔の騎士:ガリューシンと魔導書グリモア:ビブロ・ヴァレリという二体の難敵に闘いを挑もうとしていたときのことだ。

 地下図書館の外、つまり虚数空間に格納されつつあるヘリアティウム内部では、森羅万象の法則に逆らう凄まじい混乱が巻き起こっていた。


「姉さま、これはッ?!」

「巨大な次元坑じげんこう、いや虚数空間そのものなのかッ! そこに向かってわたしたちは──都市ごと飲み込まれていっているというのかッ?!」


 土蜘蛛の姫巫女:エルマの叫びに、姉たるエレが同じく返す。

 アシュレとシオンが地下図書館に身を投じたあとも、土蜘蛛の姫巫女姉妹は建築物の屋根と各所にそびえる塔を使い、真騎士の乙女たちの侵攻に抗ってきた。

 だが、それもここまで状況が激変すれば話は別だ。

 こうなってしまっては戦闘継続どころではない。

 守るべき街並そのものが、観測不可能な空間へと消失していっているのだ。


「数千年という、我らが土蜘蛛の基準に照らしてさえ気の遠くなるような時間の流れに抗ってきた古代文明の名残り。その都市の防衛機構が一筋縄ではないとは踏んでいたが、まさかこれほどまでとは──」


 ふたりが驚愕する間にも、頭上では文人皇帝:ルカティウスとオズマドラの大帝のやりとりが続いている。

 投影を介して行き違う、互いの理想。


 片や民草の《ねがい》を総意とみなし《意志》ある生き方と引き換えに得られるであろう永劫の安寧を説く。

 片や、この世のものとは思えぬ美姫たちによって見出され、試練によって磨かれる一握りの到達者=英雄による人民の完全統治を謳う。


 弱者と強者、それぞれの極まった統治形式システムの応酬。


 決して相容れぬふたつの極限の思想が、妥協点を見出せるはずがない。 

 当然のように交渉は決裂する。

 結果として、都市は急速に虚数空間に飲み込まれていく。

 

 城壁の内側にいた人間たちの目には、それまで無数の星々をたたえていた夜空が急速に狭まり、失われていくように見えた。

 それは日蝕でも月蝕でもない、星空そのものを失う恐怖。

 もっとも、すでにこの都市まちにそれを恐怖と感じるだけの《意志》ある存在は、ほとんど残っていなかった。

 光を通さぬ虚数空間に飲み込まれていく自分自身を、だれも彼もが呆然と眺めている。


 そのなかで、どうする、とエレとエルマが顔を見合わせたのは一瞬だった。

 それは《意志》ある存在として当然の問いかけ。

 脱出するならいま、このときしかないのだ。

 

 このタイミングであれば、エレとエルマのふたりだけなら、外部へ逃れる術がいくつかあった。

 たとえば、エルマの所持する真騎士の乙女のデスマスクを用い、一時的に白き翔翼ウィング・オブ・オデットなどの異能を習得・使用するなどの方法だ。


 しかし、ふたりの判断は違った。


「イズマさまを残して、どうして脱出できましょうや」

 エルマの口元に浮かんだ笑みに、うむ、とエレも頷き返した。

「あの方のおらぬ世界になど、未練もないしな」

「ふふ、そういうことにございます」


 土蜘蛛姉妹が頷き合う。

 と、そのときだった。


 ずっと彼方、北側に面するヘリアティウム外壁の一番分厚いあたり、すなわち皇帝:ルカティウスの居城の方向から屋根伝いに疾駆するひとりの人影が見えた。


 周囲に展開する虚数空間には、直接的に生物や建築物を破壊する《ちから》はないらしい。

 だが、一時的に重量を喪失した建造物はアーチ部分の押さえが効かなくなり、崩落するものもある。

 人間とて意識や《意志》を保ったまま虚数空間に投げ込まれれば、発狂するまでそうはかからない。


 そんな状況下で生存を諦めない存在と言えば──それはもう《意志》ある存在意外にありはすまい。

 人影は、こけつ転びつ、崩落してゆく建物の屋根伝いに駆けてくる。


「姉さま……あれは?」

「エルマ、星弾を! あらかじめ取り決めていた合図を放て!」

「はい、姉さま。我ら健在なり、合流されたしの星ですね!」


 言うが早いか、エルマは袖を振るい星弾を放った。

 事前に打ち合わせた合図のなかで、自分たちの無事を知らせ、合流を促す二発だ。

 ヒューッ! という音を残してふたつの輝きが頭上に上がる。


 だんだんと失われていく星明かりの下を疾駆する影は、即座にそれに気がついたようだ。

 進路を変え、必死にこちらを目指してくる。


「目標を完全に視認した。バートン老だ! 生きていてくれたか!」

「おじいちゃーん! バートンおじいちゃーん!」


 イズマたちの地下図書館潜入後、一度は帰還してアシュレへの報告を済ませたバートンは、短い休息を済ませたあと、市内への潜伏・偵察任務についた。


 その後に続いたオズマドラの大攻勢と真騎士の乙女たちの侵攻、そして都市基盤の隆起と崩落という大混乱を考えれば、もはや斥候の意味など限りなく無に等しかったかもしれないが、これはバートン一流の気づかいと考えるべきだったろう。

 《スピンドル能力者》たちの主戦場に無能力者である自分が混じっていては、存分に《ちから》を振るえまいという心配りである。

 あるいはこの任務を、己の最後の務めと考えていたか。

 それがわかっていたから、土蜘蛛姉妹はなにも言わず彼を送り出したのだ。

 事実、いくら《意志》が強くともただの人間を守りながらでは戦えない。


 その彼が生きていてくれた、そして、このタイミングで自分たちに合流しようとしてくれている。

 人間の仇敵として知られる土蜘蛛であったが、エレとエルマにとってバートンは、イズマほどではなくともアシュレやノーマンに続く特別な位置づけの存在になっていたのである。


 暗闇でも目が利く土蜘蛛姉妹が手を振りながら、傾きはじめた塔を駆け下る。

 糸を張り巡らしながら宙を舞い、崩れ落ちて行く屋根を際どいタイミングで渡るバートンとの合流を手助けする。

 

「エレ殿、エルマ殿!」

「よく、ご無事で! ホントによかった、お爺ちゃん!」

「ジジイというのが余計ですが──オホン。ともかく、おふたりもご無事でなにより」


 だが、再会を喜び合う時間は三人にはなかった。

 抱擁を交すそのすぐ脇をオズマドラ大帝:オズマヒムの乗艦・飛翔艇:ゲイルドリヴルがほとんど垂直に掠め過ぎて行ったからだ。

 空を漕ぐかいがまとう光が、三人を弾き飛ばす。

 まっすぐに暗闇を切り裂いて、輝きをまとった船体が突っ込んで行く。


 オズマヒムが勝負に出たのである。


「ああああっ」

「きゃああああああ──ッ」


 巨大な権力と権力のぶつかり合いは、ついにその終局点に達したのだ。




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