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■第一五一夜:最古なるもの(2)


「そのまさかだ」


 シオンのその言葉に、アシュレは一瞬にしてすべてを悟った。

 なぜシオンがイズマの名を、いまこのとき、叫んだのか

 その理由も含めて。


 なるほど──言われてみればこの感触には憶えがある。

 それはトラントリム攻略戦でのこと。

 ヒトの心を解体する巨大な《フォーカス》の内側にアスカが囚われてしまったとき、イズマが使ったあの大ペテンの仕掛けタネだ。


「これ、この感じ──王の入城キャスリング。そうなのか、シオン?」

「そなたに説明しなかったことは、謝る。どうかすべてが片づいた後で……納得いくまで罰してくれ。だが、必要だった。それだけは断言する。皆で熟考・熟慮の末、そう判断したのだ」

「皆で……ボクに黙って仕掛けたんだね、あの異能、王の入城キャスリング。いや、いまそれはいい。ボクだけが作戦の蚊帳の外にいたことは、いまは置いておこう」


 だけど、とアシュレは言った。

 真摯に。


「だけど、王の入城キャスリングはひとりでは成立しない異能だ。だれかとだれかの位置座標を入れ替える技だから。でもじゃあ、だれなんだ。ボクとだれを入れ替えようとしている? いやまて、まってくれ。だんだんと、ボクにもわかってきたぞ、イズマの策が。まさか、交換の相手というのは……」


 アシュレは、かつてトラントリムでこの異能が発動した場面を思い出し、いまさらながら呻いた。

 あのときアシュレはアテルイの身柄と引き換えに、囚われのアスカを助け出すことに成功したのだ。

 腕のなかから消滅していくアテルイのぬくもりのかわりに、心を砕かれ瀕死となったアスカを得た。


 あの暗い晩、事前に危地これあるを予見したイズマは、あらかじめふたりの了承を得て秘術を施し、見事に窮地を覆して見せたのである。


 そう──。

 王の入城キャスリングとは、緊急脱出のための切り札なのだ。

 ただし、代償は交換するもうひとりの命。

 あるいは存在そのもの。

 決して軽々しく用いることはできない大異能だ。

 

「だけど……イズマ。これスノウとボクを入れ替えて……どうなるんだ? スノウがここに来るのはいい。でも、それはいったいなにを意味している? これは決定的な窮地の場面を覆すための異能なんだろう? じゃあ相手はなんだ? いまスノウを追いつめている相手ってのは──なに・・なんだ?」


 曖昧になりそうな己を《魂のちから》で必死に繋ぎ止めながら、アシュレは呟いた。

 そうしないと、このまま訳が分からないまま転移が始まってしまう。

 アシュレの呟きは、なかば恨み言に近い。

 シオンが取りすがる。 


「そのことは、アシュレ、わたしも知らされていなかった。この計画自体をそなたとノーマンに秘するように指示したのはイズマだし、わたしやエレ、エルマはそれに賛同した。だが、ビブロ・ヴァレリの正体までは知らなかった。それは事実だ」

「ビブロ・ヴァレリの正体──まさか、そうなのか、それがスノウを追いつめている張本人」


 その単語=魔道書グリモア:ビブロ・ヴァレリの名を口にした瞬間、アシュレは脳裏に閃光が走るのを感じた。

 一瞬の頭痛。

 光に意識を焼かれる感覚。

 フラッシュバックだ。

 それから呟く。

 知っている、ボクはいつのまにか知っているぞ、ビブロ・ヴァレリ、その正体を。

 でもなぜ?


「そうか。アスカの心に触れたから。深く彼女の内面に立ち入ったから……記憶共有が起きて……」


 アシュレは自問自答する。


「ビブロ・ヴァレリ……世界最古のオーバーロード。本の姿をした怪物。アスカはその事実を、ずっと以前にボクに伝えたはずだと心のなかで言っていた。そうか……あの日、中庭で見たあのソウゲンハヤブサ……。イズマが襲われてた。あのとき、イズマは手紙の一部をワザと握りつぶしたんだな。だからハヤブサは怒ってイズマに襲いかかっていた……」


 アシュレは己自身の記憶とアスカと心を通わせたことで得られた新たな情報に、合致を見出した。

 それぞれが作戦行動に移る直前、全員で会議を持ったあの日のことだ。


「じゃあ、イズマはひとりその情報を得て秘策を練ったのか。それがこの王の入城キャスリングだったということか。でも、まってくれ、王の入城キャスリングには相手がいるんだ。さっきも言ったけど、位置交換するための相手が。そして、この異能の発動条件は対象のどちらかが存在を脅かされるほどの窮地にあること……じゃあ、じゃあ、」


 まて、まってくれ。

 胸を押さえながらアシュレは叫んだ。


「転移がスムーズに行かないのは、だれかがスノウを束縛しているからなんだ。いいや、だれか・・・なんて曖昧なもんじゃない。相手はオーバーロード:ビブロ・ヴァレリ、それ以外にありえない! スノウは禁書の姿をした魔物に囚われているんだ。だから──転移は遅々として進まない。でも、まってくれ、これはどうなるんだ?! 転移が進まないと王の入城キャスリングはどうなるんだ?!」


 アシュレの戸惑いをよそに、引き合う《ちから》はいや増していく。

 強く引っ張られるのをアシュレは感じる。

 そのうち、アシュレの前方で次元境界面が歪むのが見えた。

 転移の前兆にあって、特徴的な現象だ。


 アシュレは《魂》を全開にして踏みとどまる。

 王の入城キャスリングに抗う。

 このままわけもわからず飛び込むのは、どうしたってマズい。

 その間にも、引力はますます強くなる。


 まるで小舟の上で巨大な魚を釣り上げるような感触──いや、そんな甘いものでは断じてない。

 この白鯨相手に荒れ狂う海に引き込まれるか、それとも仕留めて生き残るかという大戦闘を演じているかのごとき感覚は。


「まさか、これ位置交換じゃなくて、ボクに引っぱり上げろって言ってるのか?! 釣り上げろっていうのかッ?! スノウとビブロ・ヴァレリ本体までも?! こうなることを予測して、仕掛けたってのか?! くそう、なにが『なかなか悪党になってきたね』だッ! こんなのイズマのほうが全然、断然ッ、悪魔じゃないかッ! ムチャクチャだよッ! まさか、そうなのか、この感じ──ホントにッ?!」


 アシュレが困惑を振り切り、《魂》を完全開放フルドライブさせる。

 頭のなかで、ガチンと段階フェーズが切り替わる音がする。

 前方の空間歪曲が激しくなり、そこから覗いた白い腕が、助けを求めるようにこちらに向かって伸ばされるのをアシュレは見た。

 その手の持ち主を、アシュレはよく知っている。 


 ──スノウッ!!


 思わず手を伸ばし、半夜魔の少女の名を叫んだ瞬間。


 秘密の砂浜を構成する空間が凍りつき、瞬きするより早く砕け散った。

 時空間の破片が薄氷のように舞い散る。


 巨大な時空間転移が引き起こす現象。

 強引な操作によって空間そのものが裂けた証拠だ。


 それはこれまで空間の向こう側に潜んでいたものが、こちら側に現れ出でたことも意味している。


 では、その正体とは?


 スノウと融合しつつあった強大な存在=ゾディアック大陸最古のオーバーロード:ビブロ・ヴァレリが、ついにアシュレとシオンの眼前にその姿を現したのだ。。




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