■第一四六夜:孤独の心臓
ガ ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛────ッ!
胸の悪くなるような絶叫が、ガリューシンの喉から迸った。
高熱に焼かれ、声帯などもうすでに失われ切っているであろうに、悪魔の騎士の断末魔はアシュレとシオンの攻撃が生み出す轟音を圧して秘密の砂浜に響き渡った。
「まるで──怨霊が啼いているようだ」
「いや、あるいはアレは怨霊そのものかもしれぬ。ヒトの心には、その肉体と同じく寿命があるのだ。苛烈に生きた者にも平穏に暮らした者にも、それぞれ人生に見合ったな。……それを超えて地上に縛られるということは、どこかで歪みを生じさせる……」
ましてや、とシオンは続けた。
「アレが乗り越えて来たものは刻の試練だけではない。幾度とない死、それに倍する裏切り、そして知人、友人、戦友との別れ。我々と出会うより前から、アレはもうとっくの昔にヒトではなくなってしまっていたのだ。神を探すという妄念に突き動かされた、哀れなバケモノ。封土たる《閉鎖回廊》を持たぬ、いいや、この世すべてを己が封土としたオーバーロード。そういう存在だったのやも」
油断なく燃え尽きていくガリューシンを睨みつけたまま、シオンは言った。
超高熱の焔のなかで、ガリューシンの肉体は急速に拗くれていく。
反り返る肉体からぼぎり、ぼきん、と気味の悪い音が響く。
折れている。
筋肉が変形する力に耐えきれず、太い骨まで、折れているのだ。
それは高熱によって急速に変質するたんぱく質が、骨格の耐久度を超えて引き起こす現象だ。
アシュレの目には、それが奇怪なダンスにも映る。
死の舞踏。
と、そのほとんど骸骨になりかけたガリューシンの瞳が、こちらを捉えたようにアシュレには思えた。
「なんだ?」
と言葉にしたアシュレに応じるように、ガリューシンのもうほとんど骨だけになった口が動く。
カクカク、としきりに骨剥き出しの顎が震える。
「なにを……言っている?」
そのときのアシュレにはガリューシンが伝えようとした言葉の意味が、ついにわからなかった。
ただ、指さし語りかける姿から感じ取れた印象を、無理矢理言葉にすればこうなる。
『オマエもきっと、オレのようになる』
ガリューシンのジェスチャーが頭のなかで意味を成したとき、アシュレはわずかだが、ハッキリと悪寒を憶えた。
微かな逡巡。
呪詛を断ち切るように、断言する。
「ボクは、オマエのようにはならない。決して、だ」
光条の射出を続ける竜槍:シヴニールに、さらに《スピンドル》を通す。
《魂》のおかげか、あるいはシオンとの合わせ技の効果か、輝きはさらに増して行く。
すごい、とアシュレは思う。
それはシオンも同じ想いであったらしく、こちらは感想が声になっていた。
「種別の異能を一点に集めるという戦い方は初めてだが、これはなにか──なにか新しいものが生まれて来そうな予感と気配がある」
「そう思う。こんな土壇場でだけど……ボクたちにはまだ可能性がある。そう感じる」
不死の怪物を射殺すという身の毛もよだつような状況でだが、たしかにアシュレは高揚のようなものを感じていた。
心を通じ合わせた相手──シオンと技を合わせているというのもあるだろう。
なぜなら、《スピンドル》とは《意志のちから》。
そして、いま自分たちを駆動させているものはその《スピンドル》が辿りつかせた《魂のちから》そのもの。
つまり、いまシオンとアシュレは、自分自身の《意志》や《魂》から生じた《ちから》を合わせているということのだ。
志を同じくする人間同士の交感にもそれは似ている。
昂ぶりを感ずるのは、当然。
なるほど、とアシュレは理解に至る。
まだ、ボクたちには先がある。
試行試作の余地が、必ずある。
そういう気づきだけが、凄惨な戦場に一筋の清涼をもたらしてくれる。
アシュレはそう感じている。
とはいえ、だ。
「出てくるぞ」
シオンの警告に、アシュレは構えを改めた。
ついに燃え尽きたガリューシンの肉体の奥から、悪夢の元凶──孤独の心臓が姿を現したのだ。




