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■第一三三夜:たとえ何者であろうとも



「アシュレ……その、わたし、わたしは……」


 途上、アスカは盾の内側に身を丸めながら、告白した。


「わたしは、その。あの投影ヴィジョンを通じて聞いていたかもしれないが……人間ではない。真騎士でも、ない。オズマヒム──父さまの血すら引いていない。淫魔と真騎士を掛け合わせて生まれた、恥知らずな、どうしようもなく汚れた生き物クリーチャーなんだ。男たちの願望を叶えるためだけに産み落とされた玩具がんぐ、オモチャだ」


 泣き声にならぬよう、精いっぱい意地を張ったつもりだった。

 それなのに、涙が次から次へと溢れてくる。


「この事実を知ったのは先ほどではない。わたしを助けてくれた蛇の巫女の導きで、数日前に知り得た。衝撃を受けなかったと言ったら、嘘になる。いや、いまもすこしウソをついた。心がメチャクチャになりかけた。たぶん、この戦争が始まる前にオマエから愛を伝えられていなかったら、ここに来るまでの間で、きっとわたしは発狂するか、自刃を選んでいただろう」


 ひとことひとことを絞り出すだけで、胸が軋むように痛い。

 それなのに言葉が止まらない。

 

「でも、でも、諦めてはいけないと思ったんだ。オモチャであっても、たとえ、どんなに汚れていても、父さまのホントの子ではなくても、自分に課せられた役割を全うしなくちゃいけないって、思ったんだ。オズマドラの皇子として。それに……きっとこれはオマエに出逢っていたから、だ」


 大願を成就するまでは──決着をつけるまでは、膝を屈するわけにはいかないって。

 だから、だから、頑張ったつもりだった。

 アスカは、すすり泣く。


「だけど、全ては無駄だった。知られてしまった。みんなに。わたしがどんな存在なのか。そして、辱めも……。もう、わたしを支持してくれる者は、ひとりもいない」


 嗚咽おえつ混じりに言う。

 それなのに、アスカの告白に対するアシュレの答えは、一瞬、冷淡に聞こえるほど簡潔だった。


「それで」

「えっ?」

「それで、どうしたの」


 それでって。

 あまりのことにアスカはぽかん、と口を開けた。


「だからわたしは淫魔と真騎士のあいのこで、オズマヒムのほんとうの子ではない。ガリューシンに、アラム教徒の女としてあってはならぬ辱めも受けた。そのさまをみんなに知られてしまった」


 アラムの女性たちにとって裸身を暴かれるというのは、それだけで操を奪われたのと同義と言ってもよい屈辱だ。

 アスカは初対面のとき、それをアシュレに教えたはずだ。


 さらに今回、アスカが受けた辱めはそれだけに留まらない。

 指で、舌で、あるいはそれ以外でも、想像を絶する汚辱を味わわされた。


 最後の一線だけはかろうじて守り切ったが、それだって紙一重のことだ。

 本来なら舌を噛み切って、自害しなければならない。

 なのに、アシュレのヤツは言うのだ。

 あまりにも軽々に。


「だから?」

「だから? だと?! だからって、なんだそのどうでもいいような口ぶりは! わたしは真剣なんだぞ?!」

「ボクはキミを助けるのに間に合った・・・・・んだよね? キミの尊厳は最後の一線で、ちゃんと守れたんだよね? アスカ、これは教義の話じゃあない。物理の問題だ」

 

 こっちだって真剣なんだよ、とアシュレは言った。

 は? とアスカは怪訝げに眉を寄せて聞き返した。


「なにを……言っているんだ?」

「ボクにだって独占欲くらいあるって話さ」

「アシュレ?」

「正直に言うけど、キミがなにものであろうと、どうでもいいんだボクは。なにとなにのあいのこだとか、ホントにくだらない。そんなことを言うなら、ボクだってもう正確な意味で人間であるのかどうか怪しいし、シオンだってそうだ。西側のほとんどのイクス教徒にしてみたら、神敵なんだよ、ボク自身がすでに! そんなボクに言わせれば、ハッキリ言って種族がどーとか、人間ではないとか、なんたら教徒的にあってはならないとか、どーでもいいんだ。そんなの犬に食わせてしまえばいいくらい、どうだっていいことなんだ!」

 

 ただキミが、アスカリヤでいてくれさえするのなら。


 それだけ言い捨てると、アシュレは後ろを振り返った。

 追撃を気にしているのだ。

 いっぽうのアスカからしてみれば、一世一代の告白を軽くあしらわれた格好になる。

 なんとなく神を軽んじられた気もする。

 突発的な怒りが湧いてくるのも仕方がないというものだ。


「オマエッ! 物理って! 神の教えはどーでもいいって! それじゃ、わ、わたしのカラダだけが目当てだったのか?!」

「なんでそーなるんだよ! ボクが目当てなのはアスカそのものあって、他の要素はどうでもいいって話だろ!」

「わたしの女性としての尊厳を第一に考えたような口ぶりだった!」

「あたりまえだよ! アスカはボク専用だろ! キミが自分で言ったんだぞ! ここも、ここも、ここも!」


 物理的なアシュレの指摘に、ぴっ、とアスカの喉が鳴った。


「そ、そんなこと言って──言ってないわい!」

「いーや、言いました。トラントリムでボクを助けてくれたとき、ハッキリ言いました」

「言ってない言ってない言ってない!」

「ボクの記憶力を舐めてるの? シオンと心臓を共有するようになって夜魔の完全記憶ほどじゃあないけど、いま凄いことになってるんだよ?」

「ひゃっ、ひゃわわっ、ななな、なんだとう」


 夜魔の完全記憶を持ち出されたら、反論のしようがない。

 それに、当時は興奮しすぎていたために記憶が曖昧だが、言われてみれば、たしかにそんなことを口走った気がする。

 というか初めて逢った邪神の漂流神殿でも、そんな宣誓をしたような?

 あと、直近で肌を重ね合わせたとき、なんだかあることないこと告げてしまった気も?


 肉体が薬液とは別の効果で、燃えるように熱くなった。


 突然恥じらいを見せたアスカに、左右を気にしながらアシュレは身を寄せた。

 それから言った。


「キミはボクのものだ。その人生まで。背負った重荷まで。絶対にだれにも渡さない」


 イヤならイヤって、言ってごらん。

 耳元で力強く断言されてしまったアスカは、陸に打ち上げられた鯉のようにぱくぱくと口を動かすことしかできなくってしまった。

 ラピスラズリの瞳を限界まで見開いて、横目でアシュレを凝視する。

 その全身は、薄暗闇のなかでもハッキリわかるほど紅潮している。


「話がそれだけなら黙っていてくれ。いまボクは忙しいんだ」

「はわわ、はわわわわわ」


 この男は、こんなにハッキリものを言う男だったか?

 愛する者に器量の大きさと成長の証を見せつけられ、アスカの胸は壊れるほどに高鳴ってしまう。

 オマエを独占するというアシュレの言葉尻だけをとらえれば、アスカの人格をまるで無視した傲慢で非人間的な発言にも思える。


 無論、真意は逆だ。


 キミであれば、キミ自身でありさえすればいい、という肯定の言葉。

 想われ、大事にされているという実感が胸を締め上げ、泣いても泣いても、涙が止まらない。


 そんなアスカを見下ろし、ニッ、とアシュレは微笑んだ。

 そうやって怒ったり、感激に泣けるくらい元気なら大丈夫だね、と聞こえないように呟く。


 ついにアスカは丸まって動かなくなってしまった。

 その丸さは、アテルイの十八番、丸虫くんのお株を奪う勢いだ。

 もしかしたら、アラムの女性たちにとってのそれは、自分を求めてくれた男性に対する「合意しました」のサインでもあったのかもしれない。


 しかし、アシュレはその可愛らしさに、いつまでも笑っているわけにはいかなかった。


 暗がりの向こうから獲物を奪われ怒り狂う邪悪な存在が、漏れ出すどす黒い気配を隠そうともせず、疫風かぜのごとき速度で迫るのを感じ取っていたのだ。




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