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■第一三二夜:魔手を挫く者


 ビョウ、と大気が震えた。

 アスカは風を感じた。

 滾る鋼の匂いがする。

 光に焼かれた瞳が視界を取り戻したとき、アスカはそこに男の姿を見た。


 見まごうはずがない。

 紛れもなくそれは、アスカが心から望んだ騎士の姿。


「アシュレ──」


 カラダを起こすこともできず、口元を覆って、アスカは泣く。

 その裸身を庇うように、騎士は盾をかざした。


「ごめん、アスカ。遅くなった」


 謝罪するアシュレに、アスカは首を振って答える。

 ううん、ううん、いいんだ、いいんだ、と。

 先ほどまで頬を濡らしていた涙とはまるで別の熱さが、頬を流れ落ちる。


「立てるかい。すぐにここを離脱しよう」

「ダメだ、アシュレ、ヤツから目を離すなッ!」


 身を横たえたままの姫君を助け起こそうと、竜槍:シヴニールから手を離したアシュレに、アスカが鋭く警告した。

 その瞬間、暗闇が膨れ上がるようにして悪魔の騎士が襲来する。


 ギィヒイイイイイイン、と聖盾:ブランヴェルの表面で光刃が弾ける。

 闘気衝オーラ・バースト

 光刃系の基本技だが、これほどの威力の篭ったそれを、アシュレは生まれて初めて体験した。

 

「横合いから出てきてヒトの獲物、さらってんじゃねえぞ、小僧ォッ!!」


 殺意剥き出しの連撃が、かざした装甲表面を稲妻のごとく走る。

 もしアシュレの携えた盾が聖盾:ブランヴェルでなかったら、たとえ鋼鉄製のものであったとしてもドロドロに溶解し、真っ二つとなっていたはずだ。


「死ねよッ、小僧ッ!」

「それはオマエの方だ、狂信者ッ!」


 グンッ、と大気が唸りを上げる。

 反射的にガリューシンが防御の姿勢を取るのと、アシュレの異能が効果を現すのは、ほとんど同時だった。

 剥き出しの肉体を守るように掲げられた聖剣:エストラディウスがまとった光の刃を、聖盾:ブランヴェルが発する不可視の力場が削り飛ばしていく。


 乱流刃ブレイズ・ウィール

 竜槍:シヴニールが発する超高熱粒子を防ぐための装置でもあるブランヴェルの能力は、同じくエネルギー系の異能である光刃をも阻む。

 

「やってくれるじゃねえか、小童。だが、オレには効かんッ!」

「それも想定済みだ!」


 不敵に嗤ったガリューシンを、横合いから飛来した岩塊が打ちのめした。

 超質量の直撃を受け、悪魔の騎士は吹き飛ぶ。

 アシュレは抜かりなく、いくつもの岩塊で追い討ちをかける。


「聖剣:エストラディウスの護りがある限り、なまかまな攻撃はそもそも届かない。力場で掴んで足を掬うことも難しい。でも、ただの岩塊なら……効くだろ? いくら聖剣:エストラディウスの護りが強固でも、質量を無視できるわけじゃない」


 ガリューシンの吹き飛んだ方角を油断なく睨んで、アシュレは言った。

 もちろん、これで仕留められるとは思っていない。

 そんなに甘い男ではあるまい。

 時間稼ぎだ。

 

「アシュレ!」

 感極まったアスカが抱きついてくる。

「ヤツがキミとのやり取りを、ボクらにも見せつけてくれたおかげさ。いくつか対処法を考える時間があった」


 奴隷宣誓の一部始終を見られていたことにアスカが恥じ入るより早く、アシュレは一糸まとわぬ姿の姫君に行動を促した。

 まだ乱流刃ブレイズ・ウィールの余韻に震えている盾を、地面に投げ出す。


「乗って!」

「乗る、た、盾にか?!」


 促されるままアスカは用意された聖盾:ブランヴェルに乗り込んだ。

 抱きかかえられるようにして、ポジションを確保する。

 話には聞いていたし、真騎士の乙女との一騎打ちで応用技を見ていたから想像はできたが、体験するのは初めてだ。


「それで、どうするんだ」

「逃げる。いろいろ考えてみたんだけど、ボクひとりではアイツを仕留め切れない」


 アシュレがそう言った瞬間、長大化した光の刃が暗闇を切り裂いた。

 轟音とともに弾け飛んだ瓦礫が、空中で蒸散する。

 出力が桁違いなのだ。


 もちろんアシュレも黙ってガリューシンを自由にさせる気など、毛頭ない。

 チェス台を足場に神鳴の一閃ラス・オブ・サンダードレイクズを、容赦なく叩き込む。

 直撃すればあらゆるものを貫き灰燼と帰す超高熱の粒子攻撃は、しかし、ガリューシンの手前で斬り捌かれた。

 音速の数倍に達する速度で迫る光条を正確に防ぐなど、人間業ではあり得ない。


 恐るべきは聖剣:エストラディウス。

 そして、それを握る悪魔の騎士の異常としか言えない戦闘技量だ。


「来るぞ」

「掴まって!」


 正確な威力評価を下す間さえ惜しんで、アシュレは聖盾:ブランヴェルに飛び乗ると《スピンドル》を通した。

 白銀の盾はアシュレの《意志》に呼応して、咆哮を上げる。

 敵を切り裂く不可視の力場が、まるで櫂のように床面を捉えて掻く。


 さながらそれは波間を疾駆するアウトリガーカヌーのように走る。


「いこう、アスカ」


 アスカリヤは愛しい男の言葉にこくり、と頷いた。




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