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■第一三〇夜:叱咤と激励(あるいは、迷宮は呼ぶ)



輝ける光嵐プラズマティック・アルジェントッ!」


 柱廊を利用してジグザグに跳躍、高さを稼いだシオンが頭上から技を放つ。

 それは斜め上からまるでギロチンのように敵陣へと襲いかかり、アシュレの進路上に包囲網を築いていた死蔵知識の墓守ノウレッジ・レイスどもを薙ぎ払った。

 もし相手が生身の存在や、あるいは死に損ないアンデッドに代表される不死者たちであったなら、その一撃を持って敵戦列を壊滅させるだけの威力があったはずだ。

 だが、


「硬い──効果は半減以下、というところか」


 着地したシオンは思わず毒づいた。

 聖剣:ローズ・アブソリュートの攻撃は、たしかに敵のヴェールを剥ぎ取り、骨と皮ばかりの肉体に突き立ったが……壊滅には至っていない。

 普通なら、まるでバターを両断する熱いナイフのごとく、相手の肉体を食い破るローズ・アブソリュートの刃が、硬い泥土に突き立ったように止められてしまっていた。

 結果的に死蔵知識の墓守ノウレッジ・レイスたちは、その肉体を盾としてシオンの猛攻を凌いだのだ。


「といっても、道標みおつくしとしては充分だがな」


 己の攻撃の効果を確かめたシオンの口元には、しかし、笑みが浮かんでいた。

 なぜなら、その直後、光を全身にまとったアシュレが竜槍:シヴニールとともに疾風怒涛の勢いで敵陣を切り裂き、駆け抜けていったからだ。

 愛する騎士の後ろ姿を見送り、シオンは剣を構え直す。


「さて、どちらかと言えば困ったことになったのは我らのほうか」

「それについてはご提案があります、シオン殿下」


 ひとりごちたシオンに取りすがったのは、足下にいたアテルイである。

 

「言ってみよ」

「はい。どうか、どうか、殿下の手でわたくしの命を断ってくださいませ」


 アテルイの提案を半目で聞いていたシオンの眉が、ぴくり、と跳ねたのはこのときだ。


「そなた、端からそのつもりだったな。そのつもりでアシュレを行かせたな?」


 シオンの声には本物の殺気が乗っていた。

 アテルイは勇気を振り絞るようにして声にした。


「はい、殿下。仰る通りです」


 アテルイからの返答に、すうううう、とシオンは息を吸いこんだ。

 その間に、アテルイは訴えた。

 涙ながらに、首を振りながら。


「そうしなければ、そうでなければ、シオン殿下は《ちから》を尽くして闘うことも、ここから離脱することもままなりません」

「つまり、自分はお荷物だから始末しろ、と言うのだな、オマエは」


 問い質すシオンに、アテルイは強く頷いた。

 シオンは己が瞳が、怒りに赤く染まるのを感じた。


「大馬鹿者ッ!」 


 怒声が神殿を為す柱廊に響き渡る。

 その大音声には、死蔵知識の墓守ノウレッジ・レイスたちでさえ一瞬、攻め手を緩めたほどだ。


「このわたしに、よりにもよってこのわたし・・・・・に、アシュレが愛する妻であるオマエを殺害しろなどと、よくも申したなッ!」

「ですが、ですが殿下ッ! このままでは、このままでは、殿下まで! わ、わたしには耐えられない。わたしのせいでアスカリヤ殿下だけでなく、シオンさままで……そんなことは耐えられません!」

「ふざけるなッ! この程度の窮地、これまでいくらでも潜ってきたわッ! わたしは死なん、そしてオマエも殺さん! 殺させん! 全員揃ってこの死地を脱出する!」


 シオンの剣幕に、アテルイは沈黙した。

 それは勢いに押され、臆したからではなかった。


「ではお腰のものを借り受けます!」


 シオンが腰に差す護刀:シュテルネンリヒトに、アテルイは手を伸ばした。

 その手をシオンは無下に振り払う。


「これは我が護刀、気安く触れるでないッ!」

「ああ、殿下、殿下、なぜ、なぜわたくしに死を与えてくださらぬ」


 嘆きくずおれるアテルイを、シオンは見下ろした。

 だが、その瞳に浮かぶのは愛しさばかりだ。


「そなた、真にアシュレに、そしてアスカリヤ殿下に惚れておるのだな」


 シオンの言葉にアテルイは顔を上げた。

 それから言った。


「あるいは、シオン殿下にも」


 真剣な告白に、シオンは呆れた様子で苦笑した。


「それは……なるほど。ふふっ、言うではないか」

 ではなおのこと、と付け加えるのを忘れない。

「そなたをここで死なせるわけにはいかぬ。アシュレとともに、我が愛の深奥を、しとね(寝所のこと)にて思い知らせてやらねばなるまいよ」


 シオンにはわかっていた。

 アテルイがなぜ、シオンの護刀:シュテルネンリヒトに手を伸ばしたのか、その理由が。

 すこしでも戦力になろうとしたからではない。

 それは《フォーカスの試練》を、アテルイが期待してのことだった。

 格の高い《フォーカス》たちは遣い手を選ぶ。

 資格のない者がそれを用いるべく触れた瞬間、天罰とでも言うべき現象を持って、《フォーカス》たちは不心得者を罰する。


 アテルイはそれを自ら進んで受けようとした。

 そうやって、自刃しようとしたのだ。


「殿下、殿下、どうして、そこまでわたくしなどを惜しんでくださるのですか」

「これは前にも言った気がするが。わたしの真の所有者であるアシュレダウという男が、そなたを見初めたからだ」

「そんな、たった、たったそれだけのことで……」

「それだけなどと気安く言うな。我々の戦いは、すでに世界そのものとの対峙となりつつある。つまり我々こそ人類の敵そのものかもしれんのだ。そんな戦場に飛び込んでいこうという大馬鹿者のクソたわけ──我らが愛しいあの男を、よりにもよって愛してしまったというバカな女。オマエだ、アテルイ! そんな女を、どうして放っておけるか。それはつまり、わたしたちの同志ということなのだからな!」

「同志……わたくしが、ですか?」


 アテルイはこのとき、シオンの思考のサイズに打たれて震えた。

 嫉妬や独占欲などというものの遥か先に、シオンはいるのだと気がついて。

 アシュレを愛し、アシュレからも愛されたものは、すなわち自身同然なのだとシオンは言っているのだ。


「アスカリヤ殿下にも、こういう言い方をされなかったか?」

「ああ、殿下、殿下……わたくしのことをそこまで、そこまで──」


 ふたりの殿下、その両方に感謝を示すアテルイの声は、もはや言葉としての体裁を保ってはいなかった。

 だが、だからこそ真心が伝わる。

 そういうものが、この世界にはある。


「わかったなら、もう二度と殺せだとか死ぬだとか抜かすな」

「はい、はいっ」

「誓うか」

「はい、誓います。わたくしはこの命、天が与えたもうたそのときまで、使い切るとお約束いたします」

「うん、ならばよい」


 と、それはよかったのだが、とシオンは周囲を見渡して口角を吊り上げた。

 凄絶な笑み。


「どうやら死地も極まってきたようだな」


 ふたりが言葉を交す間に、敵戦力は態勢を立て直すどころか倍増していた。

 続々と投入される予備兵力の数は、もはや正確には把握することが難しい。


「さすが数千年の歴史を誇る永遠の都、その臓腑はらわただ。歴史の重みが桁違いだな」

「殿下」

「アテルイ、知恵を絞ってくれ。しばらくは持たせられようが……アシュレとアスカ殿下の帰還タイミングによっては……このままでは、なかなかに苦しいぞ」

「はい、殿下。考えます」


 状況は限りなく悪い。

 アテルイが前を向いてくれたことだけはよかったが、正直なところシオンにも勝利への道筋は思い浮かばなかった。

 唯一可能性があるとすれば、持久戦で凌ぎアシュレの《魂》の発動を信じることだけだが──そのまえにはあの狂信の騎士が立ちふさがっている。

 すでに英雄レベルにあるアスカリヤの猛攻を凌ぎ切ったあの男相手に、アシュレはどう戦うのか。

 

 シオンがそんな思考を巡らす間に、包囲網は一段と狭まってきた。

 

深紅の星爆クリムソン・ヒュー・スーパーノヴァッ!」


 反射的にシオンは大技を放った。

 同心円上に発される超高熱の衝撃波は地を這い、全てを焼き尽くす。

 そのはずであった。


「が、やはり、そう簡単にはいかぬな」


 瞬間的に燃え上がった、死蔵知識の墓守ノウレッジ・レイスたちが炎に炙られる魚のように身を捩る。

 しかし、その影に潜んでいた別個体がすでにシオンたちに向けにじり寄ってくるのが、炎のヴェール越しに見えた。


「さて、どうする」

「殿下ッ!」


 アテルイの一喝が飛ぶ。

 その声のおかげで、シオンは死角から踊り込んできた死蔵知識の墓守ノウレッジ・レイス三体をなんとか斬り捌くことができた。


「硬いッ! 巨木を相手にナタを振るっている気分だ」


 なぎ倒した最後の一体に深く入った刃を、シオンは死体に足をかけて引き抜かねばならなかった。

 そこに生じた隙を敵が見逃すはずがない。

 

「殿下ッ──させないッ!」


 一瞬だが無防備になったシオンに、死蔵知識の墓守ノウレッジ・レイスの魔手が迫る。

 そこにアテルイは立ちはだかった。

 両手を広げて、盾になる。


「アテルイッ! 退けッ!」


 シオンの怒号に、アテルイは応じない。


 その直後。


 ふたりの足下が、ばくり、と口を開けた。

 真っ暗な縦穴へ、ふたりは叫ぶ暇もなく吸いこまれる。



 

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