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■第一二六夜:魔王断つ聖刃



 耳をつんざく大音響が、大気を揺るがせた。

 告死の鋏:アズライールの持つ突撃系異能のなかでも最上級に座する告死の聖翼アポクリファ・サクラメントの攻撃は、この不可思議にして不可解な空間を構成する建材にまで、巨大な破壊をもたらした。


 超高速回転体となったアスカの攻撃はガリューシンを直撃し、これをすり潰しながら撃ち抜いて、数本の柱を撃ち抜いたあとで止まった。


「やった、か」


 もうもうと立ちこめる塵埃じんあいを払いながら、アスカは立ち上がった。

 途端によろめく。

 頭がふらつく。

 足下がおぼつかない。

 大技を放った代償からだけの影響では、それはない。

 飲み干したあの薬物のせいか、とアスカは思う。

 カラダの火照りが止まらないのだ。

 肉体が熱を帯び、激しく発汗しているのに鳥肌がおさまらない。

 そして、下腹に疼きがある。


「怪しいとは思ったが……やはり興奮剤・媚薬の類いか。こんなものを酒がわりに飲んでいるとは、堕落の極みだな、ガリューシンとやら」


 すでに相手を仕留めたという安心感もともなって、皮肉めいた笑みが口元に浮かぶのを止められない。

 もちろん、あの薬液がそういうものであろうと予測をつけて、アスカは嚥下えんかしたのだ。

 毒杯と知りつつ、あおった。

 だがそれも、このタイミングでガリューシンを捉えるためには、必要不可欠なプロセスだった。


 術中にハマったと見せかけて切り返すこの手の技は、本来イズマが得意とするものだが、アスカは密かにそのやり口を研究していたのだ。

 こうでもしなければ、圧倒的な戦闘経験値を持つあの男=ガリューシンが、こんな手にはひっかかりはしなかっただろう。


 そんなアスカの笑みが凍りついたのは、直後のことだった。

 がらり、と完全に生命の痕跡を消し去ったはずの柱廊の残骸が、不自然に崩れたからだ。


「な、ん、だと」


 アスカの声は驚愕を通り越し、絶望のうめきに近かった。

 がらりがろり、と石材がまた崩れた。

 アスカは確信した。

 生きている。

 ガリューシンはまだ、生きている。


 そう思った瞬間には、技を繰り出していた。

 わざわざ相手に立ち直らせる時間を与えるバカはいない。

 一撃では無理だというのなら、完全に相手が消滅するまで攻撃し続ければ良いだけのことだ。


 そう自分に言い聞かせ、アスカはふたたび攻めに移った。


「おおおおお、虚心断空衝ソリダス・コリドーッ!!」


 しかし、その追い討ちは打ち消される。

 瓦礫の山が吹き飛ばされ、その内側から、輝ける聖剣をかざした悪魔の騎士が帰還したのだ。


魔王断つ聖刃セイクリッド・サタンベインッ!!」


 それは聖剣:エストラディウスが秘めたる超攻撃能力の解放であった。

 凄まじい威力がアスカの技:虚心断空衝ソリダス・コリドーとぶつかり合い、目もくらむばかりの輝きを飛び散らせる。

 それは薄暗がりの世界に突如として太陽を放り込んだようなものだ。


 大気が震え、刹那、爆発に変わった。


 気がついたとき、アスカは床に倒れていた。

 カラダのあちこちに痛みはあるが、さいわいなことに外傷はない。

 技の発動タイミングに働く《フォーカス》の護りが、アスカを助けてくれたのだ。

 だからたぶん、いまこの肉体に感じる痛みと消耗は、そのほとんどが代償によるものだろう。


「くっ、うっ、ガリューシンは、ヤツはどうなった……」

「ここにいるぜ、お姫さま」


 突然、背後から呼び掛けられた。

 同時に頭を掴まれ、引きずり倒された。


「ぐううううっ」

「やってくれるじゃねえかよ、またまた危ねえところだった。こんな不意打ちを狙ってたとはな。カワイイ上に頭が切れる。嫌いじゃないぜ、そういう女は」


 征服対象としてな。

 言いながら、ガリューシンはアスカを引きずりながら移動した。

 どこへ? 

 あのチェスボードの置かれた石柱のテーブルへ。

 不思議なことに、そこだけは傷ひとつどころか、ほこりひとつ被っていない。

 なにか超常的な守りが働いていることは間違いなかった。


 だから、卓上にまたいつのまにかあの悪酒が現れていたとしても、これも不思議でもなんでもなかったのだ。


「せっかく穏便に済ませてやろうと思ったのに、これだ。余計な抵抗しやがって。ホントに死ぬところだったじゃねえか。ああ、やめだやめだ、これで約束はぜーんぶ反故ほごだぜ、殿下」

「くそっ、は、なせ」


 アスカは消耗し切った肉体に鞭打って、めちゃくちゃに暴れた。

 だが、ガリューシンはびくともしない。

 逆に剣を握ったままの腕で腹を強打され、息が止まった。

 鍛え上げられた男の拳は、重ハンマーのようだ。

 そのまま仰向けに、チェスボードの上に転がされる。


「ぐっ」

「アテルイさんもこれで無事に帰る目はなくなった。ぜんぶアンタが悪いんだ」

「な、なんだ、と」


 ガリューシンの言葉に、アスカは熱くなった頭に冷水を浴びせかけられるような思いを味わった。

 そうだった、この男が生きているということは──ビブロ・ヴァレリは、いまだにすべてを把握しているということだ。

 己の計算の甘さをアスカは呪った。


「やめろ、やめてくれっ」

「なに自分勝手を言ってやがる。先に仕掛けたのはそっちだぜ。オレは充分に敬意を払った。警告もした。なんなら一度、殺されもしてやった。そのあと、なんどアンタの攻撃を見なかったことにしてやった? もう譲歩の余地はねえよ」


 死刑宣告を聞くような心持ちで、アスカはガリューシンの声を聞いた。

 仕留められると確信しての一撃だった。

 事実、直撃だったはずだ。

 それが、なぜ。


「なぜって、顔してるな。いいだろう教えてやる。オレの聖剣:エストラディウスは、《閉鎖回廊》の外でも《フォーカス》を完全に扱える《ちから》がある。じゃあ、それを持って今度は《閉鎖回廊》内部で《ちから》を振るうとどうなる? 強大な《ちから》を一瞬で集められるのさ。事実上、聖剣:エストラディウスは《閉鎖回廊》内における戦闘能力では、特にその連続攻撃性において、最強と言い切って間違いのない」


 つまりアンタの技はすべて、オレに届く寸前、紙一重の間合いでオレの技に防がれていたんだよ。

 アスカをチェスボードに組み敷きながら、ガリューシンは言った。

 ひたり、とその刃が首筋に押し当てられるのをアスカは感じた。


「さて、どうしてくれようか」


 こうなってしまってはアスカに出来ることは懇願こんがんだけだ。

 消耗が激しすぎて、もうロクに《スピンドル》さえ回せない。


「た、たのむ。わたしはどうなってもかまわない。だが、だが、アテルイだけは、見逃してくれ。頼む」

「いまさら遅いと言わなかったか?」

「後生だ──騎士だろう?」


 なかば泣き声のアスカに対し、ガリューシンはしばらく沈黙した。

 思考する時間。

 それから、言った。

 冷ややかに、アスカを見下ろして。


「なにで支払う?」

「なに、で? 支払う?」


 なにを言われているのか、とっさには理解できないでアスカは聞き返した。



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― 新着の感想 ―
[一言] こうゆう時は主人公が助けに来るもんだけど、この小説は信用ならない。
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