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■第一一〇夜: アラム・ラーの瞳

         ※



「聞け、親愛なるヘリアティウムの市民よ。オズマドラ帝国皇帝:オズマヒム・イムラベートル・オズマドラである。何度でも言おう。我々は刃を交えに来たわけでも、略奪のために来たわけでもない。貴国に迫る危機を報せ、ともにこれを乗り越えるために来たのである。我が事業に参加せよ。正しき行いに目覚めるのだ──」


 星空を切り裂いて、突如として都市上空に現れ出でたのは空を行く船:飛翔艇:ゲイルドリヴル。

 そこから放たれるオズマドラ帝国皇帝:オズマヒムの声を、市民たちは呆然と聞いた。


 船からは無数の光条が市中に向かって降り注ぎ、街路に溢れ出た人々を照らし出した。


 そこに浮かびあがった名もなき顔、顔、顔。

 今日の戦いに傷ついた者、明日を信じ戦いに備える者、夜陰に紛れて逃亡を企てる者、女子供、狂ったように神への祈りを叫ぶ聖職者。

 騎士がいた。戦士がいた。射手がいた。

 従者がいて、工兵がいて、瓦礫を運ぶ人足がいた。

 商人がおり、職人がおり、水売りがいた。

 だが、その多くは強大な《ちから》のまえに震える一市民であるという点で、共通していた。


 無理もない。


 それまで鉄壁と信じていた三重の城壁が、わずか一日の攻防でよって瓦礫に変わり果てたその夜に、市中では真騎士の乙女たちによって想像を絶する破壊が起きた。

 その直後に無防備な空から、巨大な船が襲来したのだ。

 常人の精神ではとても耐えられぬ衝撃だ。


 だが、今宵の出来事はこれだけに留まらなかった。

 さらに彼らの精神的支柱を徹底的にへし折るものが現れる。

 いいや、暴かれる、と記述するのが正確なのか。


 まず、空飛ぶ船が展開した光の膜スクリーンに映し出されたのは、荘厳な英雄の装束に身を包んだオズマドラ帝国皇帝の姿であった。

 それは夜空にあって圧倒的な存在感と影響力を持って、人々に作用する。

 普通に考えれば大恐慌が起きたはずだ。


 だが、このときもパニックは起らなかったか、あっても非常に小さなものに留まった。

 なぜなら、市中に溢れ出でた死蔵知識の墓守ノウレッジ・レイスたちが市民の心に、またしても干渉していたからである。


 このおぞましき死蔵知識の奴隷たちは、人間の心にその指を潜り込ませ操作する技を持つ。

 相手が強い《意志》の持ち主であったり、《スピンドル能力者》である場合はその限りではないが、いまヘリアティウム市中を占める多くの者たちは──つまりそうではなかったということだ。


「ふむ、なるほど、オディール。オマエたちの言う通りであったな」


 船外に展開した光の膜スクリーンへの接続をいっとき切って、オズマヒムはつぶやいた。

 用意されていた舞台を降りる。

 船内に用意された小高い舞台の袖には、真騎士の乙女の甲冑に身を包んだ美女がひとり、控えている。


「であろう、我が君」

 黒翼のオディールは、オズマヒムをそう呼んだ。

「この都市は穢れに満ちている。外面そとづらはどれほど美しかろうと、その臓腑は腐れている。あのおぞましき者ども──死蔵知識の墓守ノウレッジ・レイスこそはいわば、腐った臓腑に詰められた糞尿のごときもの」


 歯に衣着せぬオディールの断罪に、しかり、と大帝は頷いた。


「浄化が必要だ」

「いかにもその通りだ。あの都市がこれまで蓄えてきた一切の不浄を暴き立て、すべてを白日のもとに晒し、これを焼く。そうすることでしか、人類は新たなる歴史へと踏み出せない。忌まわしき過去を葬り去るのだ。いまこそ決別のとき」

「道理」


 歯切れよいオズマヒムの言葉に、オディールは微笑んだ。

 戦装束ではあるが女性らしさを隠そうともしない、いや、逆に女性であることを強調するいでたち。

 その美しい微笑みは、なるほど人類の英雄を魅了し続けてきた真騎士の乙女のものなのだ。


「だがまずは、自分たちの置かれた状況を、ヘリアティウムの民には正しく報せようと思う」

「正しく、報せる? そのやりかたは? なにか考えがあるか、オズマヒム」


 オズマヒムの提案に、うむん、とオディールは唸った。

 正々堂々たる英雄たちの戦いに輝きを見出す真騎士の乙女たちは、民衆という存在を背景くらいにしか捉えていない。

 塵芥と言って分からなければゴミだと言い換えれば伝わるだろうか。

 少数精鋭の戦闘集団である彼女たちは、騎行という名の略奪行為によって己が生命を維持するがゆえに、弱者に対する発想・視点が、いわゆるヒトとは著しく異なる。

 彼女たちは統治者・為政者ではなく、君臨者なのだ。


 しかし──あとどれほどヒトの心が残っているものかは定かではなくとも──オズマヒムは違った。


 舞台を指さし、待機状態に入った光の膜スクリーンを指して言った。


「この光の膜スクリーンは、我の姿を外部に投影させているのだろう」

「いかにも」

「であれば、我が発する《ちから》──異能を行使する姿も、やはり映し出されるはずであるな?」

 

 オズマヒムの問いかけに、オディールは眉根を寄せた。

 にわかには理解できぬ、というジェスチャー。


「それはその通りだが……物理的な威力……つまり、攻撃までは再現されぬぞ? それにいかに飛翔艇:ゲイルドリヴルが巨大な《フォーカス》といえど、我が君よ、貴方の振るう破壊の《ちから》に耐えられるかどうか」


 滅多なことでは他者の力量を認めぬ真騎士の乙女である。

 だからこそ、その一団を率いる黒翼のオディールをして言わしめるオズマヒムは、やはり大英雄であり、攻撃能力もまた特別に強力なのであろう。

 珍しく心配げな様子の真騎士の乙女に、オズマヒムは獰猛に笑って見せた。


「案ずるな。攻撃ではない。むしろ逆よ。これは人々を正気に戻す行い」


 論じるよりも見せたほうが早かろう。

 オズマヒムはそう言うと、己が頂く兜に《スピンドル》を巡らせた。

 途端にその頭頂に青白き炎が灯り、展開し、巨大なヒトの虹彩を思わせる姿となる。

 おお、とオディールが感嘆とも畏怖とも取れる声を漏らす。


「これぞ、あらゆる不浄を蹴散らし、欺瞞ぎまんを打ち砕くアラム・ラーの瞳」

「なんと、これが音に聞こえし。……そうであったか」


 自らが「我が君」と呼んだ男が見せる《ちから》の一端に、オディールは賛嘆の声を上げた。

 輝かしき《ちから》の顕現に目の色を変えるのは、英雄という存在を男性を計る絶対基準値として用いる彼女ら、真騎士の乙女たちの性情サガである。

 冷徹、ときには冷酷に見えてもオディールもやはりその意味では、いや、だれよりも真騎士の乙女なのである。


「この《ちから》を用いれば、市中に群れなすあの死蔵知識の墓守ノウレッジ・レイスが人々の心に及ぼした、邪悪な《ちから》を消し去ることが可能である」


 自信に満ちた様子で舞台に戻るオズマヒムの姿を、オディールはやはり満足げな笑みで見送った。




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