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■第一〇七夜:飛翔艇:ゲイルドリヴル

         ※



「そういうわけで、わたしはアシュレの従者になったんだ」


 スノウは問われるままに、これまでの半生と、アシュレたちとの出逢い、そこからいかに関係を結び築いてきたのかについて、ことのあらましを司書に語って聞かせた。

 不安定な《スピンドル》の脈動はまだ続いている。

 けれどもなぜか、自分のことを司書に話すごとに、その苦しみが薄れていくことにスノウは気づいた。

 すこし照れながら、しかし、どこか誇らしげに話すスノウに、司書はいちいち大きく相づちを打ってくれた。


「なんてことだろう。キミはすごい体験をしてきたんだね。そうか、トラントリムの僭主:ユガディールはそうやって討たれたのか」

「そう、わたし、ユガさまの最期を見たんだよ」

「そして、キミはアシュレという騎士を選んだ」

「や、わたしが選んだ、とか……そんな偉そうなもんじゃなくて」


 言葉を濁すスノウの様子に司書はニッコリと微笑んだ。


「なんというか、それはもう運命だね。まるで一冊の本、ひとつの物語のように、キミたちは出逢った。盲点だったなあ。こんなに素晴らしい物語の存在を、ボクはいままで知らなかった」

「そんな、も、持ち上げ過ぎだよ。それにわたしは……アシュレたちの輝かしい物語の端っこにちょっとだけ間借りしてる、脇役。端役だよ」


 歌劇オペラの傑作を観覧したかのごとく感嘆してみせる司書に、スノウは表情を曇らせた。

 その様子に司書は不思議そうな顔をする。


「どうしてそんなことを言うんだい。人間はだれしも自分だけの物語を──人生を生きる権利を持っている。それに、キミはすでに充分に特別だ」

「そんなことない。だって、アシュレの周りにいるのはホントにすごいヒトたちばかりだよ。みんな一流の《スピンドル能力者》だし。聖剣を使う夜魔の姫に、オズマドラ帝国のお姫さま。霊媒にして辣腕の情報分析官。土蜘蛛の姫巫女姉妹。カテル病院騎士団筆頭に、ウソかホントかわからないけれど、古代の土蜘蛛王。あんなヒトたちにどうやって勝てっていうの。そりゃ、バートンお爺ちゃんは《スピンドル能力者》ではないけれど、凄腕の密偵だし……」


 それに比べて、わたしは。


「わたしは半端者だ。夜魔にもなれない。人間でもない。おまけに《スピンドル》の発現は中途半端で、未成熟。なんの役にも立たない。どこにも……どこにも居場所がない」


 きっとたぶんそれは、スノウが生まれて初めて吐いた、自分自身の立ち位置に対する弱音だった。

 これまで心の奥底に封じ込めてきた本音。

 夜魔の騎士に憧れ、がむしゃらにそれを目指したスノウを突き動かしていたものはたぶん、その何者でもない自分に対する不安、心細さの裏返しだったのだ。


「それは、どうだろうか」


 自らを卑下する──いやそれは本人にしてみれば正当な評価なのだが──スノウに控えめな口調でだが、司書が反論した。


「キミにはキミにしかできない役目があるよ」

「ありがと。嘘でもうれしい」

「嘘じゃないさ」


 飾り気のない誠実な言葉に、ふふっ、とスノウは笑った。


「なぜかな、アナタに話してるとすごく楽なんだ。いままでだれにもこんな話をしたことないのに」


 本心からスノウは言った。

 事実、司書に自分の過去や想いを話すたび、《スピンドル》の回転はゆるやかになり、容体は安定していく。

 ただ想いを吐きだすだけで、こんなに楽になるなんて。

 スノウは素直に驚嘆していた。


「それはたぶん、ボクたちが赤の他人だからだよ。キミとボクとの間には関係性がない。ヒトはコミュニティのなかにあるとき、関係性の力学に縛られているんだ。カラダもだけど、ココロもまた、自由ではいられようがないのさ」

「アナタ、学者さん? 難しい言葉を使うのね」

「ボクをだれだと思っているの? 世界に冠たるこのビブロンズ大図書館の司書だよ」


 肩をそびやかし、胸に手に当て、芝居がかった口調で司書が言った。

 その様子に、あはは、とスノウが声を上げたそのときだった。


 ガクン、という音とともに通路を照らし出していた不思議な明かりが消え去った。


「きゃっ」

「心配しないで──これは」


 とっさにしがみついてきたスノウを庇いながら、司書が天井を見上げた。

 じっと目を凝らすと、その暗闇になにかが見えはじめる。

 

「星空?」


 まず最初に目に入ったのは恐ろしいほど澄んだ天球。

 宝石箱をぶちまけたように瞬く光やは、なるほどたしかに星々の群れである。


「これはヘリアティウムの、地上世界の様子だ」

 事情を察して司書が言った。

「地上世界の? じゃあ、あの赤く燃えているのは」

「城壁の向こう──オズマドラ帝国軍の祝祭?」

「まって、なんで城壁があんなに崩れているの?! だって、ついさっきまで、」


 映し出される変わり果てた都市まちの姿にスノウが叫んだ。

 上部に備え付けられていた尖塔は見るも無残に吹き飛び、へし折れ、城壁は切り裂かれた傷口のようにギザギザのシルエットを夜陰に浮かび上がらせている。

 西方世界最強と謳われた難攻不落の城塞──ヘリアティウムの三重の城壁。

 それが、たった数時間であんな姿になるなんて。

 驚嘆に体を震わせるスノウの手を握り返して、司書が言った。

 ちがう、とスノウの推測を一部だが否定して。


「スノウ、ここでは時間の流れ方が違うんだ。キミがこの地下迷宮に足を踏み入れてから、もう丸一日以上が経過してるんだよ。つまり、いまキミが見ている星空は、ここに足を踏み入れたあと……すくなくとも次の夜のものなんだ。見てご覧、星の動きがあんなに速い。時の流れが加速して見えるのは、ボクたちが停滞した場所にいるという証拠だ。だからあれは、いやあれこそが、ヘリアティウムの現在の姿なんだ」

「!」

 

 次々と突きつけられる事実。

 認識と判断が追いつかない。

 

「そんな、一日以上経ってるだなんて」

「やっぱり、すぐに地上世界に出ようか。このままではキミは正しい時間の流れに取り残されてしまう」

「まって、それはまって!」


 握られた手を、こんどはスノウが握り返した。

 強く、とても強く。


「ダメだよ。そんなことしたら、ここまでのすべてが無駄になる。いかなきゃ、わたしはいかなきゃ!」


 皇帝:ルカティウスを追い、魔道書グリモア:ビブロ・ヴァレリを探し出さなくちゃ。

 急き込んでスノウは言う。

 焦ったように司書の袖を取った。


 そして、そのスノウの焦りを決定的なものにする存在が、天井一杯に映し出されたヴィジョンに登場した。

 下から投じられる無数の光に、照らし出されるそれは……。


「なに、あれ──船?! 船底なの?!」

「なんて巨大な……そうかあれが」


 スノウと司書は手を握りあったまま、その偉容を見上げる。

 巨大な船体から突きだしたオールの先端が白く輝き、翼のように動いて巨大なふねを進める。


 それこそが真騎士の乙女たちの旗艦にして巨大な《フォーカス》。

 飛翔艇:ゲイルドリヴル。



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