■第七三夜:狂信と信念
「敵の新型兵器とそれを操作する部隊だけを標的とする。随伴する守備隊は、やむを得ず正対しなければならない場合を除いて、これに構うな。敵の砲撃が切り崩した城壁の切れ目から、砲撃の煙と土煙に紛れて侵攻する。騎馬の不得意な者はここで謳え! 神の栄光を言祝ぐ歌を! それが、信仰こそが我が《ちから》となる!」
白騎士の指示は的確で明確だった。
少数精鋭の数十騎が降り注ぐ砲弾の下を擦り抜けるようにして出陣した。
相手は最新鋭の大砲を擁する二〇万の大軍。
たとえるまでもなく人間が竜に相対するに等しい。
絶望的な特攻。
だが、騎兵隊の面々の顔に怯えはない。
不適な面構えの騎士たちの口元には、どこかさわやかな笑みさえある。
「信じろ、自分たちを! 信じろ、オレを。信じろ、神の栄光を! 狂信せよ、狂信せよ、狂信せよ!」
白馬に跨がった白騎士が叫ぶ。
隊の全員が呼応する。
そのなかには数少ないヘリアティウム出身の《スピンドル能力者》もいる。
ヘリアティウムの城壁を一歩でも出てしまったら、その異能の《ちから》は極端に弱まり扱いづらくなる。
彼らは本来、最後の最後、市街戦になったときの最終防衛ラインを担当する部隊であった。
白騎士はそんな彼らを激励した。
「大丈夫だ、諸君らには神のご加護がある。オレとともに来い。魂の燃焼を体験せよ!」
この直後、白騎士の言葉通り、志願した《スピンドル能力者》たちは奇跡を体験することになる。
「敵はまさかこの状況で我らが打って出るとは思ってもいない。その思い上がりを最大限に利用する。《スピンドル能力者》は敵の新兵器かその周囲に備蓄されている火薬を各々の異能で狙え。襲撃を想定していない連中は油断して大量の装薬を周囲に保管している可能性が高い」
「しかし、城壁の外では……我らが《スピンドル》の回転は」
「疑わしいか」
「いえ、そういうわけでは」
「ならば見せてやろう。論より証拠だ。続け!」
言うが早いか白馬に拍車を入れ、白騎士は騎馬隊から抜きん出た。
壮絶な一騎駆け。
それは蛮勇と言われてもしかたない行いだ。
けれど、そこに《スピンドル能力者》たちは続いた。
白騎士の背には、無言のうちにヒトを惹きつけ動かす引力のようなものがあったのだ。
それをあえてカリスマと呼ぼう。
まるで騎士道物語のなかに自分たちが入り込んだような高揚感に突き動かされ、騎士たちはオズマドラ帝国軍の砲兵部隊に襲いかかった。
これこそが自分たちを導く白騎士=ガリューシンという男の狂信という名の異能なのだと気がつかぬままに。
※
さて、ヘリアティウムの城塞が火砲によって打ち砕かれつつあったころ、オズマドラ帝国第一皇子:アスカリヤはその様子を裏側から望むことのできる洋上にいた。
強力な砲火にさらされ陸側に釘付けにされたヘリアティウム防衛軍の背後を突き、ゴールジュ湾を陥れ、海側から都市への上陸を果たそうという兵力約七〇〇〇の船団に、密かにも加わっていたのである。
オズマヒムから参陣を指示されたものの、アスカをはじめとする“砂獅子旅団”はヘリアティウムへの直接攻撃に参加することを、いまだに許されていなかった。
最新鋭の火砲を携え、先遣隊として真っ先に布陣した彼らにとって、これは武功を上げる絶好の機会に待ったをかけられたに等しい。
だが、だからといって、大帝の許しなく兵を動かすことなどできはしない。
いくら王位継承権第一位の皇子といえど、総司令官の意向を無視して軍を動かせば、どのような処罰が待っているかわからない。
大帝:オズマヒムは寛大な男として西方諸国にも知られるが、軍律違反にはたとえそれが身内であれ極刑で応じるのが名君の条件である。
希代の英雄・東方の騎士と謳われたオズマドラの大帝は、まず平和的な交渉を、そののち己の《ちから》を見せつけてから再度、話し合いを試みるつもりであるらしかった。
つまるところ、いま行われている大規模な城壁の破壊は交渉の場へ相手を引きずり出すための、いわば外交政策の究極の表現なのだ。
そのためには自身の意志によって、最新の注意をもって、可能な限り人的被害を出さずに、都市を護る甲冑=城壁だけを破壊する必要がある。
計画を思い通りに進めるために、オズマヒムは功に逸る武将たちを前線から遠ざけもした。
アスカと“砂獅子旅団”も、遠ざけられた一団のなかに含まれる。
だからいまこうして密かにも洋上にいることは、アスカの独断専行である。
その理由は、三つ。
ひとつは、敵方に囚われた副官:アテルイのこと。
もうひとつはその後、アスカを訪った大帝の使者のこと。
そして、最後のひとつは──アスカは、いま自分がここに立つ理由を回想する。
今回のお話は一挙掲載すると七〇〇〇字に迫ることが判明しましたので、今夜19日と明日20日の二夜に分けて更新させていただきます。




