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■第六三夜:別行動

         ※ 


「スノウを潜入班に加えるって……。それは本気なの、イズマ?」

「こんな土壇場で冗談言ってどうすんのサ。本気本気、本気以外のなにものでもないよ」


 数時間前のやりとりを回想して、アシュレはこめかみを押さえた。

 場所はアシュレたちのアパルトメントの中庭。

 大きく傾いた日差しが白壁に反射して優しく世界を照らし出している。

 だが、そこに混じる常ならぬ喧騒を聞けばこの都市がいままさに戦場になろうとしてるのだと、否応なしに自覚させられる。

 宣戦布告に続いて、ついに姿を現したオズマドラ帝国軍本隊が布陣を始めたのだ。

 鳴り響く軍楽の音が、ここにいても聞こえてくる。


 アシュレは今日、何度目になるのかわからない溜め息をついた。

 迫り来る戦に思いを馳せてではないく自分の従者たるスノウを想って、である。

 彼女はいまイズマたち潜入班とともに行動を共にしている。

 イズマからの提案をスノウが承諾したからだ。

 それはオズマドラの宣戦布告を受け、かねてからの作戦を始動するべく訪れたイズマの借家でのできごとだ。


「じゃあ、かねてからの計画通りに」と席を立とうとしたアシュレを呼び止めてイズマは言ったのだ。

 まるで、どうでもいいついでの確認という感じで。

「やっぱ、スノウちゃん、潜入班にしない?」と。


 もちろん唐突すぎる提案にアシュレは食ってかかった。

 ところが対するイズマのほうは真顔で「本気本気、だいじょうぶだいじょうぶ」と繰り返だけ。

 どうして「本気」とか「だいじょうぶ」とかいう言葉は何度も言われると信憑性が薄れるのだろう。

 たぶんその意味で「本気」や「だいじょうぶ」の信頼度を引き下げているのに世界で一番貢献しているのは、目の前のこの男だろうともアシュレは思った。


「だって……ここ数日、スノウはずっとボクたちとの連携を練習してきたんだよ」

「アシュレたちと連携ができるなら、ボクちんたちとはもっとうまくできるに決まってんじゃん。このイズマさまを筆頭に、ノーマンの旦那にバートンの爺ちゃんだぜ?! 熟練・熟達・熟男の三拍子揃ったメンツだよ?! 確実安心高利回りってヤツでしょ?」

「だからって……なんでいきなり……こんなときに」


 編成変更の合理性をまくしたてるイズマにアシュレは閉口ぎみに訊いたものだ。

 どうしてこんな大事なことを事前連絡なしに決めようとするのか。

 イズマの考えが、さっぱりわからなかった。


「んー、アシュレくんの困惑もわかる。ボクちんもさ、最初は防衛組に任せたほうがいいのかなあとは思ってたんだよ、スノウちゃんのことはさ」

「だったら……」


 アシュレとイズマは、今次作戦において隊をふたつにわけることで合意に達していた。


 ひとつは潜入班。

 これはイズマを筆頭にノーマン、バートンという単独潜入任務に長けたメンバーで構成される。

 目的としてはビブロンズ皇帝:ルカティウス十二世に精神的揺さぶりをかけ、それによって魔道書グリモア:ビブロ・ヴァレリの所在とそこに至る道筋を明らかにし、最終的にはこれを奪取する部隊だ。

 微妙な駆け引きと場面場面での臨機応変な判断が必要とされるポジションである。


 もうひとつは防衛隊。

 こちらはアシュレをリーダーとしたヘリアティウムの防衛に主眼を置いた部隊である。

 編成内容はシオンとアシュレを前衛に配すし、土蜘蛛の姫巫女たるエレ・エルマが両翼を担う。

 長射程超攻撃能力を誇るアシュレと広範囲殲滅技を得手とするシオンに加え、群衆や大軍に対して絶大な効果を上げる心理操作系呪術の担い手=土蜘蛛の姫巫女が両脇を固めるこちらの戦隊は、隠密や謀略の才能ではなく、純粋な戦闘能力と軍勢や群衆への対処能力・機動力に主眼が置かれた。


 それにしてもなぜ、ヘリアティウムを攻略しようとするアシュレたちが防衛隊を名乗っているのかといえば、それは今回の戦いがある意味で二正面作戦であるからにほかならない。


 なにしろいまこの都市まちを陥落せしめんと押し寄せているのは、二〇万からの大軍を擁するオズマドラ帝国の本隊なのだ。

 対するヘリアティウム防衛軍は、どれほど兵をかき集めても八千に届かないだろうというのが大筋の予想である。


 たしかにオズマドラ帝国からの正式な宣戦布告を受けるより以前に、新法王:ヴェルジネス一世からの十字軍クルセイド発動を受け、ヘリアティウムでは兵員の募集が行われてはいた。

 ただこれは十字軍クルセイド発布が引き起こすであろう未曾有の戦いに備えるという名目のものであり、募集の具体的な目的についてそれ以上は明らかにされてはいなかった。

 戦乱の機運を察知した各国が防衛戦力確保に動くのは当然のことであるから、取り立てて他国の目を引くことはもない。

 というよりもこの近隣でイクス教国であれたのはビブロンズ帝国とトラントリム以下、件の小国家連合だけである。

 その小国家連合も瓦解したいま、ヘリアティウムが防衛線力を調えるのは当然といえば当然ではあったわけだ。


 にわかに動きが慌ただしくなったのは、アスカリヤ率いる軍勢の動きが伝わってからである。

 緊張の高まりと同時に兵を募る募兵官たちが危機を謳い、市民に参戦を促した。

 これはただの戦争ではない。

 国家の首都、その存亡を賭けた決戦である。

 国庫が開け放たれ、年代物ではあったが武器と防具が配られた。

 

 さてそうやって集められた市民兵が約四〇〇〇

 自前の正規戦力──いわゆる騎士と兵士が、従者と馬丁までを計算に入れて、どうにか一〇〇〇。

 そこにエクストラム、エスぺラルゴを中心とした傭兵部隊がほぼ同数。

 ここにヘリアティウムに本拠を構えて久しい商業都市国家同盟の住人たちがどれほど加わるか。

 全部を合わせても八千に届けば良いほうだろうというのが大方の予想であったし、実際に開戦の声を聞いたときの数字も、これを大きく裏切るものではなかった。 


 その戦力差は実に二十五倍以上。

 堅固な城砦を相手取ったとき寄せ手は防衛側の三倍の戦力が要求されるというのは、この当時の戦争におけるごく基本的な算数だが、それは攻め込む側と守る側の兵装がほぼ同じであった場合の話だが、まずをもって桁が違う。

 さらに今回の戦いでは、寄せ手であるオズマドラ帝国軍には最新鋭の大砲がかなりの数、配備されていた。


 このときヘリアティウム側は、たしかに西方世界最強と呼ばれる堅固な城壁の内側にいた。

 街の北西側をぐるりと、さらには海側も一部カバーする三重の巨大な壁である。

 ひとつめの城壁は背が低いが、その直前には幅二〇メテルの深い堀が張り巡らされている。

 そこからすこし間をおいて十メテルの分厚い壁。

 これは上部が通路というより広場と呼んでいいほどの分厚さがあり、防御用のバリスタや投石器が配されている。

 そしてみっつめ、最後の城壁の平均高二十メテル、最も高い場所となると尖塔の突端で三十メテル、その一部をジレルの水道橋と共有するこの当時の世界最大の防壁である。

 じつはこの城壁を破ってヘリアティウムに進軍を果たした軍勢は、過去の歴史上、存在しない。

 十字軍クルセイドの蹂躙を許したのは、彼らが最初友軍として、背後の海側から上陸したからだ。

 アシュレの生まれ育ったエクストラム法王庁法王領はもとより、イダレイア半島すべてを見渡してもこれほど見事かつ堅固な城壁はほかにない。

 正直、自分が攻略を命じられたら頭を抱えるほどの難事だとアシュレは思う。


 だが、その城壁は大砲という強力な攻城兵器の登場以前の様式によるものだ。

 まず古代の統一王朝:アガンティリスを起源に持つ城壁の基礎は、異能による転移や呪術攻撃を阻害する結界として作られた。

 現在、ヘリアティウム市民が目にしているものは後世になってその基礎の上に増改築を重ねたものだが、結界としての機能は失われてはいない。


 その事実をアシュレたちはヘリアティウムを散策するなかで確かめてきた。

 複雑な紋様と幾何学的な石組みで作られた基礎部分と、その上にかぶせられるカタチで補強された増築部分は、その両方の働きで歴史的遺産でもあるヘリアティウムの町並みを守り通してきたのだ。


 ただ、その城砦は物理的な大質量の直撃=大砲による砲撃戦を想定して作られた様式ではない。

 これはアガンティリス期の城壁基部も同様である。


 特に異能の存在が現在よりも一般的であったとされる統一王朝:アガンティリスにあって、世界の中心に位置する都の城壁や城砦が持つべき防御能力は、どちらかといえば物理的な破壊によるものではなく、転移や偽装工作を駆使した政治中枢への直接的襲撃、呪術を始めとする不可視・非物理的な攻撃、さらに疫病の流布などへの防御──それ以前に敵対的意志を持つ存在を関知して、侵入を弾くものとして作られた。

 超攻撃能力や強力な破壊兵器を用いた戦争は、遠く辺境で起るものだと民草が考えることができた……しあわせな時代であったとも言える。 


 しかし、統一王朝は失われた。

 その後に世界を覆った暗黒時代、魔の十一氏族の跳梁跋扈ちょうりょうばっこと各地で続いた戦乱の炎から人々を護るために城塞は、今度は分厚く堀を備え高くそびえるカタチに進化した。

 人類圏での戦争がやじりと刃にて決する時代が長く続いた証拠でもある。


 そこにいま、これまでの常識を覆す新兵器が投入される。

 つまるところ、オズマドラ帝国軍が採用しこれから試される火砲を用いた砲撃からの攻城作戦は、世界がいまだ体験したことのない次元の戦争だということだ。

 

 わずか数ヶ月とはいえアスカの側にいて火砲の威力とその運用方法について見聞きしたアシュレには、これがとんでもない戦争になることが予測できた。

 もしその通りに火砲が運用されたとしたら──この戦いは篭城戦などという悠長な過程を経るまでもなく一挙に決してしまうのではないか。

 そのとき、大勝利に酔い大挙して市街になだれ込んでくる二〇万の軍勢が、どのような行いに及ぶのか。

 そんな恐れが、アシュレに自分の役割を決めさせた。


 これには地の利のこともあった。

 現在ヘリアティウムにどれほどの数と質の《スピンドル能力者》が、さらに彼らのなかにどれほどの長射程攻撃能力者がいるのかは不明だが……すくなくともアシュレであればその城砦の上から並み居るオズマドラの軍勢を掃射し、相当な被害を与えることが可能だ。

 アシュレの携える竜槍:シヴニールは(判明しているだけで)一〇〇〇メテル超の射程を誇る。

 その威力は直撃すれば密集陣形にある一〇〇名の兵士を、一撃の下に葬り去ることができる。

 これは投石器などの旧来の攻城兵器は言うにおよばす、最新鋭の火砲と比べても圧倒的な数値である。

 なにより、ヘリアティウム内部は《スピンドル》が扱いやすい=《閉鎖回廊》にも似た特性を持っている。

 とすれば、その城塞に陣取る限り、アシュレたちは外部の敵に対して一方的に砲撃を加えることが可能ということになる。

 逆説的に言えば、オズマドラ擁する《スピンドル能力者》たちにこの城塞を突破されてしまったら最後、市中は長射程・広範囲破壊攻撃の的になるということでもこれはある。

 アスカから告げられた真騎士の乙女たちの性情と彼女たちの飛行能力が戦線に投入されたら……オズマドラの新兵器:大砲が本格的に運用され彼女たちと連携を果たしたら……考えるだけで背筋が寒くなる。

 いかに堅固な城壁であろうとも、空を行く者たちを阻むことは不可能だ。

 そして彼女たちの攻撃が空から降り注いだとき、いったいなにが起るのか。

 死傷者の数、特に市民のそれが桁違いになるであろうことは、かつてのカテル島防衛戦の例を上げるまでもなく間違いがなかった。


 アシュレがヘリアティウムを防衛すると決めた最大の理由が、これだ。

 

 そして、その防衛隊の中央にスノウのポジションはあり──要するにアシュレたち全員で彼女を守ろうという作戦だったのである。

 だから、スノウを潜入組に編入するというイズマの提案は、これまでの作戦概要の根底をまるっきり覆してしまうものであった。

 彼女の人生に先任騎士として責任を持つと決めたアシュレとしては、にわかには承服しがたい提案でもある。


 だが、土蜘蛛王はいつも通り飄々(ひょうひょう)とした態度で、理由を並べ立てた。


「あのあと色々考えたんだけど、やっぱ危ないかなって」と。



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