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■第十九夜:波止場にて

         ※

         

「よーう、来たねえ」


 夕暮れにあわせるように港に入ってきた最終便の荷と客を待ち受ける人々で、ヘリアティウムの波止場はごった返している。


 アシュレたちの到着を待ちかまえていたのは、イズマだった。

 頭に布を黒い布を巻き付けたアラムの商人風ファッション。

 その隣りにはすっぽりとフードのような民族衣装をかぶったエレが控える。

 

 今次作戦だけでなく土蜘蛛という異種族性も隠蔽しなければならないふたりにとって、この服装はたしかに正体を隠蔽するにはもってこいであっただろう。

 抜けるように白い肌のエレは黒曜海沿岸地域の女性の身体的特徴も偽装できるし、なによりよく似合っていた。


「イズマ! どうですか、商売のほう・・・・・は」

「うぇーい、ひさしぶりー。順調順調、下ごしらえはちゃくちゃくと進んでいるからさ。いろいろわかったこともあるし! とりあえず、宿にいこうよ。いろいろあとが面倒くさいから、家一軒かりたのよ」


 洋上から声をかけると、陽気な返事が帰ってきた。


 船尾で櫓を操り船頭を務めるのは、なんとノーマンだ。

 小舟と言っても荷物を満載するそれはけっこうな大きさがある。

 それをものともしないノーマンの操船技術は、さすがオズマドラ帝国をして“毒蛇の牙”と震え上がらせたカテル病院騎士団の精鋭のことだけはある。

 見事な操舵で船を寄せ、ロープでこしらえたクッションを挟んで接岸させる。

 間髪入れず、岸へと飛び移り、たったひとりで小舟を固定してしまった。

 

「いやあ、お見事! さっすがわ、カテル病院騎士団……って、いっけねえ、こいつはいけないヤツだったか。しっかし、すごいね、その幻術。見わけが全然つかないよ、両腕」

「アーマーンの両肩のスパイクは一本ずつ着脱可能なので、潜入行のときは取り外していることが多いんだが──ここまで見事にカモフラージュできるとはな。土蜘蛛のからくり技術と偽装の技、凄まじいものだな」


 言いながら、ノーマンが剥き出しの二の腕に力こぶを作ってみせる。

 そこには鍛え上げられた筋肉……にしか見えない幻術が貼られている。

 小声でお互いの無事と到着を祝うイズマとノーマンのかたわらに、ひょいっ、と降り立ったのは土蜘蛛の姫巫女の妹のほう:エルマである。

 

「いいえいいえ、たいへんでしたのですの、その偽装。呪符の直貼りができないから、わざわざ土蜘蛛用の義手を取り寄せて、調整して……アーマーンの基部と互換性がある規格でよかったですけれど……そのあとも幻術関係の仕込みをぜーんぶしなければならなくて……くすん、わたくしも姉さまと一緒に旦那さまのおそばで、お仕えしたかったんですのに!」

「コラコラ、いまキミはアシュレくんの愛人でしょ! 設定として! それは後でする! アシュレくんも、エスコートはどうしたの!?」


 よよと泣き崩れながらしなだれかかってくるエルマを珍しくイズマがたしなめた。

 

「えっ、えっ、ボ、ボク?!」 

 急に背後から愛人の話を振られたアシュレは、仰天した様子で背後を振り返る。 

「ちょっと、ちょっと、ちゃんとエスコートして、きゃあ」

 手元がおろそかになったアシュレの胸のなかにスノウが飛び込んできて、悲鳴を上げる。

 

「えっ、なにっ、スノウちゃんまで来ちゃったの?」

「あー、それがですねえ。いろいろあって……トホホ」

「ちょっ、わ、わたしのせいみたいに言わないでよ! ア、アンタのせいじゃないの!」

「おーおー、言うことだけはいっちょまえだが……やれやれだ。というか、いつまでアシュレに抱きついているつもりだ。そこを退くがよい。設定的に、そこはわたしのポジションなのだぞ。脚本通りにせんか!」


 イズマ、アシュレ、スノウ、シオンの順に並べられたセリフが事態の混迷具合を表していた。

 先行したイズマたちを追うアシュレたち本体の旅は、なかなかに波乱万丈だったのである。


 まず、偽装のためトラントリムからいったん北上し、黒曜こくよう海支配地域にある交易都市の船便で旅立つ以前にアシュレたちは、いくつかの問題を抱えていた。

 まず、そのひとつめが、ノーマンの両腕。

 すなわち浄滅じょうめつ焔爪えんそう:アーマーンの件である。

 

 少女法王:ヴェルジネス一世|(※アシュレの幼なじみ:レダマリア)による十字軍クルセイドの発布とそれに呼応するように西進を始めたオズマドラの大軍を例にあげるまでもなく、戦乱の機運高まるゾディアック大陸にあって戦装束の人間を都市部で見かけることは、いまや珍しくない。

 

 正規兵・正規軍、あるいは常備軍というものが、基本的には《スピンドル能力者》養成機関を兼ねる騎士団とその従卒たちだけであった時代のこと。

 西方諸国の戦争の立役者たちは主に傭兵であった。

 

 私立の傭兵隊に属する彼らの多くは、平時、募兵官を通じて隊商の護衛任務・街道の補修作業、あるいは商船の護衛などの仕事を紹介されては糊口を凌いでいる。

 この護衛業は、たとえば街道筋でも一国あたり年に数件は山賊や怪物との、海上でも海賊や敵国との遭遇例もあり、それなりに需要のある働き口だったのだが、もちろんそれが本業でないことは彼ら自身がよく知るところだ。

 

 本業とはもちろん戦争である。

 彼らは戦の匂いを嗅ぎつけると戦場になりそうな場所へと、どこからともなく集まってくる。

 同様に戦乱の兆しを見て取った国々の商人たちは、航海に際して雇い入れる傭兵たちの数を倍増させていた。

 

 だから、ヘリアティウムの波止場にも、見るからに傭兵然とした男女の姿が多く見かけられた。

 

 そして、この当時の彼らの装いは、ひとことに伊達ダンテと呼ばれる奇抜なものである。

 上着にわざと切れ目を入れ下着に相当するシャツを見せつける者。

 ハデな布飾りや羽飾り。

 大仰な帽子に眼帯。

 安ぴかの装飾に動物の頭蓋骨。

 

 古代の騎兵に倣ったのか宣伝文句を染め抜いた旗指物を背負って歩くなど……それはそれはめまいのするような仮装としか思えぬファッションで自らを飾り立てた伊達者ダンテたちが、往来を闊歩かっぽしていたのである。

 

 そのなかに混じると考えるなら、ノーマンの両腕を成す《フォーカス》:浄滅じょうめつ焔爪えんそう:アーマーンもなるほど、そのファッションの一部と見られたはすだ。

 

 しかし、ノーマンは以前、ビブロンズ皇帝:ルカティウスとの謁見ですでに外見的特徴を把握されている。

 そこで急きょ、エルマによる偽装工作が行われたのだ。

 

 具体的には土蜘蛛用の義手を再調整してアーマーンと換装。

 幻術を施したうえで、密輸入する、という方策だ。

 これは戦場となる敵地に特級の《フォーカス》群を捩じ込む手配の第一歩であった。

 

 当初はあまりの困難さに、ノーマンに石膏を塗りたくり、彫像=美術品として本人ともども送り込むのはどうか、という馬鹿馬鹿しいプランさえもが大まじめに検討されていたくらいなのだ。

 結局、アシュレの装備は美術品として、シオンの聖剣:ローズ・アブソリュートは世にも珍しい青き薔薇の作り物として、それぞれが来歴を偽られ、箱にも厳重な偽装を施されてヘリアティウムへと搬入された。


 おかげでアシュレたちは、東方貿易で財を成した事業家としての背景設定カバーストーリーを演じるハメになったのだが……。

 ともかく、この時点で偽装を一手に引き受けたエルマの奮闘ぶりがわかるであろう。

 

 ふたつめの問題は、主にアシュレとその周囲の女性関係であった。


「ついていってはいかんか」

 そうアスカに言われたときは、一瞬、承諾しそうになってしまった。

「離れたくない。ずっといっしょにいたい」


 いつものアスカの調子で言われたなら、アシュレも冗談だと思えただろう。

 あの告白の夜からアスカの態度は違っていた。


 ひとまえでの変化を感じさせるほど彼女も甘くはない。

 だが、ひとたびふたりきりになると、儚げな素顔を垣間見せるようになった。

 袖を取られてそう言われると、胸の奥が苦しくなるほどの愛しさに襲われてしまうアシュレだ。

 

 思えばトラントリム攻略戦の最中からこちら、ほとんどアスカとの時間を取れてこなかったアシュレである。

 それぞれの立場と責任があったわけで、それ自体は仕方のないことなのだが。

 侵攻作戦に際して、彼女がアシュレとともに行けないことに号泣したのだとアテルイから密かに聞かされたときには、感情が堪えられなくなりそうだった。

 

「影武者を立てるとかなにかで……。わ、わたしがいれば、その、い、いつでも戦乙女の契約ヴァルキリーズ・パクトでおまえの《ちから》を最大値化してやれるし」


 もちろん、そんなことをしていいはずがないことはアスカ自身がだれよりも一番知っていた。

 要するにこれは、アシュレに駄々をこねて甘えているのだ。


 そして、その駄々を前に困ってみせることが、じつは彼女の心を支えることに繋がっているのだということにアシュレは気がついていた。


 だから、そのようにした。

 それから、アスカを説き伏せた。


 ただ……この手の感情はどうも女性同士の競争心というか共感性に作用するらしい。


 このあと、アテルイ、シオン、とアスカのかわいらしさに当てられた女性陣が、それぞれ方向性と発露の方法は異なりながらも寄越した、内容的には同様の要求に直面することとなる。


 それを桃源郷的体験と記すか。

 酒池肉林と表すか。

 死線を潜る経験と呼ぶかは、なるほど受け取り手それぞれの史観によるであろう。


 ともかく当事者としては、アスカから授けられた戦乙女の契約ヴァルキリーズ・パクトの加護がなければ、出立以前に干物になっていたような気が、アシュレはする。

 

 さて、そういう意味では旅立ち際しての最後の問題も、もしかしたら女性関係に含まれるのかもしれない。

 さらに、うっかり法に触れる類いの話でもあるだろう。


 そう。

 密航者である。




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