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■第八夜:葛藤と閃き



「竜族が絡んでくるっていうのは、マヂに勘弁して欲しいなああああ」

 掘り起こされた占い道具唯一の遺留品である美しき竜鱗を掴んでかかげ、イズマがのけぞった。

「探しにくいんですか?」

 話の規模が大きすぎて、いまいち状況が掴めないアシュレが問う。

「いやそうじゃなくってさー」

 イズマからの返答は棒読みだった。


「たしかにヒトに比べたら竜族の数は、めちゃくちゃすくないけれども……ボクちんの記憶が確かなら、この大陸周辺域だけでも七匹はいるんだよ。その住み処をひとつひとつ探るって……無理ゲーっぽいよ、アシュレ。だってさ、そいつら揃って空中庭園にいるわけよ。視界や探知の異能を弾き返す光と雲の結界の向こうに。第一、奴ら、この世界最強クラスのバケモンなんですよ?! 飛ぶ! 吐く! 噛み砕く!」


 ぐああああああああ、どーすんだこれええええええ。

 そのまま後ろに弧を描いて倒れ込む。

 転がるイズマをうるさいから蹴っていいか、とシオンが目だけで問うてくる。

 ええと。

 理解力と判断力が追いついてこないアシュレだ。


「そのあたりを精査しようにも……虎の子の占術道具は失われてしまいましたし……もう一度準備するには、相当の時間と材料の調達が必要になりますわね」

「そして、こんどもまた報復攻撃が待っているかもしれん。いや、待っているだろうな」


 エレとエルマ、姫巫女ふたりが状況を確認しなおした。

 イリスとの関連性を含んだ占術には、必ず予知の銀仮面:セラフィム・フィラメントが噛んでくる。

 そうなれば、必然これは英霊による報復攻撃の対象となる。

 エレとエルマが顔を見合わせる。


「アシュレ……話を蒸し返すようで済まないが、やはりオレはカテル島に戻るべきなのではないかと思うのだ」


 ことの推移を黙って見守っていたノーマンが、ぼそり、と言った。

 弾かれたようにアシュレはノーマンを見る。


「土蜘蛛の占術が惜しいところまで“再誕の聖母”の足取りを辿り、その座する場所へと肉薄したことはわかった。同時に、その居場所を探ろうとする者たちを予知の銀仮面:セラフィム・フィラメントが不届きと見なし罰しようとすることも判明した、というか身を持って体験した。そこにダシュカの《意志》が介在していないことも、不幸中の幸いだが、確信を得ることができた」


 だが、だとすれば。


「莫大な財を投じ、巨大なリスクを負って行う占術にもう一度頼るよりも、いっそのことオレは直接、ダシュカマリエと相対すべきなのではないかと思うのだ。予知の銀仮面:セラフィム・フィラメントが“再誕の聖母”とダシュカを結びつけているというのであれば……」


 火中と知りながら、あえて虎口に飛び込もう、とノーマンは言うのだ。

 死中に活を見出す宗教騎士団の男らしい発想だった。

 もちろん、その言葉の裏側にはダシュカマリエを想う心がある。


「いや、それはやっぱり無謀極まりないと思うよ、ノーマン」

 その決意にアシュレに代わって釘を刺したのはイズマだ。

「キミィ、カテル島がいま、どうなってのか、カテル病院騎士団の現状がどんななのか、 全然知らねえんでしょう? 帰り着いて、もし、かつての古巣が敵対的な状態になってたら、戦えるの? ザベルザフトのオッチャンや、残してきた従騎士のチビちゃんたちや、最悪ダシュカちゃんと刃を交えられるの? あくまでさっきの報復攻撃カウンターからはダシュカちゃんの《意志》は感じられませんでした、ってだけでね?」


 いまのキミの言葉からは「帰り着きさえすれば」とか「ダシュカに、妻に会えさえすれば」みたいな匂いがすごくするんだよね。

 うろんなものを見るような目でイズマがノーマンを眺めて言った。


「しかし、」

「しかしもカカシもねーんですよ。あんね、これは最後まで黙っていようと思ったけれども……君らと合流する前も含めればここ数ヶ月の間、ボクちんたちだって黙ってひっくりころげていたわけじゃない。エクストラムから十字軍クルセイドの発布があって、オズマドラやアラム諸国の隣接区域の海運がいまどんな状況で、カテル島がどうなっているのか……ボクら土蜘蛛の、元暗殺教団:シビリ・シュメリの現総元締めが調べなかったとでも思ってんの?」


 間諜と暗殺——謀略を司る土蜘蛛の王を舐めたらあかんぜよ。

 イズマが真顔になって言った。


「ボクちんやエレ、エルマに休息が必要だからって、組織全体が行動を停止してたわけじゃねえんだぜ? 間者というか、斥候をそれこそ一ダラス(12名)は送り込んだんですよ。カテル島には。でもね、ぜんぜん帰ってこねえ」

「そうなのか!」

「んだんだ」


 さらっと重要な事項をイズマは持ち出す。


「なぜ、いまのいままで黙っていた!」

「占いのとき言ったでしょ? 意思統一が大事だーって。こんな話を事前にしてたら、ノーマン大将黙って占いにつき合ってくれた? 場が乱れていたら、たぶんここまでの繋がりはあきらかにならなかったと思うぜ?」


 ひらひら、と手にした竜の鱗を動かして見せる。

 イズマの指摘に、ぐう、とノーマンが唸った。


「イズマさまの仰る通りです。偵察に赴いたオズマドラの軍船、足の速い中型ガレーシップが二艘、未帰還になっています。交戦になって拿捕だほされたのか、それとも別の理由か……」

 “砂獅子旅団”に事情を説明し終え帰ってきたアテルイがアシュレのそばに戻りながら言った。

「ガレーシップが二艘とも……むう」


 頭上から降ってきたアテルイの言葉に、ノーマンは唸った。

 昨年末、聖母再誕の儀式を巡る夜魔の騎士たちとの戦いでカテル病院騎士団は、相当の被害を出している。

 アシュレたちの探索にノーマンや従騎士たちを派遣しているいま、島に残る《スピンドル能力者》の騎士はごくわずか。

 いわゆる正規の騎士たちの数も往時の半数ほどになっていた。

 そうでなければ従騎士たちをこのような任務に連れ出す必要性などなかったはずなのだ。


 その関係から練兵は熱心に行っているはずだが……ガレーシップでの戦闘となると訓練では済まなくなる。

 いくら、圧倒的な操船技術をカテル病院騎士団が持つとはいえ、船を動かすのは人間だ。

 

 その人間が足らない、となると……作戦行動中の軍艦、それも足が速く小回りの利くガレーシップを二艘とも拿捕だほ・撃沈、というのはかなり無理がある。

 シビリ・シュメリの斥候たちがひとりも戻らないことといい、なにか起きている、と考えるのが筋だ。

 それもとびきり良くない出来事が、だ。


「もし、必要であれば、わたくしが霊視を試してみることもできますが……」

「あー、ダメ。それ、前も言ったけど、ダメ。つうか、その話があって、まず今日の占いがあったわけで。アテルイちゃんがどんなに優れた霊媒だからって、直接幽体離脱して様子を見にいくんでしょ? チョーアブネエし! ダメに決まってますよ、ネ、アシュレ」


 イズマからの確認に当然だよ、とアシュレは頷く。

 それから、え? っと驚いた。


「そんな話をしてたの? えっ、いつ?!」

「内助の功って言葉、しらない? 見えないところで動いてるのがボクちんたちなのよ」


 ねー、というイズマからの念押しに「わたくしはまだ、働いてませんけれども」とアテルイは控え目に答えた。

 頬が赤らんでいるのは、アシュレの返答のせいだろう。

 イズマはそんなふたりには目もくれず、あるいは意図的に逸らしてノーマンに向き直った。


「ノーマンくん、キミはたしかにものすごく強い。けれどもさ、単騎で乗り込んでいって、もし古巣であるカテル病院騎士団がとんでもないことになっていたら……ダシュカちゃん助けるどころじゃないでしょ?」

「しかし……」


 それでもなお諦めていない様子でノーマンは黙り込んだ。


 ノーマンもここでカテル島へと戻るというプランが決して上策ではないことは、頭ではわかっているはずなのだ。

 それなのに、アシュレにはどうも嫌な予感がした。

 きちんとノーマンを説得し、打開案を提示できなければ、この男は今夜にでも単身旅立ってしまうだろうという予感があった。

 自分がもし、ノーマンであったのなら同じ選択をするだろうから。


 これを思い止まらせるには、ノーマンの胸中に巣くうカテル島や騎士団、そしてダシュカマリエへの想いを組みながらも、取り得るべき最良の選択肢を作り出さなければならない。


 なんとかしなければ。

 そう思ったときにはもう問いが口をついていた。 




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