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■第六夜:殺意の所在


         ※

         

「イチチ……マヂに、ヒドい目にあった」


 超音速で突っ込んできた超エネルギー体の加速を殺すために奮闘したイズマが、めり込んだ頭を地面から引っこ抜きながら悪態をついた。


 無理もない。

 いくら英霊が半物質状態であるとはいえ、総重量二〇ギロスはあろうかというプラズマ弾頭の衝撃だ。

 

 そんな質量が超音速にまで加速されていたとしたら——並の人間なら抵抗することさえできずに吹っ飛ぶか、《スピンドル能力者》であろうとも両腕がちぎれ飛ぶレベルのパワーである。 

 いかに幽滅の縛鎖チェインズ・オブ・アストラルベインの異能を使ったといっても、英霊兵器による自爆攻撃の威力を減じるのは容易いことではなかったのだ。


 いっぽう、すべてを喰らい尽くす虚無の技:虚滅の流転ヴォイド・ストリームを放ち終えたノーマンが終了動作を解き、ふー、と息をついた。

 

 土蜘蛛の姫巫女:エレとエルマを標的にした爆撃を、イズマとノーマンは連携によって完全に防ぎ切った。


 直撃すれば三人をまとめて消し飛ばし、ついでに周囲の地形すらも変えるほどの威力を秘めた弾頭はノーマンの放った虚滅の流転ヴォイド・ストリームによって咀嚼そしゃくされ、光の粒子に還元された。

 漏れ出ようとする破壊の《ちから》はイズマの幽滅の縛鎖チェインズ・オブ・アストラルベインがからめ捕り、ついにこれを許さなかった。

 ぱっくりと口を開けた虚滅の穴は、もがいて暴れる英霊を引きずり込み、ともに消滅した。


 ただ、地面スレスレを擦過する英霊を迎え撃ったノーマンの技は周囲の地面をも半球形にえぐり取っていた。

 それは危うくイズマの頭が埋まっていた場所を掠めるコースだったことも事実だ。

 なにかひとつ歯車がズレていたら……事態はまったく別の結末を迎えていたことだろう。


「んんんん、ゾオオオオオォオオオオオオオオオオ──」


 うっかり死にかけていたという事実を把握したイズマが両手を頬に当てて、奇妙な悲鳴を上げる。

 ノーマンのほうはと言えばしゃがみ込み、足下の姫巫女たちの無事を確認している。


 ふだん男性にかばわれたり、こうして心配されるという経験があまりない土蜘蛛の姉妹は目を白黒させながらも、しきりにノーマンに礼を述べている。

 アシュレは駆け寄るとノーマンを讃え、無事を喜びあった。

 なにごとかと駆けつけてくれたオズマドラの“砂獅子旅団”にはアテルイが出向き、事情を説明してくれている。


「しっかし、こりゃあ、ビンゴッって感じだよね」


 消し飛んだ社の跡地と、そこからクラックを伝わる雷のように走った余波を受け徹底的に破壊された占い道具を摘みながら、イズマが言った。


「あれは間違いなく、予知の銀仮面:セラフィム・フィラメントからの報復攻撃カウンターだった。だったよね」

「たしかに……あの英霊がかぶっていた銀仮面はそっくりでした。予知の銀仮面:セラフィム・フィラメントに」


 現場検証をしながら話すイズマに、アシュレも言った。

 あの特徴的な銀仮面のシルエットをして「違う」などということはありえまい。

 

「占いの場に、あの侏儒コビトの仮面が出た瞬間、まさかなー、とは思ったんだけどネ」

 イズマが吹き飛んだ社の破片と土くれが散乱する現場を掘り返しながら、ぼやく。

「では、いまの英霊は——ダシュカが、ダシュカマリエが送り込んだとそういうのか?!」


 そこに食ってかかる、ノーマンの言葉は切実だ。

 突然の敵の襲来でうやむやになってしまったが、胸中では変わらず、いますぐここを飛び出し駆けつけたいという思いが渦巻いているに違いない。


「うーん、そこなんだけれども……」

 イズマの返答も、勢い、歯切れの悪いものとなる。

 しゃがみ込んだまま、首を捻る。 

「たぶん、ちがうとおもうんだけどなあ……うーん」


 予知の銀仮面:セラフィム・フィラメントによる攻撃であることは確信した。

 全員の目撃証言もある。

 あのような特徴的なデザインが、この世にふたつもあるとは考えいにくい。

 それについてはほぼ確定だと断言してもいいだろう。

 

 だが、瞬間的に自動的報復だとは叫んだものの、それが事実かどうかは、さまざまな角度から検討してみなければ正確にはわからない。


 と、いうのがいまのところのイズマの本音だったのだ。

 アレが本当にダシュカマリエの意志によるものではない、という証拠もまた、現時点ではないのである。

 現場検証をするにしても、証拠物件は木っ端みじんの上に可燃物は燃え尽きている。


「では、やはり可能性は完全には否定はできない、ということか」

「うーん、それはねえ……」


 どう答えたものかな、と思案する間に女性陣から意見が飛んだ。


「あの……差し出がましいかもしれませんが……それについては、まず、わたくしたちの見立てを聞いてはいただけませんか、ノーマンさま」


 頭を捻る男たちに意見したのはエルマだった。

 しずしず、と歩み寄りながら言う。

 

「イズマさま、アシュレさまのご意見の通り、“場”に出た侏儒コビトの仮面から、予知の銀仮面:セラフィム・フィラメントが関わっているということはまず間違いないでしょう。わたくしも、まったくの同感です。しかし、それと送り込まれた報復の英霊がダシュカマリエさまの差し金かどうかはイコールではない、とわたくしたちは思いますの」


 姉のエレとともにかつては姫巫女であったエルマは“黒曜こくようの巫女”の異名を持ち、特に呪術や占術に関しては卓抜した《ちから》を持つ。

 その実力はイズマを凌ぐほどであり、また、巫女としての専門的知識に関してはこの場にいるだれよりも抜きんでていた。

 その言葉には重みがある。


「あれは──さきほど我らを狙って飛来した英霊兵器は、イズマさまも可能性を示唆しさされてたように……きっと自動的なものだと思いますの」


 赤い瞳がイズマを見る。

 イズマは溜息で返した。


「それね。とっさに叫んだけれど……あれもさー、確証があるわけじゃなくて、可能性のひとつだっていうのが正しくてさ。もちろん、占いの結果が出てから報復攻撃が行われるまでの反応の速さから、濃厚な線だとは思うんだよ? ただ、そうだ、と言い切れるだけの証拠がないのも事実でさ。なにしろ、消し飛んじゃったからネ、本体も……まわりも、さ」


 物証から真相に辿り着くのは限りなく不可能に近い、っつうか。

 頭を掻くズマに、姫巫女は問う。

 

「でも、イズマさまはダシュカマリエさまではない、って感じた。いまもそう思っておられるんですよね?」  

「うーん、そういわれると、そうだなー。直感的には、たしかにそう感じたし、その勘は正しいように思う。なんというか、うまく言葉に出来ないんだけれど……あの英霊の動きには違和感があったんだよね……でも、どこがおかしいのか。ちょっとよくわかんないんだよね、現状」

 

 だんだんとしどろもどろになっていくイズマの態度に、しかし、エルマは微笑んだ。

 我が意を得たり、という表情で。

  

「はい、エルマも、あれは──あの英霊兵器の襲来は、ダシュカマリエさまのご意志じゃないと思うのです」


 かわいらしい少女のような口調でエルマは言う。

 だれしもが、ノーマンを気づかう慰めだと思っただろう。

 希望的観測に過ぎないと。

 それを口にするのが、かつて自分たちを追いつめ苦しめた圧倒的な術者だと知らなければ。

 もちろん、この戦隊にあって、エルマの呪術の強力さを知らぬ者などいない。

 現場に居合わせた全員が口をつぐみ、続くエルマの言葉を待つ。


「いいですか? それはまず、英霊の攻撃手段からも推察できますの」


 発言権を得たことを確認するように頷いて、エルマが持論を展開する。

 ほう、とノーマン。

 へえ、というイズマ。

 続けて、という意思表示。


「英霊は自爆をいとわない攻撃を持って探知者を殲滅せんめつし、証拠の一切を残さず、最終的には自らも消失する。報復の痕跡は実際の被害以外にはほとんど残らない。ゆえに、相手の正体を手繰ることも難しい。とてつもなく強力なエネルギー攻撃。これはつい先ほどわたくしたちが体験し、いま眼前に広がる光景が証明してくれておりますの」

 

 ここまではいいですか?

 うん、と男たちは了解を示す。

 でも、とエルマは続ける。

 

「でも、これってたしかに証拠を隠滅するにはいいんですけど……今回みたいに対抗手段を講じられたりすると……詰めが甘い、とは思いませんか? やりっぱなしというか」

「詰めが甘い、とはどういうことだ?」


 ノーマンが訊く。

 自分たちが死にかけた攻撃をして、詰めが甘いというエルマの評に対してだ。

 エルマは意図を汲んで頷く。


「では、予知の銀仮面:セラフィム・フィラメントの使用者が、超常捜査系による探知を察知して先ほどのような報復攻撃を仕掛けてきたのだ、と仮定してみましょう。たしかに圧倒的な攻撃力であたり一面を吹き飛ばしてしまう英霊兵器での報復は、非常に強力ですの」


 実際にそれでついさっき大ピンチに陥りましたが。

 エルマがノーマンを正面から見上げて言う。

 

「でも、今回のわたくしたちみたいに、敵に切り抜けられたら、そのあとどうするんですの? もしそうなったら──わたくしが予知の銀仮面:セラフィム・フィラメントの持ち主なら、自爆攻撃ではなく、情報を持ち帰ることを最優先させます。次手を講じるために。あるいは、間髪入れずに第二波を送り込む。そして、敵勢力の全滅を確認するまで絶対に攻め手を弛めない」


 それなのに、ですの。

 

「それなのに、わたくしたちはこうして生き残り、現場検証をして、推論をぶつけ合っている。知ってて見逃しているなら、相当な余裕がおありなんですのね、予知の銀仮面:セラフィム・フィラメントの主という御方は」


 でもだとしたら。

 

「余裕があるにしては、初手の激発的な自爆攻撃は──ずいぶんと、ちぐはぐな行動だとは思いませんか?」


 エルマの推理が熱を帯びる。


「これが、意志によって行われた報復であるのなら、あんまりにも手抜かりが多すぎる。雑すぎる、と思いますの。やるならもっと徹底しなければいけないのに。人間の目線というよりも……我が報復を退けられるような人間などいない、といわんばかりの傲慢さに、わたくしには感じられました」


 だって、わたくしだったら、絶対に仕留めなければならぬ相手であるなら、その死を自らの目で必ず確認しますもの。

 深い縁を結んだ相手であれば、なおのこと。


「ありていに言えば、先ほどの攻撃には意志を感じないんですの。ダシュカマリエさんの、というよりも、ほかの方のものであろうと、だれのものだろうと」

「たしかに説得力はあるが……それは……本当なのか?」


 まだ信じきれない、といった様子でノーマンがうめく。 

 そこへ、やはり物証を探していたエレが立ち上がり、加わる。

 妹:エルマの言説を裏付けするように続けた。

 

「本当だ、と断言するまではいかないかもしれないが、エルマの説にはかなりの信憑性がある。こう考えてはどうか、ノーマン殿。これまで予知の銀仮面:セラフィム・フィラメントの正体を探ろうとした者が、西方・東方の別なく数多くいた。だが、超常的捜査方法を用いてのそれでは、ついにその秘密を明らかにできなかった。なぜならば、そのたびに英霊が派遣され不届き者のことごとくを消し去ってきたからだ」

 

 今回のように。

 現状を指さしながら、エレは言った。


「超常的捜査の最上位に君臨するであろう予知の銀仮面は、自らより格下のそれに探られることをよしとしない。だから、己を探ろうとする礼儀知らずは問答無用でこれを殲滅せんめつする。これまでもしてきた」


 だが、それはあくまで予知の銀仮面:セラフィム・フィラメントの反応であり、着用者の意志ではない。


「エルマも分析していたが……あの英霊には、我らが得意とする呪術攻撃にある『念』のようなものが希薄だった。執念、というか執着というか。激発して憤怒を滾らせはしても……コロコロと攻撃対象を切り替えるところも、どうにも解せん。本当の殺意というものは、もっと蛇のように執念深いものだ。違うか?」


 姫巫女であり、凶手でもあった娘の言葉には説得力があった。

 なるほど、相手を遠隔地から憑き殺す、という意味では、呪術とさきほどの英霊兵器には似通ったところがたしかにある。

 そんな呪術の使い手である土蜘蛛姉妹としては、先ほどの英霊兵器の振舞いにずいぶんと腑に落ちないところがあった、ということなのだろう。

 戦隊を葬り去るため派遣されたあの英霊には「報復者の感情が乗っていなかった気がする」と指摘しているのだ。


「たしかに……あれはどちらかというと天罰を与える、とかそういう感じだったな。あるいは神罰、というべきか。振る舞い的に……」

 話の流れにアシュレは思わず首肯している。 

 神罰、という言葉の使い方に、無意識にも唇を噛みしめながら。

「でも、それじゃあ……これまでセラフィム・フィラメントの謎に迫ろうとしてきた人々をことごとく葬り去ってきたのは予知の銀仮面そのもの。《フォーカス》そのものの意志だ、ってことなのか」

「あるいはもっと自動的な仕組みなのだろうな」


 エレの言葉に、アシュレは自分の仮説を漏らす。


「ボクには……あの英霊は忘れ去られた漂流寺院の物語の登場人物のひとり、熾天使:アイギスに見えた。だとしたら、彼女も、妹のフラーマと同じく囚われたままなのか。物語のなかに」


 そして、物語の秘密を担保するために、英霊兵器として、いまもその似姿は使役されている。

 アシュレはかつて体験した海原での事件の一部始終を思い起こしてしまった。

 悪い想像がいくらでも湧いてくる。

 だが、そんなアシュレの背を、エレの平手が勢いよく叩いた。  


「おい、アシュレ。いま我々が向きあわなければならないのは、そこじゃないぞ。迷い道に入るな。ここで正対しなければならないのは、ひとつことだけだぞ」


 トラントリム攻略戦を経てエレはアシュレに対し、頼りがいのある姉のような口調で接するようになっていた。

 おそらくは、イズマが彼を弟のように扱うところにも感化されたのであろう。

 

 そうでした、とアシュレもエレの言葉に素直に従う。

 事実を分析して打つべき方策を模索することと、思考の迷路に足を踏み入れて妄想の走狗に成り果てることは、似ているようでまるで別のことだ。

 恐ろしい想像に心を食い荒らされてはならない。

 

 ですの、とエルマも頷いた。

「いまハッキリとさせるべきことはただひとつ」 

 と、指を振り立て、“黒曜こくようの巫女”は、もういちど、争点をあきらかにする。

「さきほどの攻撃が、予知の銀仮面:セラフィム・フィラメントによる自律的・自動的なものであるのか、それともその現在の所持者、カテル島大司教:ダシュカマリエの《意志》によるものか、というところですの」


 そして、その是非を判断できるのは、ただひとり。

 そう名指しする。

 

「ノーマン殿、どうか」

「いかがでしょうか?」


 エレは単刀直入に、エルマはそれよりはいくぶん遠回しに訊いた。 

 その確信に一番すみやかに迫ることが出来るのは、ノーマン、あなただけなのだ、と。




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