■第一一五夜:エスペラルゴの皇帝
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「見ろよ、とんでもねえことになってやがるぞ」
巨大な塔が傾いでゆく。
その舞台で繰り広げられる決戦を遠く見上げ、エスペラルゴ帝国皇帝:メルセナリオは言った。
たったいま仕留めたばかりの自動騎士の関節部から、鈍く光る魔銃:魔銃にして刀剣でもある:ギャングレイの刀身を引き抜きながら。
「他人事みたいに言ってる場合かッ!! 自動騎士どもの動きが変わったッ!! 加勢しろ、メナスッ!! コイツら、硬いッ!!」
十騎を超える純白の自動騎士たちを押しとどめながら怒鳴り返したのは鏖殺具足を纏った戦鬼:ビオレタである。
「だからやめとけって言ったんでございますよ、このバカチンがッ!!」
エスペラルゴ陣営の副官にして内政を取り仕切る:ギュメロンが喚く。
己の主、それも皇帝であるメナスに対しても容赦がない。
歯に衣着せぬ物言いは、内政担当者としての有能さの表れでもあるが、今回の罵倒は純粋な怒りからだ。
「だってよお、今回の旅でどんだけ人死に出したか。可愛い嫁さんは手に入れたが、それだけじゃあ帳尻があわねえじゃねえか」
戦争の損失補填と言ったら、おめえ、そりゃ略奪さね。
「略奪と強姦は戦争の華。そうだろ? 嫌がる女を無理やり手籠めにするのは、オレの趣味じゃねえし、宗旨にもあわねからしねえけれども。厳格なるイクス教を掲げる我が国の首長としての立場もあるし?」
ただまあ“悪の枢軸国”からの略奪は、こりゃ正当な権利、と聖典もみとめるところであるからしてな?
悪びれもせずしれっと持論を展開しながら、渋々戦列に戻る前に半裸で震えるセラを抱き寄せ首筋を嗅いだ。
「まってろよお、いま、最高のドレスをかっさらってきてやっからな? そんでしっかり着込ませてから、ひん剥いてやる」
最高に昂ぶるぜぇ、とメナスは言う。
奪い取ったドレスで女を飾り立て、さらにそれを奪い取る。
「戦争ってのは、そういうのが良いやな」
「ラリッてんですかこの野郎ッ!! 目の前の現実を見やがれッ、って言ってんでございますよッ!!」
死人の写本:デッドブルーのページを破り取り、生前の姿の仲間たちを召喚しながらギュメロンが叫ぶ。
メナスの頭を張り倒さんばかりの勢いだ。
「ちょっとまてよお、いま大事なコンセントレーションの最中なんだからよお」
「嘘つくんじゃねえッ、でございますッ!! あきらかにいかがわしいことしか考えて無かったじゃねエーかッ、でございますよッ!! こちとらデッドブルーのページ破るたんびに代償取られて痛いわ苦しーわ、死ぬぞオイッ、てな状態なんでございますですッ?! はやくしろッ、なんですよッ!!」
「うるっせえなあ。あーあー、イチバンでっかい獲物は、なんだか横取りされちまったみたいだしなあ。やる気を引き出してんだよ。戦後のことを考えて──人生には甘いお楽しみが必要だろ?」
「テメーは、いっつもそうやって女をたらし込んでは楽しんでやがるじゃねーですかッ!!」
「なんだよ、じゃあ今度、回してやるからさ」
「バッキャロ〜ッ、でございます!! 女なんざいらねえでございますよッ!! 美少年とか、イケオジにしやがれですッ!!」
「相変わらずだな、オメーの趣味。おっと、オレを狙ってんじゃねえだろうな?!」
「それこそ、もっとバッキャロ〜ッ、でございますよッ!! 女の汁で汚れたチョイエロオヤジなんかだれが狙うかッ、でございます!!!」
「おめえの言ってること、難しくてわからねえよ。皇帝的には報償だって出してやらなきゃならねえんけども、美少年がおまえの毒牙に掛かるのは見過ごせねえし、そっち方向のイケオジが知り合いにいねえんだよな……あー、バートン爺ちゃんとか?」
「オマエら、いい加減にしろッ!! もう押しとどめられないって言ってんだろッ!!」
よくわからない方向に転がり始めたメナスとギュメロンの会話に、ビオレタが割って入る。
「わーかった、わーかったって、ビオレタ。とりま、こいつら全部平らげて、奪えるもん奪ったらずらかろうぜ。こんだけでっけえ旧世界の遺跡なんだ。しかもほとんど荒らされてねえ上に、どういう具合か不可知領域による認知妨害がない。いままでの戦利品以上のもんが、ここにはあるだろうよ。なかなかないぜ、こんなチャンスは。国力増強のためだ。オレさま、がんばっちゃうぜ?!」
「御託はいいから早くしろッ!!」
「どこかで船も分捕らなきゃ、陸路じゃ遠すぎますですよ、我が国までッ!!」
トラントリム最深部まで侵攻したメナスたちの真意は、まさにこれまでやり取りされた通りである。
当初の予定から大きく外れ、遭難からの生還を経て、彼らはこの国を侵略対象とすることとした。
相手がオーバーロードであるならば、これを打ち倒し、彼らが所有・秘蔵する《フォーカス》を奪い取るまで、と考えたのである。
実にシンプルだが、それだけに強い。
略奪はすれど、統治せず。
領土には一切の関心も未練も抱かない。
国土として併呑することも、植民地にするなどという考えも、端からない。
頂けるものを戴いたら、あとはどうなろうと関係がない。
荒廃した国家も、民の窮状も、知ったことではない。
つまるところ、盗賊団的発想だ。
すでに充分成熟した封建社会制度から見れば噴飯物の発想だが、これはエスペラルゴという帝国がその成立以前はアラム支配下の小国家群であったことに由来する。
メナスは第十一回十字軍が巻き起こした混乱期とその後の世界を、そうやって移動宮廷を率い転戦し続けてきたのだ。
歴史学的には、これは「騎行」と記される。
真騎士の乙女たちの戦い方に着想を得た戦術というか、国家の在り方だ。
世界の歴史を紐解けば、じつに古典的な手法でもあった。
なにしろ《閉鎖回廊》内での出来事をきちんと把握できるのは《スピンドル能力者》かそれに準ずる強い《意志》の持ち主だけだ。
不可知領域に覆われたエリアであればなおのこと。
そして、往々にしてそのような場所には強力な《フォーカス》が眠っている。
オウガの若者たちが戦闘集団を組み、荒野へと探索行に繰り出すのもしかり。
真騎士の乙女たちが、同じく「騎行」と称し、人間の英雄と奪還されるべき神器の探索に明け暮れるのも。
人間の英雄たちが少数精鋭のパーティーを持って、オーバーロードに挑み世界を人類圏へと取り戻しに挑んで行くのも。
封建社会制度と、それを背景にした大軍団同士のぶつかり合いなどというものは、実はそののちに生み出された「拓かれたあとの世界のための制度」でしかなかったのである。
少なくともこの数千年の間、ワールズエンデという世界を切り拓いて来たのは、少数精鋭による騎行であった。
メナスはこの実に古典的な方法論を現代に蘇らせ、国家規模で実践してきたのだ。
「ったく、それにしてもよお」
「あ? なんですますか? 戦列に戻るなり、不平不満ですか? 許しませんよ内務卿としては」
「いや、なあに。ちょっと残念だなあ、ってな。この戦争も、もう終わりか」
「そんなもん、生きて返ってから言いやがりッ、でございますよッ!!」
ギュメロンの的確なツッコミを証明するように、塔が崩れていく音が鳴り響いた。
それなのにメナスは笑う。
セラを庇い、戦線へと復帰しながら。
「だってさあ。……戦いたかったよな、え? 騎士の化身だそうじゃねえか、ユガディール。そいつをぶっ倒して“再誕の聖母”さまを略奪したかったぜ、オレも」
「バッキャロ〜ッ、これで本日三度目だぞこの野郎でございますよッ!! 現実を見ろつってんだッですますをッ!!」
あまりの激昂にそろそろ口調が壊れ始めてきたギュメロンに、だってさあ、と魔銃:ギャングレイを構えてメナスが食い下がった。
「せめて、あいつが追っかけてくるんじゃねえかなあ、って思ってたんだよオレわ。アイツ……トラーオがさあ。もうちょい盛り上げてくれると思ったんだけどなあ。結局、《夢》に負けちまったのか……肩透かしだぜ」
ギュメロンが、ダメだコイツ、という顔をする。
しょーがねー、と溜息ひとつ、家臣たちの呆れ顔もどこ吹く風でメナスは宣言した。
「しかたねえから、これをこの戦役での暴れ納めとしようか。いまさらあの塔に昇るわけにもいかねえし……法王さまにはわかっていただこうや、今回は“再誕の聖母”を殺れませんでした、とな。そのかわりの土産も掘り起こしていかねえと、だ」
どーあろうと、生きてりゃ次の機会がある。
そう言い捨てるや否や、ありえないほど無造作に敵戦列へと歩んでいく。
舌打ちしながらもビオレタやギュメロンが続く。
己の命にすら頓着していないようにも見える振舞い。
それなのに家臣群は導かれるように従う。
これがエスペラルゴ帝国皇帝:メルセナリオの帝王学。
覇道のカタチであった。




