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■第一一二夜:自動殺戮装置

         ※


 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 世界を貫いて響き渡る轟音は、はたして、だれの咆哮ほうこうであったのか。

 

 ユガディールか、あるいは、〈ログ・ソリタリ〉のものか。

 ガグンッ、と舞台が波打ち、激しい揺れが襲う。

 

 場を支配していたあらゆる束縛と均衡がいっせいに失われたのは、この瞬間だ。

 

 銛を打ち込まれた巨鯨が苦痛にのたうつように〈ログ・ソリタリ〉が身を震わせる。

 折る。

 アシュレを捕らえていた“庭園ガーデン”の景色が霧散し、《魂》をその胸に宿したヒトの騎士は、現世への帰還を果たす。

 そして、永き刻を生きてきたふたりの夜魔の貴種たちにも、別離が訪れようとしていた。

 

「なぜだ、なぜ」

 虚空に問いかけるユガディールの言葉は、がらんどうだ。

「なぜか、はわからない。ただ、どうしてなのか、という私的な理由なら──答えよう、ユガディール」


 顔面を押さえ、呻きながら後退る夜魔の騎士にジャグリ・ジャグラを励起れいきさせたまま、シオンは返した。

 

「このくにがそなたの真に夢見た国であったのなら……たぶん、わたしたちは供に歩めたのだろう。だが、もう、ここにはそなた自身の《夢》はない。さらにいえば、そなたは、本当の意味でのユガディールではない。《みんなのねがい》に心を喰われた操り人形に過ぎないのだ」


 そして、

 

「わたしは、人形とは添い遂げられない。どんなに理想的で、正しくて、限りなく永遠に近くとも」

「おまえたちは間違っている」

「そうとも」


 投げつけられた言葉を受け止めたのは、シオンの背中を護るように立つアシュレだった。

 短い、だが密接な「ほんとうのユガディール」との逢瀬を経て、還ってきた男の目には《意志》の光が輝いている。

 

「けれども、わたしたちの間違いは、その責任までも含めてわたしたちのものだ・・・・・・・・・。勝手に上前をはねるような相手を、わたしたちは信用しない」

 

 救ってくれ、と頼んだ憶えはない。

 そうアシュレは言ったのだ。

 

 GaaAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa──ッ!!

 みしりめきり、という胸の悪くなるような音が響き渡る。

 それはユガディールの肉体が内側から断裂するものでもあり、支えを失いつつあるこの塔の基幹を支えるブロックが迎えつつある証拠でもあった。

 

「認めぬ」


 もはや、だれが話してるのか分からぬ口調で、ユガディールが繰り返した。

 シオンを経由して叩きつけられたアシュレの《魂》が、ユガディールを擬態していた表層人格を消し飛ばしたのだ。

 誇り高き夜魔の騎士であったユガディールの行いを「模倣していた何者か」はもうそこにはいない。

 あとにはただただ、《みんなのねがい》に忠実な欲望の化身が残されるのみ。

 

 このくにがそなたの真に夢見た国であったのなら、という先のシオンの言葉は奇しくも正鵠を射ている。

  

 もし、いまここに居たのが本当に、本物の、理想を生きたユガディール本人であったのなら──勝負は分からなかった。

 そうならなかったのは、ここにいるのはすでにこの世を去ってしまった英雄の、姿見かがみに映り込んだ残像に過ぎなかったからだ。

 理想を模倣する“なにか”でしかなかったからだ。

 

 だから、本物の《魂》をぶつけられたとき、その輝きに圧倒され、化けの皮が剥がれ落ちた。

 

 自分たちの解析と理解を超える《魂》という存在が、アテルイという霊媒を通じて“庭園ガーデン”へと流れ込んだとき、あらゆるものを模倣するハズの姿見かがみに重大な支障が起きた。

 

 彼らが解析し、解体して、理解することのできない“なにか”が投げ込まれたとき、巨大なシステムは暴走するほかなかった。

 できることは燦然さんぜんたる輝きとして──それを観測することだけ。

 いいや、正確には、強制的に“体験”させられるだけ。


 “庭園ガーデン”という次元界に放り込まれた《魂》は、そこに同期し自らの意志決定権を委譲していたこの地域エリアのすべての人類に“接続子ハーネス”を介して、まるで過電流のように一瞬で伝達された。

 

 結果としてユガディールを模倣する“だれか”が“庭園ガーデン”から持ち帰った理想郷計画=“血の貨幣共栄圏”を盲信し、それが抱える欺瞞ぎまんから目を逸らし《意志》を手放してきた人々は、判断能力を司るシステムとの接続を喪失して棒立ちになった。

 

 これまで自分たちが常時接続していた《ねがい》の園=“庭園ガーデン”が揺るがされ、巨大な混乱が巻き起こったのだ。

 そこに映し出されていたハズの、自分たちを導いてくれる英雄=ユガディールと、彼の正当性を保証してくれるハズだった“再誕の聖母”の姿が、確認できなくなってしまった。

 投影を映し出す姿見かがみが、叩き割られたのだから。

 迷わずにいられた拠り所、精神的支柱が一瞬でへし折られた瞬間。

 

 “みんなで決めること”に無意識にも依存し続けててきた人々は「自分で判断し、決定しなければならない世界」へと投げ出されたのだ。


 どうすればいいのか、わからない。

 端的に、彼らの胸中を説明すれば、そうなる。

 

 自分たちが存在を否定してきた本物の希望。

 《魂》の輝きが、彼らの心をいた。


 もちろん、“庭園ガーデン”も、その代理執行体であるユガディールだったものも、いつまでもそんな状況を許しはしなかった。


「異物は排除する──」


  ヒトモードが変わったようにユガディールが攻撃態勢に移行した。

  人格に依存しない自動的なそれは、“庭園ガーデン”という理想郷を護るための抗体反応に限りなく近い。

 

  シオンの聖剣:ローズ・アブソリュートを捕縛していた魔槍:ロサ・インビエルノが無数の破片に姿を変えてユガディールだったものの言葉に従う。

  宙を舞う無数の花弁を擬態するそれは、ひとつひとつが対象の時間をすら縫い止める致命の刃だ。

 

  アシュレやシオンを自陣営に引き入れるという思惑も、ユガディールの模倣人格とともに消し飛んだいま、眼前にいるのは対象の鏖殺おうさつを目的とする文字通りの自動人形オートマタそのものだ。

  動きを止めていた自動騎士たちがそれに習う。

 

  アシュレたち戦隊を、“庭園ガーデン”から切離され自動殺戮状態キリング・モードになった二体の自動騎士と、擬態すべき心を失い“庭園ガーデン”の繰り人形と化したユガディールの抜け殻が、完全に滅殺すべく包囲網を狭めてくる。

 

「これが、こいつらの本性か」

「認められないものは、なかったことにすればいい。そういう、実に短絡的な考えだな」


 背中合わせになりながら、エレとアスカが合流する。


「シンプルだが、なかなか、合理的なやり方だぞ」

「問答無用というのも、念がいっている」


 そう皮肉ったのはどちらであったか。

 

 雄叫びもなにもない。

 シュ、という呼気とも駆動音ともつかぬ残響だけを残し、敵が襲いかかってくるのを、アシュレたちは見る。


 そして、その直後、まさしく宙を切り裂いて、それが落下してくるのも。


 すべてを滅する《ちから》。

 浄滅の焔爪:アーマーンを帯びた男が。 


 



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