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■第一一〇夜:魂の焔

        ※          

          

 きこえるかい。

 

 アテルイはそれを初め、幻聴だと思った。

 だってそうではないか。

 

 戦局を変える切札としての異能:王の入城キャスリングの施術を受けたとき。

 そして、そのあと土蜘蛛の王:イズマガルムが説明をしてくれたとき。

 覚悟したのだ。

 ああ、自分は、捨て石になるのだ、と。


 生まれて初めて恋をした主人:アスカリヤと、生まれて初めて恋をした男:アシュレダウのために、この命を使うのだ、と。


 それなのに。

 アシュレの腕のなかから引き剥がされ、たったひとりで、この冷然たる世界の果ての聖堂へと転移して行くのを体験したとき。


 いやだ、と思った。

 離れたくない、と。

 このヒトの腕のなかで、死んでしまいたいと。


 その残念が、霊媒としての才能と結びつき、異能となって発動してしまった。

 生気の感じられない聖堂に転移を終えた後で、アテルイは恥じ入った。

 なぜなら、それは己の妻としての不覚悟を、夫であるアシュレに声高に叫んだも同じだったからだ。

 だから、たとえどのような仕打ちに遭おうとも、アシュレには自分の心を伝えてはならない。

 そう決めて、必死に耐えてきた。

 

 ここが死地であることは充分に理解していたハズだった。

 なぜなら、主人であるアスカの身に非常な危機が迫ったからこそ王の入城キャスリングは発動したのだ。

 互いの位置交換を行わなければならないほどの危機的状況だからこそ。

 そして、アテルイの予測の通り、あるいはそれ以上の場面がそこにはあった。

 

 転移を終え、実体化したアテルイは、すでに両手両腕を拘束され吊るされている。          

 壁にでも、磔刑台にでもなく、巨大な自動騎士たちによって、である。

 抵抗など、無意味だった。

 

 それから侵入された。

 心に。

 薄絹一枚とて身にまとうことを許されなかったアテルイの心までも、敵は裸にしようとした。

 あらゆる手管が、容赦なく振われた。


 文字通り自分自身を失いそうになる施術の最中で、一度だけ、アテルイは人影を見た気がする。

 両脇に儀仗兵のように自動騎士たちの列を従えた、寒気のくるほどに美しい女の顔を。

 見下すような、冷然とした瞳でアテルイの窮状きゅうじょうを見ていた。

 なんの価値も見出せない路傍の石か、虫けらでも見るような。

 そんな瞳で。

 

 そして、ほんとうに興味を失ったかのように、自らの張り出した下腹にだけ微笑みを送ると、騎士たちが作り出す八重垣の向こうへ消えた。

 

 アテルイに加えられる侵入から情け容赦というものが消えたのは、そのあとだ。

 

 舌を噛み千切って死のうと思った。

 なぜって、もう自分は充分役目を果たしたのだ。

 終わったのだ。

 アテルイという存在は。

 だから。

 

 でも、それなのに。

 できなかった。

 

 阻まれたのでは、ない。

 恐かったのだ。

 きっと、昔のアテルイならためらいなどしなかっただろう。

 でも、いまはもう。

 アシュレのことを想い、愛してしまった、いまは。

 愛されることを知ってしまった、いまは。

 

 逢いたい。

 どれほど浅ましく生き恥をさらすことになっても。

 会いたい、と願ってしまった。

 

 だからきっと、それは高まりすぎた願望が起こした幻聴なのだとアテルイは思ったのだ。

 アシュレのことが好きになりすぎて、自分はついに狂ったのだ、と。

 

 きこえる?

 

 だから、もう一度、その声を聞いたとき、アテルイは諦念した。

 狂ってしまったのなら、もう、いくらでも呼んでいいではないか、と。

 思いの丈を、どんなにアシュレを想っているか、訴えてもいいではないか。

 だからそうした。

 

 霊媒の血筋のすべてにかけて、自分の心を声の主に叩きつけてしまった。

 そして、そうしてしまったからこそ、数秒後には心臓が口から飛び出るほど驚くことになるのだが。

 

『ありがとう、アテルイ。諦めないでいてくれて』


 はっきりと、耳元で、耳朶じだを震わせるくらい間違いなく。

 返事があった。

 だれが、忘れるだろうか。

 

「旦那さま!」

『アテルイ! やっと返事してくれた! よく聞いて。時間がない。いまから、キミを経由して奴らに反撃する』

「反撃?! でもっ、もう、わたしのことは忘れてください!」


 アテルイの懇願こんがんに対し返ってきたのは、爆笑を含む拒絶だった。

 

『バカなこと言うんじゃない! いま、キミが叩きつけてきたボクへの想いで、いま、ボクの心がどんなになっているのか、わかんないのかい! ぜったいに、ぜったいに助ける!』


 かああああああああああああああ、と全身が朱に染まるのが自分でもわかった。

 あまりの恥ずかしさに、顔を隠したくても、この状況では不可能だ。

 だが、このときアテルイは自覚できていない。

 絶望と諦念に押しつぶされそうだった心のなかに、激しく燃える希望の火が煌々こうこうと灯されたことに。

 

「でもっ、わたしはもう、心のなかにまで、奴らが。繋げられてしまっていて」

『酷いことをする。でも、アテルイ、それがいい。それでいいんだ。奴らが、キミに侵入しているからこそ良いんだ。自分たちで、奴らは直通路を作ってしまった」

「どういう? どういうことですか?』

『説明してるヒマがないんだ。ただ……そうだな。さっきキミが送ってくれたボクへの想い。その返事をさせてくれ。ちょっと強烈だから……もしかしたら、キミをめちゃくちゃにしてしまうかもしれない。でも、必ず責任を取る!』


 アシュレの宣誓にも似た断言。

 いまのアテルイにはそれで充分だった。

 もう二度と、会うことはおろか、話すことさえできないと想っていたヒトが、責任を取ると断言してくれた。

 

 だったら、信じる。

 かちり、と頭のどこかで音がして、胸の奥で心が定まるのが、アテルイにはわかった。

 

 たとえ、それが本当には叶わなくとも、かまわないでなはいか。

 ここで得体の知れない者どもに心を喰われ、偽りの安寧を植え付けられるくらいならば。

 壊れるまで、愛したヒトに使ってもらいたい。

 

 だから、アテルイは叫んだ。

 返事の代わりに。

 

「壊して! 壊してください! アシュレダウ、あなたの手で──!!」


 直後、流れ込んできた巨大なエネルギー流のことを、アテルイは一生、忘れることなどなかった。

 





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