■第一〇七夜:戦旗を掲げて(8)
ガシュリ、と進み出た二体の自動騎士たちがユガディール陣営の前衛を固めるのをアシュレは見た。
アシュレたちの戦隊とは真逆の陣形。
最後列に控える魔王を二体の悪辣なる城主と斜視の司教が護るようなカタチ。
槍の穂先のように鋭い楔形陣形を取るアシュレには、その配置は打撃力で相手を破砕するハンマーのように見えた。
これはチャンスのようにも思える。
なにしろ、いまアシュレの手にあるものは、このように密集隊形を固めた的をこそまとめて消し去るための武器、竜槍:シヴニールだ。
だが、それは誘いであることをアシュレは充分に理解していた。
シヴニールの攻撃の多くは超火力を誇るが、連発できるものではない。
溜め、そして、技を行使したあとに生じる隙。
敵は確実にアシュレが打ち込んでくることを誘っていた。
つまり、こちらの攻撃の直撃を受けきる自信があるのだ。
確かに盾の騎士の構えるシールドは、先の攻防でシオンの聖剣:ローズ・アブソリュートの攻撃を凌いでみせた。
生半可な攻撃は通じないだろう。
一見、短絡的な帰結に見えるユガディールの指し手には、巧妙に隠された意図がある。
ならば、とアシュレは思う。
最大火力をあえて叩き込む、という選択肢はどうか?
ただし、ひとりではなく、全員で。
相手の予想を完全に上回る超攻撃能力をすべてを。
さきほどの攻防で、わかったことがある。
ユガディールも護衛の騎士たちも、こちらの攻撃を防御した。
ほとんど損害は与えられなかったが、これには大きな意味がある。
もし仮に、ユガディールの言が正しく、無尽蔵の《ねがい》が彼らを万全に護るのならば。
先ほどの寒気を覚えるような攻防はなんだったのか?
どうして、アシュレたちの攻撃を躱したり、防御したりする必要があったのか?
アシュレの神鳴の一閃だけではない。
シオンの輝ける光嵐、そして、アスカの告死の聖翼、そのいずれをもユガディールは凌ぎきって見せたが、それはつまり──。
ユガディールは嘘は言ってはいないだろう。
しかし、本当のことを伝えてもいない。
やはり、恐れているのだ。
壊滅的で飽和的な一撃を。
だとしたら。
そうアシュレが結論し、決断した瞬間だった。
敵戦隊が動いた。
様子見などというようなものではそれはない。
ドンッ、という衝撃音とともに、一丸となった軍勢がまっすぐに突撃して来たのだ。
まさか、と呻くヒマもあれば、アシュレはこれに応じた。
散開など間に合うようなタイミングでも速さでもない。
アシュレの得意とする重突撃戦法、その十八番を奪うかのごとき戦い方。
そこに己の持つ最大の技を合わせたのは、たぶん、アシュレという男が本質的に騎士だったからだろう。
そして、その選択は正解だった。
もし、ここで散開を命じていたのならば、戦隊はあっという間に個別撃破され全滅していたのだから。
アシュレは小手先の技ではなく、まっすぐに敵陣営前衛へと襲いかかった。
屠龍十字衝。
最大最強の突撃技に、いまや疾風迅雷の加護を受けた愛馬:ヴィトライオンが颶風の速度を与える。
そこに両翼を固めるふたりの美姫も従う。
激烈を極める戦いは、互いの最大火力をぶつけ合う正面突撃で決する──かに見えた。
アシュレは、そのときユガディールの指し手の意味を、真に知ることになる。
自動騎士たちが変形を遂げながら、左右へと身を躱していくのを見た。
そして、その奥、まるで開かれた城門のむこうから、たった一騎で王が、討ち取るべき敵国の王が駆けてくるのを。
同じく、光を纏って。
「まっていたぞ、アシュレダウ──この瞬間を」
きっとその囁きは、自分のなかにいるユガディールという騎士の想い出が聞かせた幻聴だったのだと思う。
だが、たしかに、眼前の男は正々堂々の一騎打ちを挑みかかって来た。
それなのに──激突の瞬間は来ない。
永遠に。
なぜならば、捕らえたからだ。
両翼に展開した二体の自動騎士たちが。
アシュレダウとその愛馬:ヴィトライオンを。
その巨躯の内側から、一対の瞳──〈バロメッツ〉を広げて。
その間に形成される“庭園”の光景が、まるで結界のごとく、アシュレの突撃を受け止め閉じこめたのだ。
そこへ、ユガディールが迫る。
波に洗われた舎利のごとき純白の槍を携えて。
アシュレダウの刻を止め、彼を永遠にするために。
つまり、この突撃は最初からアシュレひとりを狙うためのもの。
だが、展開された“庭園”に閉じこめられ、動きの止まったアシュレの肉体めがけユガディールの槍が突き込まれようとしたそのとき、金色に輝く刃が清浄なバラの薫りを伴い、立ちはだかった。
シオンの放った絶技:永滅の光刃が、アシュレを貫こうとしたユガディールの得物、魔槍:ロサ・インビエルノの穂先を払ったのだ。
ギィイイイイイイイイイン、と激しい火花が飛び散り、ユガディールが軌道を変える。
いや、シオンの一撃に目標を変えざるを得ない。
聖剣:ローズ・アブソリュートの最大攻撃を受けてなお破壊を免れたのは、魔槍:ロサ・インビエルノが同じく破格の《ちから》を宿す《フォーカス》であるからにほかならない。
そうでなければ、この瞬間、槍は粉々に砕け散っていただろう。
しかし、ユガディールの体勢は、横からの斬撃に大きく崩された。
その動きを見逃すようなシオンではない。
激しい過負荷に両手から流れ落ちる血潮もそのままに、次なる技を放つ。
輝ける光嵐。
青く燃え盛るバラの花弁が嵐となり、すでに夜魔からも道を踏み外し、既知外の存在となりはてた騎士を包み込む。
それで、決まったはずだった。
どれほどにその身に《ねがい》を呑み、理想の化身として、肉体を変化させてはいても。
いや、夜魔の血を超越したとしても。
聖剣:ローズ・アブソリュートの刃は逃しは、不死者を逃しはしない。
完全に効果範囲内に捕らえられたユガの姿が、輝きに阻まれ、明滅する。
もはや影渡りによる緊急回避も不可能。
シオンの攻撃速度は、まさに神業的なタイミングの見切りだったのだ。
加えて、これまでの戦いの経験が、なにより、アシュレを護りきるという決意がもともと卓越していたシオンの戦闘勘をさらなる高みへと導いたのだ。
しかし、それでも。
それすらも、ユガディールは退ける。
ガチリ、と空間が凍る音がした。
輝ける光嵐が、輝きもそのままに空中で制止する。
なにが起ったのか。
その場にいた者のなかで、一瞬にしてそれを理解したのはシオンだけだった。
舞い散る聖剣:ローズ・アブソリュートの刃に、同じくバラの花弁を思わせる純白の刃が噛み合わさっていたのだ。
超高熱のエネルギー流すら、空間に繋ぎ止めるほどの超常能力。
時間停止の禁技: 縫止の祝華が、聖剣:ローズ・アブソリュートの刻を止めた。
拮抗し合うふたつの強大な《フォーカス》は、またたく間に姿を変じ、絡み合う青と白のイバラの群生となる。
「まさか──これは、魔槍:ロサ・インビエルノ」
「いかにも、そのとおりだ。愛しい姫よ」
ああ、たしかに、夜魔たちの言葉で「ロサ・インビエルノ」とは“孤独のバラ”ほどのニュアンスを持つ。
同じくバラをその名に冠するローズ・アブソリュートとは、なにか因縁のある武具なのかもしれなかった。
だが、由来になど想いを馳せる時間も余裕も、このときのシオンにはなかったのだ。
技を放ち終え最大の切札を封じられてしまったシオンが、その正体に言及するのと、影渡りを用い背後に転移してきた男が話しかけるのは、ほとんど同時だった。
「貴様ッ! ユガディール!!」
「まっていた、この瞬間を。シオンザフィル──我がモノとなり、永遠となれ」
瞬間的に聖剣:ローズ・アブソリュートから手を離したシオンが離脱を試みる。
だが、その手を、ユガのモノが捕らえた。
シオンを護る聖なる籠手:ハンズ・オブ・グローリーが抗う主人の心に応じて青白いオーラを放ち、魔手を焼くが──ユガディールは掴んだ手を離さない。
だしぬけに、がばり、となにかが口を開けるような音がした。
いや、それは口ではない。
振り返ったシオンが視たものとは。
すなわち──《門》。
同じく魔槍:ロサ・インビエルノを手放し、両腕を広げたユガディールの肉体が甲冑ごとめくれ上がり、その本性をあらわにしていた。
完全に〈ログ・ソリタリ〉の一部と成り果てたその身は、それそのものが巨大な〈バロメッツ〉──すなわち“庭園”の中継器であり、《門》そのものでもある。
そこから、シオンを取り込むための拷問具のごとき無数の触腕が掴み掛かってきた。




