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■第一〇〇夜:戦旗を掲げて(1)


 GooooHooooooooooN──ッ!!

 その場に居合わせたものはズゥゥウウウム、と足元からが這い登ってくる臓腑を震わせるような振動を、しかし、知覚する間はなかったはずだ。

 国防の志に燃え篭もった城塞が、一瞬で打ち崩され、続いた大爆発で消し飛ぶとは夢にも思わなかっただろうから。

 

 アラムの雄:オズマドラ帝国の侵攻と彼らが使う火砲の攻撃に備え、高さよりも分厚さを優先して改修の成された最新鋭の城塞も、アシュレの携える竜槍:シヴニールの威力を前にしては無力に等しい。

 叩き込まれたのは怒れる雲竜クラウドドラゴン息吹ブレスにもたとえられる神鳴の一閃ラス・オブ・サンダードレイクズなのだ。

 焦点温度一万度とも言われる高速粒子とそれが生じさせる衝撃波を防ぎきれる防壁は、同じく《フォーカス》を用いた異能によるものか、あるいはオーバーロードのまとう強力な《ねがいのちから》をおいてほかにない。

 石垣が蓄えていた水分が急激に蒸発・気化し、それがさらに大爆発を引き起こす。

 消し飛ぶ、というのがもっともふさわしい表現であろう。

 

 迫り来る敵に対し、不退転の意志で臨んだ志士たちは敵の姿をまともに視認することすらできず、城塞を奪われ──いや、正確にはアシュレたちは奪いすらしなかった。

 すでにして、そこにはなんの軍事的価値をも見出していない。

 ただただ、最短ルート上に存在する障害であったというだけのこと。

 だから、速やかにこれを取り除き、自らの進路を開いた、というだけのこと。


 そして、もうひとつ。


 これまでの戦争の定石と異なることがあるのだとしたら、アシュレは相手への降伏勧告や説得という平和的解決のための手段を、いっさい講じなかったということだ。

 

 国家・国民を相手取った戦争としての視点に立てば、アシュレの行いを非道を断じることは容易い。

 しかし、アシュレはすでにこの戦いを「オーバーロードとの前哨戦」と規定していた。

 すなわち、立ちふさがるものには一切の慈悲を与えない殲滅せんめつ戦である、と。

 

  あ、あ、あ、おおおおおおおおおおおおおおッ!!!!

 

  どこからともなく生き残ったトラントリム国防軍たちが集結し、打ち壊され崩れ去った城塞の内側から、速度を緩めず突撃してきたアシュレに向かって雲霞うんかのごとく殺到してくる。

 初夏、盛夏にかけて雪解け水によっていたるところで国土が沼沢地化するトラントリムではその時期に合わせるように蜉蝣かげろうの群れが宙を舞う。

 恐怖と高揚がないまぜになった表情を浮かべ襲いかかってくる群衆は、まさしく、その様を彷彿とさせた。

 

 もし、なんの事情も知らされていない状態であるならば、彼らの行動は愛国心に裏打ちされた英雄的行動と後の世に書き記されるべきものであっただろう。

 けれども、いまその軍勢と相対するアシュレには、その欺瞞ぎまんが見えていた。

 

 低級夜魔と成り果て、死をも恐れず立ち向かってくる彼らの頭蓋の奥に宿る意志を擬態したもの・・・・・・・・・。愛国心のように、家族を想う心のように、英雄的振舞いのように、見せかけて播種された破滅へと彼らを突き動かす《ちから》。

 それを《そうするちから》だ、とアシュレは感じている。

 

 もうもうと立ちこめた土煙の向こうから津波のように押し寄せてくる彼らの目は赤く濡れ、一様に熱を孕んでいる。

 そこにはすでに思考や判断、といったものがない。

 あえて言葉にすれば集団ヒステリー、それも統御され統制された。

 誤解を恐れずに言えば、狂気、となるだろうそれに相対するアシュレもまた、己のなかのそれを自覚している。

 ただ一点、もし、彼らのそれと自らのそれが異なるのだとすれば、アシュレのなかの狂気とは、彼自身の《意志》に根ざしているということだけだ。

 

 だから、アシュレはかつては良民であった、もしかしたら滞在した時間のなかで顔見知りであったかもしれぬ人々の残骸を蹂躙していくことに、許しを乞うことだけはしまいと決めたのだ。

 

 そして、アシュレの《意志》を代弁するかのように、襲いかかる群衆に第二波が舞い降りた。

 真白な翼をはためかせ舞い降りる戦乙女──褐色の肌と艶やかな黒髪をなびかせて。

 だが、その優美さが周囲に吹き荒らした破壊の嵐は、残酷すぎるほどに鮮やかな対比も持っていた。

 虚心断空衝ソリダス・コリドー。アスカの両脚を構成する神器、告死の鋏:アズライールが生み出す超技が、はるか高みの上空から自らを弾体として射掛けられたのだ。

 

 アスカは、この連戦のなかで己に流れる真騎士の乙女の血に完全に覚醒した。

 それはこれまで辿り着きえなかった境地へと、アスカを導いた。

 そのひとつが、飛行能力を与える異能:白き翔翼ウィング・オブ・オデットの習得である。

 本来、真騎士の種族的特徴、限定的異能であるそれをアスカは発現させ、使いこなすことに成功した。

 これまで地上戦に限定されていたアシュレたちの戦術は、これにより文字通り飛躍的に選択肢を広げることに成功した。

 そのひとつがこの上空からの降下攻撃である。

 

「トラントリムの民よッ! わたしはオズマドラ帝国第一皇子:アスカリヤ・イムラベートルであるッ!! 無駄な抵抗はやめよ! 即座に降伏するが良いッ!!」


 圧倒的な威力で敵を平らげたアスカは砕かれた城塞に陣どり、名乗りとともに降伏を勧告する。もちろん、それがカタチばかりのものであることは、当の本人が一番よく知っていることだ。

 だが、それでも、偽善であり自己満足に過ぎぬと知りながらもアスカは支配者としての務めを怠らなかった。

 完全な侵略者と己を規定しているアシュレとは、立場が違うのだ。

 けれども、これだけの武威と犠牲を前にしても、敵は抵抗をやめようとはしなかった。

 

「これが……《そうするちから》……オーバーロードの放つ圧倒的なカリスマの正体なのか」


 不毛な、とアスカは呟き、宝刀:ジャンビーヤを引き抜く。

 《スピンドル》が伝導され、太陽のものと同じひかりが地獄の様相を挺したトラントリム首都城塞を照らし出した。

 

 ギシャアアアアアアアアア、と光に焼かれ陽光に耐性のない下級夜魔と指揮官クラスである夜魔の騎士たちがのたうち回る。

 

「不憫な……せめて、苦しまずに逝くがよい」


 そして、囁きとともに青きバラの薫りを伴った輝ける刃の嵐が、すべてを一掃する。

 シオンの振う聖剣:ローズ・アブソリュートと、それが可能にした広範囲殲滅せんめつ技:輝ける光嵐プラズマティック・アルジェントが、並居る軍勢をちりに帰した。

 

「いる……。視ているな、ユガディール」


 ごうごうと炎を吹き上げる城塞を背に、かつて市庁舎があった区画を見上げてアシュレは呟いた。

 もはや、トラントリム首都は往時のままでは、ない。

 奇怪な建築群が屹立した様相は、控え目に言っても魔都、いや万魔殿パンデモニウムと表現したほうが正しい。

 いまアシュレたちが陣取るのも、そうやって屹立した奇怪な建築のひとつだ。

 巨大な生物の肋骨を思わせて天を突くそれは、もしかしたら建物というよりも装置なのかもしれない。

 周囲を満たす紅い光は、そこから漏れている。

 血液を思わせるそれはまるで霧やかすみのように漂いながら光を発している。

 

「なるほど……これが“接続子ハーネス”。そして、ここはその生産プラントというわけか……ユガディール……あなたの残してくれた遺稿の通りだ。あなたは、本当にこの世界の深部へ、みんなが共犯者になって忘れ去ろうとした場所:《テラ・インコグニタ》へ──せまっていたんだ」


 アシュレは甲冑の胸元を押さえて呟く。

 そこにはあのユガディールの手稿が納められている。

 ひとくち、ふたくち、と革袋から水を含むと、戦隊の全員を見渡して言い放つ。

 

「トラントリムを僭主:ユガディール・アルカディス・マズナブの手から奪還するッ!! 相手はオーバーロードだッ、これまでのようには行かないッ!! 優先事項を徹底せよ!  第一にユガディールの撃破、すなわち、《フォーカス》であり《ポータル》でもある〈ログ・ソリタリ〉の完全破壊。第二にイリスベルダとアテルイを奪い返すッ!!──だが、これは、状況によっては撃破対象となる!」


 言い切ったアシュレに、その場に居合わせた全員が、一瞬、言葉を失う。

 イリスの変貌を、アシュレはアスカから知らされている。

 そこでアスカが行われかけた洗脳・変成の儀式についても。

 だとしたら……アテルイがいまも無事で居てくれるかどうかは、もはや神頼みの領域にあることを、すでにアシュレは覚悟していたのだ。


 頭上の突出に腰かけていたアスカが立ち上がる。かちゃり、と健在と告死の鋏:アズライールが触れて音を立てた。

 点検していた触媒や薬剤をしまい込み、エレが鼻を鳴らす。

 シオンは頭頂の宝冠:アステラスの位置を直した。

 皆、すでに覚悟を決めた。

 ただひとり、スノウを除いて。

 

「キミは……どうする?」


 だから、半夜魔半人の彼女にアシュレが訊いたのは、もしかしたら、優しさと同時に戦争の本当の残酷さをまだ成人にも達していない娘に見せつけて良いものかどうか、というアシュレが心から締め出したはずの人間としてのためらいだったのかもしれなかった。

 

「……行く。行って、見て、たしかめなきゃ」


 そして、己を抱きかかえここまで守り抜いてきた騎士に、ちいさな姫君は答えるのだ。

 

「わたしたちと、あなたたちの戦争の結末を、その責任を、ちゃんと見届けなくちゃならないから」


 よほど背伸びしてだろうに決然と告げるスノウの頭を、アシュレは無意識に撫でていた。

 むううう、と抗議の声が上るが、もうそのときにはアシュレの意識は、別の場所へと向けられている。

 

 すなわち、さきほどから感じるあの視線へと。

 奇怪な彫刻群を集めてこしらえたとしか表現できない塔からの。

 ユガディール・アルカディス・マズナブが、視ていたのだ。

 

 ありえないほど大きく張り出したテラスに陣取って。

 世界を睥睨へいげいしながら。

 





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