■第九五夜:叛逆者
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GooHaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa──ッ!!
ビュンッビュンッ、と連続的かつ効果的に区切られながら点射された光条が暗闇と街道沿いに築かれた敵防衛拠点を斬り捌き、塵芥に帰してゆく。
アシュレが新たに開眼した技:踊る光弾は射程にも命中率にも破壊力にも明らかにその他の技に劣るが、敵拠点を相手取った高速機動戦闘には圧倒的に向いていた。
そもそもその一撃一撃が怒れるドラゴンの吐息にたとえられる竜槍:シヴニールなのである。
その破壊力は全力で使用せずとも、人類にとっては過剰殺戮、そして、ほとんどの建造物にとってさえそうであった。
着弾すれば超々高熱の加速粒子とその運動エネルギーによって備えの甘い城壁程度は悠々と切り崩せてしまうだけの破壊力を、アシュレの技の多くは秘めていた。
運命をねじ曲げるほどの《ちから》をその身に呑んだオーバーロードか、超防御能力を誇る《フォーカス》でもなければ、これを凌ぎきることはまず不可能。
であれば、多少破壊力や射程、精密攻撃能力に目をつぶっても、手数と次弾準備までのタイムラグの少ない攻撃こそ、人間型生物が立て篭もる防衛拠点を叩くのには向いている道理だ。
高機動・重火力打撃部隊による長距離侵攻作戦──この世界が、いやすくなくともいまこの現代を生きる人々がこれまで体験したことのない戦術を、アシュレは本能的に採択していたのである。
相手の出方や指し手、兵糧の備蓄を主とする兵站の構築・維持に従来の戦争はとらわれてきた。
だが、これこそは本当の短期決戦プラン。
まさしく相手の鼻面を引きずり回す本物の蹂躙作戦だった。
降り注ぐ光弾の雨に打たれて、急ごしらえの防衛陣地が路面ごと吹き飛ばされる。
アシュレたちがいま駆けるのは、かつての統一王朝:アガンティリスによって築かれた巨大な街道──誤解を恐れず言えば、ゾディアック大陸最大最長の遺跡だった。
王朝の滅亡から数千年のはるか。
興っては消えてゆく国々と絶えることなき戦乱、そして魔の十一氏族による侵攻などによって分断はされても、道はまだ生きていた。
それはゾディアック大陸に生きる者たちにとって、国家言語は違っていても、自分たちはどこかで同じ根拠を持っているのだと、無意識にも思わせるシンボルであったのだ。
すくなくとも、アシュレにとってはそうだった。
かつて、まだ自分がほんとうの子供だった頃、エクストラムの外れの草原を貫く街道に立ち、アシュレは歴史の向こう側に去ってしまった統一王朝の姿にいくども想いを馳せた。
いつか、自分たちも、始皇帝:フラム・ウル・カーンの描いた夢のように民族や宗教の壁を超えて、融和して生きれるだろうか、と。
だが、いま、アシュレはその道を闘うために駆けている。
目指す敵が僭主、いや民に認められたリーダーであるというのならば、それは国家を陥れるということだ。
それも国民からの支持を得て、数百年に渡り、祖国を防衛してきた男をだ。
それはたとえオーバロードに堕ちたりとはいえでも──英雄に違いにない。
では、いま、彼に相対し、弑逆を果たそうという己はなにか?
かつてのアシュレであれば、そのあまりの恐れ多さに震え、答えを出せなかったかもしれない。
騎士として、君主に、法王猊下に仕えることこそを第一と教えられ、またそれこそ人生の規範と信じ、そうあれかしと生きてきた自分には。
けれども、いまは違う。
いまアシュレをして、闘いへと己を駆り立て、立ちふさがるすべてを破壊してなお進ませる《ちから》は、まったく別のものだ。
叛逆者として生きることを、アシュレはすでに選び取っていた。
国家権力に対して。
あるいは、神の教えに逆らって。
そういうものではこれはない。
もっと、その後ろに潜む、人間の昏い影とそれを現実のものとするすべてのからくりに対して、だ。
結局のところそれは「ほんとうはだれの責任なのか」という問いかけなのだろう。
いや、先んじて圧倒的な火力を宣戦布告もなく用いる己が、道理を説くのはやめよう。
だから、アシュレは代わりに技を振るうのだ。
ドッドッドンッ!!
直撃を受けた木製の柵があとかたも残さず消えた。
あるいは夜魔であれば、それでも生存は可能であったかもしれない。
実際に防御陣地の向こうに潜んでいた下級夜魔たちの群れが、あるいはずっと上位種である夜魔の騎士たちが、アシュレたちの侵攻を食い止めるべく襲いかかってきた。
だが──彼らは次の瞬間、清浄なる青きバラの香りとともに雲散霧消した。
アシュレとの精神的なリンクを解いたシオンが、夜魔特有の空間跳躍技:影渡りを用い、これを迎撃したのだ。
もちろん、その手に握られている聖剣:ローズ・アブソリュートは、相手がどれほどの上位種であろうとも、夜魔とそれに類似する不死存在に対して致命の一撃となる刃を備える。
空中でシオンの一撃を受けた剣ごと斬り捌かれた夜魔の騎士が無数の輝く刃によって、光の花束となって消え去るのをスノウは夢でも見ているかのような面持ちで眺めていた。
それは夢幻のように美しく、そして、トラントリムの兵士たちにとっては悪夢そのものだった。
消え去る夜魔の騎士の肉体を一瞬の足場に、シオンは連続的に影渡りする。
己すら滅しかねない光の刃を携え、黒髪をなびかせた美姫はなんの警告もためらいもなく、敵陣へと姿を現した。
ただ、ヒュッという呼気ひとつ。
一閃、振り抜かれた刃が白熱した渦となり、シオンの登場に対処できなかった軍勢を引きずり込む嵐となった。
輝ける光嵐。
それは周囲の敵兵のみならず、あらゆるものを飲み込み平らかにした。
それでも、トラントリム国防軍の志気は崩壊しない。
敵わないことがあきらかなのに。
刃向かえば容赦なく振われる異能によって命を落とすことは確実であるのに。
彼らはあがくことをやめない。
いや、とアシュレは思う。
これはあがきではない。
おそらくは、祖国を、郷土を想う愛国心ですすらない。
それは彼らの表情を見ていればわかる。
これは狂気だ。
あるいは狂信だ。
怯えた瞳の奥に潜む澱んだ熱の正体にアシュレは気がついていた。
アシュレは敵陣を容赦なく破滅に追いやったが、いくつか例外があった。
それは侵攻ルートの外にあるものには目もくれなかった。
そして、逃げ去るものにも決して手を加えなかった。
だが、アシュレたちと対峙するほとんどの敵勢力は、集結を繰り返し、無謀な抵抗を見せ、そして逃亡しなかった。
祖国の興亡この一戦にあり。
こんな陳腐な鼓舞の言葉が、戦場ではなにひとつ意味を成さないことを、アシュレはいやと言うほど知り抜いていた。
人間はそんなに強くはなれないものなのだ。
だれしもが現実の容赦ない死を目の当たりにしたとき、立ちすくみ、腹の底から湧き上がる恐怖の塊にパニックになる。
それを意志で捩じ伏せることのできる者だけが、戦士であり、騎士なのだ。
もっと赤裸々な話をすれば、そんな彼らでもやはり逃げるときは逃げる。
だから、アシュレにはわかったのだ。
だれかが、彼らを操作している。
見よ、怯えながらも笑みさえ浮かべて立ち向かってくる少年兵を。
おそらくは己と三年も違うまい子供の突き出した穂先を盾で軽くいなし、返す動作で鋭く研がれた盾のエッジを走らせる。
首筋をスライスされた少年は衝撃でくるりと回り、大量の血液を吹き出させながら倒れ込む。
アシュレは脚を止めない。
むしろ蹄の高鳴りは、さらに瀬のように迅く。
振り返ることさえ、ない。
だが──想うのだ。
彼らを操る者の正体を。
どこだ、ユガディール。
どこにいる。




