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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
たれそかれ(第零話):「ジェリダルの魔物」
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■たれそかれ7:輝きに変えて

          ※ 

 

「やめて、やめて……ください」


 泣きながら、ユーニスは懇願こんがんする。

 その声が、奇怪な洞穴に響きわたる。

 泣かされたのだ。

 ビエルの言う「心と言葉をキレイにする」下処理によって。

 

 ビエルが責めたのはユーニス本人ではない。

 指一本触れなかった。

 かわりに、レダを組み伏せると、その着衣を焦らすように一枚一枚引き裂いた。


 もちろんユーニスだって、最初から、こんな屈辱を受け入れたわけではない。

 その行いを見た瞬間、ユーニスの喉から迸り出たのは、怒号と呪詛ずそだった。

 

「殺すッ、殺してやるッ!」


 だが、ユーニスがえ猛るたび、ビエルはそれを行って見せた。

 そして、しばらく待つ。

 わかるか? 気がつくか? という仕草で小首を傾げて見せた。

 

 最初は意味がわからず、ユーニスはさらに口汚くビエルをののしった。

 すると、魔獣は「まるでわかっていない」というように首を振るのだ。

 

 そして、なぜか、レダは、まるで奴隷が主人に対してするような口調で懇願こんがんするばかり。

 

 ようやく、その意味を理解したときには、もう、レダの肉体を覆うものは最後の布きれ一枚になってしまっていた。

 

 そこでやっと、ユーニスは理解したのだ。

 言葉をキレイにする、というビエルのセリフの、その意味を。

 

 ユーニスが言葉づかいを改め、懇願すると、ビエルは手を止め頷いた。

 出来の悪い生徒に対するように。

 レダがビエルに対して、どうして、主人に対する従僕のような言葉で話すのかを理解した。

 レダもまた、いまの自分と同じやり方で調教されたのだ、と。

 

 どこでその手練手管に通じたのかしれないが、ヒトの心を踏み折る技術をこのビエルという魔物は獲得していることを思い知り、震えた。

 けれども恥辱はそれだけでは終わらなかった。

 淡々と、ビエルが告げたからだ。

 

「次ハ、ハラワタ、キレイ二スル」と。


 ビエルは、その言葉の意味がふたりの少女たちの肌に、おぞましい麻薬のように浸透するのをじっくりと待ってから、みたび、にたりにたり、とわらった。

 

 ふたりの血の気が引くのが、外見からもわかったのだろう。

 ビエルの笑みは、どこか満足げだ。

 そうしてから、レダとユーニスを、かわるがわるに見る。

 どちらが、先にキレイにされる? とそう訊いていることは明白だった。


 生かしたまま、ハラワタをキレイにする、とはつまりそういうことであろう。

 

 そういう屈辱を味あわせる、という意味であろう。

 たとえそれが「生きたまま腑分けされ、縫合される」プロセスの一手順として、必要不可欠であったとしても、だ。

 生命を冒涜する前に、尊厳を辱める行為を、このおぞましい怪物が楽しんでいることは明白だった。

 ふたりの間に生じるであろう激しい葛藤かっとうを、ジェリダルの魔物:ビエルは期待しているのだ。

 

「わたしから、キレイにしてください」と、どちらが先に申し出るのか。


 それをビエルは問うているのだ。

 おぞましい、悪辣あくらつな、しかし狡猾こうかつな恐るべき知性と、醜悪な性癖の合致である。

 さあ、と促すようにビエルは小首を傾げた。

 

「わたしを!」


 ふたりは同時に叫んだ。

 望んでなどいない。

 いるはずがない。

 

 だが、もし、どちらかが、そんな恥辱を受けなければならないのであれば──自分が受けた方がマシだ、とそう考える気質をふたりがふたりとも、備えていた。

 これは人間としての美質であろう。

 容姿ではない、もっと崇高な。

 そして、それこそが、ビエルの好物なのだ。

 崇高ゆえに選び取られた選択肢によって、恥辱にまみれ、尊厳をおとしめられる美しきものの姿こそが。

 

「わたしを、わたしからおねがいします!」

「だめよ、ユーニス、わたし、わたしから!」


 ふたりの美少女は、耐えがたき屈辱に自ら志願した。

 いや、哀願すらして見せた。


「わたしから、キレイに!」

「レダ、いけない! わたし、わたしからです、ビエル様!」


 屈辱に泣きながら、懇願をやめられなかった。

 ふたりは互いを庇いあっていた。

 それは相手の精神を思いやっていたの同時に、その肉体に刻まれた物品探知ロケート・オブジェクトの刻印が、露見する可能性を考えてのことだったのである。


 それが発見されたとき、このビエルなる魔獣がいかなる判断をするのか検討もつかない。

 最悪の場合、即座に証拠を隠滅する可能性がある。

 たとえば、ふたりを殺害して。


 そうなったとき、どちらが先にその刻印を見つけられてしまうかは、そのまま互いの生存確率の差となるだろう。


 ユーニスはいま、アシュレがすぐそばまで来ていることを強く感じていた。

 自らを確かめる感触が急速に強まっていたからだ。

 愛しい男に抱擁されているように、それは強く、確実だった。

 もしかしたら、レダも同じかもしれない。

 そう思うからこそ、ビエルの反吐の出るような嗜好を、わざと助長させ満たし、そのことで時間を稼ごうとしているのかもしれなかった。

 屈辱をものともせず。

 それは真の気高さから来るものだ。

 とてもとても、希少なものだ。

 

 人間のほんとうの姿は、追いつめられたとき、あらわになる。

 

 だからこそ、レダを助けたかった。

 親友だった。

 ずっと低い身分である自分に対して、分け隔てなく接してくれた。

 そして、恋のライバルでもあった。

 アシュレは知らないが、レダは枢機卿となるとき、その恋心を断ちきったのだ。

 

 その秘密を知るのは、ユーニスだけだ。

 わたしたちは、親友だ。

 互いにそう思っている。

 ユーニスは信じていた。


 そうであればこそ、レダもまた、必死に屈辱的な願い出をしてくれているのだ。

 あなただけは死なせない。そういう覚悟で。

 あなただけに恥辱を味合わせはしない、とそういう決意で。


 結果として、その血の出るような懇願こんがんが、ふたりの命を救う。

 

 ビエルはふたりの美少女が投げ掛ける涙ながらの哀願に酔いしれるように、何度も頷いた。

 反吐へどの出るような性癖の現れ。

 肉体だけではなく、心までも人形におとしめること。

 そこに快楽を見出す卑しき性情さが

 

 選びつきかねるように、ビエルはふたりのあいだで視線を彷徨さまよわせる。

 どちらを選んでもよい。

 そういう贅沢な選択をもてあそぶ時間に、酔っていたのだ。


 このわずかな時間が──決定的な差になった。


「マヨウ」

「いいや──お前に迷っている時間など、ない」


 突然投げ掛けられた言葉に、ビエルは反射的に牙を剥き、振り返った。

 ばくり、と人面の顎が割れ、魔物のしての本性、鋭くも禍々しい牙の群れがあらわになる。


 その口腔に、燦然さんぜんとして光り輝く槍が、狙い過たず突き込まれた。

 互いに庇いあい、それゆえに競い合うようにして哀願する美少女ふたりの姿に、暗い愉悦を憶えるビエル──その醜悪な怪物をアシュレの槍が貫いたのである。

 

 ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!! と身の毛もよだつような咆哮ほうこうがビエルの喉から迸り出た。

 

 その叫びを正面から受けたアシュレの心に突発的で無闇な恐怖が湧いた。

 それは魔獣や竜、蛇の眷族の一部が持つ恐怖の雄叫びバインドボイスなる精神攻撃である。

 相手の心に恐怖を掻き立てパニックを呼び、場合によっては失神、最悪、ショック死を引き起こす。


 至近距離、真っ正面から浴びせかけられたそれに、しかし、アシュレは耐えて見せた。


 ふたりの幼なじみ、その心を陵辱したビエルに対する怒り、そしてなによりユーニスとレダを護るという騎士としての誓いがアシュレの心に強い勇気の炎を灯していた。


 ビリビリと空気が震え、アシュレの手のなかで、槍が光の粒子となり崩れ去る。

 のけ反っていたビエルの肉体が自由になる。

 

 たったいまビエルの口腔を刺し貫いた槍は《フォーカス》ではない。 

 選良された最高級の鋼を使ってはいても、ただの槍なのだ。

 

 そういうただの道具・・・・・に《スピンドル》を通すと、それらは導体として一回の異能の発動の代償に燃え尽きる。

 

 それがこの世界のルールである。

 強力すぎる《ちから》の伝達に、ただの道具・・・・・では耐えきれないのだ。

 ただ、優れた道具と、ただの棒切れの間には、伝導率において絶大な差がある。

 得られる威力が桁違いなのだ。

 

 おそらくそれは、道具として鍛え上られ、手間暇かけて磨き上げられる段階で、作り手の《意志》がそこに通うからだろう。

 なるほど、《スピンドル》が真に《意志のちから》の顕現けんげんであるのなら、これは納得のいく話である。

 使い込まれた道具もまた、同様だというのも、だ。


 そうやって鍛え上げられ、使い込まれた鋼の穂先が、魔物の顎門あぎとを刺し貫いた。

 

 ビエルが狂ったように暴れる。

 驚くべき、そして、恐るべき生命力。

 確実にその頭部、脳にまで達する傷を負わせたハズなのに、まだ動く。

 

 心の臓を貫いても、ごくわずかな間、死力を尽くして襲いかかってくる──それを野生動物の本能といえばそうかもしれないが、頭部に致命的な一撃を受けてなお、となるとこれは話が違ってくる。

 旧世界の忌まわしき実験によって生み出されたという魔獣たちである。

 その肉体にどのような恐るべき秘密が隠されていたとしても不思議はない。


「こっちだ、バケモノ!」


 アシュレは叫び、ビエルを誘導する。

 ユーニスとレダから、すこしでも脅威きょういを遠ざけたい。

 

 だが、ビエルの振う腕は人間の反応速度を超えている。

 引き抜き構えた騎兵用のグラディウスが弾き飛ばされる。

 木の葉のように刃が吹き飛び、床にぶつかって音を立てた。

 それで軌道がそれていなければ、いまの一撃はアシュレを捕らえていただろう。

 飛び退り、距離を取るが、あっという間に詰められてしまう。


「くっ」


 竜巻を思わせて荒れ狂うビエルの攻撃に、アシュレは追いつめられつつあった。

 それでも、あの麻痺性のガスが吐けないのは、負わせた口腔内の手傷のおかげだ。

 しかし、その傷によって文字通り手負いとなったビエルが、狂ったように暴れ回る。

 

 武器が、獲物が欲しい──アシュレは、切実にそう願う。

 槍が欲しい。


「アシュレ、上ッ!!」


 狂乱するビエルが腕を振り降ろすのと、ユーニスが叫ぶのはほとんど同時だった。

 アシュレの皮鎧をビエルのナイフのごとき爪が、紙のように切り裂く。

 

 しかし、今度は後退しなかった。

 かわりに、振り降ろされたビエルの腕に足をかけた。

 ふたたび振り上げようとするビエルの動きを利用する。

 ビュウ、と音を立ててアシュレは宙へ舞い上がる。

 

 上、というユーニスの叫びはビエルの攻撃を警告していたのではない。

 

 獲物が、武器が、そこにはあった。

 そう、ビエル自身が犠牲者たちを切り刻んできた忌まわしき道具の数々。

 それが、洞穴の天井に網の目のように張り巡らされた縄からぶら下げられていたのである。

 おそらくそれは、ビエルのデバイスラックなのだろう。

 

 巨大な手術道具──アシュレはそのうちひとつを掴み取ると、眼下に待ちかまえるビエルへと叩きつけた。

 もちろん、《意志のちから》:《スピンドル》を最大励起させて。

 

「オマエが込めたで滅びろッ!! 犠牲になった人々の恨みを晴らすときが来たんだッ!!」


 叫ぶアシュレの手のなかで、邪悪で歪なそれが輝きに変わり──邪悪なる本来の持ち主を討ち滅ぼすための光となった。

 

 




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