■第八二夜:光夜の死闘
夜陰を切り裂いて立ち昇る光の柱が戦場を照らし出した。
大地より吹き上がる地獄の業火を圧して空を染める真白き光が、本来、暗がりの生物であるはずの土蜘蛛:イズマと、夜魔の騎士たちの暗闘を文字通り白日のもとにさらした。
それはひとことで言えば、壮絶な闘争であった。
最上級種であるシオンやユガディールほどの格付けは持たずとも、性差ではなく能力をこそ評価にあって最優先させる傾向の強い夜魔たちだ。
騎士を名乗るのであれば、それは名実ともに相当の能力者、かつ実力者であることは疑いようもなかった。
その夜魔の騎士たちを、イズマは一時に四体も引き受けていたのだ。
これは小国であるならば、一夜とかからずに滅亡に追いやることのできるほどの戦力である。
しかし、それほどの戦力と相対しながらも、イズマは一歩も引かなかった。
最大級クラスの異能を直撃させれば、瞬時に、跡形もなく敵を掃滅できるアシュレの竜槍:シヴニールのような超攻撃能力も、不死者に対して反則とも言える特攻性を備えるシオンの聖剣:ローズ・アブソリュートのような神話級の《フォーカス》の加護もなく、たったひとり、夜魔の騎士と軍勢に立ち向かうことの困難がどれほどのものか──想像してみるとよい。
しかも、召喚獣である屍騎士:〈グルシャ・イーラ〉=ラッテガルトを召喚使役中に、である。
イズマが並大抵の実力者でないことは、推し量れようというものだ。
だが、一見均衡を保っているように見えるこの戦いが、実に危うい均衡によって保たれているものであることを、攻め手である夜魔の騎士たちは見抜いていた。
イズマの手札にはもう切り札がない。
擬装用の人形を皮切りに、攻城戦用の大技、強力な召喚獣を遠隔使役、さらに事前に仕込んだとはいえ悪辣なる触手の召喚もまた、強力な異能だ。
立て続けにこれほどの離れ業を披露すれば、いかにこの男が驚異的な異能の使い手とはいえ、切ることの出来るカード、指すことの出来る駒などない──そう夜魔の騎士たちは踏んだ。
そして、その見立ては正しい。
イズマが襲い来る夜魔の騎士たちをこうして捌ききっていられるのは、事前に仕込んでおいた数々の仕掛けと、防戦に徹しているからに過ぎなかった。
シオンとの長い放浪生活のなかで、幾度も彼ら夜魔の騎士たちと刃を交えてきたイズマである。
一撃で致命傷となるほどの攻撃能力を持たずに、うかつに切り込めば必ず返り討ちにあうことを熟知していたのである。
そして、下級のそれならいざしらず、彼らほどの上級者を消し飛ばすだけの切り札はもうイズマには残されていなかった。
それでもなおラッテガルトとともにアスカたちをギルギシュテン城に急派したのは、真っ先に敵の重要拠点を陥落させるという戦術的な理由とともに、できるかぎり早い段階で敵将:ユガディールの思惑、その全貌を明らかにせねばならないという思いがあったからだ。
そのためには、やはり攻め立ててみるほかない。
それもあの時点で最強の戦闘能力を持つアスカリヤとラッテガルトによるコンビネーションで。
もし、ここでイズマとアスカ、そしてオズマドラ帝国の面々が足を止めて夜魔の騎士たちと戦っていたら──たしかにイズマがいま陥っている窮地はそもそもなかったかもしれない。
だが、そうやって作り出された膠着と密集隊形をあの男──ユガディールが見逃すだろうか?
例えば、イズマが仕掛けたように、一網打尽の遠距離広範囲攻撃によって回避や防御のヒマさえなく消し去る──それも、まさしく地形ごと──そういう攻撃を仕掛けてはこなかっただろうか?
いいや、必ずそうしただろう、とイズマは思う。
アシュレが語るまるで理想の君主の体現のような男:ユガディールであれば、己の葛藤などまるで取り外せる装置のように、ためらいなくそれを選択したであろう。
むかし、イズマもそのようにしたからよくわかるのだ。
そして、夜魔の騎士たちの見立てが正しかったように、イズマの推察もまた、はっきりと正しかった。
うお、という叫びが誰のものだったか、イズマにはわからない。
けれども、もうないはずの左目が光に焼かれるように痛み、眼帯を圧して眼窩から血が噴き出したことで、自分の予感が間違っていなかったことをイズマは確信したのだ。
そうやって膝をついたイズマを、もし、滑り込んだ大剣使い:コルカールが身を挺して庇ってくれなければ、もしかしたら、イズマはここで果てていただろう。
「イズマッ、殿ッ!!」
夜魔の騎士たちの鋭い突きが、豪胆な女戦士の肉体に次々と突き立つ。
彼ら夜魔の戦い方は多刀流が基本だ。
それは相手を行動不能に陥らせるには、徹底的に切り刻むほかないという、彼らの種族的特徴に起因している。
イズマが左目を押さえ、苦悶に膝を屈したのは、一瞬だった。
だが、その一瞬のスキを護りきるために、コルカールは命を賭したのだ。
「コルカールのお嬢ちゃんッ!!」
「お、お嬢ちゃんとは──て、照れてしまうな」
ジェエエエエエイイッ、とイズマが抜き打ちに長ストールに擬態した暗器:〈パーキュル〉を振う。
脚長羊の毛で編まれたという織物の先端に結わえ付けられた分銅を武器として用いるそれは、掠めただけで頭蓋が吹き飛ぶほどの威力を持つ。
だが、イズマがとっさに振った攻撃圏から、夜魔の騎士たちはすでに飛び退っていた。
「群狼戦術とは──やっかいだねぇ」
「すまない……不覚をとった」
「なにいってんですか、かわいこちゃんが。ボクちんのミスだよ。ゴメン」
「かわいこちゃん、とは……ふふ、そんな言葉を男からかけられるとは……笑ってしまうな」
「夜魔の騎士たちがこんな戦法を使ってくるってのがそもそも驚愕なんだけど──それほど追い詰められているのか、あるいは……いやちがうな、ためらいもなくそれを選ばせるユガディールって男がスゲエのか」
イズマは震えるコルカールに癒しの貴石を握らせながら軽口を叩いた。
即死ではないが、限りなく死に体に近い状態にコルカールはワザと追いやられていた。
それは、イズマの動きを止めるためのものだ。
そして、夜魔の騎士たちは狡猾な手段に出た。
カキン、とロックのおりる音がした。
夜魔の騎士たちのうちのふたりが得物を持ち替えたのだ。
連射式のクロスボウ。
死に体になったコルカールから離れられないイズマを狙おうというのだ。
もちろん、いますぐコルカールを見捨てればイズマだけは助かるだろう。
どうするのか、という問いは、狙いをつけるクロスボウの先端が訊いた。
普段のイズマであればもしかしたら、ここからでも起死回生の一打を放っていたかもしれない。
だが、それは難しい注文だった。
ぐう、とふたたびイズマが身を折った。
それは偽神:〈ログ・ソリタリ〉とアスカ、ラッテガルト組がいまだ交戦状態にあり、ラッテガルトがすくなからぬダメージを負っている証拠だった。
召喚と契約に基づく代償。
特にラッテガルトはイズマがその血肉を分け与え、意志を保ったまま屍傀儡と成した存在である。
苦痛を傷のいくぶんかを共有する──禁断の秘術によってしか成し遂げることのできない超技の果てに、ラッテガルトという存在はようやくにして現存していられるのだ。
どぶっ、と左目の奥から血がしぶく。
その好機を逃すような夜魔の騎士たちではない。
引鉄が引き絞られ、黒塗りの太矢が放たれる──その瞬間だった。
いまだ背後で天をつんざく火柱が消し飛ばされ、次の瞬間、神威を身にまとった男が戦場に、文字通り躍り込んできた。




