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■第七五夜:戦乙女は翼を纏う



 天高く放り投げられたアスカの宝刀ジャンビーヤが日輪のごとき輝きを発して世界を照らし出した。

 

 ガアアアアアアアッ、となかば影化した状態で丘陵地帯を飛ぶように駆け登ってきた夜魔の騎士たちの足が止まる。

 

 不死生物アンデッドに対して特別な効果を発揮する異能:レイディアント・アーダーは、デイウォーカーではない夜魔に対しても、同等の効果を発揮する。

 

 光に触れた素肌から剝け返り、筋繊維があらわになる。

 立ち上る煙が灰に変じながら消滅する。

 だが、さすがにそこは白魔騎士団の精鋭たちだ。

 

 下位種であればもはや回復不可能であろう傷を受けてもなお、彼らは滅されることはない。

 強烈な疑似太陽からのエネルギー照射を全身に受けているにも関わらず、その体表面を沸騰させながらも進軍を再開した。

  

「イズマ殿ッ! ここは我々に任せて——召喚を!!」

「あーんがとさん! でもね、アスカ殿下、充分ですよー! 見てっ、奴らの行足ゆきあしは明らかに落ちてる! この陽光の下では影渡りシャドウステップが封じられるんだ! それじゃあ、ボクちんの合図で技を切ってねッ!! いいかい——いまから呼び出すヤツは同じく陽光を嫌う——だから、いまだッ!!」


 イズマは喉を反らして天を見上げ、声を張り上げた。

 

「果ての果て、先の先——永劫の黄昏よりきたれ。死と生の狭間に立つ輝ける槍よ。我が召喚に応えよッ!!」 

 

 周囲に描かれた立体的な召喚陣が展開し、直上の空間が軋みを上げはじめた。

 みしり、めきり、と空間に生じた裂け目が広がっていく。

 ズシンッ、ガシンッ、と大気が鳴動した。

 次の瞬間、そこから、光の翼が無数に吹き出し、続いて壮麗な装飾のなされた輝ける槍が飛び出してきた。

 そして、間髪入れず巨大なラウンドシールドが空間そのものを飴細工のように割り砕き、現実を侵食しながら現れる。

 

 ああ、それをなんと描写すべきであろう。

 

 異形の騎士であった。

 その姿は肩までで、およそ三メテル半といったところ。

 これは鏖殺具足スローター・リムをまとったオウガのそれを頭ふたつ分、凌駕する。

 豪奢な垂れを引きずる異形の円形盾と、そしてこちらは目も醒めるように美しい、しかし、同じく異相の大槍。

 それを、人類とは明らかに異なる骨相の体躯が支える。

 しかし、なによりもまず、特筆すべきは本来、頭部と呼ばれるべき器官を司る部位の凄絶な美しさであったろう。

 

 硬質で残酷な美が、そこには居座っていた。

 

 誰しもそれを人形だと思っただろう。

 それほどに、彼女は完璧で、美しかったから。

 白金の頭髪は濡れて流れるように。

 白磁の肌はうっすらと桃色に染めて。

 すこし幼さを残した顔立ちには、しかし、愛する男を想う心だけがある。

 ただ一点、損ねられそれを隠すように施された眼帯さえも、いや、それこそが最高に彼女を引き立てるアクセントで。

 

 きろり、と真っ赤な左目が動き、彼女を見上げるすべての存在を睥睨へいげいした。

 いや、彼女は睨みつけたのではない。

 ただただ、自らを呼んだ愛しい男の姿を探していただけなのだ。

 

 獰猛さを隠そうともしない殺戮機械としての騎士の部分と、愛しい男を想う乙女の姿の融合が、その場にいたあらゆるものの胸を打った。

 畏怖、という名の感銘である。

 

「やあ、ラッテ、おまたせ——ようやく出番だよ」


 歌うように投げ掛けられた主の言葉に、乙女は口元をほころばせ、胸乳を隠していた両手を開いて、背中から男を抱きしめた。

 耳元に唇を寄せて、愛をささやく。

 

 その光景を見るものは、そこで気づいたことだろう。

 ラッテ、と愛称された娘の瞳と、召喚者であるイズマのそれが、完全な対であったことに。

 そして、理解したであろう。

 娘は己が生来の瞳をえぐり出し、愛する男と同じ眼で世界を見ることを望んだのだ、と。

 

「だいすきです、わたしのあなた」

「いやあ、モテる男はつらいねえ。あんがとさん、ラッテ。悪りぃけど、キミには地獄の底までつき合ってもらうよ?」

「うれしい。さあ——命じてください、あなたの忠実なしもべに」


 睦言にしか聞こえないやりとりは、しかし、召喚者とその《ちから》に従う召喚獣とが交わす契約事項だ。

 させじ、と切り込んできた夜魔の騎士たちの眼前を光の翼の群れが横切り、突入を阻止する。

 

「では、我が僕に命ずるッ!! ラッテガルト——いいや、我が屍騎士:〈グルシャ・イーラ〉! 我に徒なす一切を掃滅せよッ!! あの城を攻め落とせッ!! 代償に我は、捧げんッ、我が血を、肉を、」

「いいえ——をいただきたく思います」

「……そんなんでいいの?」

「このところ可愛がっていただいていないです」

「じゃあ……それで」


 もちろん、本来であればこれほどアバウトなやりとりでは契約は履行されない。

 ただただ、ラッテガルト=〈グルシャ・イーラ〉とイズマとの間に交わされた契りが、あまりに深いというだけの、例外中の例外であった。

 

「じゃ、みなさん、乗って乗って」

「乗る、というのはこれにか?」


 さすがに焦って聞き直すアスカに、イズマは、んだよ、と返した。


「だーかーらー、いまギルギシュテン城は最高に手薄なんだって。そのためにここに引っ張ってきたんだから、夜魔たちを。さ、行っていって。攻め落としてきちゃって!」

「そなたは?! イズマ、そなたはどうするのか?!」


 促されるまま〈グルシャ・イーラ〉の腕におさまりつつ、アスカが訊いた。

 

「そりゃあ、きまってんでしょ! こいつらを足止めしなけりゃ——夜魔の騎士たちはコウモリにも変じることができるからね」


 イズマの言葉を証明するように、その姿をコウモリの群れに変じて飛び去ろうとした夜魔の騎士の足を、暗闇から伸びた触手が捕らえた。

 ドンッ、と踏んだ足ひとつで、あらかじめ敷設された技が起動したのだ。

 

悪辣なる触手アビサルトーク・の召喚ウィズ・テンタクルス。そりゃあ仕掛けとくわな、こういう状況を想定してりゃ。つーか、ホントにオマエら頭悪いのな。変身時無防備になる異能を、どーしてボクちんが見逃すと思うのか。まーそりゃそーか、考えること、悩むこと、それらをずっとだれかにお任せしてきたんだ、鈍くもなるか」

「イズマッ!! では、わたしたちは行くぞ!」


 それでは——決意を込めて言葉エールを送ろうとしたアスカの唇を指さしで封じ、イズマが返した。

 

「迅速さは戦場でもっとも大事な要素だよ。そして忘れないで——ボクちんの手際に感心したなら——むこうさんだって、バカじゃない。なにかまだ、あるよ。絶対に」


 イズマがそう言い終わるやいなや、ばさり、と屍騎士:〈グルシャ・イーラ〉が光の翼を広げた。

 それはこの屍騎士の素体となった真騎士の乙女:ラッテガルトがかつて得意とした飛翔の技:白き翔翼ウィング・オブ・オデットの発展系。

 そう——土蜘蛛王:イズマの手によって屍騎士とされた彼女は、屍人でありながら《意志のちから》を持ち、《スピンドル》を操ることができるのだ。

 

「行け」


 そして、イズマの命令をまつまでもなく、砂獅子たちを載せた彼女は飛び立つ。

 矢のような速度で。

 

 アスカがレイディアント・アーダーの滞空時間が切れ、落下してきた宝刀ジャンビーヤを空中でキャッチする。

 それまで彼らの搭乗を護るべく旋回を続けていた小さな翼の群れ——星条のスパークルライト翼刃・ウィングスが、後に従う。

 

 イズマはその様子を、見ることもなく、獰猛な笑みを広げた。

 

「さーって、そんじゃあ、はじめようか、夜魔の騎士諸君。ボクちんはけっこうアタマに来ててさ——どーして、オメーラが最初に突っ込んで来ねーんだよ! んー? 領民を使い捨てにしてんじゃねーぞ?! こののたくる地獄クローリング・インフェルノは、オマエ

ラ用だったんだけどなー」


 アシュレたちに見せたことのない本性剥き出しで、イズマが静かに吐き捨てる。

 

「同感だ」


 そして、その傍らに、愛用の大剣を構えた女丈夫が並んだ。

 

「あーら、おねえさん、どーしたの。いかなかったの?」

「定員オーバーだ。わたしはデカすぎて乗れん」


 そう言うと、月明かりにコルカールは笑った。

 

「モテる男はこれだからつらいねえ。……ほんじゃま、おねーさん、ちょっとつき合ってもらうよ? 血の饗宴に」


 凄惨な戦いの予感に、イズマもまた、口の端をつり上げ、返答とした。

 度重なる屈辱を押さえきれず、怒りに燃えて、夜魔の騎士たちが切り込んできた。

 

         ※

         

 巨大な猛禽もうきんを思わせる巨大な翼が風を切り裂き、唸りを上げた。

 ギルギシュテン城を眼下に望む高度数百メテルをアスカたちは行く。

 この時代の人類が本来持ちえない視座からの眺望は、戦慄とも高揚ともつかないたかぶりを精神にもたらす。

 

「これが——《閉鎖回廊内大規模戦闘》、というわけか。おもしろい」


 ぶるるっ、と身体を駆け抜ける武者震いにアスカの口角が吊り上がった。

 それは戦の匂いにたかぶりたぎる血が呼び起こす、アスカの将星としての才能の発露だ。

 戦を楽しめないものが、戦を楽しむものに勝つことは限りなく難しい。

 その意味で、アスカリヤという女のさがは本質を戦場に置いていたのかもしれない。

 そして、大空を舞う、という感覚に恐れを抱くどころか、腹の底から悦びが湧いてくるのを止められない。

 じぶんでも戸惑うほどに。

 快哉を叫んでしまいたい気持ちでいっぱいになる。

 いや、それはむしろ、自然ではあったのだ。

 

 なぜなら、彼女には——真騎士の血が流れていたのだから。

 

 きろり、とそれまで目的地だけを捉えていた屍騎士:〈グルシャ・イーラ〉の瞳が、興味を引いたかのようにアスカを見た。

 アスカの座するのはちょうどラウンドシールドの裏側、装甲度のもっとも高い位置である。

 左側だけの〈グルシャ・イーラ〉の瞳が、戦場の空気を吸って勢いを得た炎のようなアスカを見た。

 アスカのほうもそれに気がつく。

 

「ラッテガルト殿——と申されたか」


 視線に気がつき名を呼んだアスカに対し、ラッテガルトは眼だけを動かして答えた。

 先ほどよりも、もっと露骨な注視。

 

「なにか、なにか、思われるところが?」


 そしてアスカのほうも、どうしてだか、ラッテガルトのそれを無視できずにいる。

 数千の超える軍勢を前に、その視線を全身に浴びて、演説してきたアスカが、だ。

 もちろん、理由が、ある。

 

 それはアスカリヤの母:ブリュンフロイデと、ラッテガルトは、血筋的なものではないとはいえ、姉妹の契りを結んだ仲だったのだ。

 

 ああ、なんという運命のいたずらであろうか。

 

 長い長いときを超えて、ふたつの分かたれた道が、ふたたびひとつになった瞬間であった。

 

 なぜだか、このひとのことを、わたしはしっている気がする——アスカの胸中に去来する郷愁にも似た感情を、このときラッテガルトが感じていたかどうかはわからない。

 

 一族からの怒りと蔑視を浴びながらも、ヒトの子との間に受け継がれた精華と、愛しい男のために死と生の狭間で踏みとどまることを選んだ枯れない花の心が、交わったのかどうか、はわからない。

 

 ただ、ひとこと、ラッテガルトは告げた。

 

「空よ——若き翼に風を与えたまえ」と。


 そして、ここにゾディアック大陸史上まれに見る、高速飛翔降下作戦が決行されたのだ。

 

 

 

 

 

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