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■第六二夜:異形の瞳


「来るのか——」

 

 アシュレが竜槍:シヴニールの穂先を向けた途端だった。

 獅子面馬人レオトールは、陣取っていた岩場を放棄し駈足かけあしから、瞬く間に襲歩しゅうほへと移る。

 それなりに角度のあるガレ場は、人間の背丈を優に超える岩塊があちこちに林立し、要塞としての機能を高めるために、そここに丸太を尖らせて束ね作られた防衛戦闘用の柵が設けられている。

 配置を知らない攻め手側がうっかり馬で踏み込めば、乗騎ごと串刺しになる仕掛けだ。

 重甲冑を着込んでいても、馬の速度と質量を持って激突すればただでは済まない。

 落馬すれば、下は岩場。

 重傷はまず免れないだろう。


 そんな戦場を、獅子面馬人レオトールは迷う様子もなく、巧みにアシュレの射線を躱しながら移動してくる。

 無理をすれば撃ち込めなくもない。

 だが、攻撃は同時にスキも生む。

 最初の攻撃を受けた場所から、アシュレの位置まで、ざっと二百数十メテルというところだろうか。

 常識的な投槍ジャべリンの有効射程から考えれば、ケタ違いの投擲力と断言せざるをえない。

 これは、まかりまちがうと、アシュレのシヴニールと撃ちあうレベルの遠距離攻撃能力だ。

 もちろん、最大射程では相手にならないが、互いがすでに有効射程内にいるのならば、そこを比べあっても意味はない。

 もうひとつ、投槍ジャべリンにはシヴニールには決してマネすることのできない利点があった。

 

 それは弾道である。


 遠距離になれば、大地の丸みに沿うようにして若干なりとも弧を描くとはいえ、アシュレの攻撃は基本的には直線的なものだ。

 だが、投槍ジャべリンは違う。

 星の《ちから》に引かれて、それは放物線を描く。

 ありていにいえば、岩場を越えて、その向こう側の標的に攻撃を命中させることができる、という意味だ。

 多くの場合、戦場が均一で平坦な場であることはまずない。

 いま、この状況のように足場が悪く、斜面の上と下で、極端に有利不利が生まれることも多々ある。

 アシュレがいまの戦場にあって、敵を封殺できていたのは、それら土地が生み出す敵側の有利を覆すだけの圧倒的火力と機動性を実現できていたからに他ならない。

 それも、かなり遠距離からの一撃を加えることが前提だ。


 岩場を利用して作り上げた城塞に篭り、防衛戦闘を覚悟した孤立主義者たちからすれば悪夢のような話だろうが、シヴニールが生み出す攻撃力には、アシュレ自身も注意が必要だったのだ。

 岩塊を貫き爆発を引き起こす攻撃は、その直後、周囲の石くれをはじき飛ばす。

 洒落にならない勢いで、だ。


 それは甲冑をひしゃげさせるだけのパワーを秘めていて、一〇〇メテルを超えて飛んでくることもある。


 弓、弩弓と、その他の射撃兵器が充実した現代の戦場にあっても、投石攻撃による死者は、じつはかなりの数に上ることを付け加えておかなければならない。

 うっかり隠密潜入中のエレに、そんなものが当たったら、と思うと、じつはアシュレの内心はそれほど穏やかなものではなかったのだ。

 

 さらに二次的な問題もある。

 

 ひとつは岩場の崩落。

 もうひとつは派手に巻き上がる土煙だ。


 当然だが、命中しようとしまいと、竜槍:シヴニールから放たれた光条は、どこかに着弾するわけだ。

 そして、そのエネルギーは破壊を巻き起こす。

 

 雪渓にいまだかなりの積雪が残るとはいえ、日当たりのよい斜面は日差しに炙られ極度に乾燥している。

 また、もともと岩塊が林立するような場所だ。

 そこで爆発が起これば、広範囲の崩落を招くことは当然の帰結だった。

 もちろん充分な安全距離マージンを確保して、アシュレは砲戦に臨んできた。

 

 これまでは、だ。

 

 あたりまえのように、インクルード・ビーストのような存在による群狼戦術ウルフパックの標的になることも考慮してはいた。

 射程でも火力でも勝る相手を封じるには、その超破壊力を振るうのをためらわれる距離に、ある程度まとまった数の、しかも機動力のある戦力を一時に送り込み、速やかに包囲、殲滅せんめつするしかない。

 その意味では、苦し紛れとはいえ獣の群れを放った孤立主義者たちの判断は正しい。

 ただ、迎え撃ったアシュレのほうが、戦闘経験値と予測能力、さらには外部からの情報伝達手段を調えていた分、上手だったというだけのことだ。

 

 だが、ここに来て、アシュレは群れの最後の一頭、実質的な砦の支配者に相対するにつけ、この戦場に降りたって初めての戦慄を感じていた。

 

 この敵は、まずい。

 

 アシュレの勘がそう告げていたのだ。

 いや、勘だけではない。

 冷静な分析があった。

 

 それは直前、インクルード・ビーストたちの襲撃、展開される群狼戦術ウルフパックの後半戦から感じ取っていたことだった。

 

 コイツらは、まるで、ボクたちの位置を「まるで互いが視えているかのように連携して襲いかかってくる」という、例の感覚だ。

 

 そして、迷いなく高台の有利を捨て、駆け降りてくる獅子面馬人レオトールの姿に戦慄が確信に変わるのを感じていた。

 

「逃げては——くれないよな」


 騎士としてはあるまじき、しかし、切実な祈りが、言葉になって転び出た。

 優秀な司令官であれば、現状はとうに場を放棄して撤退しているところだ。

 引き際を誤ると元も子もなくす、というのは戦場の鉄則で、生きのびることができたヤツというのは、そこを誤らなかった者だけを言う。

 

 ただ、それは、ヒト対ヒトでの戦場における常識だ。

 人外のものを相手取る戦いにあっては、それは通用しないどころか、脚を引っ張ることになる考えだ。

 

 己の命など眼中にない。

 

 そういう死生観、あるいは、狂信、もしくは本能。

 人類とは明らかに異なる思考や指向、価値観があること。

 それを、アシュレは潜り抜けてきた死線のなかで学んだ。

 

 そして、いままさにアシュレが相対する敵は、そういう相手だった。

 

 ギラリ、と朝日になにかが閃いた。

 次の瞬間にはバリスタから放たれる巨大な矢のように、恐ろしい速度で投槍ジャべリンが突っ込んできた。

 

「なぜだッ、いまのは、岩陰からだッ?! どうして位置がわかる。なぜ、こんなに狙いが正確なんだッ?!」


 聖なる盾:ブランヴェルで飛来したソレを打ち払い、アシュレが叫んだ。

 撃ち落とされた投槍ジャべリンは、さきほどと同様、青白い高熱の炎を吹き上げてから消滅した。

 当然だが、命中していたら一撃で絶命する威力のものだ。

 

「くそっ」


 アシュレは威嚇を兼ねて、投槍ジャべリンが投擲されたであろう岩場に一撃を叩き込んだ。

 着弾とともに爆発。

 岩塊が弾け飛び、もうもうと土煙が舞い上がる。

 だが、手応えはない。

 

 応手するように、まったく別の角度から三投目が、来た。

 これも正確。

 

「くそっ、どうなってるんだ!」

 言いながらアシュレは馬首を巡らせて、来た道を駆け戻る。

 連射速度であきらかにシヴニールを上回る投槍ジャべリンの投擲速度と回数。

 達人、いや超人的な腕前であることは明白だった。

 

『アシュレッ、苦し紛れに撃つな! 爆発と崩落と土煙で、視線が通らなくなる!』

「エレさんッ、まずい、まずい気がします。強敵だ。そちらからは見えませんか?」

『ああ、断片的にだが、視えてはいるよ。もうすこし、しのげるか?』

「なんだろう、おかしいんです。視界が悪いのは向こうも同じのハズなのに……視られている感じがする。正確なんです、岩陰からの投擲が、おかしいくらい!」

『了解した。シオン殿下に急行してもらう……が、いまは聖なる籠手:ハンズ・オブ・グローリーを装着しているからな。《影渡りシャドウステップ》での跳躍は不可能だ。しばらく耐えてくれ』

「間に……あうかな」


 ちらり、と弱音めいたものが口をついた。

 騎士としては恥ずべきかもしれなかったが、本音だった。

 いや、自分ひとりであればここまで気弱にはならなかったかもしれない。

 だが、いま自分の腕のなかにはアテルイがいた。

 

 巻き添えにしてしまっている、とアシュレは思ったのだ。

 

「アシュレさま?! ご主人様?! 降りる、降りますよ?! わたしが邪魔なのでは?!」

「そうではなく。ああ、まいったな。ごめんなさい、弱音を吐きました」


 アシュレの弱音が意図するところを察したのだろう。

 アテルイが動揺した様子で、進言してきた。

 

「アラムの女はひとりでも戦います。わたしだってそれなりに使う。足手まといはごめんです」

「だから、そうではなく——すみません、ボクの判断であなたを危険にさらしてしまっていることを、後悔したんです。足手まといなんかじゃない」


 馬上で怒鳴りあうふたりを、こんどは時間差で、別方向から投槍ジャべリンが襲った。

 

「わあああああああ」

「くそっ、どうなってるんだ?! いまのは、二方向、ほとんど同時だったぞ?! それにどれだけ投槍ジャべリンを持ってるんだ?!」


 すんでのところで着弾を躱しながら、アシュレたちはガレ場を駆け抜ける。

 至近で炎を上げた一撃が、甲冑の表面をあぶり、ヴィトライオンの尾を焦がした。


『岩場だ。岩場の後ろに、防御柵に偽装して、あらかじめ幾本か投槍ジャべリンを突き立ててあったのだ。それを補充しながら……ヤツは高速移動している! それに、同時攻撃のからくりもわかったぞ!』

「どんな、です? はやく、やつの手管を教えてください!」

『時間停止だ。驚くなよアシュレダウ。わずか数秒というところだが、ヤツの放った槍は《ちから》を溜めるようにして、中空で静止しているんだ』

「なん……だって?! つまり、そういう種類の異能、だと。そういうんですか」

『遅発、とでもいうのか。とにかく、物体を数秒間、捕らえて静止させる技だ。時間を操作しているのか、力場的なものかは、わからないが』


 情報を受け渡ししている間にも、次々と攻撃が飛来する。

 

「くっ、そっ、こいつ……強敵だ」

「降ろして、降ろしてください! わたしが乗っている分、どうしても重くなってしまう。ヴィトライオンの最大パフォーマンスなら、相手の戦闘速度を上回ることができます! それにこの状態では思い切り近接戦闘ができない! だから、アシュレさまは、ご主人様は、逃げ回っているんでしょう?」


 アシュレの胸中に、アテルイが切り込んできた。

 

「それは」

「わたしを、わたしを捨てていってください! こんなことで、ご主人様の命が脅かされるなんて、耐えられない!」


 たしかに、アテルイを同乗させるのを選んだのはアシュレだった。

 

 シオンを正面戦力に押し立て夜魔の騎士を掃討。

 潜入したエレと呼応するように戦端を開く。

 遠距離からの砲撃で敵の要所を殲滅し、戦意を奪う。


 この役割分担上、アテルイの出番は実は今回なかったはずだ。

 

 だが、この電撃的侵攻作戦にあっては、基本的に拠点は使い捨てるという方針をアシュレたちは採ってきた。

 まず第一に奪った拠点を維持するには圧倒的に兵力が足りなかった。

 されにいえば、奪還を期して現れるトラントリム勢力を相手に泥沼の拠点防衛戦など、端から眼中になかったのだ。

 

 だから、奪い取った拠点にアテルイをひとり残していくこともまた、論外ではあったのである。

 

「その……ご主人様の戦いぶりを、あとでアスカ様にご報告するという任務も仰せつかっておりますし」

 

 もじもじ、とそんな風に言い出したアテルイを同乗させると認めたのはアシュレなのだ。

 

 夜魔の騎士を何人も相手取ったり、敵拠点深奥に単独潜入するのに比べれば、遠距離からの砲撃戦のほうがはるかに危険度が低い。

 アシュレの判断には、シオンもエレも納得してくれた。

 

 だが、その判断がここにきて思わぬ伏兵との遭遇により、足かせになっていたことは確かだ。

 それでも、アシュレはアテルイを降ろさなかった。

 

「ダメですッ!! あなたはぜったいに、ボクが、護るッ!!」


 断言され、ぎゅう、と左手に力を込められた。

 

「それに、最初の一撃だって、アテルイさんが気がついてくれたんだ。あなたを置いてなどいけない!」


 アシュレの叫びは仲間を思う純然たる心からであっただろう。

 しかし、恋する乙女を胸中に飼うお姉さんには、完全に別の響き方をしてしまうのだ。

 

「ご主人様」

 感極まった様子で、アテルイが身を寄せてくる。

「いっしょに、いっしょに考えてください。相手が時間差で波状攻撃できる理屈はわかった。でも、この狙いの正確さだけは、わからない。なぜなんだ?!」


 アシュレが叫ぶ間にも、死地は現出しつつあった。

 次々と攻撃が至近弾となって着弾し、肉体を高熱が炙った。

 ヴィトライオンが苦痛のいななきを上げる。

 アシュレ自身、甲冑と鎧下を貫いて、鈍い痛みが肌を焼くのを感じた。


 なんとかしなくちゃ、なんとかしなくちゃ。

 手綱と鐙で馬体を操り、直撃弾を防ぐのに精いっぱいのアシュレのかわりに、アテルイはアシュレのいう狙いの正確さについて考えた。

 

 たしかに、おかしかった。

 

 むこうは岩陰から、こちらの姿をまったく視認せずに槍を投げ込んでくる。

 一撃、二撃、であればこれは偶然ということもあるかもしれない。

 しかし、これだけの精度を連続で、となればこれはまぐれではありえない。

 

 どこかに教導役ナビゲーターかそれに類する協力者がいて、随時、高速で移動するアシュレたちの現在位置を正確に伝達し続けているとしか……いや、伝達しているのでは遅い。

 アテルイは現状を観察しながら思う。

 足を止めての撃ち合いをしているならともかくも、相手もこちらも高速起動中だ。

 その位置は目まぐるしく変わっている。

 伝えられたからといって、指定の場所に撃ちこんでも、そのときには遥か彼方にアシュレたちはいるはずだ。

 これほど正確な攻撃を可能にするには、それではダメだ。

 伝達、ではない。

 リアルタイムで、現実に、アシュレたちの姿を視覚に収めていなければ……。

 

 そこまで気がついて、アテルイは流れていく風景を睨め付けた。

 そして、ふたつのことに気がついた。

 アシュレたちは回避運動をしているようで、熾烈な攻撃によって巧妙に、ある一定の位置をぐるぐると走り回らされていること。

 もうひとつは、そのエリア内に……インクルード・ビーストの死骸が点在していること。

 

「まさか」


 アテルイは指先に触れた思考の糸をたぐり寄せるように、穴が空くほど、視た。

 荒野にうち捨てられ、はらわたをさらす、獣の死骸を。

 そして、見出した。

 この正確無比な攻撃の謎、その答えを。

 

「あれです! ご主人様! あの死骸ッ!! バロメッツ!!」


 それは、いままさにアシュレたちが攻め落とさんとしている塩鉱山の拠点で、軍規に背いた孤立主義者のリーダーを、アスカやアテルイが問い詰めた査問会の席上でのことだ。

 その男の肉体に潜り込んでいた、《フォーカス》:〈ログ・ソリタリ〉の芽。

 “庭園ガーデン”から持ち帰られたという、生物とも機械ともつかぬ怪物。

 人間に潜り込み、個人を理想の道具に仕立てあげる魔性の具。

 

 それをして、たしかに、アスカは呼んだのだ。

 そう——バロメッツ——羊のなる樹、と。

 

 そして、その忌まわしき瞳を持つ芽が、岩場に叩きつけられひしゃげたインクルード・ビーストのはらわたから、顔をのぞかせ、視ていたのだ。

 

 



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