■第五十八夜:雷霆一閃
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GaaShuuuuuuuuuuu!!──ようやく白み始めた払暁の空を、重粒子の帯が貫いた。
白熱する超高速の光条は、孤立主義者と俗称される純人類解放戦線が身を隠す岩場に着弾し、貫通。
さらに余剰エネルギーは隙間に溜め込まれていた水分を瞬時に気化・膨張させ、岩場そのものを爆砕した。
アシュレたちはいま、かつてアスカたち砂獅子旅団がこの国:トラントリム攻略の尖兵として送り込まれた際、軍事拠点として使用した孤立主義者たちのアジトのひとつを攻めている。
小なり、また、兵力的には最精鋭を投入しているとはいえ、一国を相手取った戦いである。
いかに短期決戦を狙うとは言っても、拠点確保に関してだけは無視するわけにはいかない。
人間には食事も睡眠も排泄も必要だからだ。
だからこれは、そのための施設を奪い取る戦いだ。
アシュレはその場で二射目を放つ愚を犯さなかった。
即座に射点を放棄し、移動する。
主の意図を察した愛馬:ヴィトライオンが駆け出す。
森林限界に近いこの高原では、身を隠せる木立は極端にすくない。
地衣類、高山植物、それから荒野に抗する潅木の類い。
せいぜいアシュレの腰の高さほどまでしか成長しない桜の仲間が、林と表現するのもためらわれる群生をつくる。
カツン、ガツッ、と遅れて、反撃の矢が飛来するが打ち下ろしの有利があっても、アシュレとその愛馬にはかすりもしない。
質の良い長弓と射手の組み合わせならば、この距離でも有効打を放ってくることがあるが、シヴニールの着弾と付随して起きた爆発によって、彼らの狙いは混乱している。
指揮官とおぼしき対象を、初撃で失ったからだ。
逆にアシュレは的確に反撃位置を捉えて逆襲する。
射撃から着弾までほとんど時間差のないシヴニールの一撃が、城塞化された塩鉱山跡地を次々と更地に変えていく。
爆発と落石、崩落。
見上げるような下方から、直線距離にして約三〇〇メテル先の対象をアシュレは狙撃したのだ。
打ち上げの不利、足場の不利、それらすべてを帳消しにしてしまう竜槍:シヴニールの超攻撃能力。
そこに夜魔の姫:シオンとの心臓共有による体質変化=遠視・暗視・熱源感知能力が加わる。
さらには愛馬:ヴィトライオンは《ムーブメント・オブ・スイフトネス》の加護を受け、いまや足場・天候・環境による移動の不利を受けない。
その姿はまさに天懸けるペガサス、そのものだ。
神速の速度でガレ場を駆け抜ける移動砲台。
放たれる一撃は、必殺。
破格の戦闘能力を、いまやアシュレは実現していたのだ。
「エレさん、どうですか?」
『効果的な点射だ。うまいぞ、アシュレダウ。敵軍は完全に浮き足立っている。シオン殿下と交戦していた夜魔の騎士のうち一名は、捕縛されたようだ。残りの騎士たちは撤退を選択。賢明な判断、鮮やかな引き際、と称賛すべきだろうな。あれほど堂々と名乗りをあげられて挑まれては、騎士としては無視できんが、聖剣:ローズ・アブソリュート相手では、まともな勝負にはなりはしないよ。まさに反則級の性能だな」
「油断はいけない。オーバーロードクラスのプレッシャーはいまのところ感じないけれど、ユガはシオンの存在に気がついているはずだ。手を打ってこないほうがおかしい」
『もとより、だ。お、連中いまごろになってバリスタを持ち出したぞ。まったく金のかかる武器をずいぶんと溜め込んできたものだ。ただの反乱分子ではない、というのがよくわかる。裏からの資金提供でもなければ実現できない武装度だ。アラム側からの金の流れだけではないな』
「そもそもインクルード・ビーストを飼いならして維持する、ということ自体が相当な維持費を必要とするわけで。結局彼ら自身、用意された脅威、まぼろしの楽園を演出するための必要悪として割り振られた役柄だった、ということだろうね──アスカの言ったように」
『なるほど、違いない。とにかく、こちらのほうはわたしが片づける。残敵掃討と、上部砲座の制圧は任せろ。それよりも、連中が苦し紛れに放った例の獣どもが、そろそろそちらに届くころだぞ』
「連絡ありがとう、エレさん。迎撃準備を整えます」
『エレ、でいいさ、アシュレダウ。肌を重ねた間柄ではないか』
短距離での思念による会話を可能にする異能を用い、エレとの意思疎通を行っていたアシュレは、その瞬間、むせた。
その瞬間、横抱きの位置に収まっていたアテルイが、眉根を寄せ、怪訝そうな視線を送ってくる。
状況把握を素早くするため、無言でも行える念話をわざわざ言葉にして行っていたのだが、その心づかいが裏目に出たのだ。
いまのはもちろん、アシュレと同じ鞍上にアテルイがいることを見越したエレの悪戯なのだ。
戦闘中だというのに、見境なしだ。
どうやら、土蜘蛛の姫巫女はきわどい遊びも好きらしい、とアシュレはこの数日で思い知った。
トラントリムへの侵攻をはじめて数日。
この時代の兵站部門である輜重隊を引き連れず攻撃を開始したアシュレたちは敵勢力拠点に対して次々と攻撃を仕掛け、その日の寝床と食料を確保するという戦法に出た。
「これはな、昔、我々が苦労させられた騎馬民族たちのやりかただ」
情報伝達系異能に通じたアテルイを介した遠距離作戦会議の席上にあって、アスカは言ったものだ。
「補給部隊、輜重隊という発想を連中は持たない。一族郎党皆が、一斉に一丸となって移動し、攻撃を仕掛けてくる。補給は奪った村や街、落とした城塞を略奪することで賄う。そして、拠点そのものにはいっさい執着しない。満足するまで奪ったら、捨てる。こういう連中に前線が伸び切る、補給が追いつかない、などという常識は当てはまらん。我々の常識から見れば、国家が野盗というわけだ」
元聖騎士殿には、刺激が強すぎる戦術かもしれないが。
水鏡の向こう、遠く離れていてもアスカが口元に広げる笑みを、アシュレは見逃さなかった。
「なんというか……ボクら国土を防衛する、という考え方の人間からすると……ちょっと想像がつかなくて、怖いな」
「だからこそ、効果的に働く、というわけさ。聞けば、ユガディールという男は騎士でありながら、地形を利用したゲリラ戦術にも長けているという。そういう敵を相手取るとなると、こういう発想は、この先、憶えておいて損はないかもな」
これまた悪戯っぽい口調で言ったアスカだが、たしかに、この戦術は今時作戦にあって、最適だった。
さらに、土蜘蛛の姫巫女にして最強の凶手:エレヒメラが提案した情報網の構築により、アシュレたちは最高のパフォーマンスを、最適な場と時間に振うことができるようになったのだ。
「聖剣:ローズ・アブソリュートを携える夜魔の姫君を筆頭に、土蜘蛛の凶手、元エクストラム法王庁直属の聖騎士、この三名を擁していて落とせぬ拠点というのもなかなか想像しづらさはあるが」
各拠点に相応の《スピンドル能力者》や、例の白魔騎士団だったか……夜魔の騎士たちが配置されていれば話は別だがな。
さらり、とシオンやアシュレを評価して、土蜘蛛の姫巫女:エレは提案した。
「戦場にあって、互いが意思疎通可能な状態にしておくことを推奨する」
「互いの意志を疎通できるようにする?」
そりゃあ、そんなことができれば連携も精度高くできるし、いうことはないけれど──それは難しいんじゃあ。
アシュレは提示された理想と現実の差に、眉根を寄せた。
軍勢同士がぶつかりあう戦線にあって、もっとも恐れなければならないことは指揮系統の混乱だ。
同士打ちに始まり、陣形変更、進軍、撤退の命令と実行の遅延が、致命的な事態を引き起こすことは珍しくない。
特に、複数の騎士団や傭兵部隊が混在するような状況で、それは顕著だ。
武功を上げ報償と権力・発言力の拡大を願う各騎士団、できるかぎり交戦と消耗を避け戦争自体の長期化を狙おうとする傭兵団、そして、当然だが決定的な決着を欲する王族たちの思惑が入り乱れる戦場は、ひとことで言えば、混乱の巷だ。
人間はただ多数が集まるだけで、またたく間にヒステリーを起こす。
近年、特にイダレイア半島の外にあって、会戦と呼ばれる大規模な戦争のカタチが流行として歴史の表舞台に再登場するようになってからは、この指令系統の問題は、より切迫した問題と考えられるようになってきた。
もちろん、これはまだ、世間一般に広くという意味ではないが、アカデミーでも議題に上ったことがある。
たしかに、会戦によって、戦争自体は短期化したかもしれない。
ただこれは指令系統に関する問題が解決されたわけでも、混乱が減少したという意味でもない。
むしろ、大規模な軍団を運用するにあたり、混乱は大きくなり、逆説的に指揮系統に関する重要性は増大した。
そして、それは実際に行われる戦闘の激化も意味していた。
互いが互いを殲滅し得るほどの大兵力を投入した結果、逃げ場のない戦場が形成されたということだ。
短期決戦、とはつまりそういうことだ。
これは歴史的転換期にゾディアック大陸があったということでもあった。
事実、大砲を始めとする火砲・銃器の投入もある。
密集陣形に砲撃を撃ち込まれて壊滅・敗走した軍団の話も、すこしずつだが確実に聞こえてくる。
長射程・範囲攻撃を前提とした攻撃手段は、もう異能者たちだけのものではない。
大国はこぞって黒術(※火薬の製造と調合、扱いに関する周辺技術のこと)を生業とする技術者たちを囲い込もうとしている。
小国同士が数人から数十人規模を投入する小競り合いを繰り広げていた、あの牧歌的時代は終わりを告げたのだ。
戦いは生き物が成長するように、その姿を変えていく。
各個の騎士団、あるいは騎士個人個人が勝手な突撃を繰り返し、傭兵部隊がそれぞれの判断で適当に戦線を上げ下げしているようでは、おぼつかない世界が、すでに現出していたのである。
人間相手ですら、こうなのだ。
アシュレ自身、従士時代、聖堂騎士時代を経て、よく似た葛藤を現場でなんども味わった。
だが、人外の敵を相手取る戦線や、事件現場に投入されることの多かった聖堂騎士団でのそれは、尺度が違う。
端的に言えば、切実さが段違いだ。
五〇〇名しか在籍しない騎士たちのなかから選抜された数騎、多くともせいぜい数十騎が司令部として派遣され、前触れもなく活性化し、人類圏を脅かす人外のものどもに対処する。
必然、員数合わせの傭兵たちと共同作戦を余儀なくされる。
そこから眺める現場の風景は、恐ろしいほど混乱した不確かなものに映った。
各部隊が各個の判断によって無秩序に入り乱れ、流言飛語とも真実の一部分ともとれる信頼性の低い情報が錯綜する光景は、ひとこと、カオスと呼ばれるものであった。
その経験から、もし、戦場にあって互いの意思疎通などというものがスムーズにできたなら、と思い続けてきたアシュレである。
それが可能であれば、どれほどに状況を素早く、的確に見極めて、対処することができたであろう、と。
正確な情報とその共有、現状把握は、これまでの問題を解決するための決定的な処方せんだった。
だが、それは夢物語に近いと諦念してもいた。
アシュレの描いた夢は、一介の騎士ごときに成し遂げられることではない。
組織運用に関する、もっと根源的な思想の変革が必要だったのだ。
一国を預かる王か、その王に直接進言できる側近たち、そして実際に軍を預かる将軍たちが、この見地に辿り着かなければ、とてもではないが不可能な話だ。
第一、いざ変革しようと思い至ったところで、具体的にはどうするのか。
その方策を実現できぬかぎり、それはまさしく画餅に過ぎない。
だから、思わず否定的ニュアンスを込めてつぶやいたアシュレに対し、エレはなぜか艶然と笑って答えた。
自信満々に。
「では、アスカ殿下。これから、意思疎通を可能にする。ただ……すこしばかりこの処方は刺激的ゆえ……今宵の報告会はこれまでとさせてもらう」と。




