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■第五十三夜:引鉄の騎士


「コイツは、特別製でね……なんだかんだと、もう残りが三発しかない」

 

 ふんだんにレースをあしらった伊達ダンテな衣装。

 そのベストと同化したバレット・ホルダーから、まるで宝飾品のような弾丸を抜き取りながら、メナスが言った。

 

「まさかッ?! そいつを使うのか、メナス、そんな小僧にッ?!」


 驚嘆の声はむしろ、エスペラルゴ陣営から上った。

 声の主は、右腕を失ったビオレタだった。

 鏖殺具足スローター・リム:ガシュマールは当然のように《フォーカス》である。

 その護りを貫いて一瞬のウチに削り取ったノーマンとその武器である浄滅の焔爪:アーマーンこそ、驚愕きょうがくすべきであろう。

 しかし、ビオレタは鏖殺具足スローター・リムとの間に構築された関係・・が伝えてくる痛みを遮断して、メナスに意見した。

 

「ダメだ、メナス、それは──やりすぎだッ!」


 その顔が蒼白なのは、ノーマンに齧りとられた右腕からしたたり落ちる組織液のせいではない。

 むしろその部分は、急速に器官閉鎖が進み、傷口を組織が覆っていく。

 失われた右腕という巨大なパーツを再生するまでには至らないが、生存に関わる大事にまでは発展せぬよう《フォーカス》であるガシュマールが自己修復を行っているのだ。

 

 だから、ビオレタの叫びは、純粋にメナスの判断に対する制止であり、諌言かんげんだった。


「いくらなんでも、それはやりすぎだッ! オマエの腕なら、そんなもの使わずとも! 子供だぞ!」

「ちがうさ、ビオレタ。コイツは自分の《意志》で、ここに立った。いまの状況を見てたろ? 後ろからオレを撃ち抜くのはカンタンだったさ。物陰に潜んで確実な距離から一発。ライトクロスボウの有効射程ってのはどんくらいだ? 一〇〇? そんなにないか。五〇? カテル病医騎士団の聖務に選ばれた男だぞ、小僧と言ったってな。当ててくるだろ、この距離なら、確実によ」


 それなのに、とメナスは魔銃:ギャングレイに弾丸を込めながらいう。

 一度、登り始めた太陽にかざして、キラキラと輝くそれが、たしかに一発しかないことを、トラーオに見せながら。


「それなのにコイツときたら、初撃は銃に、二発目は放つことなく、名乗りをあげて出てきやがった。それだけでも相当な物狂いクレイジーだ。だが、極めつけはそんなもんじゃない」


 一騎打ち、ときたもんだ。

 それも愛する女を賭けて。

 

「泣かせるじゃねえか。いまどき、いねーぞ、こんなバカ野郎は」


 感心してんだよ、オレは。

 もっといえば、感動したんだ。

 

「認めてやるよ、トラーオ・ガリウス。おめえはお坊ちゃんじゃねえ。もう、立派な騎士だ。そして、そういう男には礼節で持って答えるのが、皇帝の仕事なんだよ、ビオレタ。勝負は見えてるとか、そういうことじゃねえ。オレがどういうふうに敵を、それも誇り高い挑戦者を扱うか、扱ったか──それは、オマエたちの記憶にも残るだろう?」


 だから、最大の礼と技と敬意をもって、オレは、トラーオ、おまえを葬る。

 

「おまえの勇気は本物だ。だから、セラフィナはしあわせな女だぜ」 

 

 戦争の申し子、オウガの血脈であるビオレタをしてさえ躊躇ちゅうちょさせたいわくあり気な弾丸を薬室に装填し、メナスは身だしなみを整えた。

 

「で、どうする? ほかに、なにか条件はあるかい。挑戦者:トラーオ」


 まるで旧来の友に語りかけるように、むしろ晴れ晴れとメナスが確認した。

 こわい男だ、とこのときになって初めてトラーオはメナスという男に畏敬めいた感情を覚えた。

 男の価値は、土壇場で決まる──そういう信念を持ってきて生きてきたトラーオである。

 幼き日にアラム勢力:オズマドラ帝国の侵略を経験し、両親と血縁と友人のすべてを失った。

 炎にまかれ、白刃と血煙が舞う戦場で、人間がいかに振る舞うのかをつぶさに、その瞳に焼きつけた。

 だから、人間の価値は、そういうどうしようもない、救いようのない場所でどう振る舞うかで決まる、と幼心に学んだ。

 戦場という修羅場に侵食された日常で、人間の本質はあらわになる。

 醜さも、尊さも、等しく。

 だから、己が、そういう場所に赴いたとき、誇りを持って行動せねばならないと、戒めてきた。

 そして、今日、己はそのように行動できたはずだ。

 だからこそ、相対するメナスという男の恐ろしさが、よけいにわかった。

 

 いさかいの場において、人間には三種類がある。

 

 ひとりめは、頭頂まで朱に染め激昂するもの。

 声を荒げ、粗暴に振る舞うが、真の暴力の前にすぐに死ぬ。

 ふたりめは、血の気を失い、青ざめた顔でしかし刃を握るもの。

 ふつり、と表情を失い、次の瞬間には冷酷な殺戮者となる。

 さんにんめは、晴れ晴れと笑むもの。

 死地にあって笑い、刃を持って冷静。

 それは本物の武人だ。

 

 今日、トラーオの経験が告げていた。

 いま、己が挑戦した男こそは、戦場で出逢うことのもっともまれな、三番目の男なのだと。


 メナスはそんな感慨に打たれるトラーオの眼前を悠然と横切って、決闘の場に赴く。

 朝陽を横合いから、互いが受ける、フェアな条件に。

 

「どうした。つきなよ、ポジションに。そして──祈りな」


 天にまします、わが主、聖イクスよ。

 そして、その母にして、偉大なる聖母:マドラよ。

 わが戦いを、ご照覧あれ。

 

 胸から純金製の円十字をとりだし口づけて祈るメナスはそうしていれば、敬虔なイクス教徒のかがみそのものだ。

 そのかんばせには、迷いも気負いもない。

 トラーオが決闘において示した要求は、セラフィナの奪還だけだったが、実際のところメナスの立場を考えれば、それはエスペラルゴ帝国の玉座をも賭けた戦いであることは、だれしもがわかっていることである。

 それなのに、メナスに動揺はない。

 

 どんな人間でも、ふつうは賭金が大きくなればなるほど、それが大切な者であればあるほど、どこかに動揺や焦りが現われるものだ。

 いかに平静を装っても、ダメだ。

 それは瞬きの回数や、細かな手足の震え、頻繁に顔を触るなどの無意識のクセになって現われる。

 

 だが、そういうものが、メナスにはない。

 どれほど観察しても、だ。

 まるで、底の見えない真っ暗な穴を覗き込んでいるようだ、とトラーオは思う。

 

 同じ感想を、ことの成り行きを黙って見守るノーマンも抱いただろう。

 あるいは明確に言葉になるほど。

 それは、踏んできた場数、潜ってきた修羅場の数の違いだ。

 そして、その戦闘経験値が導き出した言葉は。

 ──虚無。

 

 奇しくもトラーオが抱いた感想と完全に合致していた。

 

「もし、オレが倒れたら、だが。ああ、トラーオ、おまえのやじりが先にオレを貫いて、万が一にも、おまえが生きていられたら、だが」

 

 ポジションにつくトラーオを一瞥いちべつすらせず、メナスは引き抜いた魔銃:ギャングレイをまるで決闘に赴く騎士がそうするように、礼のカタチに眼前にかざして、言った。

 

「ギュメロン、指揮はおまえが取れ。セラは自由にしてやれ。そして──必要であれば、共闘しろ。カテル病院騎士団と」


 この《閉鎖回廊》と化したトラントリムを突破するのは、それがイチバンの早道だ。

 

「遺体は捨て置け。国元には知らせるな。影武者たちがうまくやってくれるさ」


 ひとりごとのように遺言と今後のことを言い放つと、ポジションについたトラーオに微笑む。

 

「ほんじゃ、はじめようか。いつでもいいぜ。開始の合図は、そうだな、せっかくだ。名誉あるカテル病院騎士団の筆頭がいるんだ。尋常の立ち合いだぜ。立会人──掛け声を」


 そして、メナスの要請をノーマンは承る。

 是非もない。

 

「それでは──始めッ!!」


 両者の準備を確認したノーマンが、幕を落としたのと、銃声が響きわたったのは、ほとんど同時だった。






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