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■第四十八夜:肉薄

         ※

        

「なんだ、アレは」


 狩りをするシャチのように砂浜へ踊り込み、上陸を終えたノーマンが、抱きかかえたバートンを漂着物のカゲに降ろし、訊いた。

 

「どうやら、この地にはあのように凶暴な怪物を使役する一派が、はびこっているようですな」


 目を細め状況を確認しながらバートンが返す。抜かりなくスモールソードとパリイィング・ダガーを引き抜き、戦闘状態を整える。


「《閉鎖回廊》に堕ちた、と聞いてはいても──これは、にわかには現実を把握できんな」

「ビブロンズ皇帝と共謀し、我々を図った、というあの魔女ジゼルがたとえ本当だとしても、あの晩餐会で渡されたトラントリムの情報に嘘はなかった、ということでしょうな」

「真実こそはかりごとの隠れみのには最適、というところだろうさ」

「聖職者の口から出ると、なるほど重みのある発言ですな」


 皮肉のスパイスをたっぷり効かせたジョークは、バートンの得意料理スペシャリテだ。

 それはまた戦場において、ノーマンが好む味付けでもある。

 

「それに──あれはジグル・ザグルか。カテル島にも侵入してきた悪虫どもだな?」

「押されているのは、エスペラルゴの残存兵力ですか」

「組織的な戦い方は見事。精鋭だ。だが、いかんせん、この状況で突進力のある魔獣に組みつかれては苦戦は必至」

「どうしますかな?」


 それはどちらに味方するのか、という問いかけであろう。

 この状況下ではそれはすなわち、魔物と魔獣たちの偶発的な共同戦線か、それとも、それらの脅威にさらされるエスペラルゴ陣営にか、ということだ。


 敵対する、という言葉には大きく分けてふたつの意味が含まれているのが、この世界のありようだ。 

 すなわち、敵国であったり、私怨ある相手だ、という意味がひとつ。

 もうひとつは、絶対敵・・・

 つまり、どうあろうとも人類とは相いれない存在──魔の十一氏族や魔物、怪物の類いを指すときだ。

 

 現状、その二勢力がぶつかりあう場面が展開している。

 どちらに与するのか、あるいはしないのか。

 バートンはそう問うたのだ。

 

「無論、人命・・を優先する」

「その先は?」

「容赦しない」


 その解答で充分だった。

 ノーマンはこう言ったのだ。

 セラの安全を最優先とし、双方と交戦する。

 殲滅せんめつの優先順位はジグル・ザグルと魔獣、さらにはそれを使役する魔獣遣い(ビーストマスター)ども、そのあとに、エスペラルゴ人たちだ、ということだ。

 そして、そのどれにも等しく、慈悲は与えない。

 

 方針は即座に行動に移された。

 

 バートンは両手に刃を構え、遮蔽しゃへいを利用しながら海岸線を移動し始めた。

 中腰、前傾になり、水を吸い固く締まったエリアを滑るように駆ける。

 一方で、ノーマンは一度振り返ると、天に向けて拳を突き上げた。

 作戦決行、のハンドサイン。

 

 それはたしかに、崖上から状況を見下ろすトラーオにも伝わった。

 そうしておいてから、ノーマンは船の残骸を一気に飛び越え、戦場へと躍り出た。 

 

 血で血を洗う乱戦の始まりだった。

 

         ※

         

「どうしたい、ギュメロン。なーに尻餅ついてるんだい?!」


 のしかかってきたインクルード・ビーストの爪牙に、メナスの副官を務めるギュメロンも、一瞬、死を覚悟した瞬間だった。

 あまりにも致命的な不意打ちだったのだ、それは。


 だが、覚悟した瞬間は、いつまでたってもやってこなかった。

 がぎん、めしり、ごぎり、という順番で身のすくむような、それでいて胸の悪くなるような音が響いたかと思えば、インクルード・ビーストの頚椎けいついが、ねじれ、あらぬ方向を向いていた。

 

「獣をやるのに、心臓はだめさ。しばらく動くからね。だから、ココを狙う。ノーミソからの命令を確実に断つんだ」


 決定的だった死をギュメロンから遠ざけたもの。

 それは、しかし、もっと圧倒的な死神の姿をしていた。

 機械とも生物とも判別できぬ躯体くたい

 そこからのぞく無数の刃。

 長く伸びた両腕の先端には、さらに寒気を催すような異形の剣を備え。

 なにより、もっとも恐ろしいことに、そのかんばせは、震えてしまうほどの美貌びぼう

 その顔が、返り血に染まり、美しさをさらに凄絶なものにしていた。

 

鏖殺具足スローター・リム──ビオレタか、遅いぞです!」


 メガネをかけた細面の優男:ギュメロンが、身を起こしながら悪態をついた。

 その様子を一瞥いちべつするや、ビオレタは二匹目のインクルード・ビーストに挑みかかる。

 生きているならいいだろう、と、そういうことだろう。


「間に合っただろう?」

「どこがだ。くそっ、また人材を失ったぞ! 発掘と勧誘活動オルグ、そのあとの育成にどれくらいの手間暇と資金がかかるのか、わかっているのか!」

 

 メガネのブリッジを押し上げ、己の得物を拾い上げると、不機嫌そうに砂を払い、ギュメロンはつばを吐いた。

 いまの衝突で、人員の二割を失ったのだ。

 眼前のレンズに光が宿り、エスペラルゴの人材一覧が計上される。

 なるほど、このメガネもまた単なる道具ではなく、《フォーカス》、魔法の眼鏡:スペクタクルズなのである。

 いつでも天上のくにから情報を引き出すことができ、また、そこに情報を記録、加筆できる非常にすぐれたデバイスを、この男──ギュメロンも携えていたのだ。

 

「って、おおおい! ギュメロン、戦場だぞ! ここ。後、あとにしろ、帳簿は!」


 さらに、叫びながら、味方の窮地きゅうちを救うべく前線に突入してきたメナスが、竜巻のように回転しながら寄せる攻め手を打ち負かしつつ叫んだ。

 

「やかましーです! 皇帝陛下ッ!! こういうのはッ、すぐにッ、記録しなければッ!! 新鮮さが命なんだよ、です、こーゆーのはッ!! だいたい、アナタがッ、もうすこし早く合流していればッ!! ありえなかったでしょう、こんな状況は、ですッ!」

「いや、だってさ」

「うるせーですッ!! だいたい! その! なんだ! 貞淑そうな顔をして、実はとしてもらうのが待ち遠しくてたまらないみたいな清純派淫婦ビッチの相手をですねッ! この非常時に、していた、いまもしている、貴方が言うようなことじゃねーですッ!!」


 激昂すると特徴的な口調=地がねが現われるのだろう。

 それでもこの混乱をチャンスと見たのだろう、背後から飛びかかってきたジグル・ザグルを、ギュメロンは手にした得物で撃ち落とした。

 それは空中でひしゃげ、体液をまき散らしながら吹き飛び、四散した。

 

「うるせーぞ、です、この下等生物がッ!! わたしが、記録をつけているときは、静かにしろッ!!」


 そして、たったいま、深海の悪虫を迎撃した得物こそ、ギュメロンの携えるもうひとつの《フォーカス》であった。

 帳簿とそれを呼ぶべきか?

 背表紙に伝達された《スピンドル》が、ヤドカリめいた殻と分厚い外骨格に覆われたジグル・ザグルの内部に伝導・浸透し、あのような特殊なダメージを生み出したのだ。

 たぶんだが、この死人の写本:デッドブルーの本来の用途とそれは違うはずだ。

 

「だーかーら、悪かったってばよ。機嫌直せって!」

「そんなテキトーな謝罪で、死んだ人材が帰ってくんのか、です! 死亡記録はつけたから、あとでもっかいだけは、使えますがねッ、です!」

「あー、そりゃ悪かったよ。こんどまた、新しい人材を口説き落とすからさ。このセラみたいに、さ」

「貴方はいつもそうです。自分の欲望にだけは、すばやく、忠実、そして、正直ッ!」

「ほめられると、てれるぜ」

「ほめてなどいねーですッ!! ミジンもッ!! あきれたんだ、わたしはッ! ……ところで、アレはなんですか? こちらに迫る、あの男は」


 迫り来る魔獣の脅威とのしかかるような重圧、恐るべき突進力をふたりの超戦士の加入によって、押し返し、難局を切り抜けつつあったエスペラルゴ勢。

 その横腹を突くカタチで単騎突撃を仕掛けたノーマンに、戦線から目を逸らしていたギュメロンが気づいたのは偶然ではあったかもしれないが、彼という才能・才覚がたぐり寄せた幸運でもあったのだ。

 飛び抜けた偉才というものは、すなわち異才であり、それは社会的な常識からの逸脱も意味している。


 とにかく、ふつうではない。

 それが異能者たちの生きる世界である。




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