■第四十七夜:魔獣と踊れ
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ゾディアック大陸にあってのモレッカ、とはアラム風のリズムをもつ、戦闘の踊りがその原型である。
男女ふたり一組となった踊り手たちが、それぞれが両手に剣を持ち、足踏み激しく舞いながら刃をぶつけ合う剣舞をアレンジしたものだ。
アラム勢力による征服・統治と、そこへのカウンターとしての再征服運動によって交わった東西文化、その皮肉な融合とでも呼ぶべきか。
あるいは、文化というもののしたたかさ、強靭さ、と驚嘆すべきか。
とにかく、エスペラルゴ周辺域から伝播したこの踊りは、各地の宮廷で、この時代もっとも流行したダンス様式であった。
その剣舞と打ち鳴らされる激しいリズムを、メナスはひとりでまかなう。
クロスされた両腕のなかで弄ばれる美姫は、セラだ。
「オレッ! セラッ! オレッ!」
流れる汗もそのままに、にこやかに笑みを広げて、翻弄されるセラをメナスは鼓舞する。
オレッ、という独特のかけ声は「イイゾッ!!」という意味の感動詞なのだが、これもアラム・ラーの名を元にするという説さえある。
原理主義的イクス教の急先鋒、その皇帝にして、このいい加減さなのだ。
各国大使がいまのメナスを見たら仰天するだろう。
もっとも、男の太い腕によって独楽のように回され、ときにはボールのように放り投げられ、合間に口づけさえかわされてしまうセラには、そんなことすら思い至りもしない。
メナスが両腕に構える魔銃:ギャングレイの咆哮が鳴り響くたび、施された試練にそれが共鳴して、背骨を駆け上がる振動に、ジイィィイン、と頭の芯まで痺れるのだ。
「メナス、メナス、だめ、ダメ、駄目、これ、これ変になる、おかしくなる!」
「ダメだダメだダメだ、わかってんのかい、アンタ、おたく、セラフィナ! こいつら、マジもんの怪物なんだぜッ?! ぶちのめさなきゃ、オマエがあぶねーんだよ!」
激しく舞い踊りながら、的確に攻め寄るジグル・ザグルへとエネルギー弾をぶち込みながら、高らかにメナスは叫ぶ。
ときに突き放し、ときに固く抱擁し、脚が乱れれば臀部を抱えて放り投げ、セラを翻弄しつつも護る男の姿に、セラの胸はいけないと分かりながらも高鳴ってしまう。
砕け散る外殻と外骨格。
周囲に満ちる体液と、吹きつけられ空を切る消化液の臭い。
潮騒と戦場の喧騒、そして、狂ったように鳴き交わし乱れ飛ぶ海鳥たちの声が、狂的な舞台を醸成していく。
「だって、ダメ、ダメです、こんなの、つづけちゃ、だめ、ほんとに──」
「なんだあ? 感じてるのか、セラ? 語尾が可愛らしくなってんぞ? そーだ、そうだよ、こいつら、みーんな、セラ、オマエのいいニオイにつられて集まってくるのさ。こんなに滴らせて、興奮してんだろ?」
セラの具合を確かめながら、けらけらと笑ってメナスが続けた。
「オレもさ。戦争だ、これが戦争なんだぜ。興奮するだろ?! 股座おっ立つぜ! いいか、これが戦争の醍醐味なんだ! 楽しめよ、セラ! 人間の本能にはどうしたって、コイツが組みついてんのさ。戦争は快楽なんだよ! 駆逐することはできやしねえ。闘争は人類の本質に組みついた基礎なんだ! そーだろ?! 楽しめ、楽しめよ、セラ、そうだ、イイゾッ!!」
舞い踊り、ときには宙を舞いながら、セラはぞくぞくっ、という感覚を覚える。
それは圧倒的存在を前にした人間が抱く感覚──畏敬に他ならない。
乱れ飛ぶエネルギー弾に打ち砕かれ貫かれた仲間の体液が、中枢神経を刺激するのだろう、異常な興奮状態となったジグル・ザグルたちは、周囲からも寄り集まり、自他の別ない攻撃をしかけるようになっていた。
その混乱のただなかを、竜巻のように舞いながら、メナスは疾風の速度で移動する。
走り、跳び、舞い踊りながら、駆ける。
と、その向かう方向に、またも混乱が起きているのを、セラは見た。
「あ、あれ!」
「おっとう?! なんだよまーた厄介事かよ! って、キタキタ! ありゃあ、トラントリムの側のお出迎えだ!」
「でもっ、でもっ、おかしいよ! だって、あれ、おかしいよ──人間じゃ、ない!」
「おーおー、投入してきたな! インクルード・ビーストとその使い手たち。なるほど交渉の余地のない敵の殲滅戦に、誇り高き夜魔の騎士さまたちは携わらねえってことかい!」
甘く見たもんだなあ。
またも歯を剥き出して、凄絶な笑いを作ると、メナスはそちらにむかって馳せる。
セラの調子を確かめることも忘れない。
ひゃう、と思わずセラは鳴いてしまう。
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トラントリムの駐在兵を殺害したエスペラルゴ精鋭たちは、その直後、ジグル・ザグルの群れから襲撃を受けた。
ちょうど、ビオレタが見張り台の兵士たちを鏖殺していたタイミングだ。
奇岩を擬態したジグル・ザグルたちの襲撃は巧妙ではあったかもしれないが、それ以上にメナスの副官:ギュメロンが率いる移動宮廷中核メンバーたちの対応の方が、はるかに素早かった。
戦闘に対して得手不得手・強弱の差こそあれ、全てが《スピンドル能力者》で構成された小戦隊は互いを庇いあいながら効果的に異能を投下して、打ち合わせ通り、トゥーランドット河上流へと移動をはじめた。
その瞬間、だった。
峡谷をなした海辺に雄叫びが響きわたった。
鬨の声。
人類の軍団も合戦地に怯懦を払い、戦意を高揚させ、敵を萎縮させる目的で行うが、それはもともと野生動物や怪物たちの雄叫びを真似たものだ。
そのオリジン──すなわち原型たる本物の魔物の咆哮が、剣戟と銃声轟きわたる浜辺に、新たに放たれたのだ。
一瞬、その場にいたものすべての視線と聴覚が、陽の光を背負って現われた新手の存在にそそがれた。
獣であった。
純白の毛並みから、鎧を思わせる外殻がのぞいていた。
剣歯虎を数倍にも獰悪にしたか牙が、隙間なく噛み合わされて、顎門を構築していた。
張り出した角と、凶悪な爪。
もはやそれは野生動物などではありえない。
インクルード・ビースト。
文字通り夢の側から召喚され、現実の種と交わって受肉した悪夢が、計四頭。
血への渇望を隠す様子もなく、喉を反らして鳴き交わすと、ビーストマスターたちの号令一下、襲いかかってきたのである。
「やってくれるじゃないか、ユガディール侯爵! インクルード・ビーストとそれを飼いならし戦力として用いるテロリストども──純人類解放戦線を配下に収めていたとは! 決して相いれない脅威として、対決し続けてきたと聞いたのに。なるほど、実は、その脅威すら己の手駒であったかよ! こればかりは、法王庁で仰々しい三重冠を頂き、神の代理人を自称する小娘の言った通りだったね!」
上方から戦場を見渡して、戦況を把握したビオレタが砂塵を巻き上げながら着地する。
疾走へと移りながら、所感を述べた。
トラントリムへの漂着が想定外の事件であったのは同じでも、カテル病院騎士団の面々とは最初の段階で得ている情報量が桁違いなエスペラルゴ陣営である。
そもそも、トラントリムはビブロンズ帝国周辺の再征服目標として、リストアップされていた小国家群のひとつだ。
国交もなく、すなわち駐在大使も存在しない相手だが、度重なるアラム勢力の侵攻をこれまで凌ぎ続けてきたその国に、エスペラルゴ皇帝:メルセナリオが興味を示さぬはずがなかった。
王政から議会制へと政治形態を変え、国家元首を変えながら、辺境の小国家がこれほどの長きに渡り国体と自治独立を保ち続けることは、奇跡に等しい。
それも、国内には純人類解放戦線を名乗る旧王族派のテロリスト集団を抱えた状況で、だ。
周辺の小国家群との密な連携があったとはいえ、いや、逆に思惑の違う国家同士の意思をこれほどの長きにわたって統一し続けてきた手腕こそ、驚異であろう。
メナスの興味はまさにそこにあったわけだが──大筋の答えを、出立前、エクストラム法王庁でのあの密会の晩、少女法王:レダマリアは告げたのだ。
トラントリムは議会政治を名乗ってはいるが、その裏で糸を引くのは僭主:ユガディールだと。
さらに、彼には異端の疑いがある、と。
そのうえで、後ろ暗くも、国内の不安を煽り、自らに権力を集中させるため、醜悪な魔物を尖兵とするテロリスト集団:純人類解放戦線との共謀関係さえ、考えられると。
そしてもし、エスペラルゴがアラム勢力の一掃を目指す第十二回十字軍に参画するのであれば、エクストラム正教法王として、現在のビブロンズ帝国の現状をかんがみて──その途上にあるいくつかの領土統治と、東方教会、すなわちアガナイヤ正教の最高責任者にメナスを推す構想もある、とほのめかしたのだ。
つまりビブロンズ帝国と、その周辺諸国を割譲する、と。
もちろん、口約束以前の社交辞令を真に受けるようなメナスではない。
しかし、政治的一プロセスとして、十字軍への参画をその場で表明したのだ。
破竹の勢いで東進を続けるエスペラルゴは錦の御旗を。
十字軍を宣言したものの、実際の軍事力は大国や商業都市国家同盟に頼らざるをえないエクストラム法王庁は、強力な矛を。
それぞれが手にしたいと望んだ結果の顛末であった。
だから、寄港地として考えてもいなかったハズのトラントリムに対し、ほとんど情報を仕入れていなかったカテル病院騎士団の面々と、エスペラルゴのメナス側近とでは事前のそれに、天地の開きがあったのだ。
だが、それにしても、投入された戦力は相当のものであった。
インクルード・ビースト四頭。
これを手なずけるビーストテイマーたちと、随伴する純人類解放戦線の兵士たち。
ざっとその数、数十名というところだが、インクルード・ビーストの戦闘能力は、《フォーカス》未装備の《スピンドル能力者》に匹敵する。
それが四頭ともなれば、これはうっかり小国ひとつを滅ぼしかねない戦力だ。
朝陽を背負っての登場も、生かすべきものとそうでないものを選り分ける捜索前提の巡回であれば愚の骨頂だが、最初から殲滅戦を覚悟した戦力投下であれば、これは評価が変わってくる。
背負った太陽は、むしろ、攻め手に大きなアドバンテージだ。
陽光に体毛を輝かせた猛獣と、同じく血に飢えた狂信者たちが、ジグル・ザグルの群れに対処するエスペラルゴ勢の背後をついたのだ。
たちまち、戦場は怒号と混乱の巷となり、血飛沫とそれを吸った砂で描かれる地獄絵図と化した。
もし、ビオレタとメナスのふたりが駆けつけるのがあと数十秒も遅れていたなら、もしかしたらエスペラルゴ勢は、この地で、戦争用語としてではなく、ほんとうの意味で全滅を迎えていたかもしれない。
そして、そういう場所へ、ノーマンは、バートンは、そして、トラーオは、乱入したのだ。
※モレッカは、十六世紀イタリアの宮廷で大流行した実在の舞踊だそうです。
ソウルスピナ版はそこにアレンジを加えさせていただきました。
史実に基づいている部分と、嘘が練り込まれていますので、参考資料にされるときは注意、です。
また「オレッ!」というフラメンコの掛け声については……おもしろいので調べてもらえたら。




