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燦然のソウルスピナ  作者: 奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当)
たれそかれ(第零話):「ジェリダルの魔物」
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■たれそかれ2:レダからの手紙

 

 目もくらむような美少女ふたりを「餌」として使う、危険な狩りをいまからアシュレは行う。

 そのための「品定め」を経て、アシュレはいま、ここにいる。 

 決して失敗が許されぬなら、きちんとしてほしい、というユーニスとレダふたりの要請を受けて、「餌」の品質を確かめて。

 

 ずっと遠く、湖を望む草原でユーニスとレダは談笑している。


 アシュレは木陰に陣取り、愛馬:ヴィトライオンとともに風下で待機任務だ。

 綿を詰め最低限の防御性能を持たせた衣類と、槍、騎兵用の古いグラディウスが一本。

 

 最上の装備とは言えないが、それでもいまはこれがアシュレにとって、彼女らふたりを守るために費やせるすべてだった。

 

 アシュレは、ある特殊な狩りを行おうとしていた。

 端的に言えば、バケモノ退治である。

 

 そして、その釣り餌・囮として、ユーニスとレダは、これ見よがしに隙をさらしているのだ。

 無防備で無邪気な貴種の女性ふたり、という役を演じて。

 着飾り、化粧を施したふたりは、どこからどう見ても名門貴族の息女にしか見えなかった。


 レダのほうはともかく、ユーニスは貴族の家系ではない。

 彼女は、騎士としてのアシュレ、その従者なのである。


 ただ……わかっていたことだが──貴族子女として通るほどの美貌だった。

 そして、演じる、と決意すればそのように振る舞えるだけの教育を祖父から叩き込まれてきたのが、ユーニスであったのだ。

 祖父:バートンはバラージェ家の執事にして、懐刀。

 腕利きの密偵である。

 その孫娘もその血筋と薫陶くんとうを受けていた。

 もしかすると、甘やかされて育った三下貴族などより、ずっとそのあたりに精通しているかもしれない。

 

 口さえつぐみ、微笑んでいれば充分社交界で通用する器量の持ち主なのだとアシュレは再確認する。

 それともこれはあれだろうか、惚れた弱み・ひいき目というやつだろうか。


 とにかく、アシュレはいま、囮となったふたりを守り通す──そして、現れるか現れないかわからぬバケモノを仕留める──そういう任を帯びている。


 ことの発端は、レダからの手紙だった。

 次の休暇を、自分の私邸で過ごさないか、という。

 驚かなかったか、といえば嘘になる。


 幼なじみであり、法王庁の敷地内で顔を合わせることはあるとはいえ、聖騎士パラディンと枢機卿、その立場からここ数年はあまり言葉を交してこなかったふたりである。

 庁内で擦れ違うとき一瞬だけ向けられる笑顔で、彼女が自分を昔と同じように幼なじみと思ってくれていることはわかっても、なかなか話す機会を設けられなかった。

 

 そこに来ての、この手紙である。

 なにか相談事かな、とアシュレは手紙に書かれていない意図を感じ取った。

 

 エクストラム法王庁初の女性、それも最年少の枢機卿誕生に庁内どころか法都:エクストラムすべてが湧いたのは記憶に新しい。

 彼女の伯父にあたるマジェスト六世の即位と同時に任命された三名の枢機卿。

 そのうちひとりが彼女だった。

 法王即位と同時に血縁や支持者を枢機卿に任命するのは、己の権力基盤を確たるものとしようとする下劣な行いとして、親族主義マチズモ揶揄やゆされるが、マジェストのそれには、だれひとりとして異議申し立てをしなかった。

 陰口すらない。

 一度に十二名も血縁を枢機卿として任命するような法王もいた時代だ。

 むしろ、清廉潔白と評されるべき振るまいだっただろう。

 なにしろ、レダマリアを悪く言う方が、難しい。

 

 美貌にして俊英しゅんえい──それがレダの世間の評価だ。

 けれども、どちらかといえば内省的な性格であるレダを知るアシュレは、その評価が彼女のたゆまぬ努力の上にあるものだということを理解している数少ないひとりだった。

 他の誰にも吐露できない悩みを抱えていてもおかしくはなかった。

 そういう意図が、この手紙にはあるのではないか。

 そう思えてしかたがなかった。

 

 だから、快諾した。


 むかしのように、とは互いの立場からいかないかもしれないが、会ってすこしでも彼女の話し相手になれるなら、それでいいと思った。

 

 そして、承諾の手紙を出したあとで、ユーニスにそれを話した。

 一緒に行く、と当然のようにユーニスは言った。

 もちろん、そのつもりでいたアシュレである。

 果たして、二週間ほどの休暇を過ごすべく、訪った邸宅でふたりを迎えたレダの反応は「あきれ返った」という感じのものだった。

 

「まずかった?」


 その反応に昔と同じ口調でアシュレは思わず訊いてしまうほどには、レダのあきれっぷりは激しいものだった。


「必ずひとりで、と書き添えとくべきだったわ」

 ふー、と額を押さえ、レダが盛大にため息をつく。

 ボク、まずいことしちゃいましたか。アシュレは冷や汗をかいた。

「ヒドイ、レダ、わたしだけのけ者扱い?」


 枢機卿相手に幼なじみの砕けた物言いで食ってかかるユーニスもどうかと思う。

 だが、レダはそんなユーニスの態度に気を悪くした様子もなく、こちらも昔のまま変わらぬ態度で応じた。

 

「そうじゃない。そうじゃないの。ああ、しまったわ。わたしとしたことが、話す順序を間違えたのね」


 大仰に天を仰ぐレダは、事態が飲み込めないアシュレと、憤慨するユーニスの間で、いきさつを語りはじめた。

 それの恐るべき内容に、アシュレはかいていた汗の質が変わるのを感じた。


「バケモノ? ジェリダルの魔物?」

 ことのしだいを語るレダ。

 話の途上で登場した単語に、アシュレとユーニスは同時に噛みついた。

 

「それって、去年の夏に聖堂騎士団が出動した……ジェリダル地方の怪物のこと?」

 アシュレの問いに、こくり、とレダが頷いた。

「だって、アレは……騎士団の山狩りによって……仕留めたって……でっかい狼だったって」

「違ったの。そうではなかったの」


 言い募るユーニスの言葉を、レダは穏やかな口調でだが、ハッキリと否定した。

 ジェリダルの魔物とは、法王領の辺境:ジェリダル地方を荒らし回った恐るべき怪物の名である。


 女子供ばかりを狙い、残虐極まりない手口で殺した。

 被害者はまず行方不明となり、その後ずいぶんしてから、遠く離れた谷筋や、草原でいくつもの肉体を縫い合わせた猟奇的な死体となって発見される。

 その数は実に数十名。

 そのなかには貴族令嬢数名が含まれる。

 

 地方をおさめる貴族の手にはおえなくなり、ついに聖堂騎士団の出動と相成った。

 

 大規模な山狩り・巻き狩りが行われ、冬の到来を前に、やっとケリがついたはずだった。

 それなのに。 


「ヤツは生きていた。生きていて、生き延びて……徘徊する魔物ワンダリング・モンスターとなったの」


 そして、この地方に流れてきた。レダは言う。


「実は、この夏の終わりから、すでに数件の行方不明事件が起きてるの。代官や衛士隊も手を尽くしているけれど……手がかりがない。野盗の仕業などではありえない……。この手口はヤツよ。間違いない」

「なぜ、ヤツだってわかるんだい?」

「見たから。わたしが。ヤツの足跡を」


 レダが言い終えるか終えないかのうちに、近習の少女が石膏型を銀の盆に載せて運んできた。


「これで信じる? アシュレ、ユーニス?」


 アシュレはたしかに去年の夏、聖堂騎士団の遠征に同道した。

 当時はまだ聖騎士パラディンではなく、その下位組織:聖堂騎士の一員だったアシュレだが、ジェリダルの魔物の足跡は参考資料として書き写しを受け取ってはいた。

 だから見覚えがあった。

 眼前の石膏型は、なるほどたしかに、あの魔獣そっくりのものだった。

 

「じゃあ、聖堂騎士団の発表は……」

「カバーストーリー、あるいは……本当に自分たちはヤツを仕留めたと思っているのかもしれないけれど……」


 たしかに、その足跡は狼のものなどではなかった。

 異例の速度で聖騎士試験に合格したアシュレだから、聖堂騎士時代というのは飛び去るように通過した。

 そのせいで、あの事件には深く関わることができなかった。

 キチンとした検証が行われていたら、聖堂騎士団の発表が間違いだったとすぐにわかっただろう。

 それほど、その足跡は異質だった。

 

「ほとんど、指先でしか接地していない……絶対に狼なんかじゃない……ボクもおかしいとは思ったんだ」


 現場で足跡を見たときのことを思い出し、アシュレは、歯がみした。


 そして、レダの手紙に込められた意味を正確に理解した。


 つまり、レダは聖堂騎士団の不始末を解決するために、アシュレを招いたのである。

 それもあくまで、私的な依頼として。

 秘密裏に。

 いや、もしかしたらこれは、現法王:マジュスト六世の密命なのではないか。


「この教区をあずかる者として、貴方に──聖騎士:アシュレダウ、貴方にお願いしたいの」


 アシュレの手を取り、昔のまま、奥に熱を秘めた瞳でまっすぐに見つめてレダは言った。

 ジェリダルの魔物の討伐を、と。


「それって……聖堂騎士団の不始末をもみ消したいから? それとも、無辜むこの民の流血を、これ以上見過ごせないから?」

「両方よ、アシュレ。ズルイ言い方だけど、これがわたしの為政者としての本音」


 やれやれ、とアシュレは頭を掻いた。

 レダの立場がわからないアシュレではない。

 公式の場で聖騎士パラディンであるアシュレに命を下せるのは、法王聖下ただひとり。

 聖騎士パラディンの所属する課はさまざまあるが、そのどれもが法王直属である。

 実際には、その権限を枢機卿団が担うことが多いが、枢機卿ひとりの一存で私的に聖騎士を動かすことなどできない。

 そして、法王からの公式の下知であれば、それは聖堂騎士団の不始末を認める結果になる。

 

 だから、こうして密会を設け、直接依頼した。

 後ろ暗さはあった。

 だが、これがいまのレダに可能な最大限の努力だったのだ。

 神のしもべ、その尖兵としての威厳を聖堂騎士団は維持しなければならない。

 民衆に疑念を抱かせてはならない。

 これはつまり、そういう駆け引きであろう。

 

「まいったなあ」

 口先ではそう言っても、もはや受けるつもりのアシュレである。

 つまりこれは、はなから暗闘なのである。

 それに、為政者として自らの預かる教区の民草を守りたいというレダの言葉に偽りなどあろうはずがなかった。

 その確信が持てるくらいには長いつきあいを生きてきたのだ。


「報酬はお望みのままに」


 わたしに支払えるものならば、すべてを差し上げます──そういう気概きがいでだろう。

 自らの胸に広げた掌を当てるレダと、目をつぶり、かすかに頷くアシュレ。

 その様子をジト目のユーニスが睨んでいた。


「それで、なんで、わたしがのけ者にされたのかしら……要説明案件なんですケド!」

 まとまりかけた騎士と枢機卿の話に、横合いの従者がなりふり構わぬ猛突撃を食らわせた。

「だ、だから、それはっ」


 レダは、天才肌の人間に共通するクセで、集中すると周囲が見えなくなるタイプだ。

 それはアシュレも同じ。

 そして、いつのまにかふたりは、自分たちだけの世界で話を進めていた。


 そこに横合いの観客席からフライング・クロスチョップ(?)ばりのツッコミが飛んできたのである。

 動転し、なぜかこれ以上ないくらい赤面してレダが釈明した。

 もしかしたら、「わたしに支払えるものならば、すべてを差し上げます」という決意のなかに、無意識にも「わたし自身」が含まれていたのを、見抜かれた気がしたのかもしれない。

 とにかくっ、とレダは反論する。


「ユーニスがついてきたら、危険だから!」

「危険?! 危険ってどういうことよ?!」

「ジェリダルの魔物は、獲物を厳選するの──美しく(・・・)年若い女や子供……だけを」


 魔物が獲物を選定する基準として、人類基準での美醜が関係あるというレダの主張は荒唐無稽に思えた。

 だが、これまでに聖堂騎士団がまとめた統計学的なデータが、それを裏打ちしていた。

 すなわちこれは正しくジェリダルの魔物、その性情・習性なのである。

 若く、抵抗できない、美しい個体を狙うという。

 余談だが、聖堂騎士団がこのようなデータを記述に残しておくのは、彼らが聖騎士パラディンたちの下部組織であるからだ。

 人類の敵対者と一〇〇〇年以上渡り合ってきたエクストラム法王庁である。

 記録を残すことの重要性と意味を、骨身に染みてわかっていたのだ。

 

「だから、わたしが危険って……意味がわからないし!」

「だから! ああもう、アシュレ、なんとかして!」


 一瞬硬直し、それから幼なじみの相変わらずの物分かりの悪さに、レダは助け船を要請した。

 普段、冷静沈着なレダがこんな風になるのは、ユーニスが相手の時だけだ。

 脱線気味なふたりの会話に対して、急角度で話を振られたアシュレだが、そこには戸惑いのようなものはなかった。

 

 アシュレは、レダの主張の意味をすでに正確に汲み取り、理解している。

 つまり、

 

「ユーニス……自分がおとりになるつもりなんだよ──レダは」


 え? とこんどはユーニスが固まる番だった。

 なにを言われたのかわからない、という表情。

 そして、アシュレの指摘はまったく完全にレダの心算、その正鵠を射ていたのである。 

 

 枢機卿自らがおとりになる。

 この前代未聞の作戦に、最後まで反対したのは他ならぬユーニスであった。

 もちろん、最終的には言い出したら絶対に止められないレダの主張を認めることになるのだが、それでも条件を付けることを忘れたりしなかった。

 

「わたしも! わたしもやるし! なるしおとりに!」


 あああ、とレダが額を押さえてうめき、アシュレはまたやれやれと、ため息をついた。

 

 これこそ、レダが恐れていた展開だったのである。

 レダがおとりに志願したと知ったら、かならず自分もそうする。

 そう言い出す、と。

 幼なじみの親友だけを危ない目に合わせられるものか、と。

 

 その予想は的中した。

 そして、ユーニスもまた、一度言いはじめたら、決して意志を曲げない娘であったのだ。

 

 それでアシュレはふたりを守りながら、ジェリダルの魔物を仕留めるという難業を成し遂げなくてはならなくなったのである。





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