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■第四十六夜:急襲


「さて、きちんと着付けはできたのか? ほら、ちゃんと立って。いくぜ?」


 施された試練のせいでうまく立てないセラを、メナスは強引に立たせようとする。

 あう、っとセラはうめくばかりだ。


「ほら、服装が乱れてるじゃないか。ちゃんとして。セラはもう、オレのお妃さまなんだからな。みんなの前ではちゃんとしてないと!」


 言いながら手慣れた様子で、服装を直されてしまう。

 セラは試練が課してくる感覚と羞恥に、膝が折れてしまいそうで立っているのもやっとなのに。

 襟元、スカーフ、カフスボタン。

 順に歪みを正され、貴族としての身だしなみを教えられる。

 上等の胴着は間違いなくエスペラルゴ王族用の狩猟服としての仕立てであり、どうやら専属の仕立師がこの数時間でセラのカラダに合うように、直してしまったらしい。


 この悪条件、星明かりの下でそれを可能にする技能とはいかなるものか。


 それは後述するにしても、セラの衣装が貴族の狩猟服から逸脱していた部分があるとするならば、それはスカートの異常な短さにあった。

 婦女子のそれはせいぜいくるぶしが露になるまでが、限界とされていた時代のことである。

 先進国、たとえばエクストラム法王庁の女性従者のなかには機能性から丈の短いそれを、スパッツと併用して着用する者がおり、そのスタイルを娼婦たちが真似た、という余談もあるのだが……脱線が過ぎるので割愛する。


「これっ、これっ、み、見えちゃう!」


 必至にスカートの前後を押さえるセラは、気が変になりそうだ。ひざ上十五セトル丈のスカートなど、あってはならない衣装だ。


「だーいじょうぶだって、見えてない見えてない」

「うそっ、うそ。だって、こんなので走ったら!」


 これっ、これっ、この衣装、なに? 半狂乱になって騒ぐセラの着衣の乱れを、ロングブーツまで直してやりながら、メナスが言った。


「舞台の狩りの獲物役・・・の衣装さ。魔王と狩人の間で獲り合いされる、女のコたちのな」


 ウチの宮廷では大人気の出し物でね。戦勝会のお約束的イベントなのさ。

 当然のようにメナスが言った。


「なんで、なんで、こんなに無防備なの?!」

「そーりゃ決まってるでしょ。劇の最後がどうなるか、想像してみ?」


 そのとき、都合が良いようにできてんのさ。メナスのセリフが、セラには理解できない。


「よーし、だいたいいいかな? セラ、くれぐれも言っておくが、ちゃんとこのアンヨでついてくるんだぜ? お妃さんとしての威厳も、忘れずに」

「無理、むりにきまってるでしょ、こんな、こんなカッコじゃ──」

「おっと、そりゃそうだ。試練がキチンとハマってるか、もっかいたしかめとかないとな」

「ひゃう」


 メナスの確認で、ついに、セラは折れてしまう。

 すがりついて、もう立ち上がれない。

 膝に力が入らない。


「たーく、しょーがねーな。だらしないぞ、セラ。それに、はしたない」

「そんな、だって、だって」

「だってじゃねーよ。ったく。じゃあ、今日は特別だ、オレがお姫さま抱っこしてやっから」

「見える、それじゃ見えちゃう!」

「ダイジョブだって、ちゃーんと見えないように──」


 と、にこやかな笑顔でメナスが言い切りかけた、そのときだ。


 ごそり、と砕け散った船の破片、その堆積が作り上げた物陰で、なにかが動いた。

 ビュッ、といつ抜いたのかも見せぬ動作で、メナスが魔銃:ギャングレイを一丁引き抜いた。

 右手に震えるセラを庇う。


「なんだあ?」


 そう、メナスがつぶやいた瞬間だった。

 がさり、ごそりっ、とそれらがいっせいに物陰から姿を現した。


「なんだよ、こりゃあ。まさかッ?!」

 

 岩に擬態する殻を背負った怪物──ヤドカリにも頭足類にも似た、そのどれでもない水底の悪虫がそこにはいたのだ。

 群を成して。


 ジグル・ザグル──腐肉喰らいの寄生虫ども。

 

 それはかつて、カテル島でアシュレとシオンが相対した怪物の総称である。

 土蜘蛛の凶手:エルマメイムの召喚した水蛇の眷族、〈ヘリオメドゥーサ〉:タシュトゥーカに寄生していた怪物たちだ。


 ちいさいものは体長半メテル、大きなものはその倍ほどの大きさにまで成長する。

 巨大な存在の体表に寄生して、おこぼれに預かる腐肉喰らいスカベンジャーだが、召喚先の地域に潮だまりタイドプールに取り残された生物よろしく居残って、被害を出すことがまま、ある。

 あるいは、今回のように逆鱗に触れられた宿主が、その返礼として撃沈した船の内容物、つまり人肉を漁るため、宿主を離れ、漂流物にしがみつき、群を成して浜に上がってくることもある。

 

 知性と呼べるほどの思考回路を持ち合わせているかは不明だが、感覚器を兼ねる触手以外に、強靭なハサミを複数備え、その切断力は小型のものでも小指ほどの鉄材を、大型の成虫ともなれば、鍛え上げられた鋼の剣を割り砕くだけのパワーを有している。

 そして、狩猟生物としての本能に従い、生きている獲物を食料として適した・・・・・・・・状態にすること・・・・・・・・にも、ためらいはない。

 その水底の怪物が、すくなく見積もっても十数匹、姿を現したのだ。


「マイガッ!! ほんとかよ! 悪い夢でもみてんじゃねーかオレたちはよ」

 なんだこりゃあ、と奇怪な音を立てながらじわりじわりと間合いを詰めてくる怪物の群れ相手に銃口を向けながらメナスが悪態をついた。

「ジグル・ザグル──こいつら、みたことある。死体を後片づけしたもの。カテル島の洞窟。たぶん、〈シドレラシカヤ・ダ・ズー〉にくっついてたんだわ!」


 メナスの力強い腕によって、頭を胸板に押し付けられながらセラが叫ぶ。


「ジグル・ザグル? 物知りだな、さっすが、カテル病院騎士団の才媛だ! もちょいおしえてくれ、詳しく!」

 なにがうれしいのか、称賛めいた声をあげ、メナスが返す。

「普段は、大きな存在:〈シドレラシカヤ・ダ・ズー〉や〈ヘリオメドゥーサ〉みたいな大物にしがみついていて、人類世界の側には現われたりしない。それは、蛇の巫女たちの化身アバターがなかば向こう側──《閉鎖回廊》や幽世かくりょに属しているからで。きっと、長くは人類世界では存在を維持できないから」

「もうかれこれ数時間になるが、こいつら、どうしてまだコッチにいるんだ? それと、いまになって、どうして?」

「きっと、それは、このトラントリムがもう、それに、」

「《閉鎖回廊》だからか! あー、よめたぞう。こいつら、さっきまでビオレタがいたから、静かにしてたんだな。アイツの剥き出しの闘気オーラが、このいかにもノーミソちっこそうな連中のおつむにも感じ取れたってわけだ。チャンスをうかがってたってのか。下等生物め!」


 素早く推論を回り込んで、メナスが笑った。

 なにが面白いのかさっぱりわからないが、あきらかに状況ピンチを楽しんでいる。

 あるいはこれこそが、メナスという男の特異な性情なのかもしれなかった。

  

 その間にも、ジグル・ザグルたちは包囲網をじわり、じわり、と詰めつつあった。

 メナスが銃口を向ければ、ぴたり、と動きを止めても、重圧が逸れたエリアの連中がもはや待てぬとばかりに動いてくる。

 

「にらめっこやってんじゃねーんだぞ?!」

 犬歯を剥き出して獰猛どうもうに笑い、メナスが右手でもう一丁の得物を引き抜いた。

 それから、セラに向かって聞く。

「セラ──オマエ、ダンスは得意か?」

「え? そ、それは、宮廷作法の練習で習ったけど……」

「じゅーぶん。そんじゃ踊るぜッ?! モレッカだッ!!」


 言うが早いか、メナスは銃把じゅうはを握る両腕でセラを抱き寄せ、激しい舞踏を舞い始めた。

 雷轟らいごうめいた咆哮ほうこうとともに、銃口から強力な弾丸が放たれる。

 こうして、文字通り、乱戦の火蓋は切って落とされたのである。

 

         ※


 轟きわたる銃声が、夜明けの海岸線を貫いた。

 立て続けに響きわたるそれは、戯れではない。

 ごまかしようもなく戦闘の幕開けを告げるそれは、メナスとその《フォーカス》、魔銃:ギャングレイの咆哮ほうこうに相違ない。

 

「やれやれ──せっかくのお膳立てが、台無しじゃないか」


 奇岩に設けられた見張り台のひとつを制圧したビオレタが悪態をついた。

 鏖殺具足スローター・リムをまとった巨躯からは想像できぬしなやかさと俊敏さ、そして、切り立った断崖を影のように攻略する登坂能力と隠密性を、ビオレタは備えていた。

 大型の強襲型ネコ科生物のように、ビオレタは静かに見張り台に忍び込み、つり橋で連結されたそれを、ひとつひとつ攻め落としていたのである。


 地上では、副官のギュメロンが生き残った移動宮廷の中核メンバーを再編し、抜かりなく、早朝の巡回に出向こうとした一団を殺害し終えたタイミングだった。


 攻略すべき見張り台はあとふたつ。

 地上に降りた雷霆らいていを思わせる轟音の炸裂に、なにごとか、と視認を急いだ見張りをひとり、続いて岩をくりぬいて作られた室内に潜り込み数名を殺害する。

 勢いを止めず、つり橋を駆ければ、ビオレタの自重に耐え切れなかったそれが、ぶつり、と切れる。

 だが、ビオレタはそれを曲芸のように使い、振り子の要領で、最後の見張り台に取りついた。


「シィイイイイイッ!!」


 鋭い呼気とともに、応戦すべくクロスボウを構えた兵を両断する。

 突如のことに武器を構えるのもやっとな見張りたちを、またたく間に平らげるが、機転の利くひとりが、縄ばしごを降りながら、角笛を鳴らした。

 それはわずかな差であったが、トラントリムの兵士たちが日頃から訓練を怠らなかった成果……いや、これさえももしかしたら、《閉鎖回廊》のなせるわざであったのか。

 ともかく、ビオレタが駆け寄り、これを仕留めるわずか数秒の間に、敵の襲来を知らせる角笛が響きわたったのである。


「ええい、しくじった! ……が、まあ、どのみち同じか、これほどハデにやらかせば」


 吐き捨てるビオレタだが、その表情に悲壮さはない。

 リズミカルに刻まれるメナスの銃声には苦笑するしかない。

 

「やれやれ、ほんとうに、無謀テメラリオとはオマエのことだ」


 長年連れ添った思い入れたっぷりの夫に、古女房が向けるような苦笑を浮かべて、ビオレタは飛び降りる。

 数十メテル下の濡れて締まった海岸線へと。


 次いで現われた異形の軍勢と猛獣の雄叫びに呼応するように。





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