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■第四十五夜:魔銃の使い手

         ※

         

 さて、時間はしばらく巻き戻る。

 ちょうど、セラを奪還するため、トラーオたちが最後の準備と手順を確認していたころ。

 まだ、ようやく、空が白んで来たころのことだ。

 

 セラフィナは、エスペラルゴ皇帝:メルセナリオの寵愛を受け続けている。

 何度、気を失ったか、わからない。

 だが、男の側はやめる気配も、衰える様子もない。

 そのたびに、セラは無理やり覚醒させられる。

 なんども降伏を申し出、懇願こんがんするのだが、そのたびに手酷く玩弄されてしまう。

 口移しされる強力な媚薬混じりのチョコレートと、魅了の異能:静かなる噎泣サイレントソビングによって、肉体も心も、まったく自由が効かない。

 襲いかかかる快楽と、恋慕の切なさ、そして、どうしようもない罪悪感を味わう。

 

潮騒しおさいと風の唸りが奇岩に反響して、簡単には届かねえだろうが──しっかり声を我慢するんだぜ? さもねえと、セラがどんなにイケないコか、バレちまうぞ?」


 耳朶を噛みながら、そう言われればセラは震え上がるしかない。


「メナス、それくらいにしておけ。おまえの相手をずっと務めていたら、ほんとうに壊れてしまうぞ、その娘」

「だからさ。中途半端に罪悪感を持ったまんまじゃ、かわいそうじゃねえか。壊すときはキッチリ壊してやらねえと──まあ、理性と羞恥心だけは残しとかねえと、楽しめなくなるからいけねえが……さすが、カテル病院騎士団のお嬢さんだぜ、貞操観念や倫理・道徳ってもんが叩き込まれている──たまらねえな」


 人倫を蹂躙じゅうりんすることに悦びを見出す性質たちなのだろうメナスが、犬歯を見せて獰猛どうもうに笑う。

 その様子に呆れたような、けれども、王者として備えなければならない要素を見出し、ビオレタは苦笑する。

 すなわち、強大な征服欲という資質を、だ。

 

 この世の王たるものに、世間一般的な常識は必要、ない。

 ときには善、という概念すら。

 世界の頂点に君臨しようかという男が、そのへんに転がっている庶民と同じ思考・倫理観を持っているわけがない。

 持っていて、いいはずがない。

 

 王者とは、すなわち、孤高にして孤独、その果てにたったひとりで決断を下さねばならぬ存在なのだ。

 王の資質──善悪の彼岸に、それはある。


 メナスという男の最大の魅力は、その気になれば、相手の尊厳や人格を容赦なく徹底的に、しかも悦楽を持って踏みにじれることなのだと、ビオレタは思う。

 おそらく、さきほどの倒錯的にしか聞こえぬセリフも、メナスにしてみればスジの通ったことなのだろう。

 いや、むしろ、メナス的には、ほんとうに愛を注いでいるのだ、セラという娘に。


 狂おしいほどの愛、いや、それは留まることを知らぬ征服欲だ。

 メナスには、愛と征服欲の区別がつかないのだ。


 だから、相手を、女であろうと男であろうと、徹底的に支配下に置こうとする。

 快楽と暴力という、まったく相反する、しかし、深い場所で繋がった《ちから》でもって。

 それは飽くなき闘争を求める彼女らオウガの血脈と嗜好に、ぴたりと吻合ふんごうする。

 この男と供にあれば、自分は間違いなく最高の戦いに身を投じることができるであろう。

 ビオレタは、そう思うのだ。


 だから、メナスが他者を蹂躙じゅうりんする様を見るとき、ビオレタの心は高揚と期待で満たされる。

 思えば、わたしも組み伏せられたあと、こうして思い知らされたものだ、と。


 メナスの愛を。


 たかが人類と侮った相手との一騎打ちに敗れ、地に這わされ、征服された。

 あの屈辱、恥辱、そして──官能。

 控え目に言っても、最高だった。

 燃え盛る野心を徹底的に注がれた夜。

 わたしはあの夜を経て、目的を得て、生まれ変わったのだ。

 

「だが、それにしてもだ。そろそろ夜も明ける。嵐の後の夜明けだ。必ず巡回兵が出向いてくるぞ」

「生存者を探しに、だな。俺たちと同じ目的で。わかっているさ。こんだけ残骸と死体が打ち上げられてりゃな……ったく、派手にやってくれたじゃねえかよ、大海蛇の巫女さんよ」

「それについては、わたしのミスだ。まさか、あのタイミングで躱されるとは思いもしなかった」

 

 と、ビオレタの腕が展開し、巨大な刃が現われた。

 オウガだけが扱うことのできる戦闘用兵器、ビオレタ専用の鏖殺具足スローター・リム:ガシュマール。

 それによっていま、ビオレタは三メテル近い体躯と、全身に刃を潜ませた獰猛な姿を得ている。

 

「なんというか、まるで操られたかのように、刃が軌道を逸れたんだ……運命だ、とでもいうようにな。殺意を逸らされた、とでも言えばいいか? わたしはあのとき、あの二匹・・とも、るつもるだった。そうであるのに、無理やりターゲットを外されたんだ。《ちから》で。しかも、大海蛇すら、あいつは──イリスベルダは救った・・・。そうでなければわたしが獲物を逃すものか。あの大海蛇も、“再誕の聖母”とやらも、あの場で真っ二つにできたはずなのに」


 炎状の刃を持つフランベルジュのようにも巨大なノコギリにも見えるそれをビオレタはかざして見せる。


「不思議な感じだったよ。もし、あれが、“再誕の聖母”の《ちから》だとするなら……アイツは生かしておいてはいけないヤツだ」


 救うべきものとそうでないものを、無意識にも選り分けるような存在は──許してはならない。

 ビオレタは言う。

 それが許されるのは、たったひとつ。

 刃によってだけ。

 己のすべてを賭けて問われる行いによってだけ。

 《意志》によってだけ、だ。

 

「与えられる救いなど──わたしは否定する」


 それから、切っ先をセラの首筋に這わせる。

 ひっ、とその冷たさと恐怖に、セラは身をすくめ、メナスに強く抱きついた。

 

「おっと、なんだこりゃ、スゲーぞッ! ハハッ、こりゃいいや! ビオレタもっとやれ!」

「バカ、オマエを喜ばすためにやっているんじゃない」


 そうは言いながらも、ビオレタは刃の先で、染みひとつないセラの背中を撫でた。

 ひいい、と追いつめられた家畜が上げるような声を出して、セラはいっそう強く、四肢でメナスを締めつける。

 

「おおおお?!?! イイゾッ!! スゲースゲー!!」

「喜んでいるんじゃない、と言っているんだ、メナス。本当にそのへんにしておけ。いくらなんでも、巡回が来る。それに、なんだか、妙な気配も、する」

「妙な気配?」

 

 神妙な顔つきで言うビオレタの言葉に、さすがのメナスもいっとき、セラへの攻め手を休めて聞き返した。

 

「なんというか……海岸線に、あいつの──大海蛇の巫女:〈シドレラシカヤ・ダ・ズー〉の残り香みたいなものが……やたらするんだ」

「巫女の残り香?」

 

 そこに敏感に反応したメナスを、ビオレタは呆れたように半目になってにらんだ。

 

「女なら、なんでもいいのか、オマエは」

「いや、それは誤解だって! 美人にしか興味ねーよ」


 はああああ、とさすがにため息をついて、ビオレタはいった。

 いかに婚姻を交わしたとはいえ、将来の皇妃を手中に弄びながら言うセリフではない。

 

「なんというか、深い水の臭いがする。そこに、腐肉が混じったような──血泥でぬかるんだ戦場のような」

「うほっ、そりゃまた凄絶なフレーバーだな、巫女さんよ」

「とにかく、イヤな予感がする。そのへんで切り上げて、隊をまとめろ」

「オマエのほうは、どうだったんだよ──生存者を狩りに出た隊は」

「かがり火を焚くわけにもいかないからな。夜目の利くわたしと、星明かりだけの捜索、しかも、敵の目を盗みながらのものだ。たいした成果はなかったよ」

「味方は?」

「全滅、と報告すべきだろうね、戦争用語的には。ウチの中核メンバーばかり、なぜか怪我もなくピンピンしてるよ。図ったようにね」

「法王庁からの──マリアテレジア、だっけか。尼さんとその従者ふたりは?」


 メナスからの指摘を受け、意味あり気に、ビオレタは視界を巡らす。

 重い木片に砕かれ、ズタズタに割けた水死体が残骸に混じって並ぶ砂浜を眺め回して。

 そう、ビオレタは薄々感づいていたのだ。

 自分たちが、この状況下で奇跡的に生存できたのは、あの尼僧、マリアテレジアと名乗った女の仕業なのではないか、と。

 だが、確証はない。


「わからない。すくなくとも死体は確認できなかった」

「ふむん。まあ、法王庁がこの船旅に推してくる同行者が、ただの尼僧であるはずなんかねーんだけどな。あのでっけえ荷物のことも含めて」

「なにか、水際で助けられたような気・・・・・・・・・がした・・・、とい言ってる奴らもいる」

「水際でねえ……そーいや、そんな異能の持ち主がいたって話、思い出したよ。ジゼルテレジア。“聖泉の使徒”。最凶の聖騎士パラディン。廃人になったとかなんとかとも、聞いたんだが」


 ま、それにしたってだ。

 メナスはセラフィナを撫でる。

 その剥き出しの肌に指を食い込ませる。

 

「ここで、このままトラントリムの連中と、こと(・・)を構えるのはいかにもマズイ。おおっぴらに火も焚けねえんじゃあ、肉も食えねえしな。ギュメロンに隊をまとめさせろ。それから、オレの……《フォーカス》はどこだ。キセルはあるが、がねえ」

「それなら、ココに。回収してきた」


 言いながら、ビオレタが大振りな木箱を差し出した。

 内容物も含めると相当の重量と思われるそれには、内封された武具の強力さを物語る封印がなされている。

 

「よく見つけたな」

「所持者たる《スピンドル能力者》とその所有物たる《フォーカス》は、互いに強く引かれあう──だろ?」


 大人が両手で持っても、ずしり、と持ち重りのするそれを片腕で楽々と保持しながら、ビオレタは微笑んだ。

 ゆっくりと砂浜にそれを下ろす。

 

「あと、これも」

「おお? ふうん、なんとも数奇なもんだ? 見ろよ、セラ。オマエの大好きなヤツだ。あの尼僧:マリアテレジアのものだぜ?」


 うながされてそれを見たセラが、ひい、っとまた声をあげた。

 こちらは、先ほどのものに比べて小振りだが、銀で施された装飾が瀟洒しょうしゃな印象を与える品だ。

 メナスが開けば、そこには奇妙なカタチをした道具が、七つ、ビロードに包まれて鎮座していた。

 

「ほら、セラ、オマエの大好きな試練・・だぞ?」


 いままで、何個か挑戦したけどダメだったもんな、ぜんぶ。

 意地悪く笑って、メナスはそのひとつを取り上げた。

 やれやれ、という表情でため息をつくと、ビオレタはきびすを返し、立ち去る。

 はやくしろよ、と言い残して。

 

「へえ、よくできてるな。ひとつひとつ、彫刻が違うんだ。お、これ、まだ試してないじゃないか。やってみろよ。ちょうどいい。一角獣ユニコーンのエンブレムが彫ってあるぞ。いまのオマエにはピッタリだ! ひとつくらいは勝たなきゃな?」


 言いながら、メナスは試練・・をセラに施す。

 カタチばかりの拒絶をみせても、どうせ拒めないと、セラにはわかるのだ。

 そして、今回も勝てないだろうと。

 自分さえ知らなかった恥部と欲望を思い知らされて、屈してしまうのだと。

 大した抵抗もできず、あっという間に、試練・・を施されてしまう。

 焼印される家畜のような鳴き声を噛み殺すので精いっぱいだ。

 

「さて、と。いい加減にしとかないと、マジに怒られるからな。ビオレタはともかくギュメロンは、マズイ。マジメくんだからな。皇帝のオレが行かなきゃ話にならん」


 そして、セラを開放して、身繕いを済ませると、メナスは砂浜に横たえられた大きい方の木箱の封を解いた。

 そこに収められていたものは──このゾディアック大陸にあっては、と呼ばれる新兵器だった。

 だが、そのあまりの見事さは、いまだハンドキャノンやラッパ銃といった滑腔かっこう銃の類いが、ようやく戦線に姿を現し始めた世界のそれとは明らかに一線を画するものであった。

 さらにそれは銃、と単純に記述することを許さぬフォルムをも有していたのである。


 カーマンドラス(現:エスペラルゴ)地方様式のグラディウスに、それはよく似ている。

 ファルカタと呼ばれることもときにある。

 騎兵用の片手剣で、前湾曲した刀身を持ち、切断力にも貫通力にも優れている。

 グリップの湾曲が独特なのは、用途のせいだろう。


 オリジナルよりはひとまわり小振りだが、その分扱いやすさを増した刀身と、銃としての銃身がひとつとなった代物。

 それが二丁。


 銃器と白兵戦武器の特徴を兼ね備えた《フォーカス》:ギャングレイ。


 これこそがエスペラルゴ皇帝:メナスの獲物だったのだ。

 先端に穴が開けられた奇妙な専用の鞘とともに腰から下げる。

 それを曲芸めいた早業で引き抜く。

 肉体のキレを確かめるように、演舞する。

 そのさまは、惚けたように男の背中を見つめるセラには、大きな鳥のダンスに見えた。


「──ッと、よーしよし、イイカンジに動く動く。いやあ、やっぱりセラとのウォーミングアップが効いたんだな。暖まってるぜ」


 目にも留まらぬ早業で銃の姿をしたギャングレイをしまうと、メナスは子供のような笑顔で振り向いた。


 残酷な無邪気さ。

 それがメナスという男のまとう狂気と恐怖であり、魅力の本質なのだ。






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