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■第五夜:第四の女(あるいは、お姉さんがんばっちゃうんだから!)

 アテルイの反論は、なんというか、唐突だった。

 

「も、もしっ、仮に、あくまで、仮に、だぞ? わたしが実はまんざらでもなくて、オマエに奉仕しているとしたら、お、おまっ、オマエはどうなんだッ!? いっ、言ってみろッ?!」

「???」


 一瞬、アシュレは論旨を見失って混乱する。

 まばたきを繰り返して、アテルイの質問を認識する。


「それは、アテルイさん本人をどう思っているのか、という質問ですか?」

「ま、まあ、そうともいうな」


 アシュレは、質問の意味を計りかねながらも、神妙な顔つきで考える。

 だが、その様子をためらいと勘違いしたのだろう。

 アテルイが言い募った。


「ほらっ、ほらみろっ、言えまい! 言えまいが! そんな男がだな、我が国の制度や、主の命に、」

「正直に言いますが──すごく魅力的なヒトだと思います。アスカの補佐官としての辣腕ぶりはもういいでしょう。

 でも、それ以外のあなたを、ボクはいっぱい知っている! 身の回りの世話、掃除洗濯に始まり、お裁縫や刺繍ししゅう、ちょっとしたほつれや綻びが次の日になったら直されているのはぜんぶ、アテルイさんが気を配ってくれてるからなんだって、ボクは知ってます! お茶が欲しいな、と思えばすっと出てくるし、しかもそれが飲みたい味のものだし。それってずっとボクらの様子に心を向けていてくれないとできないことでしょう? 

 それに料理の腕! ホントにすごいじゃないですか! 宮廷料理人たちには申し訳ないけど、ボクはアラム式の食べ物のなかでは、アテルイさんの手料理がイチバン好きです! ナッツやレーズンを入れてスパイスで味付けしたお米を、ブドウの葉っぱで包んで煮たちまきドルマとか、大好物ですよ!」


 割り込まれたカタチになったアテルイが「ふぐぐっ」と、ふたたび声を詰まらせる。

 相手を嫌うことは簡単だ。

 欠点を指摘することも同様だ。

 だが、美点を見出すことは、その逆で、困難をともなう。

 それは相手の行いに、常に意識を向けなければ見出せないものだからであろう。

 とくに最上の奉仕サービスとはサイレントでなければならない、という信条を密かにアテルイは掲げてきた。

 奉仕サービスされた主や客が、それを奉仕サービスと気づかぬほど自然に、あたかもそれが当然であるかのごとく、過不足なく、しかし抜かりもなく。


 アシュレの指摘は、そのすべてを言い当てていた。

 アテルイがだれの賛辞を受けることもなく、これまで行ってきた 影働きシャドウワークをアシュレはつぶさに見て、それに気づいていたのだ。

 一部の上流階級や《スピンドル能力者》たちはともかく、男女の仕事をハッキリと区分けていた時代のことだ。

 いくらアスカ付きの補佐官だとはいえ、奴隷階級であるアテルイが様々な会合や軍議にあってどういう仕事を兼任してきたのか、それはいうまでもないだろう。

 そして、それを誇ることは許されなかったことも。


 だからこそ、アシュレの評価はアテルイの胸に響いてしまった。


 ちなみにだがブドウの葉で巻いたちまきドルマは、アテルイの得意料理のなかでもイチバンの自信作だ。

 アラムではメジャーで、珍しくもなく地味な料理だ。

 だが、ひとつひとつ丁寧に素材を下ごしらえし、葉に包んで煮あげる、手間暇のかかるものだ。

 もし、夫か、夫になるべき男になにかひとつ食べさせるのなら、これを、と思って作り続けてきた料理である。

 それを、だ。

 いちばん美味しい、と褒められてしまったのである。

 宮廷料理人たちの最高級の宮廷料理よりも、と。

 かああああ、と頭に血が上るのをアテルイは感じた。

 あからさまに声を裏返らせ、慌てた様子で無意味な抵抗をする。

 ひっきりなしに髪を直すのは、動揺の現われだ。


「そっ、そっ、それは、しごっ、仕事だッ!! わたしの義務、責務だ! それっ、それにっ、容姿はどうだっ。アスカさまや、シオン殿下みたいな──美貌とは、いえまいがっ!!」

「すみません、ヒトを好きになるとき容姿だけじゃなく性格や言動、特に行い・・にボクは重点があるみたいで……よくわからないんですけど。アテルイさんは、すっごく魅力的だと思います。一見、ちょっとキツそうなお姉さんっぽいんだけど、いまみたいに慌てた顔とか、なんていうかめちゃくちゃ女のコしてて……その落差ギャップが」


 すごくかわいい、です。

 真面目な顔で言いきるアシュレは、このときアテルイが決定的にこじらせてしまったことに気がついてない。


「だから、そんな女性ヒトが、こんなことを嫌々してはいけないんです!」

 伝わりましたか、ボクの心が、と言いきるアシュレは王の顔をしていたし、なにごとか強く伝達できたことは確信があったのだが、それが乙女心(注・二十六歳独身女子心)にどう作用したのかまでは、わかっていなかった。


 身を縮こまらせならが「なうっ」とか「はうっ」とかいう、描写の難しい声を上げ、顔どころか全身を真っ赤にして恥じらうアテルイは、とにかくこのとき、すごく決意を固めたらしい。

 すごくすごくヴェリィハードなかんじで。


「つまっ、つまり、いまの話を要約すれば、ご主人さまは、わたしのことは個人的に好意をもっているが、制度的な押しつけで、というのは気分が悪いし、やめてほしい、とそういうことか?」

「大胆な意訳ですけど、だいたいそうです」

「わ、わかった……な、なるほどな、言いたいことはよくわかった」


 ふむ、ほう、なるほどな、わかる、わかるはなしだ。

 ひとり繰り返し、落ち着きを取り戻そうとする。

 するする、とアシュレの下から抜け出す。

 ところでだが、とアテルイは体勢を立て直しながら、訊いた。


「もし、かりに、だ。いいか仮にだぞ、本気にするなよ? もし、わたしのような女が、仮にだが、純粋にオマエに好意を持っていて、しかも法的に、いいかあくまで仮に、複数の妻を娶ることが許されている状況で、そういう女が、仮に、オマエのまえに現われたとしたら、仮に、オマエならどうする? あくまで仮定だが」

「……それは、どのへんまでが仮なんでしょうか? というか、仮定すぎてなにを言われているのか、ちょっとにわかには把握できないんですが……」

「仮にっ、仮にのはなしだっ!」


 なるほど「仮に」だが、非常に重要な話らしい。

 そういうことであれば、真剣に想像してみるしかない。

 アシュレは頑張ってみる。

 

「え、えっと……それは……うれしい、かな。もし仮に、そんな夢みたいな状況があったとしたら、ですけど。なんというか……アスカもシオンも……家事的なスキルは皆無というか、けっこう絶望的だし……内政的、というか内助の功というか……そういうのは、ほんと助かるというか」

「掃除洗濯、糸紡ぎ、裁縫さいほう刺繍ししゅうに機織り、家畜の世話から解体も。当然料理は大得意。内務内政の達人である、といえば?」

「あー、しあわせだろうなあ、そういう奥さんがいてくれたら」

「お姉さん気質でしっかり者だが、じつはさびしがり屋で、人目のないところでは亭主関白してしまう、とか?」

「頼りがいがありすぎて、甘やかされすぎて、ダメになってしまいそうです」

「そういうタイプはオマエのまわりにはおらんのか?」

「いや、いないかと言われればイリスは、家庭的だけど……どうなんだろう……こう、やっぱりちょっとタイプが違う、というか。甘やかされるというより、甘えられてしまうという感じで。サービスも体当たりなところがあるからなあ」


 イリスから向けられるまっすぐな好意を思い出して、アシュレは感想した。

 サービス精神旺盛といっても、イリスのそれはハッキリとアシュレを名指しで行われる、どちらかというと母親の愛情的なものだったからだ。

 これはサイレントな気配りとは、また別種である。

 アシュレの回想を読んだかのように、アテルイが続ける。

 

「挫折しそうなとき、心が折れそうなとき、そういうタイプばかりでは、うむ、つらいな。頼るところがなくてはな、男にも。そして男を磨いてくれるタイプでなければ。厳しく、難しい世のなかであればこそ、だ。ちがうか?」

「そう……そうかもしれませんね」


 しみじみと言うアテルイの言葉には説得力があって、アシュレもつい同意してしまう。

 仮定としてはよくわかる話だ。


 父を早くに亡くしたことや幼なじみが女性ばかりだったこともあり、バラージェ家では女性陣の意見が強い傾向にあった。

 アシュレの柔和な性格も、もしかすると形成にそのあたりが絡んでいるのかもしれない。

 もっと深く言及すると、気づかぬところで、すこしは鬱屈うっくつのようなものもあったかもしれない。


 男女の差異、というやつだ。


 思えば男としての胸の内を、だれかに吐露したという経験が、アシュレにはほとんどない。

 よくよく思い返してみれば、男友達というものさえ、アシュレには、まずない。

 それは生まれと、その身に宿した才能、《スピンドル能力者》であること──突出した偉才が対等な存在を許さない環境に、自覚なくアシュレはいたのだ。


 ここ、わずか数ヶ月、イズマやノーマン、あるいはユガディールといった人々との関わり合いのなかで、ようやく、そういう関係に飢えていた自分を発見できた。

 双肩に重責を負うひとりの男として、生き方をぶつけ合える存在の必要性に。


 それに、これからはやさしさだけでは乗り切れない時代と場所へ切り込んでいく、と決意したアシュレである。

 たしかに男を上げ、磨かねば、と思う。

 

「ふむふむ……なるほどな。ほうほう……なるほどな」

「なにか、わかりましたか?」


 得心がいったという表情で深くなんども頷くアテルイは、すでに落ち着きを取り戻し、その瞳にはなにか強い光がたたえられている。

 まるで武器を得た戦士のように。


「そうかそうか……くくく……小娘ども……年上女子を甘く見た貴様らが悪いのだぞ。恋に主従は関係ありません。つかんでやるつかんでやる、まず胃袋で掴んでやる、ぐふ、ぐふふ。それから、甘やかしてやる……。末席の女などと侮ると、どうなるか……くく、く」

「え?」

 アテルイのちいさなつぶやきが、水音に遮られてアシュレにはよく聞こえなかった。

「なんですって?」


 だから、直後に投げかけられた問いに「ぴ」という小鳥さんのような声が出たのは、無理らしからぬことであった。

 

「ところで」とアテルイは微笑んだ。

 鮫のように。

 最初の質問が帰ってきた。

 指折り数えられているのは……伴侶候補者数であろうか。

 アラムでは、男性は女性を四名までは娶ることが法で、正式に認められている。

 だから……これは非常にシリアスな問いだったのだ。


「レダマリアってのは、どこの女だ?」


 喉元に突きつけられたナイフのように鋭い質問。

 アシュレは震える。


 怒号と戦闘音楽が離宮を揺るがしたのは、その直後のことだ。





注・作中でドルマに関して「ちまき」と作者は当てていますが、これは私的な意訳であり、正確さを欠くものです。ドルマはギリシア、トルコの料理で、さまざまなモノを巻いて作る料理の総称です。


ここでは日本語として、直感的に伝わりやすいものを作者が訳語として当てていますが、実際には非常に感覚的なものですので、ご自身の発言や作品に、そのまま引用されますと誤解を生じせることとなります。極めて注意、です。


また、歴史・料理学・人類史学などを真摯に勉強・研究されていらっしゃる方々には、以上の理由での当て字となりますので、どうかご寛恕いただければ、と思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] お姉さんというから聖母の声に影響されたジゼルが飛んできたのかと思ってしまった
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