■第二夜:見敵必殺
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さて、少女法王とエスペラルゴ帝国皇帝の密約から、すでに数ヶ月。
遠く離れた土地、アラム教・オズマドラ帝国統治下の交易都市:ジラフ・ハザにて物語は再開する。
「だいぶ要領を掴んできたようだな。これはわたしもうかうかしておれんな、アシュレ」
「余裕をかましているとまたまた、わたしのイタダキだぞ、アスカ殿下」
「ふふっ、それはこちらのセリフ。闘志剥き出しで、シオン殿下。やはりあれだろう、この間、点数総計で出し抜かれて、アシュレを一晩中独占されたのが効いているな?」
「なっ、なああっっ、そ、そんなはずあるかっ。こう……アシュレとわたしは一心同体だからして!」
「そろそろ自分のなかの悋気を認めて折り合いをつける方法を見つけんと、心が壊れてしまうぞー? なにしろ、話題のアシュレダウは、わたしの見立てでは希代の英雄になる前に、伝説の女たらしとして記録されるだろうからなー」
「なっ、なっななあああっっっ、そんな、そんなっ」
麗しい姫君ふたりの舌戦を、当事者であるアシュレは頭頂からの汗に濡れながら障害物の陰で聞かされるという事態に陥っている。
“斥候”という名のスポーツ。
その競技者としてアシュレはいる。
石材と木材と布とを組み合わされて作られた人工的で立体的な迷路のなかで、相手の位置を探りながら、まじないによって貼り付けられたマーカーを全て奪えば勝ち。
マーカーは利き腕、心臓の上、背中にそれぞれひとつずつスタンプされており、これらに触れることでポイントとなる。
関節を極めたり組み伏せたり、身体を絡めたりするのはいいが、それ以外のどこにも打撃は与えてはならず、血を流させたり、ケガを負わせてもいけない(これは関節技でも同じ)。
ワンゲームはおよそ十分。砂時計で計られる。
三箇所のマーカーを全て奪われた場合は“死体”となり、ゲームからは退場。
それまでどれだけポイントを取っていても、“死体”になったらポイントは全て勝者の手に落ちる。
ときには時間いっぱいまで逃げ回ることも、だから戦術だ。
いかに相手の裏をかき、静かに、素早く正確にマーカーだけに触れるかを競う。
これはそういうスポーツだった。
重甲冑を身につけ、武器を手に行う騎士の戦闘訓練に比べたらどうということなどあるまい。
そう高を括っていたアシュレだったが、甘かった。
攻撃できるターゲットの小ささと、相手を打ちのめしても傷つけてもいけないというルールのおかげで、この“斥候”は近接戦闘において相手の特定の箇所だけを的確に射貫くことが求められる高度なゲームと化していた。
必要とされるのは格闘技術だけではなく、静動性、柔軟性、そして高い予測能力と相手の虚を突く戦術眼だ。
舞台となる薄暗い隙間だらけの木製の迷宮内は、待ち伏せにはうってつけのシチュエーションである。
ところどころに設けられた燐光を放つ燭台が投げ掛ける頼りない光が、疑心暗鬼に拍車をかける。
たとえばいま、シオンとアスカの間でかわされる舌戦も、戦術のひとつと言えないこともない。
声を発することで、自分のおおまかな位置を知らせながら、相手の動揺を誘う。
これは肉体を攻撃していることにはならないから、反則にはならない。
正直、このルールにもっとも適応しているのはシオンだった。
小柄で舞姫のように柔軟な肉体は、驚くほど小さなスペースに収まってしまう。
それは、まるでネコのように。
アシュレが深く考えもせず通り過ぎた場所から、そっと折り畳んでいた身体を展開させて襲いかかってくるのだ。
その意味ではアスカも同じだったが、なにより巧みなのが言葉で相手の精神を掻き乱す口三味線だ。
もちろんこちらも応じなければいいのだが、そこが巧者の由縁。
どうしても反応したくなるような話題の振り方で迫ってくるのである。
相手を持ち上げたかと思えばこき下ろし、昨夜の寝室で出来事にまで言及する。
恐るべき猥談力、艶話力、耳年増力だった。
シオンが体術と適性でリードしていても、艶話に対してはまったく抵抗がないことを見抜いたアスカの見事な作戦と言えばそうだが、正直聞いているアシュレは心臓に悪い。
動揺と悋気で身を震わせるシオンが目に浮かぶようで、気がつけば両手から血の気が失せてしまっている。
気がつくと舌戦が止み、次の瞬間には激しく気迫をぶつけ合う気配が、驚くほど近くから感じられた。
アシュレはそちらに向かって静かに、できる限り素早く進む。
漁夫の利を狙うコソ泥のような戦い方だが、技量も経験も肉体特性も、圧倒的に不利なアシュレが現状から逆転を狙えるとしたら、これしか方法が残されていない。
フィールドにいる相手をすべて“死体”に変えること=“鏖殺”にはボーナスとしてさらにポイントが加算される。
これは逆転のチャンスだった。
ちなみに、アシュレはいま、上半身裸、膝丈までの短パンツという、いでたちだ。
この競技は不正を防ぐため、ほとんど半裸に近いユニフォームで行わねばならず、また試合開始直前に、相手を身体検査することもルールに組み込まれていた。
かつて幾度となくこの競技自体が暗殺の舞台となった背景が、そこにはあったのだ。
問題のフィールドに近づくにつれ、剥き出しの肌に押し殺した気配が針のように突き立つのを、アシュレは感じた。
訓練として、また休養によってなまってしまった肉体を研ぎ直すのに、なるほど“斥候”は良くできた競技ではある。
相手の気配に対し鋭敏になることで、肉体は、急速に以前の勘と切れ味の鮮やかさを取り戻し、なによりアシュレはこれまであまり磨いてこなかった斥候や嚮導者としての技術を格段に上昇させることができた。
これから自らの赴く道行きは、軍団と装甲に護られ、目の前の敵を殲滅すればよい騎士としてのスキルだけで乗り切れるはずがない。
そのことを、アシュレは文字通り肌で感じていたのだ。
『血と汚泥の濁流に首まで浸かりながら戦い続ける──それがオマエの進む道となったのだ』
かつて、アシュレが《スピンドル》に覚醒したとき、まるで己の罪を悔いるようにそう諭してくれた父:グレスナウの言葉が、いま、このときになってアシュレはやっと理解できたような気がしていた。
狭い路地をかい潜る。
アシュレは先ほどの声の位置からふたりの美姫の位置取りを推察、交戦点を強襲すべく、迷宮の大動脈とでも呼ぶべき大きな通路へと急ぐ。
あのふたりの気質からして、一度ぶつかりあえば、どちらかのマーカーが完全に消滅するまで奪い合う徹底的な殲滅戦になることはあきらかだった。
シオンとアスカの格闘技量は、ほぼ互角。
柔軟性と機動性ではシオンが勝るが、戦術眼と口三味線でアスカはその差を埋めてしまう。
最初の一手をどちらが取るかで試合の流れは大きく変わるだろう。
まるで解説者的ポジションにいることがアシュレには情けなかった。
しかし、これは現実である。
認めざるをえない。
ただ、繰り返されたここまでの展開のなかで、アシュレはこのバトルフィールドの地形を確実に記憶し始めていた。
そう──ふたりが激突するであろう地点を予測できるくらいには。
ふたりを争わせ、双方がポイントを奪い合ったところで残った側を強襲、総取りにする。
“死体”にした相手がそれまで稼いでいたポイントは、勝者に全て移動するルールだから、これは大逆転のチャンスだ。
そう思い、アシュレは仮設迷宮の大動脈に繋がる一本裏側の通路に足を踏み入れた。
痕跡があった。
迷宮をカタチ作る布地に残る激しい乱れは、ここで激突があった証拠だ。
アシュレは注意深く周囲を観察する──そこで、とんでもないものを発見してしまう。
「な、なんだ、これは……」
唐突であった。
しかし、揉み合ったような痕と、引きむしられたかのような形跡から、それは格闘の末に剥落したものだと思われた。
下着である。
女性の。
あまりのことに、アシュレはそれを手に取ってしまっていた。
こんな場所に、いま、落ちているとしたら、それは当然だがシオンかアスカか、いずれかのものでしかありえなかった。
嗅げば──いずれのものかはっきりと判るのではないか。
その確信がアシュレにはあった。
特にシオンとアスカの《スピンドル》はそれぞれがバラとスミレに、強く薫る。
それは《スピンドル能力者》にだけ感じ取れる、超常的な嗅覚として、だ。
いや、とアシュレはわれに返る。
判別してどうする。
それは、いま現在進行中の勝負とはなんの関係もない。
事情を知らぬ者から見れば、どう考えても、雑念妄念残念なセクシャルファンタジーにしか見えない。
おまけに騎士としての尊厳を失いかねない。
おそらくそれ以前のヒトとしてのなにかも、危ういであろう。
本書的にもいろいろマズイ。
「おちついていこうおちついていこう」
そう言い聞かせ、上げた視線の先に、アシュレはさらにとんでもないものを見つけてしまった。
二着目である。
レース地のフリルの施されたそれが、壁面を構成する木材に引っかかっていた。
「なんてことだ」
即座に回収する。
ことここにいたり、アシュレは恐るべき事実に気がついてしまった。
はいてない。
いま、ふたりの姫君は“はいてない”バッドステータスを発症中である、という事実に。
競技開始前、アシュレはふたりのユニフォームに絶句したことを思い出した。
貫頭衣の仲間と呼ぶべきなのか、極端に丈の短い短衣には袖がなく、背中は大胆に開いていて、サイドに走るスリットのおかげでまぶしい脚線美に目のやりどころを失うようなものだ。
シオンの、あの大胆すぎる訪問着のほうがマシかもしれない。
最初はたしかそこまできわどくはなかったのだが、日に日に女同士の鍔迫り合いがエスカレートし、気がつくとそうなってしまっていた。
ようするにアシュレは当てこすられていたのである。
まあ、どちらかといえば、アスカのほうが煽り、シオンがそれに乗せられてしまうカタチで物事は進行していたのだが……とても他の男には見せられない。
となればこれは、事態を面白がっているアスカと、意地になったら回りが見えなくなるシオンの性格が、恐るべき連鎖反応を起こしての末のことかもしれない。
当然だが掌中の証拠品は厳重確保である。
「た、たいへんだ」
アシュレはふたりの現状を鮮明かつ克明に脳裏に思い浮かべ、戦慄した。
だが、ピンチという意味ではアシュレもそうであった。
証拠品とそれが想起させた妄念は、男子としての生理的な反応という意味で速やかであった。
なんというバッドステータスか。
さまざまな制約や配慮により、くわしい記述は難しいが、このままでは機動力を大きく減じられてしまう。
姿勢的にも、かなりカッコ悪い。
文字どおり、トゥーバッドである。
一本でも二本棒とはこれいかに。なんのこっちゃ。
かような現実逃避するくらいには、窮地であった。
際限なく吹き出してきた汗を手近な布で思わず拭う。
そして、それがさらに、いかなる悪手であったか、後で気がつく。
『あわわわ~~~!!! ふ、拭いてしまったアアアア!!!』
そうして、アシュレが完全に動揺しきった瞬間だった。
左右に突如として生じたふたつの影がアシュレを強襲した。
ほかに誰あろう、シオンとアスカ──問題の渦中、そのふたりである。
動揺から立ちなおるヒマなど、なかった。
胸に飛び込むように突っ込んできたシオンに腕を取られ、左胸を突かれた。
その瞬間には、背中のマーカーをアスカに奪われている。
またたく間に、三ポイント喪失。アシュレ瞬殺である。
ほんとうに主人公なのかオマエわ。
「シオン殿下ッ、勝負!!」
「受けて立つ!!」
ふたりの美姫はゲーム的に死んだアシュレを遮蔽物に、激しい戦いを繰り広げ始めた。
まるで希代の曲芸師ふたりの舞台に、観客席から引っぱり上げられた観客のように、あっというまに“死体”となったアシュレは翻弄されるばかりだ。
いや、激しい攻防に夢中のふたりはなんの躊躇もなく、むしろ競い合うようにアシュレに身体を密着してくる。
あまやかな体臭と火傷してしまいそうな熱、そして柔らかな感触にアシュレは蹂躙されてしまう。
嬲るには嫐るの字があるように、これは暴力、それも美による暴力だった。
だいたい、ふたりの美姫はいま“はいてない”のではないか?
それはいけないのではないか?
禁書的危機ではないのか?
あかん・ばーん、みたいなサムシングがやって来るのではないのか、いずこからか?
丈の短い着衣が、ひらりひらり、と翻るたび、きわどい脚線美がアシュレを悩殺する。
柔らかいものが押し付けられ、鼻先を掠めるどころか、押し売りである
どれくらい、そうして揉み合っていただろう。
ぷつり、とアシュレは小さな音を聞いた気がした。
直後に鼻腔内に熱いものを感じている。
つつう、とそれが垂れてきた。
はあう、とうめき、慌てて鼻を押さえる。
途端に、頭上から激しいホイッスルが鳴らされ、試合進行が停止された。
見上げれば、試合会場上部に張り巡らされていた足場から、アスカの副官であるアテルイが決定的な反則があったことを告げていた。
そして、ほとんど同時に試合終了の合図──そう、このゲームには審判がいるのである。
「アシュレ選手の出血! ふたりのプレイヤーは下がって──反則行為です!」
相手が出血するような攻撃は禁止。その条項にシオンとアスカの攻撃は該当する、とアテルイが判断したのだ。
「そんな、だってコイツはもう“死体”だったじゃないか!」
「“死体”となったプレーヤーは自分の意志でフィールドから退場すること。ただし、これを他のプレーヤーが妨げた場合、またその妨害に際し、いかなる方法であれ攻撃が認められた場合には、反則行為とそれに伴うペナルティとして、妨害したプレーヤーは即座に“死体”となる。
また、妨害を受けた側の“死体”のプレーヤーは、総計において“甦った者”であると扱う。
その際、妨害行為に及んだプレーヤーの持ち点は、“甦った者”に委譲される──ルールブック第三項第二条、およびその付帯事項に乗っ取り、抗議を却下します!」
足場から華麗に飛び降り、アテルイが状況を判断した。
「シオン殿下、アスカ殿下、双方の反則とみなし、勝者:アシュレダウ。最終ラウンドの全ポイントはアシュレダウへ!」
「うそだろ? だって、打撃なんて一発も入れてないぞ?」
「貧乳だか微乳だか、美乳だか──アシュレダウの性的嗜好は知りませんが、鼻先に凶器をなすりつけての悩殺は、攻撃と見なします!」
どういう天の采配か知らないが、どうやらアシュレは勝ちを拾ったらしかった。
「あ、アテルイさん、ありがとうございます」
「勘違いするな。わたしはルールブックに乗っ取って、公正な判断を下したにすぎん」
「あー、堅物のコイツをジャッジに据えたわたしの戦略ミスだった」
アスカが悪態をついたが裁定は覆らなかった。
いまのラウンド分の全ポイントがアシュレに移動したため、総計でも、わずか一点の差でアシュレの勝利と相成った。
「ちぇー、せっかく、昨夜に引き続き甘い夜を堪能しようかと思ったのに……もちろん、シオン殿下をご招待して」
いかにも残念な様子で、わざとらしくアスカが言う。
ちなみに、この試合は賭けゲームであった。
ただし、掛け金は、直接的な金銭や貴金属、ではない。
総計での勝者は、敗者のふたりをその後一晩、自由にできる権利を得られるのだ。
昨晩はアスカに勝利とアシュレを奪われ、シオンはお預けを食らわされた、というのが現状だった。
ところで、なにを“お預け”されたのか。
これは明らかにせぬほうがよいであろう。
だれだって命が惜しい。
「一晩焦らされたシオン殿下が、どのようになるのか、じっくり堪能する良い機会だったのになー」
「な、ななあっ、アスカ殿下! そんなことを考えていたのかッ……恐ろしい」
「安心するのはまーだ早いのではないかなシオン殿下。アシュレもこのところ、女を焦らしていぢめる術に長けてきたようではあるしな。なあ、アシュレ?」
自然な流れで矛先を変えてくるアスカにアシュレは抗議の声を上げた。
「ちょっとさ……さすがに……今回のは、反則じゃないの? このトラップ」
アシュレは握りしめていた二着の下着を差し出した。
アテルイが具合を確認し、その際に詰めてくれた薬草のおかげで出血はいま治まりつつある。
「なんだー? 着衣を落としてはならぬ、とはルールブックにはないぞー」
「だって、そんなの……競技に集中できないよ。見えたら、どうすんのさ?」
アシュレの抗議に、アスカは呵呵と笑い、直後、自らの短衣の裾を大胆にめくって見せた。
わっ、とアシュレは顔を掌で覆う。
指の隙間から見てしまっているあたりが素直なのだが。
だが、そこは正しく衣類で覆われていた。
もちろん、ステータス表示は「はいている」である。
声を失うアシュレに、アスカは爆笑した。
「下着を二枚着用してはならん、とも書いてないな。ま、つまり、アシュレ、オマエはいっぱい食わされたんだ。シオン殿下との共謀というわけさ」
「え、ええーッ?! シオンも?」
「そうとも。な、殿下?」
アスカの話題の振りにシオンはふいっ、と赤面した顔を背けてしまった。
「どーしてもアシュレを自分のものに、それも実力でしたい。アシュレが同情で選んでくれるのでは嫌だ、と言って、な?」
「そっ、それはアスカ殿下が……もし、アシュレが今日勝ったら、きっと昨夜寂しかっただろうわたしを──同情して、選ぶに違いないだろうな、とか……煽ってくるから」
アシュレにはアスカによる謀が、まるで眼前で行われているかのように想像できた。
シオンの肩に手を回し、にやにやと相好を崩すアスカはなんというか、ちょっと、いや、だいぶオヤジ臭い。
「ほらっ、シオン殿下も見せてやれっ」
「なっななあああっ」
ひらっ、と自然な手つきでシオンの着衣の裾をめくろうとしたアスカの手を、ほんとうにすんでのところでシオンが止めた。
「おろ? なんだ、その反応。もう下着は見せておるのだからいまさら恥じることなど──まさか」
「ちっ、ちがうし、ははは、はいておるしっ」
必死になって裾を押さえ、全身真っ赤になって反論するシオンの態度が全てを言い表していた。
語るに落ちたとはこのことだ。
ぼたたたっ、と薬草の栓を弾き飛ばして血が溢れるのをアシュレは感じた。
死ぬのか、ボクは──そんなアシュレを助けてくれたのは、またもアテルイだった。
「おふたりとも、症状を悪化させてどうするんです! 退場! 退場!」
態度は厳しくてもてきぱきと適切な処置をしてくれるアテルイは、じつはかなり以上家庭的で、姉さん女房的気質なのだろう。
だんだん、アシュレにもそれが判ってきた。
「ちぇー、しょうがないな。今夜の沙汰を待ちながら、サウナでも浴びるか、シオン殿下」
「そ、そのまえに……アシュレ、すまぬが、それ……返してくれ」
こくこく、とシオンの申し出に、アシュレは回収した証拠品を差し出した。
シオンはそこから一枚を選び取った。レース地のものの方だ。
「はわわわっ、これわっ!!」
だが、意外な反応が起ったのはそのときだ。
「わわ、わたしのものではないかっ」
引ったくるように横合いから、アテルイが掌中に残されたそれを奪い取った。
アシュレが汗を拭ってしまった一枚である。
「ききき、貴様、これをどこでっ、汗っ、貴様の汗──汁で湿っているっ!!」
喉を絞められ、アシュレは離してくれとアテルイの両手を叩いた。
頚動脈に極まっている!
必死にタップするアシュレだが、激昂したアテルイには届かない。
イケない、この止血はイケない!
「こここ、これはっ! 今朝、アスカ殿下に奪われてしまったもの!」
「ああー、すまん、アテルイ、使わせてもらった」
「あ、あれから、アテルイは、殿下の言いつけどおり──その、まだ、履いてないのですがっががあっ?!」
死ぬ、死んでしまう、とアシュレは朦朧とした意識のなかで思った。




