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■第四十六夜:憧憬を背に

         ※

         

 イズマとカル。

 予断を許さぬ王者同士の戦いの裏側で、暗闘は繰り広げられる。

 たとえば、ここ、カラム宮の深部でも。


「うーん、やっぱり、戦闘経験値の差がねえ……うまく策がハマってくれれば勝機もあるだろうが──イズマガルムが冷酷に徹してきたなら、これは難しいかもねえ」

「どういうことか、詳しく話してもらおうか」

「おやあ?! どうしたのかね、土蜘蛛の姫巫女さまの白いほうじゃないか。妹の黒いコには酷い目に遭わされたよ。こんなところでなにをしているんだい?」

「知れたこと……オマエたちを生きて逃がす道理などないだけのことだ」

「それじゃあ、あの舞台上にいるのは」

「操り傀儡だ。姿勢制御だけ自動のな」


 イダの長いアゴに刃がかかっていた。

 土蜘蛛特有の枝鉤ブランチ・フック──いくつもの逆棘刃がついた剣が、あとほんのわずか力を込めるだけで喉笛をかっさばけるよう、肌に食い込み血を滲ませていた。

 

 蘭の花を思わせる薫りが立ちこめた。

 崩れた城塞に腰かけ、イズマとカルの攻防を観測していたイダの傍らに現れたのは、ほかに誰あろう土蜘蛛の姫巫女、いまや凶手の装束に身を包んだエレヒメラ本人だった。

 

「なるほどねえ。まさかカゴから逃げた姫巫女が、その直後単身で乗り込んでくるなど、考えられん所業だわなあ」

「敵の思考の隙を突くことこそ最上の戦術。それに単身、ではありませんの」


 じゃり、と砂を噛む音がして、もうひとりの姫巫女がイダのせむしに声を投げた。

 答えたのは、エレの妹:エルマだった。

 

「姉妹揃ってのお礼参りかい……こいつはまいったねえ」

「残るはオマエだけだ」


 この城塞に上ってくる前、エレとエルマは“狂える老博士”たちの本拠を強襲した。

 自分たちの作品であるカルカサスの仕上がりを中継することに一心不乱の博士たちを鏖殺することなど、ふたりには容易すぎた。

 

「オマエたちの企みは潰えた。オマエを殺せば、悪夢は終わる」

「なら、どうしてすぐにそうしない? 一流の暗殺者は寸暇を惜しむと聞くがね」

「オマエには聞きたいことが山とある。答えたくないなら、それはそれでけっこうだ。貴様らに受けた屈辱と恥辱、恐怖と苦痛に変えて刻み返してやる」


 エレの物言いには感情が感じられず、それがいっそう彼女の本気を表していた。


「いいよ、しなよ、質問」

 そうであるとわかった上で、エレを一瞥し、再び激しさを増したカルとイズマの戦いに視線を戻したイダという男は、やはりすでに狂っているのだろう。

「なぜ、ここにいる」

「自ら手にかけた作品の──いくら未完成と言ってもね──結末を見届けず、退散というわけにはいかんでしょなもし」

「兄さま──カルカサスと真騎士の娘:ラッテガルトを元に戻すことはできるか」

「無理だねえ。先へ進めることならできるし、退行させることも、まあ主義には反するけれどできるよ。でも、元には戻らない。使ってしまったものを取り戻すのは不可能だよ」

「……最後の質問だ。オマエのいう“策”とはなんだ」

「それを知ってどうするの」

「知れたこと、イズマさまにお知らせする」

「それは……ちょっと間にあわないんじゃないかな」


 イダは刃をものともせずアゴをしゃくって〈無貌の淵〉で、いままさに激突しようとするふたりの英雄を指す。

 

「あれはねえ、本当の意味ではもう役目を終えてる代物さ。思い出メモリアルのようなものだよ。愛の抜け殻、とでもいうのかねえ。

 悲しいもんさ──おっと、がらにもなく、詩的になってしまったねえ。

 イズマガルムはきっとあのコを取り戻そうとするだろう? 

 そのために、あのコにかけてあった魔法──愛され続ける《夢》を解いちまうだろうねえ。

 でも、そりゃあ一方的な善意の押し付けというものさ。あの娘は愛していた。イズマガルムをね。

 だけど、そこには条件がある。無条件ではありえない。綺麗で、純粋で、汚れていない、貞節な──そういう女としての理想がね。

 けれども、そりゃあもう《夢》のなかにしかないもんだ。

 いま、あの娘、ラッテガルトは《夢》をこそ現実だと思い込んでいる。

 イダやカルにそう思い込まされている、というのもあるけれど、それだけじゃない。あの娘にとっての悪夢=現実は、あの避妊具みたいな薄い帳の向こうにあって、ときどきそれを予感のようにラッテガルトは感じているんだ」

 

 それは、恐怖だよ、とイダは言った。それから、息を継ぐと続けた。


「だから、自ら望んで美しい《夢》に閉じこもろうとしているんだ。それはね、《意志》の問題だけじゃない。

 肉体が、精神よりもその肉が拒絶しているんだ。真騎士の乙女にとってなにより愛する男と添い遂げるという行動原理は種族的な本能であり、社会規範の中核だからね? だが、その本能と規範の命ずるところに準じた理想のあるべき自分、そして、堕ちてしまった自分が比較されたときなにが起ると思う? 

 自滅・自壊・自爆。わかるだろう? なんだっていいよ言い方は。それはもう、《意志》では止められないものさ」

 

 言い終え、イダはまた闘い続ける英雄たちの結末に目を凝らした。

 ぶるりっ、とエレの切っ先が震えた。

 それからねえ、とイダは思い出したように言う。


「イダたち“狂える老博士”たちを鏖殺おうさつして、あと残るはオマエだけだ、と息巻きましたがねえ。イダに別体があったように、他の博士たちにもそれがない、とどうして思うの? ここがヤバイ最前線の実験場になることはわかっていたからねえ。ずいぶん前に、他の博士たちはここを放棄しているんだよ。残ってんのは、イダだけさ」


 イダたちは、滅んだりしないよ。バックアップも、ストックも、まだまだ、ある。


「それよりなにより、イダたちは望まれてここにいるんだ」

 そう言った瞬間だった。

 びゅっ、とエレが鋭い鉤爪を持ってその喉をかっさばいた。

 びゅうううううっ、とどす黒い血が溢れ、イダは倒れ込む。

 自らが造り上げた血の池に。

 びくりびくり、と痙攣して、笑っていて、死んだ。

 

「誰にだ──言ってみろ」

「わかるだろ? 《ねがい》さ。そこから、来たのさ」

 唇がそう蠢いて、それきり動かなくなった。


「姉さま! すぐに屍術を」

「もう遅い──見ろ、自壊してゆく」


 血溜まりのなかで、イダの肉体は急速に腐敗進行し、あっという間に腐汁を垂れ流す不潔な肉塊となった。

 エルマに言われるまでもなく、エレも殺すつもりなどなかったのだ。

 

 イダにはもっと苦しんで踠いて精神が擦り切れるまで生きていてもらわねば釣り合いが取れなかった。

 そのための準備、拷問具を山と準備してあった。

 

 それなのに、その口から垂れ流される狂気が耳から流れ込んでくる間に、どす黒い殺意が胸の奥に沸き上がり、胸郭の奥ではぜるほどに圧力を増していくのをエレは止められなかった。

 気がつくと、殺意に身体が反応していた。

 

 もしかすると、この相手の感情を逆撫でし心を蝕む話術こそ、“狂える老博士”どもの異能の最たるものと言えるのかもしれなかった。


 エレは視線を正視に耐えぬ姿となったイダから逸らすと、イズマとカル──ぶつかり合う異形の英雄ふたりの戦いに視線を戻した。


 決定的な破滅が、現出しようとしていた。


         ※


 赤熱する火焔弾が飛来し〈ハリ・ハラル〉の装甲表面を燃え上がらせる。

 一千度近い超高熱の火炎弾は粘り気の強い溶岩塊であり、当然その程度の熱量では《フォーカス》である〈ハリ・ハラル〉を損なうことなどできないのだが、張り付いた溶岩分の重量が確実に相手にのしかかり燃え盛る炎が視界を疎外する。

 

「どーよ、そのシールド、熱や炎やプラズマは封殺できてももっと重質量の実体弾はそうはいかんでしょ?」

 火焔を防いでしまうカルの〈ハリ・ハラル〉に対してイズマが取った戦術がこれだった。正確には地熱系の異能に属するこの異能:《フレイミング・ジェリー》は熱耐性の高い大型生物に対しても、その行動そのものを鈍らせる罠として活用される確実性の高い攻撃である。

 

 カルはその声のした方向へ、間髪入れず《スパークルライト・ウィングス》を叩き込む。

 バパパッ、と激しい閃光が目を焼く。外れ。デコイだ。《アグレッサーズ・ラフ》に仕込まれた閃光弾だ。

 かといって、目に頼らず土蜘蛛の優れた振動感知能力を駆使しても、イズマの機動は掴めない。

 

 格子状の舞台に、無数にその軌跡が現れる。

 幻覚、それも音や振動にのみ働き掛けるそれは本来、名前のある異能としては記憶されないほどささいなものだ。

 

 だが、その異能を同時に、しかもこれほど自然に扱い、戦局を有利に傾けてしまうイズマガルムという男の才覚と凄まじい戦闘経験値にカルは我知らず戦慄していた。

 

 圧倒的な防御能力と攻撃能力を持つカルに対し、イズマは機動力と幻術を持って相手を撹乱する戦法に出た。

 それは、カラム宮に潜入したエレたちからの情報を待つ時間を稼ぐと同時に、カルに縫い止められたラッテガルトを救出する隙を窺っていたのである。

 

 だが、情報を待っている暇はなさそうだった。

 カルが焦燥に駆られていたとき、イズマもまた同じくじりじりと腹の底を焦がされるような想いに追いつめられていたのだ。

 

 ひとつにはカルの攻撃が相当に正確であったこと。

 これはカルという男の能力の高さを物語っていた。

 撹乱するイズマのほうにもその軽い口調から想像するほどには余裕がなかったのだ。

 

 もうひとつは──胸中に沸き起こるラッテガルトへの想いがあった。

 エレが懇願したように、ラッテガルトは自ずからその役目を買って出た。

 

 結末が死であるならばまだ、それでもいくぶんかの救いがあっかもしれない。

 だが、それ以上の恐怖と嫌悪を踏み越えて、ラッテガルトはこんな役回りを引き受けた。

 己の肉体を異形へと貶められ、その姿をさらしながら、イズマを誘い出すための罠として生き長らえねばならぬと知りながら。

 

 いまこうして相対するのがエレであれ、エルマであれ、イズマは同じように焦りを覚えただろう。

 ただ──触れ合った時間の圧倒的な短さが、その記憶を残酷に美化していた。

 

 たったひとりの娘のために、征くべき道を見誤るなど、王としては失格だとラッテガルトなら言ったかもしれない。

 そんなこと言うなら、こんな男を選ぶなんてキミだって真騎士の乙女失格だよ、とイズマは言い返したい。

 

「堕ちたのが、貴様とでよかった」

 微笑んで涙しながら、そうつぶやいたラッテガルトをイズマは想い出す。


 キミを取り戻す。イズマは思う。

 そのために──カルから分離させる。

 イズマがそう決断し、その防衛ラインを掻い潜るべくカルへと接敵するのと、業を煮やしたカルが飽和攻撃に出るのは同時だった。

 

 カルの全身から無数の尾を持つクサビが現れ、打ち出された。

 それは展開しながら放電し雷撃のネットを造り上げる。

 カルの周囲半径十メテルは雷が四方八方から降り注ぐ雷撃地獄となる。

 

 異能:《チェイン・ライトニング》──雷球をいくつも作り出しその間に連鎖的に生じる雷撃とともに周囲を打ちのめす広範囲破壊能力である。

 イズマの閃光弾によって白く染まった視界から回復しつつあった観衆の視界を再び、紫電の輝きが圧倒する。

 

 決戦場となった〈無貌の淵〉に閃光とともに凄まじい轟音が鳴り響き、耳をろうせんばかりの大音響に逆に静寂しじまのなかにいるような錯覚を観衆すべてが抱いた瞬間、イズマが、カルが、互いに仕掛けていた。


 強力な雷撃が足場を打ち据え、次々とイズマの仕掛けた幻術を消し去るなか、その雷撃を掻い潜り、イズマはカルに接敵した。


 電撃の網にはたったひとつ穴があった。

 それは雷槍:〈スヴェンニール〉の射線である。


 カルから打ち出されたクサビは有線で〈グルシャ・イーラ〉と繋がっている。

 通常一方向へ撃ち出す異能である《チェイン・ライトニング》を複数同時に維持するための器官であった。


 だが有線であるために槍の取り回しを阻害し、場合によっては自身のそれを撃ち抜いてしまう。

 なによりも、それはカルがその槍にて決着を望んでいるという主張でもあった。


 そして、イズマはそこにカルの誘いを見いだしている。

 包囲網にワザと穴を作り、そこに敵を誘い込むのは包囲殲滅戦の常套手段である。


 これこそ突破口と考えた敵は、伏兵の待つ死の顎門へと誘い込まれるのだ。


 だが、だからこそそこに勝機がある、とイズマは決断した。

 果たして、その射線に身をさらしたイズマをカルは定めて撃った。

 重金属同士が打ち合わされる凄まじい音がした。

 はっきりとした手応えをカルは感じ、次の瞬間、イズマの姿は消し飛んでいた。


 やったのか、とそうカルの心がどこかで、その歓喜を感じたそのとき──その顔面をイズマの拳が撃ち抜いていた。


 ジン、と頭まで痺れる一撃は《スピンドル》伝導によるものだ。

 思うより先にカルは中和する。

 追撃はなかった。

 いや、追撃できるほどイズマには余裕がなかったのだ。

 

 光翼の群れ:《スパークルライト・ウィングス》は直撃でこそないものの、イズマの背中をごっそりと抉っていた。

 荒神:〈イビサス〉の肉体が剥ぎ取られ、そのがらんどうの中身をさらしていた。

 そして、イズマはその肉体を軋ませながら、カルの滅殺よりもラッテガルトの救出を優先させた。

 

 これまでの道程で繰り返された〈グリード・ゲート〉に蝕まれた同胞との戦いがイズマに教えていた。

 このまま致命的なダメージを与える必殺の異能を叩き込んだ場合、カルと同化したままのラッテガルトも同じくそのダメージを被ることになる。

 ゆえにそれ以前の分離、救出は絶対の条件だった。


 荒々しく、力任せにカルの胸部をこじ開け、接合部を手刀で破壊する。

 その衝撃に耐えきれなかった指が幾本か折れるが、イズマは気にも止めない。

 ラッテガルトが引き剥がされる苦痛にすら官能の声を上げる。

 ちぎり取るようにして引き抜けば──その美しいレースのような肉体を脊椎のようなパーツが貫きつなぎ止めていた。

 

 イズマはそれを引き抜くと、離脱する。

 直後、その胸部から光輪が放たれたからだ。

 超高熱の光線、そのリング──《ソル・オーバー・レイ》。

 

 あっという間に収束したその光輪の範囲から一瞬でも撤退が遅れていれば、イズマはラッテガルトごと両断されていただろう。 

 雷轟が止み、遠雷となって去るように静けさを取り戻しつつある舞台で、ふたりの英雄は再び対峙した。


「いまのが、キミらの最後の罠かい? けっこう際どかったけど……潜り抜けてやったよ?」

 満身創痍でイズマが言った。左手に抱きかかえたラッテガルトが、痛めつけられてなお、いや、さらに美しいその頬をイズマにすりつけ、愛しい男の名をうわ言のように呼ぶ。

 引きちぎられたレースを思わせるヒダを幾重にも重ねた肉体から束縛の、そして服従の証である縛鎖やワイヤー、鉤やコードが垂れ下がる。

 両脚はすでになく、抱きかかえられるラッテガルトは、すでに儚くも美しい束ねられた白い蘭の花だ。

 

「イズマ、イズマ──」

 くちづけを繰り返すラッテガルトの両目を封じる最後の枷を、イズマは外してやろうとする。

 

「やめたほうがいい──そのまま、《夢》を見せてやれ」

 巨躯を持ち上げながらカルが言った。

 超高熱の応酬に対し、奇跡的にも足場の格子は耐えていた。

 練り着けられた呪いのおかげだろうか。

 表面を炭化させながらそれでもなお、その巨大な質量を支えていた。

 

「ラッテがどんな姿になっても、ボクちんの愛は変わらない」

「残酷なことだ、イズマガルム。オマエは他者の心の弱さを自分の心を基準にしか量れん。その基準は多くの凡人には到達できん。この世界のほとんどの者たちは、オマエのように強くは生きれない。いいや、正確にはこうだ──強く生きるという苦行を己に課したいとは思っていない。なぜ、それがわからん? そのために、“神”や、英雄や、王が──あるいは規範が──拠って立つべき支柱が、弱者の地位に居座り責任をなすりつけるための人柱が必要なのだと……なぜ、わからん?」

「それが──カル、キミがこの地の底を這いずって得たご宗旨かい?」

「真理さ、イズマ、偉大な古代の王よ。だから、世に倦み疲れて貴様は眠りについたのではないのか」

「調べたのかい?」

「我々の始祖であり英雄だった男だ。どうして調べないと思うんだ──そうだろう?」


 憧れない土蜘蛛はいない──わたしが、そうであったように。

 そうであるならば、どうして、どうしてもっと早くに還ってきてくれなかったのだ。

 カルの血を吐くような言葉に、イズマは答えなかった。

 

 示す他にないとイズマにはわかっていたからだ。

 どうして還ってこなかったのか。

 なにを成さんとして、流浪の王となったのか。

 そのすべてを明かしたならば、イズマはもうこの場にいることはできなくなる。

 

 それが《御方》の呪い。


 この世界に生きるすべての生物がその身に宿す微細な運命決定因子:〈ハーネス〉が、イズマを人々に認知できない場所へ放り出してしまう。《テラ・インコグニタ》。認知不可能領域へ、だ。

 

 だから、なにひとつ、イズマはそのことを語れない。

 まだ、成し遂げなければならないこと、自らが蒔いた《魂》の種子、その行く末を見届け、その先達としてその身が朽ちるまで──。

 

 だから、その背中を見せ続けることでしか、証明できない、とわかっていた。


 カルの言うこの世の摂理が、多くのひとびとの《ねがい》が、土蜘蛛だけのものではなく、他種族──広範な意味での人類の本能に根ざしているものだともわかっていた。

 

 けれども、それを乗り越えていく術があると、イズマは信じた。

 信じたものを、成し遂げていくことでしか、イズマには伝達の手段がない。


 だから、見せようと思った。


 困難に、周囲の同調圧力と因習と慣例と、それらを隠れ蓑にした弱者への誘惑に抗う者の姿を。

 ラッテガルトの瞳を覆おう《夢》の帳に指をかけた。


 それが──最後の罠だった。




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