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■第四十五夜:戴冠の大祭(2)


 観衆の目にはカルの一撃が、イズマを捉えたかに見えたはずだ。

 

 しかし、イズマの手から放たれた二本の投げナイフがカルの両目を正確に狙って放たれていたこと、そこにも充分な《スピンドルエネルギー》が込められており──《ドレッド・スター》なる、命中箇所で質量と容積を増大させる投擲攻撃用の異能が振われていた。

 手足に突き立てば筋繊維や骨を断裂させ、致命的な臓器や頭部なら器官そのものを破砕して即死に至らしめる、これも致命の技である。


 その攻撃をカルは槍を動かすことで躱した。

 聖槍:〈スヴェンニール〉の腹が、剣呑すぎる投擲を弾いて、これをしのぐ。 


 おかげで《スパークルライト・ウィングス》の直撃を、イズマはからくも免れることができた。

 カルにしてもシールドでやり過ごせば確実だっただろうが、射出の瞬間を逃すことになる。

 それを嫌ったのだ。

 

 だが、それは同時にこうも告げていた。


 カルの頭部とその周辺は、防御が完璧ではないのだ。

 なぜなら足元を狙った苦痛の異能:《スパイトフル・ペイン》のときは無造作にイズマのそれを受け、また受けてから解呪したのに、顔面を狙った攻撃はあきらかに防御した。

 

 それは頭部への攻撃が有効だという証左にほかならない。

 

 この〈グルシャ・イーラ〉が《スピンドル》によって駆動する《フォーカス》であるというイズマの推察が正しいなら、カルはその《意志》を行使するだけの自分・・を、この異形のなかに持ち合わせていなければならない。

 イズマの知る限り、《意志》とは、《スピンドル》とは、オーバーロードのように完全に《ねがい》の下僕とならない限り、不便な肉体を捨てては得ることのできないものなのだ。

 弱く、もろく、ままならぬ肉体を持つがゆえ。

 あらゆる存在は身に降りかかる困難を克服すべく理不尽を覆そうと、抗う。

 脆弱な自分・・こそが、不可逆の絶対条件。


 それが《意志》を育て、つまり《スピンドル》を育てるのだ、とイズマは結論している。


 だから、どれほどにその身を《フォーカス》や異形のものに置き換えたとて、カルがカルであろうとするならば、どこかにその不便な肉体の部分が残されているはずだ。


 そして、それは肉体を共有するイズマと荒神:〈イビサス〉のように厳しい制約と制限をカルに強いているはずだ。

 攻守が入れ替わったのは、この一瞬だった。


 いや、正確にはすでに入れ替わるよう、イズマが動いていたのだ。


 カルの構える聖槍:〈スヴェンニール〉より飛び立った光の翼たち──敵に死を与える重質量の輝く弾体──は飛び去ってしまったわけではない。

 いまや槍の主であるカルの命に従って、舞台の上空に占位している。

 旋回してイズマの横腹を突くつもりだ。

 

 前後で挟んだ場合、イズマが回避してしまうとカルは己の技の直撃を喰らってしまうため、このような位置取りとなる。

 挟撃の典型的な位置取り。

 十字砲火クロスファイアだ。

 

 そして、引き戻された槍をカルは、ふたたび突き込んだ。

 イズマが距離を取っても、こんどはすでに放ち終えた《スパークルライト・ウィングス》が自動的に追尾していく。

 

 カルにとって、圧倒的に有利な状況が生まれるはずだった。


 だが、その首筋が、ぞくり、と総毛立った。

 思わず首をのけ反らしていなければ、顔面は次の瞬間、消失していただろう。

 二段構えの突き込みに合わせ、イズマが槍の下を掻い潜ってきたのだ。

 盾を使い思わず防ごうとした瞬間には、すでにその内側にイズマはいた。

 

 ふわり、とまとった長ストールがひるがえり、次の瞬間には猛烈な打撃がカルの鼻先を掠めすぎていった。

 

 イズマのまとう長ストール──これも《フォーカス》であった。

 暗器:〈パーキュル〉と名付けれれたそのストールは、耐火、退焔の加護を与えるばかりか強力な吸気浄化能力による毒素の無効化、酸素欠乏に対しても備えとして働くに留まらず、武具として転用可能な神器であった。

 

 一見、衣類の一種にしか見えないそれだが、先端に仕込まれた宝飾を兼ねる分銅と熟練の使い手が組み合わさると、途端に恐ろしい打撃武器に変貌する。

 鞭のようにしなる繊維は脚長羊のものであり、あくまで軽く柔らかい。

 だが、それが武器として転用されたとき、どのような恐ろしい兵器になるのか、想像できるものは少ない。


 瞬間的に音速の数倍に達するその先端は、《スピンドル》伝導によって打撃の瞬間、質量をさらに増大させる。

 

 音さえ追い抜き超高速で激突する飛翔物は、堅固な城塞すら貫通・破壊しうる強力な打撃力を秘めている。

 ここまで加速された物体に炸薬など必要ない。

 

 超質量技:《スローター・スマイト》。

 重装歩兵を受けた盾ごと叩きつぶし、戦列方陣を一薙ぎで挽肉に変えてしまうそれは、怒れる風神の一撃と呼ぶべきものだ。

 イズマは攻城兵器に匹敵する武具を、衣類として携帯しているのだ。

 その繊維で竜の口を封じ、打撃によってその頭蓋を陥没させ、地に這わせた逸話はただの伝説ではない。

 もちろん、これはイズマ本人によって、かつてなされた実話・・である。


 それがカルの鼻先を掠めた。

 通過する際の衝撃波で鼻から血が噴き、脳が揺さぶられて脳震盪のうしんとうが起る。

 先端がほんのわずかでも当たっていたなら、鼻がごっそり抉られていただろう。


 チャンスだった。

 けれどもイズマは仕留めにかかるより早く、後退を余儀なくされる。

 その理由のひとつは、槍の主を護るため急旋回して戻ってきた光翼の群れ:《スパークルライト・ウィングス》を躱さなければならなかったからだ。


 イズマが間合いを外すのと、その空間を光り輝く翼の群れが薙いでいくのは同時だった。

 イズマは後退しながら結印。


 敵対心を煽り、ターゲットを強制的に変更する呪術:《アグレッサーズ・ラフ》を展開。

 相手の敵意を引きつけるデコイに《スパークルライト・ウィングス》が反応し、追いすがって猛攻をしかける。


 途端にけたたましく笑い声を上げるデコイから青い焔が上がり、光の翼たちを巻き込んで、対消滅する。

 

 エルマがセルテ=〈ハウル・キャンサー〉を相手取った際に使用したバージョンは限定空間での緊急回避用だったため、このような攻撃的な仕様ではなかったが、イズマはその芯に強力な火焔を仕込んでいた。

 

 まるで花火のような光に背後から照らし出され、イズマはしなる〈パーキュル〉を引き戻した。

 

 観衆が声を上げることができたのは、この瞬間だった。

 あまりに格違いの攻防、戦い。

 それはもはや超人たちの闘技と呼ぶべき次元にあった。

 

 うめき、どよめき──現実を認められない──やがて、それが歓声に変わるまで、長い時間がかかった。

 身じろぎどころか咳きひとつひとつしなかったのは、エレとエルマの姫巫女ふたりだけ。

 

 ぶっ、とカルが鼻に詰まった血の塊を弾き飛ばし、拭うと、もう出血は止まっていた。

 結局、膝をつくことだけはしなかった。

 

 観衆には華々しい技でイズマを攻め立てていたカルが、どうして膝を震わせ、血を垂らしているのか、おそらく理解できなかったはずだ。

 ただ、カルの目に燃える憎悪の炎がいや増していること、そして、攻め込まれ追いつめられたはずのイズマが冷然とそのさまを見つめていることで、自分たちには計り知れない攻防が一瞬の交錯にあったことを知るのである。

 

 おそらく、イズマとカルが交錯した瞬間に起きたあの砲撃のような轟音にそれは起因しているのだろう、と。

 

 一方で、イズマは内心歯噛みしていた。

 あの瞬間、現在のイズマの能力ならもう一手、深く攻め込めた。

 だが、それはある理由で諦めざるをえなかった。


 カルが上体を逸らし、膝をつきかけた瞬間、〈ハリ・ハラル〉の防御を掻い潜った内側で、イズマはプラズマ流を剣のように収斂させそれで相手を貫こうとした。

 荒神:〈イビサス〉の異能にして輝ける剣──《プロミネンス》よって。

  

 その一撃をイズマに思いとどまらせたのは、カルの上体がかしいだことによって突きつけられるカタチになったラッテガルトの姿だった。

 その顔は、いま、愛する男の腕の中にいるはずなのに、そうではない場所から、その息吹を感じたように戸惑っていた。


 一瞬、ほんの一瞬、イズマは躊躇してしまった。


 その直後に《スパークルライト・ウィングス》が飛来し、後退を余儀なくされた。


 先ほどの攻防は、一見、イズマに軍配が上がったように見えたことだろう。

 だが、その実、胸中に迷いを生じさせてしまったのもまた、イズマのほうだったのだ。





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