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■第四十夜:幕間で

         ※


 かつての己の居城を質量兵器、すなわち破城槌として転用したイズマの異能:《テルミネーション・フォール》によって瓦解した城塞の上で、流れ落ちる金貨の河の中洲に張られた幕屋でのことだ。

 暗殺教団:シビリ・シュメリの棟梁たるカルカサスは、どこから忍び込んだのか“狂える老博士”:イダと言葉を交わす。

 もちろん、その腕で歌を奏でるラッテガルトもそのままに。


「どうかね、調子は」

「全身が引きちぎられるように軋む。爆ぜるように痛む。ラッテガルトと言ったか。この娘の加護がなければ耐えられなかったろうな」

「施術後、無調整のままだったからね。立っていられただけでも感心だ。しかし、イダはオマエさんに感心した。なかなかの口上だったじゃないか。うまく時間を稼いだ。とっさの機転で切り返した。やっぱりオマエさんはできる子だったんだねえ」

「余計な世辞はいい。調整を済ませてしまえ」

「あいあい。その間、そのコを鎮痛剤がわりにしゃぶっているといい」


 ごく軽い冗談のつもりなのだろうが、そこに尊厳を軽視する精神性が透けて見える笑い方をイダがした。

 ここは崩落しかかった城塞の上に築かれた陣屋、カルの陣営である。

 城塞に腰かけ、まるで渡来品の楽器を愛でるようにラッテガルトを爪弾き歌わせながら腰を降ろしたカルの周囲に、配下の者たちが色鮮やかな天幕が張り巡らした。

 決戦までの仮住まいである。

 

 一方、城塞を睨むイズマの側も同様だ。

 いまやベッサリオンの民にとってカルとイズマは、いずれ、どちらかが勝った暁には自らが仕え奉じることになる“神”なのである。

 民衆にしてみれば、いかなる決着であれ支配者として従うことになるのであれば、先んじて敬っておこうという心理なのだろう。

 それを畏敬と呼ぶか、依存と呼ぶかはまた別の話としよう。

 イズマが戴冠の大祭とこの戦いを定め、民衆を絡めてきたとき、カルカサスはとっさに突きつけられた条件を丸呑みすることで、その策を捻り返した。

 そして、“狂える老博士”たちによって生まれ変わった己の肉体:〈グルシャ・イーラ〉の調整時間を稼いだ。

 

 もし、イズマが提案を無視してあのまま攻撃に転じていたら、カルに勝ち目はなかった。

 イズマたちの進軍は、カルの思惑よりわずかに速かったのである。

 

 あと少なくとも数刻の調整が必要な状態で、カルは覚醒を命じた。

 この事態をなかば予測するがため、意識を途切れさせる麻酔の使用を禁じたのだ。

 そのせいで正気を保ったまま、バケモノどもに切り刻まれ、自らのはらわたに手を差し込まれ、異形の部品と縫い合わされる一部始終を体験することになった。

 

 だが、おかげで指導者不在のまま放置された軍団が、ほとんど抵抗もできぬまま陥落する事態だけは防ぐことができた。


 イダの報告によれば、ダジュラは任務に失敗した上に、命を落としたらしい。

 だが、いずれ始末しなければならない男ではあったのだ、とカルは思う。

 過ぎた野心がダジュラの胸の内で燻っていたことを、カルは見抜いていた。


 そして、それを毒と知りながら使い続けてきた。

 もっとも、必ず殺さなければならない、と決意するに至った経緯には、エレとエルマに対する陵辱の執拗さが起因する。

 

 妹たちを辱めたダジュラに対する業火のごとき憤怒が、カルの氷のように冷たい瞳の底には宿っていたのだ。

 自ら命じておきながら、そのありさまに怒りをたわめる──偉大な王としての資質とともに、ねじくれた幼児性を同時に心に住まわせる。

 それがカルカサスという男であり、抱える暗闇の質であり、妖しくもヒトを酔わせる魅力カリスマの根源でもあった。


 ただ、ダジュラが盤上から消えるタイミングが、カルの思惑より一手、早かった。

 イズマを阻む防衛線として、もうひと働きしてからでよかった。

 差し違えぬまでも、腕の一本や二本と道連れにと期待していたのだ。

 

 それなのに、気がつけばイズマはあっさりとこれを退け、カルの喉元に迫っていた。

 施術を緊急措置で中断したカルは、その身を動かそうとするたびに悶絶するような痛みに襲われた。

 

 組織がまだ固着しきっておらず、外側は固まったように見えても、内側には燃え盛る溶岩のごときエネルギーが噴火直前の状態でたわめられているんだ、イダは言った。

 ちょっとでもつつかれたら、固まっていない中身が流れ出してしまう、と。

 

 そして、緊急措置にイダが取った方策こそ、ラッテガルトを生きたまま縫い止めるやり方だった。

 

「むかし、一度だけ真騎士の乙女を素材にできたことがあってね。なんていったかな──そう、ブリュンフロイデ──可愛いコだったよ。なんでも人間の男との間に子供を授かりたくて、イダたちを頼ってきたらしい。残念ながら今回同様、“使用済み”だったがね。

 だが、異種族同士の交配と受胎が可能であるのか、その研究としてたいへん興味深い検体だった。もっとも途中で、相手の男が切り込んできてね。いやいや、だから、約束は守ると言うのに。期日が来たら、きちんと包み直してお返しする約束だったんだ。約束は守るよ、重要だからね」


 それで、なんだっけ、とイダは言った。

 なんでもいいから、早くしろとカルは言った。

 ああそれだ、とイダが本筋を思い出した。


「そのとき、真騎士の乙女だけが持つ特殊な形質についても研究を進めたんだ。純潔を捧げることで対象者に賦活ふかつの《ちから》を与え、潜在能力を引き出す=いわゆる《ヴァルキリーズ・パクト》。どうにか、これを普遍的なものに転用できないか、とね。つまり、相手を選ぶことなく、その恩寵を与えられるようにはできないか、とね?」


 前フリが長いぞ、と羊水を思わせるベッドに身を浸したまま、カルが苛立った視線を投げた。

 結論から言え、と急かす。

 

「それで、わかったのか。秘密は」

「わからなかった。結論を言うとね。ただ、どのようなプロセスでそれが与えられるのかは、理解できた。結論的には《意志》なんだよ。自らの《意志》で相手を選択した結果を持って、相手をと認めるシステムなんだ。心と肉がな?」


 まあ、つまり、普遍化させ、普及させるのは無理だと結論した。

 イダが鼻を掻く。

 カルの苛立ちは爆発寸前だ。

 その様子を見て取ってか、まあまあ、となだめるように腕を振るイダの仕草からは、なんの誠意も感じられない。

 

「まあ、話を最後まで聞きなさいな。ただ、それならば、騙すことはどうだろうか、と考えたのさ。これはね、カル、君ら土蜘蛛と付き合うようになってついた知恵さ。

 いま、受け入れてる別人を純潔とともにその恩寵を捧げた相手だと誤認させてはどうだろうか、とね? われわれが異質な生命同士を繋ぎ合わせるときに使う抗体反応を消し去るクスリのように……具体的には《夢》を見せることで、それを可能にするのだが」

「御託はたくさんだ。できるなら、すぐに処置しろ」

 と言い放ったカルに、イダはインフォームド・コンセントだよ、と微笑んで見せた。

 あの吐き気を催す笑みで。 

 

 その成れの果てがいま、カルに強いられたまま歌う生ける楽器としてのラッテガルトだ。

 彼女はカルをイズマと感じている。

 疑いながら、恐れながら──薄々、これは《夢》なのではないかと怯えながら。

 それを確かめようとする《意志》が肉体に反映するのだろうか、必死に求めてくるその肉体の熱さは、カルをして愛しさを感じさせるものがある。

 

 イダの目論みは一定以上の成果を上げ、カルを、そのまだ未完成な〈グルシャ・イーラ〉を立ち上がらせることに成功した。

 ラッテガルトから注がれる《ちから》は、直前にイズマに与えたためだろう、そして、ラッテガルトの心に疑いがあるためだろう。完全とはいえなかった。

 だが、効果はあった。

 

 イズマの策に乗ることで稼いだ時間を調整に使えば、〈グルシャ・イーラ〉は本来の《ちから》を発揮できるだろう。

 こちらの策も生きてくる。

 

 そのためにも、ラッテガルトにはよい声で鳴いてもらわなければならなかった。

 これは心理戦、神経戦の典型だ。

 好いた女を眼前で自由にされて、平静でいられる男ではイズマはない。

 そうでなければ、わざわざ、エレを助けるためだけに、ほとんど一国に対して喧嘩を売ってくるわけがない。

 

「いい具合だ、ラッテガルト──もっと聴かせてくれ」

 カルは命じて、よりいっそう演奏に熱を込める。


 それは、土蜘蛛の若き棟梁が、王として立ち、真騎士の乙女さえ組み伏せた証だと民草に知らしめることでもある。




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